「スザク様は、軍司令部の帰りには必ずシェルブール庭園のバラをご覧になるのが習慣で……今日もそちらにお寄りになったのです。」
エル家の車の後部座席にジノと隣り合わせに座るレナード・ボルイックが説明しだす。
ジノは、その事に頷いた。
「ええ。私もそちらで殿下にお会いしました。」
「───!!それで、殿下とはいつまで……?」
レナードが顔色を変え問い質して来るのに、ジノは一瞬躊躇し言葉を選んで話した。
「最初は、挨拶とたわいもない話をしていたのですが……騎士の事になって……その…殿下と口論になってしまって……私は、1人で帰ったのです。
殿下をひとりにするのにはためらいがありましたが、お互い気が立っていたので………」
「そう…でしたか……」
スザクがジノを騎士とする事をためらっているのは周知の事実あり、レナードも深く追求する事も無く嘆息する。
「殿下が襲われたのは、きっとその後でしょう。
スザク様と最後に連絡を取ったのは私でした。
その時、お迎えに上がるというのを断られて、殿下が私達の所へ戻っていらっしゃるのを待っていたのですが……なかなかお見えにならなかったので庭園に行ってみたら………」
そう言って、懐からある物を取り出してみせる。
それは、踏まれて形の崩れたプレゼントの包み……スザクがマリエル嬢に渡すはずの、彼女の髪飾りの箱だった。
「ベンチの側にこれが落ちていただけで、殿下のお姿はどこにも……
ベンチの上に新しい血痕がありました。」
その報告に、ジノは驚愕する。
「で…殿下は、怪我を負わされて連れ去られた……?」
「恐らく……殿下が私と最後の会話で仰られていた“ご友人”を捜していたのですが、やはりヴァインベルグ卿でしたか……」
「───なんて事だ……やはりひとりにすべきじゃなかった。」
ジノは、頭を抱えた。
「シュナイゼル殿下!」
執務室に飛び込めば、既に多くの先客がいた。オデュッセウスを始め、クロヴィス、コーネリアとユーフェミア姉妹だ。
五対の淡い紫の瞳が一斉にジノに向けられる。
「やあ。ジノ、良く来てくれた。レナードの報告だとスザクと最後に会ったのは君らしいね。」
「はい。そのようです。」
「その時、不審な者に気がつかなかっただろうか。」
予想通りの質問にジノは顔をしかめ、俯くしかなかった。
「申し訳ありません。気がつきませんでした。」
「そう気に病んではいけないよ。」
オデュッセウスが気遣う……が、コーネリアは厳しい言葉を投げかける。
「何故スザクをひとりにした。お前は騎士になるのだろう。それを……!」
主人を置いていなくなるとは……っ。
皇女の叱責に肩を振るわせる。
「───申し訳ありません。……いい訳ですが……その、騎士の事について殿下と揉めまして……少々、いや、かなり頭に血が上っていたので………」
「揉めた?」
コーネリアは首を傾げる。
「ジノ、もしかして……」
シュナイゼルが眉をひそめた。
「スザク様に、騎士叙任を撤回すると言われ……口論に………」
その言葉に皇族達は驚いた。シュナイゼルは、深々と嘆息し、首を振る。
「周りの雑音に耳を貸すなと言い続けて来たのだが………」
「それがかえって意識させてしまったのかな。
ヴァインベルグ候には、私からも口添えしたが、納得はしてもらえなかったようだ………」
申し訳なさそうに、オデュッセウスはジノを見る。
「いいえ。スザクを説得しきれなかったのは私の力不足です。」
「あの子が頑固なのは元からだ……今回はそれが悪い方に働いてしまったのだろう。
ジノを中心に、親衛隊を編成する準備も進めていたのだが……」
嘆息まじりの言葉に、ジノは表情を変える。
「その事、スザク様は……」
「勿論知っているよ。秘密にする事ではないからね。」
「納得されていたのでしょうか。」
「うん?」
ジノの咎めるような物言いに、皇族達の視線が鋭くなる。
「スザクが言っていました。シュナイゼル様と私に申し訳ないと。
シュナイゼル様がスザクを護るためにいろいろと手を尽くされている事に、引目を感じているようでした。
私達がスザクのために……と、画策する事で、もしかしたら追い込んでしまっていたのかもしれません。」
「どういう事だ、ジノ。スザクのために、よかれとした事が裏目に出たと言いたいのか。」
コーネリアのきつい声が、部屋の空気を震わせた。
「はい。」
「どういう事かよくわからないな。兄上の思いやりが、スザクには通じていなかったという事かい?」
クロヴィスの問いにジノは首を振る。
「いいえ。それはよく伝わっていると思います。多分痛いくらいに……
でも、あの方はそれを良しとしない。」
シュナイゼルは、組んだ手の上に顎を乗せ、じっと弟の友人を見た。それは、1つの驚きだった。自分に意見を言う者が、兄弟以外で出て来ようとは……それほど、彼は一途にスザクの事を考えてくれている。
それが、嬉しくもあり、少々悔しくもあった。
「スザク様が木に登られる理由を、ご存知ですか?」
「木登り?」
シュナイゼル以外の皇族は、不思議そうに首を傾げる。
「以前尋ねたら、空を近くに感じられるからだと言っていたよ。」
「私には、空に手が届きそうだと言っていました。私も、広い空を見て思ったのです……高い木の上からなら、あそこへ飛んで行けそうだと。」
シュナイゼルの顔色が変わった。
「殿下。スザクは、本当はもっと自由に動きたいのではないのでしょうか。かごの中の鳥のようにただ護られるのではなく、野生の鳥のように空を自由に飛びたいのでは……」
シュナイゼルは眉根を寄せ、それでも黙ってジノの言葉に耳を傾けている。
「エリア6で、スザクはテロリストを殺す事はしませんでした。
自分の命を狙われているというのに、彼らと闘う事もためらっていました。その時言ったのです。『敵は、他にいる。』と……
シュナイゼル様。スザクはただ護られるのではなく、自分もシュナイゼル様の事を護りたいと考えているのではないのでしょうか。
兄上様のために闘いたいと……だから騎士を……兄上様からのお仕着せである私を騎士にしたがらないのでは。」
「ジノ。言葉が過ぎるそっ!」
コーネリアが怒鳴った。
自分の考えに夢中になっていたジノは、はっとして頭を下げる。
「も…申し訳ありません。偉そうな事を………」
「いや。多分、ジノの考えは正しいよ……私は、どこかであの子をまだ国に来たばかりの儚げな子供のままで見ているのかもしれない。
いや、違うな。あの子を可愛がるばかりに、私の手の中に閉じ込めようとしていた。スザクのためだと言いながら、その行動を制限していたのだろう。あの子が窮屈に感じてしまうほどに……」
「兄上、何を言うのです。この、敵だらけの宮中で、寄る辺もないスザクを護り、ここまで育てて来たのは兄上ではないですか。
大切なものを、全身全霊で護る事の何がいけないというのですか。」
「コウ。そう言う考えが、スザクに負い目を感じさせているのかもしれないよ。私達と血が繋がっていない事を一番気にしているのは、他でもないあの子自身だ。」
オデュッセウスの忠告に、コーネリアははっとして目をそらした。
「どこかでまだ、護ってやらねばならぬ可哀想な子と思っていたのかもしれませんね。」
クロヴィスが苦笑する。
「───ジノ。騎士の件だが、一旦白紙に戻しても構わないだろうか。」
「はい。」
シュナイゼルの問いかけに大きく頷く。
「それでも、私は騎士を諦めるつもりはありません。必ず、スザクに任命させてみせます。」
「頼もしいね。では、そうさせるためにも、今はスザクを救出せねば。」
「はい!」
ジノの顔に、やっと笑みが戻った。
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