「一体何が起きている?」
戦略パネルのマーカーの動きに唖然としながら、エンドーバーが副官に尋ねる。
スザクら3人に向って、テロリストが次々と襲いかかっている。
今は何とか躱しているようだが、多勢に無勢。取り囲まれたら一巻の終わりだ。
「殿下が馬鹿正直に敵に名乗ったらしいです。」
苦笑まじりの報告に、エンドーバーのこめかみがヒクヒクする。
「あの悪童が……っ。揺動とは言ったが、敵全部を自分に引きつけてどうする!1番近くは誰の部隊だ。」
「キース・マシューズ少佐の部隊です。」
「キースか。援護に……」
『こちら、マシューズ。殿下の回収に動きます。』
「よろしく頼む。全く、とんでもない腕白小僧だ……!」
『ハハハ……手間が省けていいじゃないですか。ここで全滅できれば、私達の一人勝ちだ。』
「手柄より先に殿下の保護だ。」
『イエス マイ ロード』
「後で、どんな仕置きがいいかコーネリア様と相談せねば……」
通信を切ると、エンドーバーは手の中の指揮鞭をピシリと鳴らすのだった。
『バート。マシューズだ。お守りご苦労さん。
カワイコちゃん守りながらこっちに来い。後ろから追いかけてくる悪い虫は、全部落としてやる。』
「マシューズ卿。助かります。」
『しかし、凄い人気だな。大女優かと思っちまうぜ。』
「賞金首だそうですよ。我らが皇子殿下は。」
『おいおい。なんだそりゃ。』
「さあね。とにかく、連中かなり殺気立っているので……」
『了解。二時の方角だ。180秒後に一斉砲撃をかける。
それまでにこっちに来れるな。』
「イエス マイ ロード。
2人とも聞いていたな。二時の方角。150秒で合流するぞ。」
『イエス マイ ロード。』
『マシューズ卿。殿下達の機影が見えました。』
「了解。撃方用意。」
キースは、自分が騎乗するサザーランドのコクピットのパネルにある時計を見てほくそ笑む。
「砲撃予定に変更はない。40秒後に撃ち込むぞ。
くれぐれも、ロイヤル・パープルのサザーランドには当てるなよ。」
『そんな恐ろしい事やる奴なんていませんて。』
『俺たちのカワイコちゃんに、そんな事する訳ないじゃないですか。』
「ハハハ……そりゃそうだ。」
『隊長。バート少佐始め3名、収容しました。』
「よし。撃方始めっ!」
キースの号令に、大地が震えた。
作戦は、当初の予定とは大幅に違ったが、結果成功に終わった。
スザクが囮となって引きつけたテロリストの大半は、キースに合流したエンドーバー隊と本隊からの応援で一網打尽にでき、採石場の管理棟を占拠していたテロ主犯格を捕縛。
そこに人質として捕らえられていたブリタニア人を開放した。
「マシューズ卿。ありがとうございました。」
作戦終了後、スザクは、自分たちを保護してくれたキースの元を訪れていた。
機体整備中の慌ただしい中、キースは快くテントの中に招き入れ自ら淹れた紅茶でもてなしてくれた。
「礼には及びません。お互い、作戦通りの働きをしたまでです。
まあ。ちょっと、予定以上の事はありましたが、大方作戦通りでしょう。」
おどけて言うキースに、スザクも笑顔を見せる。
「まさか、自分の首に賞金がかけられているとは思いませんでした
卿がすぐに動いて下さって助かりました。」
「いやいや。しかし、その話には私も驚きました。悪い虫どもを捕らえられて良かったですよ。」
2人は顔を見合わせて笑う。
「でも、本当に何かお礼がしたいな。僕に出来る事があれば……」
「でしたら。また、殿下のおみ足をウチの連中に拝ませてやって下さいよ。」
ニャリと笑うキースに、スザクはキョトンとした顔を向ける。
「また、女装するんですか?」
「マシューズ卿。」
スザクの後ろに控えるジノが、ムッとした顔で窘めるが、キースは構わずに話を続ける。
「今度は違う扮装がいいですね。ミニスカのメイドとか、ナースとか……」
「学生服は、もう駄目ですか?今言われた格好だと足の毛を処理しないと……」
考え込むスザクにジノは額に手をやり、言い出したキースは目を丸くしていたが吹き出すと声を上げて笑いだすのだった。
「冗談。冗談ですよ。そんな真面目に考えないで下さい。
先ほども申しました通り、礼など必要ありません。皇族の方が、あちこちに借りを作っていては身が持ちませんよ。」
「はあ……」
「マシューズ卿。殿下をからかうのは止めて下さい。
変なところで生真面目な方なんですから。」
剣呑とした表情でジノが言えば、肩をすくめる。
そこへ、整備担当者がキースを呼びにきた。
「では、殿下。申し訳ありませんが呼ばれておりますので……
ああ。また、何か余興の折りにでもお願いしますよ。うんと可愛いやつ。殿下の女装は、ことのほか兵達の受けがいいのでね。」
笑いながら去って行く彼を苦笑いで見送るスザクに対し、ジノは不機嫌そのものだ。
「冗談と言いながら、女装させる気満々じゃないか。
スザク。不敬罪で訴えなくてもいいのか?」
「ジノ。何をそんなにイライラしているんだよ。
女装なんて、ほんのお遊びだろ。見せたって減るものじゃなし、気持ち悪がるどころか喜んでくれるなら……大体、ジノだってやったろう。入隊したときのレクリエーションで。」
「あれは、新入隊者全員でだろ。皇族が兵を労うのに、なんで女装するんだよ。」
「駄目かなあ。」
「当然だろ。あの時だって、コーネリア様、相当顔を引きつらせていたぞ。
あれ以来、兵の中でお前がなんて呼ばれているのか知ってるのか。」
「カワイコちゃんだろ。なんでそう呼ぶのか分からないけど。」
首を傾げるスザクに、ジノの機嫌はますます悪くなる。
「とにかくいこう!コーネリア様に報告だろう。」
「あ……ああ。」
先を歩くジノに、スザクも慌てて歩き出す。
歩きながら、ジノは毒づいていた。
「全く、余計な事を……っ。」
新入隊者歓迎のレクリエーションで披露した女装……
ユーフェミアから借りたのだという学生服を着て登場したスザクは、集まった全員の目を釘付けにした。
上背のあるスザクが着たため、少し長めのスカートは丁度膝丈。スポンサーのユーフェミアが悪のりして渡した長髪のウイッグまでつけて現れたため、童顔も相まって、本物の少女のようだった。
女性兵士からも自分より可愛いかもと評を貰い、人気投票1位の座に輝いた。
以来兵達の間では、スザクの事を“カワイコちゃん”と呼んでいる。兵士達のたわいもないお遊びとして、コーネリアもその事に関しては黙認している。
だがジノは……スザクの事を“カワイコちゃん”と呼ぶものの中に自分と同じ感情を抱いている者がいそうで気が気ではない。
こんな事を考えてしまう自分が異常ではないのかとジノは小さく息を吐いた。
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