何よりも大切な……

短編「recapture」の設定です

神聖ブリタニア帝国。圧倒的軍事力を持って世界を席巻する強大国である。
その帝国を統べる皇帝には、直属の騎士団が存在する。帝国軍事力の頂点に立つ彼らを「ナイトオブラウンズ」と呼ぶ。
ラウンズの任命はその主たる皇帝のみ行われ、誰の干渉もうけることはない。故に、皇帝がどんな人物を任命したとしても、その決定が覆ることはない。
その年、ナイトオブラウンズの第七席に植民エリアの人間…つまり、名誉ブリタニア人が任命された。
植民エリアの人間が本国に召還されることも、まして皇帝陛下の騎士に任命されたこともこれまで1度もない。
件の人物は、エリア副総督の騎士でもあった。
ナンバーズが皇族の騎士になることさえ異例であった。この異例尽くめの大出世を果たした人物の名は枢木スザク。
エリア11で反乱を煽動したテロリスト“ゼロ”を捕らえたことによる大抜擢である。
が……ゼロの首と引き換えに地位を得た彼が胸に秘めたる覚悟を知るものはいない。
────ただ一人を除いて…………

帝都ペンドラゴン。皇宮内にあるイルヴァル宮。そこに用意された執務室に入ったスザクは、自分の部下ではない人物の姿をそこに見つけ身構えた。
「ちょーっと待った!私だ。ジノ・ヴァインベルグだっ。」
「ヴァインベルグ卿!?」
今にも蹴りを喰らわせようとしていたスザクであったが、同僚の声に慌てて体勢をもとに戻す。
ジノは大きく息を吐きだすと、唖然としているスザクにニカッと笑いかけた。
「ジノ、だ。同じラウンズ同士で敬語は無しだぜ。」
人懐っこい笑顔にスザクの表情も緩む。
「じゃあ。ジノ。どうしてここに?ここは僕の部屋だけど。」
「さっきアフリカ戦線から帰国した仲間を労いに来たら、まだ留守だったので勝手に待たせてもらった。」
相変わらずの表情で悪びれも無く言う彼に苦笑する。
「待たせて悪かった。陛下に報告していたから。」
そう答えて執務机に向うと、その上に置かれている包みに目が止まった。
10センチ四方の小さな包み。宛名は、「ナイトオブセブン 枢木スザク卿」となっている。
送り主は………
「みんな………」
「ああ。その小包、配達係から預かって来た。しばらくの間郵便室に留まっていたらしいぞ。」
「───遠征続きで不在がちだったからな。
僕がいない間に部屋から書類が無くなる事故が何度かあったので、その類いは僕がいる時にまとめて渡すように指示してあるんだ。」
スザクの話にジノは眉をひそめる。
そんな彼に、スザクはクスリと笑った。
「君が気にすることじゃないよ。
ラウンズとはいえ僕がナンバ-ズであることには変わりない。
こんな程度の嫌がらせ、大したことじゃない。むしろ可愛いものさ。」
「仮にも陛下の騎士に対して………!」
言いかけてジノは慌てて口をつぐむ。
「仮にも……ね。それが正直な反応だと思うよ。」
「す、すまない。そんなつもりじゃ………」
「君を非難している訳じゃないよ。」
穏やかに笑うスザクに、ジノはそうそうと部屋を辞した。
「………ごめんね。」
名門貴族家出身とは思えぬ程気さくな人物である彼に、悪気がないことは重々承知している。
が、いつまでも彼にいられると、小包の中身に言及されることは容易に想像できた。
彼の前で包みを開ける気にはなれない。だから、言葉尻を捕らえて意地の悪いことをしてしまった。
そのことを詫びながら、届いたばかりのその包みを心弾ませて開く。包みから姿を現したのはリボンのかけられた箱だった。
それに添えられているカードには、懐かしい友人達の名が綴られていた。
「会長。リヴァル。シャーリー…………」
僅かな間在籍していたアッシュフォード学園生徒会の面々。彼らの面影を思い浮かべ名を呟く。
その中の一人名に目を細め指先でそっと撫でる。
「………ルルーシュ…………」
『お誕生日おめでとうございます。
貴公のますますの御栄達をお祈りします。』
軍による検閲を考慮した、彼らにしては堅苦しすぎる文面に苦笑する。だがスザクには、彼らがいつもの調子で祝福とエールを送ってくれている姿がしっかりと思い描ける。
「───僕にだったんだ………」
機情の報告でルルーシュとミレイが宝石店で何かを購入したことは知っている。それが自分の元に届けられるとは思わなかった。
リボンを解き、白い箱のふたをパチンと開ける。
その中に収められているものに目を見開きやがて細められた。
スザクの瞳の色と同じ鮮やかな輝きを放つエメラルドのカフスボタン。
スザクは柔らかな笑みを浮かべると携帯端末を取り出した。
「───やあ。ルルーシュ?…………うん。誕生日プレゼントありがとう。お礼が遅くなってごめんね。今日受け取ったんだ。
───仕事が立て込んで、今日久しぶりに戻ったから………大丈夫だよ、待遇は一等兵時代とは雲泥の差だし。」
『そうだな。なんと言ってもナイトオブラウンズだものな。
あのテロリストを捕らえた功労者だ。友人として鼻が高いよ。』
何の屈託もない彼の言葉に、眉根を寄せる。
「───友人……として?」
『……いや………恋人として……だな。』
電話口のルルーシュの顔を想像して、幸せそうに微笑む。
「───うん。生徒会の皆は元気?」
『ああ。みんな相変わらずさ。特に会長。』
「何か、毎日楽しそうだね。」
『ああ。おかげ様でうんざりするほど充実した日々を送らせてもらっている。とっとと卒業して欲しいものだ。』
苦虫をかみ殺したような声に、自然と笑い声が漏れた。
『そっちはもう夜中だろう。まだ起きているのか。』
「もう少し仕事を片付けたら寝るよ。」
『まだ働いているのか。スザク……本当に体だけは大事にしろよ。』
「うん。───大丈夫。本当に無理なんんかしていないよ。健康管理は軍がしてくれるし。
───そうだよ。余計な人付き合いが増えたけど。……うん。だからあのプレゼントはとても有り難いよ。大事に使わせてもらうね。
あれは、ルルーシュの見立て?」
『ああ。お前が気に入ってくれて嬉しいよ。』
「ルルーシュからの贈り物で気に入らないものがある訳がないじゃないか。
───ありがとう。嬉しいよ。」
ルルーシュが息を呑んだ気配がする。
『ああ……愛している。』
「うん……ぼくも………」
別れを惜しむような沈黙のあと、恋人達は通信を切った。
雲隠れしたC.C.を捕らえるためのエサとして皇帝により記憶を改竄されたルルーシュ。
皇子だったこと、ゼロであったこと、ナナリーという妹がいた事さえも忘れさせられたが、スザクと恋仲であった記憶は残っている。
自分の主君を殺した人物ではあるが、スザクのルルーシュに対する想いは変わらず。今でも彼を愛している。
スザクは、執務机の引き出しの1つをそっと開けた。
そこに収められている羽根を象った勲章を見つめる。
「ユフィ……君の理想は僕とルルーシュがきっと叶えるから……」
自分を理解し、寄り添おうとしてくれた優しい女性。もしも、彼と再会する前に出会っていれば、迷う事無くその手を取っただろう。
「ごめんね。主の仇も取らずに……
でも、僕にはルルーシュしかいないから。」
彼女にそう謝ると、別の引き出しにルルーシュからのプレゼントを大事そうにしまう。そしてその引き出しにある全く同じ箱を、ぞんざいに机に放り出した。
「それにしても……さすが兄弟だな。本当にいい見立てだよ。」
パチンと箱の蓋を開ければ、全く同じ細工のエメラルドが収められている。
「───例え宰相閣下からの贈り物でも、ルルーシュがくれるものに勝るものなんて………」
この世に存在しないのだ。
宰相シュナイゼルから、ラウンズ就任の祝いに贈られたこのボタン。有り難くもない、はた迷惑なこの品をどう処分しよう。
「────ジノの誕生日プレゼントにでもするかな。」
彼のマントと同じ色のこの石……贈ったとしても違和感はないだろう。
彼を取り込むにはいいアイテムだ。
スザクはクツリと笑った。
「待っていてルルーシュ。時が来るまで………」
必ず君をあの鳥かごから解放するから。
翡翠の瞳が強い意志を持って煌めいた。

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