優しい世界

行政特区成功パターン ユフィ×スザ

皇歴2017年12月10日。「行政特区・日本」が設立された。
被支配民である日本人の権利を認め、ブリタニア人との対等な立場を保証する行政特区。ブリタニアの国是からすると、とてもあり得ない政策は、一人の皇女のわがままを認める代わりに、彼女に与えられているすべての権限を奉還させるという大きな対価で実現した。

自らの権利を放棄することで、一人の犯罪者の罪は許され、神聖ブリタニア帝国第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアは、皇室から市井の住人となった。
彼女の行動を英断と称賛する者もあれば、愚行であると嘲る者もいる。
彼らに対して、彼女は笑顔で答えるのだ。

「私は、本当の本当に大切なものは、何も失っていないの。」

行政特区・日本設立からはや7か月───
塵や埃に混じった機械のオイルの臭いのする、ナイトメアフレームや輸送機などが居並ぶ格納庫に、その場にはそぐわない人物が軽やかにかけてくる。
「スザクっ。」
「ユフィ。」
ランスロットの操縦席から、スザクが顔を出す。
ユフィは、嬉しそうに白き騎士の足元に駆け寄った。
「ごめん。待たせちゃった。」
オートタラップで降りながら謝るスザクに、首を振る。
「私も定時では終わらなかったから。」
気にしないでと、ポニーテールに結んだ髪を微かに揺らして微笑む。
「すみません、ユーフェミアさま。今日は定時で上がりたいって、彼も言ってたのに。」
スザクが所属する特別派遣嚮導技術部副主任のセシル・クルーミーが、彼女の上司を横目で見ながら謝罪する。
「いいえ。お仕事なのですから仕方りませんわ。」
「それじゃあ、ロイドさん。スザク君は今日はこれで帰らせていいですね。」
厳しい口調でセシルが確認すると、モニターとにらめっこしている科学者が仕方なさそうに顔を上げる。
「お迎えが来ちゃったら、しょーがないね。スザク君、今日はご苦労さん。今日の数値が抜群だった理由がユフィちゃんじゃ、帰さないわけいかないからね。」
「ユフィ…ちゃん?」
ロイドの発言に、名を呼ばれた本人は小首を傾げ、スザクとセシルの表情が固まる。
「だぁて、もう皇族じゃないんだしぃ。女の子をちゃんづけで呼んじゃ悪かった?」
「いいえっ。そんなことありません。何だか…すごく嬉しいです。
もう一回、呼んでいただけます?」
「お安い御用だよぉ。ユフィちゃん。」
その呼び名に、ウフフっと笑う。
「ユフィちゃんが側にいると、スザク君の調子がどんどん上がるんだよ。これからも、スザク君とうんと仲良くしてねぇ。」
ユフィの両手をぶんぶん振り回しなが話す上司を、セシルが後ろからげんこつで叩く。
「ユフィ。行こうか。」
スザクに呼ばれ、彼女は科学者の手を放して駆け寄っていく。
「それじゃあ。お疲れさまでした。」
「さようなら。」
にこやかに挨拶して去っていく二人を見送る科学者技術者の中で、唯一ロイドだけは顔を引きつらせていた。
「なんか、今スザク君に凄い目で睨まれたんだけど……気のせい?」
尋ねてくるロイドに、セシルはため息とともに首を振る。
「気のせいじゃないですよ。」

「スザク。」
ユーフェミアがスザクの右腕にしがみつくように身を寄せる。そんな彼女をスザクは優しい目で見る。
「今日は調子よかったんですって?ロイドさんが、スザクの調子が上がるように仲良くしてって言ってましたわ。」
嬉しそうに話す彼女に、スザクは照れたように頭をかくと「うん。」と頷く。
「そうみたいだ。久しぶりに一緒に帰れると思うと、なんか集中力があがって……ロイドさんやセシルさんが言うには、パイロットの精神状態が数値にそのまま反映されるらしい。」
真顔で言うスザクに、ユーフェミアの笑みはますます深くなる。
自然と手をつないで、二人は家路を歩く。
スザクとユーフェミア。二人の毎日はとても忙しい。
皇籍を外れ、副総督も解任されたユーフェミアは行政特区・日本の責任者として日々政務に励んでいる。ユーフェミアの騎士であったスザクもその任を解かれ、本来の任務である特派のテストパイロットとしての仕事と、学生の二足の草鞋を履いている。
また、軍人である彼には、有事の際、特区の治安維持に努める義務もあり、ブリタニアと黒の騎士団が共同で運営する特区日本治安維持部隊にも在籍している。
そんな二人が、仕事を終えて一緒に帰宅できることは月に数度しかない。

「あら。また、新しいおうちが……」
特区内の住宅エリアは建築ラッシュだ。ナンバーズと呼ばれる日本人とブリタニア国籍を持つ日本人(名誉ブリタニア人)だけでなく特区事業のためこのエリアに住まいを持とうとしているブリタニア人もいて、毎日のように新しい住宅やマンションが出来上がっている。
家だけでなく、公共施設の建築やライフラインの整備など、人々が不自由なく生活できる環境はほぼ整いつつある。
スザクと手をつなぎながら、ユーフェミアは街を形成する建築物を嬉しそうに眺める。彼らの横を、同じように家路を急ぐ子供たちがはしゃぎながら駆け去っていった。
「すごいな。どんどん都市が出来上がっている……これを、ユフィが造っているんだね。」
「あら、それは違うわ。私は、皆さんが安心して暮らせるお手伝いをしているだけ。
この素敵な街並みを作っている建物は、この特区に賛同してくれているいろいろな立場の人が協力して創り出したものよ。」
「そうか……そうだね。」
そう言うとスザクは、感慨深げにぐるりと周りの景色を見まわす。
「なんだか、夢のようだ。本当にブリタニア人と日本人が同じ場所に同じ立場で暮らせているなんて。」
「この特区を『箱庭の夢』とか『箱庭の中の幸せ』という人もいるわ。でも、私はそれでもいいと思っているの。……今はね。」
「ユフィ……」
スザクが眉根を寄せる。それに、首を振って答える。
「いずれは、この特区をシズオカだけでなく全国に増やしていきたいの。そうすれば、いつかは箱庭だらけになって、肩を並べて生活することが当たり前になるわ。」
それに、私にはゼロという強い味方がいるから。と言って微笑む。「ゼロ」という名前にスザクは敏感に反応した。
「ユフィ。本当にゼロは信用できるのだろうか。味方のふりをして、また何か企んでいるんじゃ……」
ユーフェミアは、人差し指をスザクの唇の前に立てることで、言葉を遮った。
「大丈夫よ。少なくともゼロは、日本人が悲しむような事はしないわ。それに、私には素顔を見せてくれたもの。」
「ほ…ほんとうに?」
信じられないと、瞳を見開くスザクに、ユーフェミアはいたずらっぽい笑みを見せる。
「今度、スザクにも紹介するわ。素顔のゼロ。きっとビックリするから。」
「えっ。ユフィに素顔を見せたってことで、十分驚いているんだけど。」
その他にもっと驚くようなことがあるのだろうか。ユーフェミアの言葉に、混乱しているスザクの手を引いて、ユーフェミアは二人が暮らす家へどんどん歩いていく。その楽しそうな表情に、困惑していたスザクの表情にも笑みが戻り、気が付けば二人で手を取り合って駆けだしていた。

息を切らせて帰った二人を、同居する兄妹が驚いた顔で迎える。
「どうしたんだ。二人とも。」
「おかえりなさい。ユフィ姉さま。スザクさん。」
「ただいま。ナナリー。ルルーシュ。」
「おかえり。二人で走って帰ってきたのか?」
「ああ…うん。」
訝しむルルーシュにスザクとユーフェミアは、顔を見合わせ笑みをこぼした。
「なんだか、走りたい気分だったんです。」
「なんだ、それは。」
ルルーシュはあきれた声を出す。
「とにかく着替えて来い。夕食にするぞ。」
「うん。準備手伝うよ。」
二人は、それぞれの部屋へ入って行った。

この家は、スザク、ユーフェミア、ルルーシュとナナリー兄妹の4人で生活している。
元はユーフェミアの家だったというか、コーネリアがユーフェミアのために用意したものだが、家にもれなく護衛とメイドや執事がついてきたので、これでは皇籍奉還したとは言えないと断ると、一人で住まわせるわけにいかないコーネリアとの間で姉妹喧嘩が始まった。
コーネリアが百歩譲って、騎士であったスザクを護衛代わりに住まわせるのを許可したが、ユーフェミアに不埒な真似をするなとスザクを威嚇する様に、困ったユーフェミアが思いついた名案が、「ルルーシュ達とも一緒に住めばいいわ。」であった。
この名案も、実現させるまでにかなりんすったもんだがあったのだが、結果としてこれもユーフェミアのわがままが通ったのだった。

家事のほとんどをしてくれているルルーシュを手伝うために、着替えをさっさと済ませたスザクが、家の中心にあるリビングのドアを開けた途端。
パァーンッ!という大きな破裂音が彼を襲った。思わず身構えるスザクに「HAPPY BIRTHDAY」という大勢の声が浴びせかけられる。
「えっえっ、えーっ!?」
破裂音の正体は巨大クラッカー。リビングを見ると、同居している3人の他に、アッシュフォード学園生徒会のメンバーや、コーネリアにギルフォードまでいる。
「誕生日おめでとう。スザク。私がお願いして集まってもらったの。一度やってみたかったのよ。サプライズパーティ。」
「ユフィ。」
「びっくりした?」
「うん。ありがとう。皆さんも、ありがとうございます。」
感激屋のスザクの瞳に、うっすら涙が浮かんでいた。

巨大な絵画のようなスクリーンのようなものに投影された像に、ユーフェミアは笑みをこぼす。
「それが、お前が思い描いた優しい世界か。」
背後からかけられた声にゆっくり振り向く。アッシュフォード学園の学生服姿のルルーシュがそこにいる。
「ええ。そうよ。子供っぽい夢と、笑う?」
ルルーシュは、黙って首を振る。
「こういう世界をあの人にあげたかった。」
ルルーシュは切ない顔で頷いた。
「ねえ。あの人は今笑えているのかしら。」
「どうだろうな。だが、少なくともこの瞬間だけは笑えるんじゃないかな。」
「そうだったら、良いのだけど。」
「ユフィ。今、あいつは懸命に生きている。いつもどこかで『死』を望んでいたあいつが、君が夢見た世界を実現するために全身全霊で……これは、贖罪であり喜びなんだ。あいつにとって……」
「スザク……」
あの人の笑顔に手を寄せる。どうか、あの人にこの笑顔が戻る日が訪れますように。

────夢を見た。
砂糖菓子のように甘くて柔らかい夢……まるで、彼女のようだ。
ベッドから起き上がり洗面所に向かう。鏡の向こうにあの頃と違う自分がいる。
「やあ。誕生日おめでとう。何歳になったんだっけ、俺……」
もうあの日から時を刻むのをやめた。枢木スザクはもういない。いるのは仮面の英雄ゼロ。
だが、今日だけは……せっかく彼女が見せてくれた夢に浸ってもいいかと思う。

「ありがとう。ユフィ。」

君が思い描いた優しい世界は、もうすぐそこにある。

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