「初めまして。ジノ・ヴァインベルグです。」
「アーニャ・アールストレイム。宜しく。」
「二人とも名門貴族の子供でね。スザクと仲良くなりたいそうだよ。」
「初めまして。スザクです。」
ニコニコと愛想のいいジノと携帯を離さない無表情なアーニャ。対照的な二人に戸惑いながらも挨拶する。
「さあ。ディナーの用意ができている。兄上達もどうぞ。」
招待客が揃い、皆でダイニングへ移動する。
今夜のコーネリアは、普段の軍服ではなく深紅のイブニングドレス姿だ。
初めて見る姫将軍の艶姿に、スザクも頬を染めて見入ってしまった。
オデュッセウスを初めとする男兄弟に絶賛され、恥ずかしそうにしているコーネリアもまんざらではないという様子。
賑やかに歩く一団の中に自分がいる事に、スザクは気恥ずかしさと高揚感でふわふわした心地だ。
ローストターキーをメインとした伝統的クリスマスディナーに、会話も弾む。和やかな雰囲気に、ジノとアーニャは不思議そうな顔をしている。
「皆様、とても仲がいいですね。」
「ん?どうしてだい。兄弟なのだから仲が良くて当たり前じゃないか。」
「でも……なあ。」
ジノがアーニャと顔を見合わせる。
「皇位継承者は皆ライバル。大人達は言っている。」
アーニャの言葉に、皇族達は苦笑する。
「まあ。確かにそうだけれどね。」
「だからといって、兄弟仲が悪いというのは誤解だよ。」
第一皇子と第二皇子が笑う。
「周りのもの達が勝手に騒いでいるだけで、私たちはごく普通に親交を温めているぞ。」
「皇位継承争いなど、私には全く関係ない事だよ。」
「私もですわ。お兄様もお姉様も大好きですもの。」
次期皇帝の椅子に最も近いと言われている人物達が、こぞって仲がいいのだと言う。
3人の子供は顔を見合わせ、にっこりと笑った。
「そうですね。兄弟なのだから仲が良くて当たり前ですよね。」
「良かった。皇族方のパーティー、本当は凄く怖かった。」
ほっとして胸の内を明かすアーニャに、シュナイゼルは申し訳なさそうな顔をする。
「君たちのような子供にまで、そんな思いをさせてしまっていたとは…済まなかったね。」
「いいえ。新しく皇族になられた殿下とお近づきになりたかったのは、本当ですから。」
「私、スザク様の事好き。優しそうだし強そう。」
「おや。アーニャは強い男の子が好きなのかい。」
クロヴィスが面白そうに尋ねる。
「私は強い男が好き。私も強いから。」
「ほう。」
コーネリアも、食事の手を止めて、アーニャを見る。
「私は、大きくなったらマリアンヌ様のような騎士になる。そして、ナイトオブラウンズになる。
これは、私の運命。誰にも邪魔させない。」
「いやあ。実に頼もしいな。」
「では、未来のラウンズ殿。ターキーをもう一切れ如何かな。」
オデュッセウスが感心し、シュナイゼルはターキーを勧める。
「アーニャは凄いなあ。まだ7歳なのに、もうそんな事決めてるのか。」
「私がラウンズになるのは、決定事項。」
感心するジノに、アーニャは当然と答える。
「よし。それじゃあ、私も騎士を目指すぞ。そして、皆様のお役に立てる人間になります。」
「有り難いねえ。」
元気に話すジノに、皇族達は上機嫌である。
「2人とも凄い……。」
こんなに小さいうちから自分の将来を語る2人に感動していると、アーニャがスザクを見て微笑む。
「スザク様は、立派な皇族になって。周りの煩い大人達が文句をつけられない強い皇族。
スザク様ならなれる。皆様がきっと助けて下さる。」
「ぼ…僕は……。」
「アーニャの言う通りだよ。スザク。私たちは、君を皇族として迎え入れる事が出来て、とても嬉しく思っているよ。
だが、君や君の祖国に対して我々のして来た事は、決して許される事ではない。
だから、君が憎むべき人間と生活しなければならない苦痛は察してあまりある。」
兄弟を代表してのオデュッセウスの謝罪に、スザクは大きく頭を振る。
「そ…そんな事はありません。皆さんを憎むだなんて……むしろ、感謝しています。
こんなに優しく、親切にして頂いて…本当に、とても感謝しています。」
スザクの言葉に、大人達から苦笑とも自嘲とも取れる笑いが漏れる。
オデュッセウスが隣席のシュナイゼルを見れば、彼の表情には落胆の色が伺えた。
スザクはまだ、ここを自分の居場所だと思っていない……
「兄として、弟に優しくするのは当然の事じゃないか。」
クロヴィスが微笑む。
「私も、兄上達も、君が弟になってくれてとても嬉しいんだ。
早く、君が心から笑える様にしてやりたいと願っている。」
「私も…いや、ここにいる全員、ルルーシュとナナリーが君を私たちに会わせてくれたのだと信じている。
母親を殺され。国を出された彼らに、私たちは何もしてやれなかった。だから、彼らが大事に思っていた君を大切に守り育てるのは、我々の責任だと思っている。いや…義務や責任と言った気持ちではないな。
ユフィがルルーシュからの手紙を見せてくれる度、そこに書かれている枢木スザクという少年、あの気難しいルルーシュが、初めて心を開いた人間であるスザクに大いに興味を持っていた。そして、君にあってその理由もよくわかった。
スザク。私たちは皆、君の事が大好きなんだ。だから、君にもうこれ以上辛く苦しい思いはさせないよ。約束する。
君も、我々を…このブリタニアを好きになって欲しい。君のことを、こんなにも傷つけた我々が言える事ではないけれどね……。」
「スザク。君がこの国で生きていくために必要な事は、私たちが全力で手助けしたいと思っているよ。」
オデュッセウスとクロヴィスの言葉に、スザクは目頭が熱くなった。
「スザク……。」
シュナイゼルがスザクに歩み寄り、ポケットのチーフでその瞳から溢れるものを拭ってやる。
「ありがとうございます。」
「礼を言うのは私の方だ。スザク。私の弟になってくれてありがとう。
兄として、君の事を守る事をこの場で誓うよ。」
「シュ…シュナイゼル様。」
「いつか、私の事を”兄”と呼んでくれるね。」
優しく微笑むシュナイゼルに、スザクは大きく頷いた。
「さあ。ディナーの後は、よい子達にサンタクロースからのプレゼントだ。サンルームに行ってごらん。」
「やったぁ!」
「急いで食べましょう。さあ、スザクも。」
ジノとユーフェミアの呼びかけに、スザクも嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「今日は、本当に楽しかったです。シュナイゼルお兄様。また呼んで下さいね。
スザクも、また一緒に遊びましょうね。」
「うん。ジノもアーニャも来てくれてありがとう。」
「楽しかった。」
「また、是非声をかけて下さい。殿下のお呼びとあらば、何を置いてもすぐに駆けつけますから。」
「おや。ジノはすっかり騎士のようだね。」
「はい。今日ここに来れて本当に良かったです。おかげで、将来の目標が定まりました。」
ニコニコと答えるジノに、皇族達も笑顔になる。
招待客を送り出した後、スザクはシュナイゼルに感謝を伝えた。
「今日は僕のためにありがとうございます。凄く楽しかったです。」
「スザクが喜んでくれてよかったよ。さあ、もう就寝時間だ。部屋へ行こうか。」
そう言ってシュナイゼルは、スザクと手をつなぎ寝室まで送っていく。
その手の温かさに、スザクの気持ちも温かくなる心地がした。
「あの。シュナイゼル様。」
「何だい?』
「1つ我が儘を言ってもいいですか。」
「構わないよ。君が私に我が儘を言ってくれるなんて嬉しいじゃないか。」
スザクの言葉に手放しの喜びように少々面食らいながらも、おずおずと言う。
「その…僕が眠るまで、手をつないでいて下さいますか?」
「お易い御用だよ。何なら、私のベッドで一緒に寝るかい?」
「え…え…でも……。」
恥ずかしそうに慌てるスザクに、シュナイゼルの笑みが深くなる。
「よし。ではそうしよう。」
その夜、スザクはブリタニアに来て初めて安心して眠れた。毎夜襲って来る悪夢も、その日は現れなかった。
その翌日、スザクの姿はシュナイゼルと共に教会にあった。クリスマスのミサに参加しているのだ。
多くの皇族貴族が集う礼拝堂に、パイプオルガンの奏でる賛美歌が響く。
教会には生まれてから1度も行った事のないスザクであったが、神父の説教を厳粛な気持ちで聞き、祈りを捧げた。
「スザク。ここに集うものは皆罪人だ。誰もが大なり小なり罪を犯し、秘密を抱えている。
私は、ここに年に1度このクリスマスの時に神の御前で祈りを捧げ、己の罪を懺悔する事にしている。
皇子として、また、軍人として国のためとはいえ、多くの者を屠って生きている事をここで改めて確認して、罪を懺悔し許しを乞いているのだよ。」
スザクは、シュナイゼルの告白を、じっとその横顔を見つめながら聞いている。
「神はどんなものにも等しく愛を注ぎ、また、許しを与えてくれる。虫のいい事だけどね。そう思う事で、私は自分の事が許せるのだよ。」
「シュナイゼル様は、ご自分のなさった事を……。」
「間違っていると思う事も多々あるよ。だが、国のために仕方のない事だと自分に嘘をつかなくてはならない……そう言う事が多いからね。自分が正義だと自信もって言える程、私は強くもないし愚かでもない。」
だから、こうして年に1度身と心を清めるために教会に来るのだと言う。
「僕も…許してもらえるのでしょうか。」
「神は、初めからお許しになっていると思うよ。許せないのは、自分の心がそう思っているからだろう。
やってしまった事は取り消せない……なかった事には出来ないし、してもいけない事だけど、それに囚われて自分の未来まで閉ざしてしまう事は、もっといけない事ではないのかな。」
「僕は……」
「自分のやった事を正当化してごまかす事も出来たのに、スザクはそれをしないね。だから、いつも苦しんでいる。
罪は消えない、でも、罪を認めている者をそれ以上誰が糾弾できる?神でさえ、そんな事はなさらないよ。
誰もが、君を赦している。だからスザクも、自分の事を許してあげなさい。
少なくともここに一人、君を失いたくないと願っている者がいる。この哀れな男のために、自分を許し前向きに生きていくと言ってもらえないか。」
「シュナイゼル様。」
「ああ、また……私は君を泣かせてばかりだな。」
「……嬉しくて…そういう事を言ってくれる人が側にいるのが嬉しくて……。」
「なら、この神の御前で、誓ってくれないか。もう自分を傷つけたりしないと。」
そう言ってスザクの左袖をめくる。そこには真新しいリストカットの跡……古い傷も見られる。
悪夢に襲われる度、自分は生きていてはいけないのだと、発作的に切りつけては、気がついた者に助けられる。
この傷は、2週間程前のものだったろうか……
「僕は……ここに居てもいいのでしょうか。」
「当たり前だろう。例え陛下がもういらないと言っても、私が離さないよ。
私の側がお前の居場所だ。」
誓ってくれるね。という念押しに、スザクは頷く。
いつかきっとこの人を兄と呼べる時が来る。そう確信していた。
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