軍司令部の前に待たせていた車に転がり込むように乗ったジノではあったが、後悔と自責で顔を俯かせたままだ。
いつも明るくて陽気なジノしか知らない運転手は、様子を訝るが話しかけれない雰囲気に、後ろをちらちら気にしながらハンドルを握るしかなかった。
どうしてあんな事をしてしまったのか……スザクが自分を騎士にする気がないと分かった途端今まで抑えていた想いが堰を切ったように溢れ出て、欲望のままにスザクを求めていた。
そう。まるで砂漠で遭難した者が乾いた体に水を欲するように……
「───完全に終わった………」
もう、騎士は愚か友人としても側にいられない。スザクが自分を赦すはずがない。
睨みつける潤んだ翡翠の瞳が忘れられない。
自業自得とは言え、居たたまれない気持ちになった。
憔悴しきって玄関をくぐれば、執事が、父親がずっと帰りを待っているのですぐに書斎へ行くようにと告げる。
辟易したジノはゆっくりと首を振る。
「今日は気分が優れないから、このまま自室に戻りたいんだ。
母上にも、仮縫いは明日以降にしてくれるよう伝えてくれないか。」
「承知いたしました。お加減が悪いのでしたら、お薬をお持ちしますが。」
「いや。大丈夫だ。」
階段に足をかけた所で二階の踊り場に父親が姿を見せた。
「ジノ。戻ったのか。話があるから書斎に来なさい。」
命令にムッとして顔を背ける。
執事が、取りなすためにジノの気分が優れないのだと言った。
「軍で何かあったのか。」
「いいえ。それに、父上のお話の内容は、伺わなくても分かります。
スザク殿下の騎士を辞退しろというのでしょう。
その事でしたら、さっき殿下から直接、撤回すると言われました。満足ですかっ!」
睨みつける息子に、ヴァインベルグは息を呑む。
「本当なのか……スザク様ご本人が、叙任を撤回すると……?」
「ええ。いつナンバーズに戻るか解らない、名ばかりの皇子の騎士など私の将来の汚点にしかならないと仰られて………
何故、殿下が私にそんなことを言わなくてはならないのです?
周りがなんと言おうと、あの方は、陛下がご養子に迎えられたれっきとした皇族です。実子ではないというだけで、何故、与えられている特権さえも放棄しなくてはならないのです。
一体誰が、あの方にそう思わせているのですかっ!」
噛み付くように言い放つと、唖然としている父親の脇をすり抜け、自室に駆け込んだ。
ばたんと大きな音を立てて閉じられた扉に、ヴァインベルグ侯爵は息を漏らした。
「───スザク・エル・ブリタニア殿下……聡いお方であって良かった。
あの方の立場が盤石であれば、私も諸手を上げて喜べたものを……」
小さく首を振ると、階下で親子の会話を静かに見守っていた執事に、外出すると伝える。
「どちらまで。」
「イルヴァル宮のラウンズ詰め所だ。ヴァルトシュタイン卿にお目通りしたい。」
「では、そのように特務室に確認いたします。」
「ああ。よろしく頼む。」
その場を去る執事を見送り、ヴァイベルグは一人言のように息子に詫びる。
「全ては、お前と我がヴァインベルグ家のためだ。
………お前にとっても、悪い話ではないはずだ。ジノ。」
ちらりと息子の部屋を見る。しんと静まり返った扉からは、中の様子を伺い知る事は出来ない。
小さく息を漏らすと、彼も自室に戻るのだった。
部屋に駆け込み、そのままの勢いでベッドに倒れ込む。
「サイテーだ。八つ当たりまで………」
今まで溜めに溜めていたものが一気に吹き出したようだ。
スザクへの想いも父親への不満も………
「皇族の専任騎士になろうという者が、自分の感情をコントロールできないようでは……」
そこ待て呟くとはたと気づき自嘲する。もう、そんな日は来ないというのに。
「スザク……ごめん……」
スザクを無視して自分の感情を押し付け乱暴した……最後までいかなくて良かった。これでスザクを傷つけてしまっていたら……二度と立ち直れない。そんな気がする。
スザクへの謝罪の言葉を呟きながら目を閉じる。
瞼に映る彼は、微笑んでいてくれた。
いつの間にかうたた寝をしてしまっていたらしい。ジノは、何度もノックされる扉の音で目を覚ました。
呆然としている彼の耳に、執事の呼びかける声と母の声が飛び込んでくる。
髪をかきあげ、おっくうそうに起き上がると、のろのろと扉を開いた。
「一体何事です。大騒ぎで……」
咎めるジノを遮るように、母が取り乱した声をあげた。
「ジノ、大変よ。貴方の皇子殿下がっ!」
その言葉に不機嫌だった顔が強ばる。
「スザク……殿下に何かあったのですか!?」
「軍司令部のコーネリア様をお尋ねになった後、お姿が見えなくなったとシュナイゼル様より使者が………」
「貴方、今日スザク様と会ったと言っていたそうね。
その時、他にどこかにいらっしゃるとか聞いていないの?」
「いいえ。そのような事は……」
マントルピースの上の時計を見ると、時刻はもう夜にさしかかろうとしている。
「使者の方はどちらに?」
「下の応接でお待ちです。」
ジノが執事と母親を伴って階下に降りると、使者としてヴァイベルグ家を訪れたスザクのSPが部屋の外にいた。
「レナード先輩。」
学生時代の癖でそう呼べば、厳しい顔が返ってくる。
「ヴァインベルグ卿。最悪の事態です。」
「な…に………?」
「今しがたシュナイゼル様から連絡が……スザク様は、恐らく誘拐されたと考えられます。」
その凶報に息を呑む。
「私は、急ぎ離宮に戻ります。」
「同行しても……?」
「是非お願いします。」
「すぐに支度します!」
取る物も取り敢えずレナードと家を出るジノに、ヴァイベルグ夫人は微笑んだ。
「気をつけて。必ずお救いするのですよ。貴方にとって大切な方なのでしょう?」
「はい。」
力強く返事をする息子に、母は笑みを深くする。
本当に、凛々しくて惚れ惚れするわ。
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