共に煌めく青玉の【騎士ー2】※R18 - 4/10

「うっ………」
 浮上する意識。頭部にズキズキとした痛みがある。
 右の額にべっとりと何かがはり付いている感じと、鼻を突く鉄の臭い……出血している事が解る。
「目が覚めましたか。殿下、」
 どこかで聞き覚えのある低い声と下卑た笑い声が耳障りだ……そう思いながら瞳を開く。
 最初に視界に入ったのは、椅子の脚と男のものと思われる軍靴だった。
 その事に、自分が床に寝そべった状態でいる事が解った。
 ゆっくりと視線をあげる。その先に見知った男がいた。
「お久しぶりです。スザク・エル・ブリタニア殿下。
 その節は、大恥をかかされました。」
 含み笑いのその男を睨みつける。
「ええ。お久しぶりです。フレイザー卿。
 僕としては、貴方に恥をかかせる意図はなかったのですが……騎士としてみっともない真似をした貴方の自業自得でしょう。」
 フレイザーの顔から笑みが消える。
「この後に及んでまだ、そんな減らず口が叩けるとは……
 ご自分の立場が分かっていないようですな。」
 引きつった笑みを見せる男に、スザクも負けずに相手を見据える。
「ご自分が今どんな格好をしているか分かりますか。」
 そう言って、スザクの前に紙の束をバサリと投げる。
 それは、ただの紙では無くプリントされた写真だった。写っているものにスザクの表情が変わる。
「貴方に拘束服を着せるために、お召し物は全て脱がさせて頂きました。ああ。殿下の承諾も無く申し訳ありません。しかし、貴方が目を覚ましてしまうと少々厄介なので、気絶させた後に麻酔薬を打ったものですから。少々乱暴にしても、全く気がつかれませんでしたね。」
「ぼ…僕に何をした……」
「まだなにも……裸にして写真を撮っただけですよ。我々の手元にいるのが誰か、兄上様に分からせるために。」
 そこで、フレイザーはクスリと笑った。
「しかし驚きました。あの警戒心の強い貴方が、こんなに容易く手に落ちるとは……だが、情事の後では注意力も散漫になろうというものですね。」
 そう言って、自分の首の一点を指す。
「なかなか艶っぽいアクセサリーを付けていらっしゃる。」
 周りから、また下品な笑い声が聞こえる。スザクを取り囲むようにいる男達のものだ。
「あの庭園にある小屋は、若い兵士達の間では格好の逢い引き場所だそうで……殿下までご存知とは恐れ入りました。
 お相手は、あのプレゼントの女性か、ヴァインベルグの末息子か……」
 くつりと笑う男に顔を背ける。
 フレイザーは、侮蔑を込めた目でスザクを見下ろしながら言葉を続けた。
「手伝いを頼んだ者達です。質の悪い貴族にくっついているごろつきで、金で雇ったのですが……貴方に大変興味を持っているようでしてね。全て用がすんだら、連中の相手をしてやって下さい。」
「断る。」
 即答するスザクに、男達は顔を引きつらせ、フレイザーはその笑みを硬化させて行く。
「───本当に立場が分かっていないな。貴方の生殺与奪権は、私にあるのだ。」
「貴方にそんな権限はないだろう。」
 スザクは小さく笑う。
「貴方は勝手な真似は出来ない。主人の許しがなければ何も……違いますか?」
「違うっ。これは、私の個人的な恨みによるものだ。
 あの模擬戦で、私はフランツ殿下の騎士を辞さねばならなくなった。それもこれも、あんな茶番を仕掛けたシュナイゼルと貴様のせいだっ。」
「自分をクビにした皇族を、何故そうまでして庇う。そもそもが、自分の騎士を暗殺者にしようとしたあの方達が悪いというのに……そんなに、皇族の騎士の座が惜しいのか。」
「ああ。惜しいともっ。私は庶民の出でね。騎士候となり皇族に仕える事は、夢だったのだ。
 お前のように、何の苦もなくこの神聖ブリタニア帝国の皇室の一員になれた小僧に、私の苦労が分かるはずもない。
 陛下にどうやって取り入った。その体を使ったのか、そうだろう。でなければ、ナンバーズの子供をご自分の養子になど……誰に仕込まれた?父親か?」
 醜く歪んだ顔で問い質す男の顔には、皇族の騎士の品性の欠片も見受けられない。
「人を侮辱するにも程があるぞ。ダグラス・フレイザー!
 それでよく、皇族の騎士を名乗れるな。恥を知れっ!」
「ナンバーズ風情がっ!」
 激高したフレイザーに脇腹を蹴り上げられ、うつぶせの体勢から仰向けに転がされる。
「うっ……!」
 後ろ手にされている両腕が、体の重みを受け軋んだ。
 怒りに任せて、フレイザーがその足でスザクの腹を踏みつけようとした時、
「やめたまえ。フレイザー。」
 穏やかな声が制する。
 部屋の入り口に2人の皇族がいた。
 フランツ・ディ・ブリタニアとピエール・ディ・ブリタニア兄弟である。
 フレイザーは慌ててかしこまり、男達もそれに習って頭を下げる。
「スザクの言う通りだ。今のは、皇族の騎士としては戴けない暴言だ。私の騎士にまた戻るつもりなら、品性を疑われるような発言は慎みたまえ。」
「申し訳ありません。」
 元騎士は、深々と頭を下げる。
 フランツは満足そうに微笑むと、スザクを見下ろして笑みを深くする。そこには明らかな侮蔑の色があった。
「それにしても、情けない格好だね。それでは腕が痛いだろう。」
 手伝ってやれとフレイザーが男達に指示すれば、スザクは不自由な手足にも構わず自力で体勢を戻した。
「ああ。本当にみっともない。だが、とてもよく似合っているよ。スザク。そうやってイモ虫のように地べたに這いつくばっているのがナンバーズ本来の姿だ。」
 嘲って見下ろして来る血のつながらない兄達を、射殺さんばかりの勢いで睨みつける。
「やはり………貴方がたの指示でしたか。」
 フランツは肩をすくめ、呆れたように笑う。
「おいおい。勘違いしては困るな。君を攫って来たのは、フレイザーとこの男達だ。あの模擬戦以来、復讐の機会をうかがっていたらしい。
 今日、思わぬ所で君を捕らえる事が出来たので、君を手土産にまた私の騎士にして欲しいと話を持って来たのは彼だよ。」
 そう言ってフレイザーを見やる。
「私達は彼の復讐に便乗したに過ぎない。最も、私の騎士に戻りたいのなら、お前を使ってシュナイゼルを追い落としてみせろ……とは言ったけれどね。どうするのかは、この男の裁量だ。」
「既にシュナイゼルには脅迫文を送りつけています。あの宰相なら、こちらの要求がなんであるかはすぐ分かるはず。」
 宰相という言葉に、皇子の目が細められる。
「宰相……?あの男には過分な肩書きだ。国を動かす器ではない。
 その証拠に、領国のナンバーズどもの反抗が後を断たないではないか。手ぬるいのだよ。私ならそんな事はさせない。抵抗しようと言う気も起きよう、きっちりと躾けてみせる。」
 フランツは、睨みつけてくるスザクに、嗜虐的な笑みを見せた。
「───弾圧は、人々の怒りを増幅させる。蓄積された怒りは、いつか何かの切っ掛けで爆発したら、その勢いは容易に抑える事は出来ないだろう。押さえつける力が強ければ強いほど、その反発も大きい。1つのエリアで起きた反乱が、他のエリアへの火種にもなりかねない。領民の不満を溜めさせない手だては必要だ。」
「黙れっナンバーズ!貴様のような下賎の者の言葉など聞きたくもない。
 全く、お前のような者を“弟”などと呼んで側に置く者の気が知れない。所詮伯爵家出の娘の子供だ。」
「母親の出自など、関係ないでしょう。」
「あるのだよ。特にこのブリタニア皇室では、母親の家柄のよさが格の差になる。能力に差がなければ、格上の私こそが宰相となるに相応しい。」
 堂々と言いきるフランツを、スザクは鼻で笑う。
「いったい、なにを根拠にそのように勘違いしてしまったのか……シュナイゼル兄上と同等の力をお持ちだと?
 貴方の理屈が正しければ、とうに陛下がそうなさっておいででしょう。大侯爵家の出でいらっしゃるエレイン皇妃のお子様なのですから。だが、貴方に宰相は愚か、何の役職すら与えられていないではありませんか。家柄や血筋では、国は動かせませんよ。」
 冷ややかなスザクの言葉に、眉目秀麗な部類に入るフランツの顔が歪んだ。
「黙れっ!下郎!!」
 靴の踵で顎を蹴り上げられ、口の中を切った。
 口の端から血を流すスザクを、怒りと憎しみ、侮蔑…様々な悪意の籠った目で睨みつける。
「煩い虫め。どちらにせよ、お前の命運はつきている。生きて返れると思うなよ。」
 血走った目を向ける皇子を、スザクもその翡翠を強く煌めかせて睨むのだった。

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