真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 8 - 6/6

「───退院?」
ニコニコ微笑んでおめでとうと告げる院長と看護師長を、ルースは絶句して見つめる。
「ルース君、最近すっかり元気になって……もう病院で看護しなくても良くなったのよ。ここまで回復して本当に良かったわ。」
母親のような慈愛のこもった目でしみじみと言う看護師長に、ルースはおずおずと話しかける。
「で、でも……僕、ここを出てどこへ行けば……」
そもそも、このことをブラッドレイは了承しているのだろうか。
いや、軍病院が大総統の了解もなくこんなことをするはずがない。別の施設に移すというのであれば、隙を見てエドワードとアルフォンスがいる北へ逃げてやろうと目論んでいると、彼女は「心配しなくても大丈夫よ。」と笑いかける。
院長も彼女の言葉に頷く。
「まったく君は、運がいい。
これまでの不運を、ひっくり返す強運を手に入れたに違いない。」
少々興奮気味に話す老医師を、ルースは唖然として見た。
「貴方を引き取って下さる方が、お迎えにいらっしゃってるのよ。」
「僕を……引き取る……?」
状況を理解できずにいる彼を他所に、看護師長が病室のドアを開け、2人が恭しく頭を下げる。
開かれたドアから入ってきた人物に、ルースは驚愕で目を見開いた。
そんな彼に、件の人物は目を細めると、穏やかな声で語りかける。
「ルース君。貴方の事は、これからは我が家でお世話することになったのよ。
よろしくね。」
言葉と同じ穏やかな微笑みで、ルースの前に立つ人物は、ブラッドレイ大総統夫人であった。

 

夫人が用意してくれた服に着替え、ルースは彼女と共に病院玄関前の階段を降りる。
病院が用意してくれた杖をつきながら、一歩一歩慎重に足を運ぶ彼に寄り添う夫人の温かな表情に、ルースは眉根を寄せた。
真実を知らされず、善意から見ず知らずの自分の面倒を買って出てくれた彼女に、申し訳ないと思うと同時に、どこまでも人間を利用する人造人間ホムンクルスへの怒りが込み上げる。
ここで彼女を振り切って逃げだすわけにもいかない。それも人造人間ホムンクルスの計算の内なのだろう。夫人が嬉しそうに、屋敷で夫と息子が待っているのだと告げた。
「おふたりに会えるのが楽しみです。」
微笑んで彼女にそう答えた時だった。
「ルース君?」
隣をすれ違いそうになった男性から声を掛けられ、ルースは彼を見た。
「大佐っ。」
私服のスーツに身を包んで、驚いた顔で自分を見ているのは、ロイ・マスタングであった。
「大佐?」
ルースが言った階級に目を瞬かせ、ブラッドレイ夫人も彼を見る。
思いがけない場所で会ったアルフォンスの身体の隣に立つ女性が、大総統夫人であると気付き、マスタングは慌てて敬礼する。
「これは、大総統夫人。ロイ・マスタング大佐であります。」
「まあ。焔の錬金術師の……こんなところでお目に掛かるなんて……」
「入院している元部下の見舞いに行くところなのですが……この少年は、確か、鋼のが……」
ロイ・マスタングが「鋼の錬金術師」エドワード・エルリックの後見人であることを思い出し、彼女は笑みと共に頷く。
「体調が良くなったので、私共の家でお預かりすることになったのよ。
エドワードさんに、ルース君に会いたくなったら、我が家にいらっしゃるようにお伝えいただけるかしら。」
「そうでしたか。」
夫人の説明に頷くと、マスタングは困ったような笑みを浮かべると、ルースの肩を軽く叩いた。
「良かったな。頑張れよ。」
いろいろと含みのある彼の言葉に、ルースは小さく頷くと礼を言う。
「鋼のは最近、君の所へ来たかね。」
「いいえ。まだ、北だと思います。」
「そうか。」
そう頷くと、マスタングはルースと夫人を乗せた車が走り去るまで見送った。
軍本部で小耳にはさんだ情報。
ブリッグズ砦、ドラクマ軍に圧勝。
これにより、おそらく国土錬成陣は完成してしまっただろうというのが、彼とアームストロング少佐の共通した認識だ。
少佐の姉であるアームストロング少将は、国境戦を守りきるのが我がブリッグズの最大の存在意義である。完膚なきまでに叩き潰すのは当然と豪語していたらしいが……いやはや全く猛々たけだけしい……
そしてもう一つが、大総統の命で動いていたキンブリー他数名がバズクール炭坑跡地で行方不明。
その他数名の中に、鋼の錬金術師も含まれているらしい……
この事をルースは知らない……それは、先ほどの会話で確信した。
よもや、ホークアイばかりかアルフォンスの身体までもキング・ブラッドレイに抑えられるとは……
「……敵も、いよいよ本気を出してきたという事か……」
眉間にしわを寄せ、口を真一文字に結ぶと、マスタングは病院の階段を上っていくのだった。

 

 

0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です