chapter.2
ネオウエルズの高級住宅街を抜け、近郊の森林地区への街道を走る。
開け放した車窓から、さわやかな風に乗って教会の鐘の音が運ばれて来て、ルルーシュはそちらの方へ目をやった。
小さなチャペルから新郎新婦が現れ、参列者からライスシャワーの祝福を受けている。
ああ…そういえばもうそんな時期だったな。
6月と言えば、日本では梅雨だが、ブリタニアは新緑も鮮やかな1番気候のいい時期だ。この頃に結婚する花嫁は幸せになれるという事から、結婚式もあちこちで見かける。
「ナナリーもそろそろ、そんな事を考える年になったな……」
子供の頃から大人の都合に振り回され、今は、前皇帝だった自分の尻拭いをさせてしまっている妹に、年頃の少女らしい生活を送らせてやれなかったと後悔する。
「ナナリーには、誰か思いを寄せる相手がいるのだろうか……」
日々政務に追われる妹に、そんな相手がいるのだろうか……きっとそんな事を考えるゆとりもないだろう。
自分が良い縁を探してやった方がいいのだろうか……いや、それこそいらぬ世話ではないのか。第一俺が、そんな相手を見つけられるのか?
「まず無理だな……」
どんなに良い人物でもケチをつけてしまいそうだと苦笑する。
妹の嫁入り先を考えてやれるとは……5年前は思いもしなかった。
今、本当に充実した毎日を送っている。
あの頃夢見たささやかな幸せを堪能している事に喜びを感じるとともに、その幸せに影を差そうとしている人物へ憤りを覚えるのだ。
プアン。と、後ろからクラクションが鳴らされ、大型トレーラーが横をすり抜けて行く。
「考え事しながら運転するものじゃないな。」
ルルーシュは、運転に集中する事にした。
自宅のある森にさしかかった時、風に乗って運ばれてくる空気が違う事に気がついた。
「何だ……これは……!」
きな臭い匂いが漂ってくる。
「まさかっ……!」
ルルーシュの胸は早鐘のように激しく打ちだした。
アクセルを強く踏み、細い山道を突き進む。行く手を遮るように張り出した枝をへし折りながら全力で走る乗用車に驚いた野鳥が、鳴きながら飛び去って行く。
坂道を登り詰め、スザクとのささやかな住まいへと辿り着いた時、眼前の光景に息を呑んだ。
「こ…これは……」
震える手でドアを開け、運転席から出る。
辺り一面に立ちこめる硝煙の臭いに、鼻を塞いだ。
彼らのささやかな住処は、無惨としかいい様の無い姿を晒し、痛々しく迎える。
「銃撃……されたのか………?」
ログハウスの前面には無数の弾痕がある。
玄関の横の窓は窓枠ごと破壊され、そこから屋内が丸見えになっていた。そこから見えるリビングもキッチンもボロボロだ。
破壊された家具や食器が部屋中に散乱している。
そして、玄関のドアは開け放たれ、そこには……
屋内に頭を向け、緑色の髪をまき散らせた状態で仰向けに倒れているC.C.があった。
そう。C.C.の遺体が………
「額に1発……他に目立った外傷はない………」
額を撃ち抜かれ、目を見開いて倒れる彼女の周りには血だまりができている。
硝煙に混じって漂う血臭に、ルルーシュは眉をしかめた。
ワォン、ワォン。
奥から犬が飛び出して来る。
ルルーシュの愛犬のボーダーコリーだ。
「アレキサンダー。無事だったか……!」
ナァーン。
情けない声で、のろのろとスザクの愛猫も出て来る。
「アーサー。お前も………」
犬の頭を撫で、猫を抱き上げる。
だが、1番大事な……大切な者の姿が無い。
「スザク……」
アウン……
アレキサンダーが、家の前のある一点に向って歩き出した。
そこには、見慣れた…ルルーシュにとって思いで深いものが落ちていた。
それは、愛しきものに渡し、己の胸を貫かせた剣。
リビングの壁に装飾品のように飾られていたそれが、むき身の状態で放置されている。
ルルーシュはそれを拾い上げると、柄をぎゅっと握りしめた。
そして、携帯端末を取り出し、あるところに繋げる。
「──俺だ。」
通信相手は、その硬い声に息を呑む。
「事情は後で説明する。信用の置ける口の堅い者を、こちらへ差し向けてくれ。ああ……軍でも警察でも……黒の騎士団でもいい。」
『───一体何が………』
うわずった声が、ルルーシュの鼓膜を震わせる。
「家が銃撃を受けて大破している。C.C.が殺され……そして…スザクがいない………恐らく、連れ去られたんだ……!」
ギリッと音がする程、ルルーシュは奥歯を噛み締めた。
コメントを残す