ダールトンが去ったあと、スザクは数瞬呆然としていたが、我に返るとマイクを手に取った。会場係が慌ててマイクのスイッチをオンにする。
「副総督ユーフェミアは、乱心した。」
その絞り出すような声に会場は一瞬息を呑み、再びざわめきだす。
「乱心……?」
「乱心なのか……?」
「ほんとうは、初めからそのつもりだったんじゃないのか!」
「ブリタニアは、“日本”を認めるつもりなんかないんだろう!」
会場の日本人から次々と罵声がとぶ。
副総督という高位の人間から出た“虐殺”という信じがたい言葉が、それまでユーフェミアという少女を信じて集まった人々の心に、拭いきれない怒りと不審を植え付けてしまった。
飛び交うブリタニアへの怒りと不満の声は、会場内に配備されているブリタニア兵の苛立ちを煽っている。
ここでもし、今一度銃声が上がったら……
一発触発の緊張が支配し始めた。
「そんな事はない!」
スザクが一喝する。
「この行政特区日本は、宰相閣下の賛同を頂き、皇帝陛下がご承認下さった国策である。
領民の虐殺などという蛮行を、誰が賛同し許すというのか。
ユーフェミアの言動は、皇帝陛下の尊きお心を踏みにじるもので断じて許されない!」
つい先ほどまで仲睦まじくしていたユーフェミアを罵るスザクに、誰もが息を呑み注目する。
だが、彼の声が微かに震え、肩をわななかせている事に気がついた者がどれだけいただろう。
彼女の豹変に一番動揺しているのはスザクなのだ。
こうして糾弾している今でさえ、あれが彼女の本心の言葉とは信じていない。だが、言ってしまった事はもう取り消せないのだ。
スザクは、両の手が色が変わるほど握りしめた。
「私は宰相閣下より、副総督が正しく判断できなくなった際には、彼女に替わって責任を負うよう命を受けている。
全ブリタニア兵に告ぐ、これより先は宰相閣下の命と心得よ。」
『イ…イエス ユア ハイネス。』
宰相より命を受けているというスザクの言葉に、全兵士が恭順の意を示す。
「副総督ユーフェミア・リ・ブリタニアを逮捕し、皇族としての全ての権限を凍結する。
ユーフェミアの命令は無効だ。日本人に対する攻撃は許さない。
そして、この行政特区設立記念式典は一時延期とする。だが、特区事業そのものの延期を示すものではない事は保証する。
皆、申し訳なかった。」
マイクから離れ深々と頭を下げるブリタニアの皇子に、会場が声を失った。
進行役が式典の中止を伝え、会場から退出するよう呼びかける。
警備の兵は、会場を出る日本人の誘導と整理に動き出した。
あまりの事に放心している者が多く、目立った混乱話見受けられない。それを確認すると、スザクはNACの代表として出席している桐原と神楽耶に向き直った。
事態の収束が見られた事で、衛兵によって留め置かれていたゼロもそこにいた。
「このような事になってしまい、誠に申し訳ありません。
なんと言ってお詫びしたらいいのか……ですが、この行政特区日本は必ず設立させます。その事はどうか信じて欲しい。」
「正直、貴方の言葉をどこまで信じたらよいのか………
あの皇女にはまんまと騙されましたわ。虫も殺さぬような顔であんな事を考えていたとは………」
「全くだ。それこそブリタニアの本質ではないのですかな。スザク殿下。」
怒りに任せてまくしたてる神楽耶に桐原も同調する。
明らかな不敬発言をする2人に、ブリタニア側の出席者は顔をしかめ、警備担当者は彼らを睨みつける。
「おふたりのお怒りはごもっともです。ですが、彼女がこのような事を画策していたとは、とても信じられないのです。」
「何を言っているのです。現に貴方も銃を突きつけられたではありませんか。
それこそが、あの女の本心と言う事でしょう。
7年間妹として一緒に生活していながら、結局は貴方の事を殺したいほど疎ましく思っていたのですわ。
殿下……いいえ、枢木のお兄様。貴方がブリタニアに騙され利用されていた確たる証拠ではないですか。」
「神楽耶……」
スザクは眉根を寄せると、今まで沈黙を守っているゼロに視線を移した。
「ゼロ。ユーフェミアと2人きりの時に何があったんだ。
彼女が持っていた銃は…君が持ち込んだのか。」
「───違う。あれは彼女が隠し持っていた物だ。」
「なっ……!?」
「不穏分子を集め抹殺するために考えたのだと言って、私に向けたのだ。
私は、彼女から銃を奪いとろうとしたが逃げられ、私一人を抹殺すればすむ事だと思っていたが、こうなった以上会場の日本人には死んでもらうしかないと、会場へ飛び出して行ってしまった。」
「そんな……どうして…嘘だ………!」
「嘘ではない事は、貴方が一番お分かりでしょう。」
「………信じられない………」
スザクは、首を振りながら呟く。
ルルーシュは、スザクの言葉の真意を理解していなかった。
信じられないというのは、ユーフェミアの行動を受け止められない表れと考えていた。
だが、そうではない。
驚愕の表情で呟いたのは、ゼロ…ルルーシュの事だ。
ルルーシュは、スザクがユーフェミアからゼロの正体を聞いている事を知らない。だからこそ、当初の計画通りユーフェミアを悪に仕立てた。
しかし、その事が彼女を貶めるためのでっち上げである事を露呈する事になってしまった。
ユーフェミがそんな事をするはずがないのだ。
それはつまり、ゼロがユーフェミアを陥れたと告白しているのも同然で………
───集団催眠でも使えるのかな───
かつて、シュナイゼルが呟いた言葉が頭の中をぐるぐる駆け回る。
ぐらりと足下がふらつくのを、必死に踏みとどまった。
ルルーシュ…君は、ユフィでさえ……!
「………ゼロ………」
スザクからかすれた声が漏れる。
「君は、この先に何を望む……?」
「───我々黒の騎士団は、行政特区日本には参加しない。
ブリタニアの中の日本ではなく、堂々と独立した日本国をこの地に建国すると宣言しよう。」
「真っ向からブリタニアと闘うと?そのために多くの血がまた流されても?」
「もはや戻る道などない。数多の屍が積み上がろうとも、それを踏み越えて行く覚悟は既についている。」
ゼロの答えに、スザクは顔をしかめた。
「───前総督を殺めたときから……?」
「そうだ。」
「そうか………」
呻くように呟く。
「枢木のお兄様。貴方も、ゼロの創る日本国に参加して下さい。
ブリタニアは、あなたのいるべき国ではありません。」
対峙するゼロとスザクの間に、神楽耶が進み出る。
「貴方がどれだけこの国の人達のために心を砕いても、踏みにじられるだけですわ。私はもう、ブリタニアに傷つけられる貴方を見ていたくない。だから……」
力ずくでも、一緒に来てもらいます!
「神楽耶……!」
白と朱の装束に身を包んだ少女の手に、先ほどスザクが奪い捨てたニードルガンが構えられていた。
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