a captive of prince 第22章:想いの力 - 1/6

 シャーリー・フェネットは困惑していた。
 突然夢から覚めたら、現実が悪夢だった。
 そう表現したいほど、自分が置かれた現実は受け入れがたい事ばかりだ。
 恋人となったルルーシュが、自分の父親を殺したテロリスト「ゼロ」だった。その妹であるナナリーが自分の住まうエリア11の総督となっている。自分にルルーシュの正体を知らしめた軍人ヴィレッタが、何故か学校の教師をしている。
 これらの事実は、真実のようで、また、虚構でもあるように感じる。
 シャーリーは、自分の乗る環状線の1つ先の車両にいる、少年を見つめていた。
 休日を楽しむために乗り合わせた乗客の中、ブリタニア人の中では珍しい漆黒の髪と整った白皙の少年……遠目でも分かるのは、自分にとって特別な相手だからだろうか。
 イケブクロで彼は降りた。ホームを自分の方へ歩いてくるのに、慌てて背を向ける。ルルーシュは気づかずに行ってしまった。
 プシューツと音を立ててドアが閉まる。
「あっ……。」
 シャーリーは、目の前でとじられたドアに嘆息を漏らした。
 何やってるんだろう……私。
 学校の寮の窓から、外出しようとしている彼を見かけ、取るものもとりあえず慌てて後を追った。どこに出かけるのか、声をかけようかと思ったが、できなかった。
 声をかけてはいけない雰囲気があった。もしかしたら、彼の正体を知ってしまったからそう思ったのかもしれない。
 何をしにイケブクロへ行ったのだろう。ショッピング?映画?それとも…テロ活動……?
 何が本当で、何が嘘なんだろう。こんな嘘だらけの世界で、ルルは一体、何をしようとしているの?私は……どうしたらいいんだろう。
 不安や疑念を打ち払うかのように、シャーリーは首を大きく振った。その様子を同乗している乗客が怪訝そうな顔で見ている。
 列車が次の駅に停車する。駅名を確認することなく彼女はため息とともにホームに降り立った。
 このまま学園に戻る気にもなれず。この駅を出て街を散策することにした。一人でいると不安ばかりが押し寄せてくる。歩いて街を見て回って、気分を変えよう。
 シャーリーは、どこへとも決めずに歩き始めた。

 気が付けば、エリア政庁の前に立っていた。
 ここに、ナナちゃんがいる。ルルーシュの実妹、ナナリー・ランペルージが……
 彼女が覚えている名前はそうだった。だが現在はナナリー・ヴィ・ブリタニア。その名が指し示す通り、ブリタニアの皇女としてエリア総督を務めている。
 彼女は、自分の兄がテロリストであることを知っているのだろうか。それとも、そんな兄などいないというのだろうか。
 会って、話がしたい。総督が、自分が知る人物と同一なのか確認したい。だが、エリア総督、ましてや皇族が一介の学生と面会してくれるわけがない。
 大きく息を吐き出すと、彼女は踵を返した。
「シャーリー?シャーリーじゃないか。」
 後ろからかけられた声に振り向く。そこには、普段見慣れている制服ではなく、彼本来のの制服に身を包んだジノ・ヴァインベルグがいた。真っ白な騎士服を着る彼は、まさに物語に出てくる騎士そのもので、金髪碧眼という容貌も相俟ってとても眩しく見える。
 彼は、政庁入り口に横付けされた黒塗りの車の脇に立っており、その車中にいる要人警護のためにいることが容易に想像できる。
 ナイトオブラウンズである彼の警護対象……もしかして、車の中にいるのはナナリー総督なのではないかと、シャーリーが思考を巡らせている間、車の後部座席の窓がわずかに開けられ、彼が中の人物と二言三言話しを交わすと、自分の方に歩み寄ってくる。
「どうしたんだ。政庁の見学にでも来たのか。」
 いつもと変わらぬざっくばらんな問いかけに、自然と笑みが漏れる。
「ううん。ちょっと街探検してたらここに着いただけ。」
「ふうん。」
 曖昧な返答に、ジノは小首を傾げながら頷く。
「まあいいや。特に用事がなかったら、私に付き合ってくれないか。シャーリーに会いたいっていう人がいるんだ。」
 そう言って、ある方向に顔を向けた。
「えっ?」
 彼の視線の先には、先ほどの車がある。シャーリーは思わず上ずった声を漏らした。

 ジノに促され、政庁入り口に続く階段を上る。その際、停車中の車の前を歩いた。そっと視線を向けるが、スモークガラスの向こう側にいる人物の姿は確認できなかった。
 玄関をくぐった先の受付の前に女性が1人、にこやかに微笑んで立っている。ジノは、その人物によろしくと声をかけ、あとは彼女が案内してくれるからと再び外へ戻って行った。
 休日のため政庁の一般業務窓口はクローズされているが、政庁内の資料館や展望室は一般公開されている。高層階にあるそのフロアにはレストランも営業しているため、建物内は観光客でそれなりに賑わっていた。
 観光客らに開放されている直通エレベーターとはまた別の場所にあるエレベーターに案内され、展望室のさらに上階層のボタンが押される。
 シャーリーは喉を鳴らした。その場所にはどんな人物がいるのか…学生の彼女にも簡単に想像できる。彼女を呼び出した人物に対して、期待と不安で心臓が早鐘のようにうるさいほど鼓動を打ち鳴らした。
 目的のフロアに到着すると、そこは別世界だ。
 エレベーターのある廊下の天井の一部が強化ガラスになっており、晴天の日差しがさんさんと降り注いでいてとても明るい。一般フロアと違って床もリノリウムではなく落ち着いたトーンのカーペットが敷かれている。すべてが、ここにいる貴人のためのものだ。
 シャーリーは顔を強張らせ、息を呑んだ。
 こんなところに、私が足を踏み入れていいのだろうか。
 戸惑う彼女に、案内してきた女性は小首を傾げ、降りるように促す。シャーリーは、えい、ままよ。と目を閉じてエレベーターから出た。
「どうぞ、ここでお待ちください。主もすぐに参ります。」
 そう言って、彼女は案内してきた部屋の続き部屋と思われるドアの向こうに行ってしまった。
 学園の生徒会室が丸ごと入ってしまいそうな広い部屋。足音もしないような毛足が長くきれいな模様が織り込まれた絨毯が敷かれ、深く座るとその柔らかさに腰が沈んで足が浮いてしまうような高級ソファの応接セットにちょこんと腰掛け、所在なく辺りを見回す。
 応接の脇には、学園の理事長室で見たことがあるような立派なデスクがあり、きちんと整理されたその隅には、書類を入れるための箱があり、部屋の主が仕事をする場所であることが窺い知れる。
 自分を呼び出した人物が誰であれ、この建物内でそれなりに責任のある立場であることが分かる。
 もしかしたら、本当にナナちゃんかもしれない。どうしたらいいんだろう。会って、何を話せば……困惑と共に恐怖心が湧いてくる。居た堪れなくなり立ち上がった瞬間。部屋のドアが開かれた。
 心臓が、跳ね上がる。
 まず最初に姿を見せたのはジノだった。彼女に軽くウインクをすると、恭しく腰を折り部屋の主を迎える。その様子を息を呑んで見守る中、入ってきた人物に唖然とし、強張っていた体から力が抜けてソファにまた座ることになった。
「すみません。お待たせしました。」
 穏やかな笑みと共に入ってきた人物は、エリア副総督スザク・エル・ブリタニアだった。
「1年ぶりですね。あの時は、せっかくの文化祭を台無しにしてしまって申し訳ありませんでした。」
 話しかけながら近づいてくるのに、ワタワタしながら立ち上がる。
「おっお久しぶりです。」
 思わずぺこりと頭を下げ、挨拶が違うと慌てて片膝をつく挨拶をし直そうとするのを制止される。
「そのままでいいですよ。もっと気楽にしてください。」
 座るよう勧められ三度ソファに腰を下ろすと、自分を案内してきた女性が絶妙なタイミングで、紅茶の入ったカップをテーブルに置く。
「突然申し訳ありませんでした。ジノから学園生活のことをいろいろ聞かされていて、あなたの名前が聞こえたものですから、つい懐かしくなってしまって。」
「いいえ。私の事を覚えてくださっていて、とても嬉しいです。」
 スザクが、自分の事を覚えていたことに驚き感動する。きちんと顔を合わせて話したのは恐らく、学園訪問の僅かな時間だけだったはずだ。
「この間のイベントも、アーニャが余計大騒ぎにしてしまって……本当にすみませんでした。」
 思わず笑い声が漏れた。くすくすと笑いだす彼女に、スザクは小首を傾げる。
「殿下。さっきから、私に謝ってばかり……」
「そっ…そうですか?」
 シャーリーの指摘にスザクの目が泳ぐ。
「アッシュフォードの皆さんには、いろいろとご迷惑ばかりおかけしているから……」
「迷惑だなんて……学園祭宣言なんて歴史的瞬間に立ち会えたし、この間のイベントもかつてない盛り上がりで、会長も大満足でしたし……こんなに充実したモラトリアム滅多に体験できませんもの。楽しんじゃった者勝ちです。」
 朗らかに言い切るシャーリーに、スザクは目じりを下げた。
「そう言っていただけると……有難いです。」
 少し、切なげな響きのスザクの言葉に、シャーリーが小首を傾げながらも明るく笑った。
「そういえば、ジノから聞いたのですが……イベントで校内一の人気者とカップルになったとか…え…と……ルルーシュ・ランペルージ君?」
 ピザ作りの時、連絡くれていた彼ですね。と、とぼけるスザクに、側に控えるジノは必死で笑いをかみ殺す。
 スザクは、彼を一瞥するとジノもソファに座るよう促した。
「よろしいのですか?」
 面白そうに目を細めて尋ねてくるのに、スザクは困ったような顔を向けてくる。
 シャーリーはといえば、突然ルルーシュとのことに話題を振られ、「ええ。まあ……」と頬を染めてもじもじと俯いてしまっていた。
 ジノは、肩をすくめて苦笑いすると、スザクの隣にどっかりと座った。
「では、お言葉に甘えて。ここから先は無礼講ということで。」
 ニカっと人懐っこい笑みを向けるナイトオブラウンズに、スザクだけでなくシャーリーもほっとした笑みを浮かべるのだった。

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