a captive of prince 第15章:崩落のステージ - 6/7

「特区エリアで、日本人が暴動だと!?」
 スザクをアヴァロン内の医療チームに引き渡したジノは、地上のG-1からの報告に驚きの声を上げる。
「何故だ……混乱は、スザク殿下が収められただろう。」
『暴動は会場の外で起きていまして……殿下からはイレヴンへの攻撃を止められているため反撃が……許可を下さい!』
「──いや、だめだ。ここで我々が攻撃しては、虐殺を支持した事になる。
───撤退だ。速やかに撤退を……ダールトン将軍はっ。そっちにいないのか?」
『それが……ユーフェミア様をアヴァロンへ避難させるために出て行かれたきり連絡が……』
「一体………下で何が起きているんだ………」
 呆然とするジノに、セシルがユーフェミアを乗せた輸送機が到着した事を伝える。
「解った。私が出迎えます。ロイド伯爵、貴方も来て下さい。」
「えー。僕もですかあ?」
 頓狂な声で、不満げに言うロイドを、一瞥する。
「今、この艦で責任のある立場にいるのは貴方でしょう。」
「あっはあ。確かにそうですね。」
 ジノに諭され付いていくロイドを、セシルはため息と共に見送った。
 その直後、通信士の悲鳴にもにた声が艦橋に響く。
「ジ…G-1が……ゼロと黒の騎士団に奪われました!」

 次々と凶報が齎される中、格納庫へ急ぎ向うジノに、ロイドがこぼす。
「もう、一体何がなんだか……
ユーフェミア様は人が変わったようになってしまうし、スザク君は怪我するし………」
「それは私も同じです。あのユーフェミア様が、あんな命令をされるとは…………」
「現場の報告では、スザク君に発砲したらしいよ。邪魔するなって………」
「あり得ない!あの人に限ってそんなっ………」
 スザクがブリタニアに渡って以来、実の兄妹のように仲良く育って来たのを、ジノはよく知っている。
 スザクの話し相手として宮廷に入るようになってから、ユーフェミアとも交友のある彼には今回の彼女の行動は信じがたい事ばかりだ。
 それに、スザクの言葉も気になる。

 特区式典会場から負傷したスザクをトリスタンに運び入れ、自分の膝に座らせる形で支える。
 肩の出血は固まって、白い衣装にべっとりと赤黒いシミを作っていたが、腹部からはまだ赤い血がしみ出している。
 コクピットの救急キットから三角巾を取り出し、出血箇所を押さえた。
「少し狭いが我慢してくれ。すぐアヴァロンに送り届けるから。」
「あ…ああ……」
 ジノの呼びかけに、スザクは閉じていた目をうっすらと開き返事をするが、その額には汗がにじんでいる。
「なんだか、とんでもない事になっちまったな。ユーフェミア様があんなことを言うなんて………」
 政庁から会場に向う最中、中継放送で知ったことを言えば、スザクは力なく首を振る。
「あれは……ユフィの…本心…じゃない………
なにかが……彼女の意志を……ねじ曲げて…言わせた………」
「おい?」
「でなければ…説明がつかない……彼女が…あんな事言うはずがない………」
 そこまで言って、意識を失ってしまった。
 その後、アヴァロンの格納庫に飛び込み、慌てて駆けつけた医療スタッフに預けると、全体の指揮をとるために艦橋に上がったのだが、再び格納庫に取って返す事なってしまった。

 この騒ぎの元凶となった皇女の乗る輸送機が滑り込んで来る。
 タラップを降りて来たのがユーフェミア一人である事に、ジノは眉をひそめた。
「ダールトン将軍はご一緒ではないのですか。」
「ナイトオブスリー。何故貴方がアヴァロンに……スザクはいないのですか?」
「スザク殿下は、今は手術中です。」
「手術!?一体どういう事です。何があったのですか。」
「それは、私が伺いたい。一体何があったというのです。
何故、ユーフェミア様はあのような命令を……」
「命令……?」
 ユーフェミアは眉をひそめ、自分の前に立ちふさがるナイトオブラウンズを見据える。
「私が、どのような命令を出したというのです。
それより何よりも、何故私に銃を向けているのです。説明して下さい!」
 自分を迎えに現れた2人の男達の背後、3人を遠巻きに取り囲むように配置した兵が自分に向けて銃を構えている事に、困惑と苛立ちで厳しい声で尋ねる。
 ユーフェミアの剣幕に、今度はジノが眉をひそめた。
「───お解りにならない……?ご自分がなさった事を憶えていらっしゃらないのですか。」
「私が………?」
「ユーフェミア・リ・ブリタニア。貴女を、虐殺を指示した罪で逮捕します。」
「い…一体何を……私が……?特区は……式典はどうなったのですかっ!?」
 悲鳴にも似たユーフェミアの声が、無機質な空間にこだました。

「ずいぶん思い切った事をしたな。まさか皇女に虐殺を命じさせるとは……
スザクが止めなかったら、この会場は地獄になっていたかもしれないぞ。」
 ガウエンに戻って来たルルーシュに、C.C.が話しかける。
「俺じゃない!」
 反射的に叫ぶ。魔女は驚いて後部座席のルルーシュを振り返った。
「いや………俺は、ギアスをかけたつもりはなかったんだ……だが……」
「───制御が出来なくなったのか。だから、頼りすぎるなと言ってきただろう。」
 その言葉に、ルルーシュは唇を噛み締める。
 C.C.も、辛い顔をしている。ルルーシュばかりを責められる事ではない。
その危険性がある事を十分に知らせて来なかったのは彼女の責だ。
 きっとあの時だ───
 突然襲って来た額の熱さと痛み……ルルーシュがユーフェミアと共にG-1に消えてしばらく後に起きた異変……あれが、ギアスの暴走を知らせる兆候だったのだ。
 だが、彼女と同じ苦痛を味わった人間がこの会場内にいた事は、C.C.も知らなかった。
「………これからどうするんだ。」
 C.C.の問いに、ルルーシュは絞り出すような声で答える。
「───決まっている。既成事実だけで日本人が立ち上がったのだ。この状況を利用するだけだ。」
 そう言って、会場近くに身を潜めている黒の騎士団に呼びかける。
「黒の騎士団総員に告げる。
ユーフェミアは敵となった!行政特区日本は反体制者を誘い出すための罠だったのだ。
その事に気がつき、止めようとしたスザクをブリタニアは銃撃し連れ去った。彼は、身を以て日本人を守ったのだ。
今、スザクを救うため…日本を取り戻すために日本人は決起した。
我々も彼らに合流する。黒の騎士団は会場に集結せよっ!」
 全て利用し尽くす───
 会場を埋め尽くす日本人のシュプレヒコール。ブリタニアへの呪詛の声が会場内に咆哮する。
 それは、ルルーシュ…ゼロをたたえる声でもあり、同時に追いつめるものでもあった。
 もう、進むべき道はこれしか残されていない。
 ただ、ナナリーとルルーシュの安全と平穏な暮らしのために、その立場を投げ捨ててくれた妹を踏みにじったのだ。
 もはや、戻る道などない。
 ルルーシュは唇を噛み締めた。

「その名は返上しました。」
 凛とした声で言い放ったユーフェミアの声が、顔が瞼に浮かぶ。
「そんな事で決心がついちゃったの。」
「ただのユフィなら……協力してくれる?」
 思えば、ユーフェミアは副総督や皇女である前にただのユフィだった。
 その、心優しい少女を魔女に変えてしまった。
「いや……私は……私は殺したくない。」
 ギアスが発動する前の彼女の苦しげな顔が、ルルーシュの心を抉る。自分が得た力の真の禍々しさを思い知った。
 あんな風に、ギアスに抵抗する人間を初めて見た。
 それはきっと、彼女にとって絶対に許せない事で……それを俺は……彼女の意志を力づくでねじ伏せ、その尊厳まで踏みにじった。
 だからこそ……これは永遠に許されない咎───

『私は今ここに、ブリタニアからの独立を宣言する!
だが、それはかつての日本の復活を意味しない。歴史の針を戻す愚を私は犯さない。
我らがこれから作る新しい日本は、あらゆる人種、歴史、主義を受け入れる広さと、強者が弱者を虐げない矜持をもつ国家だ。
その名は───合衆国・日本!』

 ユーフェミアが虐殺を指示する映像と日本人が占拠した式典会場でのゼロの演説が、ジャックされた電波に載せて何度も流される。
 アヴァロンの一室に監禁されたユーフェミアは、その映像に愕然とした。
「ルルーシュ……どうして……どうしてこんな事に…… 
特区に協力してくれると……言ってくれたじゃないの……
私が……私が本当にこんなことを言ったの?私が……」
 頭の中で何かが叫ぶ………
───日本人をコロセ………
「だめ………こんな事考えちゃ………!」
 目をつむり必死に否定する。数瞬後、頭に棲む魔物は消えた。
 ユーフェミアは、小さく息を吐くと、自分を隔離する白い扉を睨みつけた。

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