a captive of prince 第16章:モザイクカケラ - 6/11

 夜が白み始める。エリア11駐留軍と黒の騎士団を中心とした反乱軍の攻防戦は、膠着状態に陥り、消耗戦の様相を呈している。
 こうなると、守るだけでいいブリタニア軍の方が有利な状況になりつつある。
 ナイトメア・ガウエンのモニターで地上の戦闘を眺め、ルルーシュは不敵に笑った。
「さすがに護りは堅いな。」
「のんきに構えている場合か?敵の航空戦力のお出ましだ。」
 C.C.が、忠告する。
 情報通り、爆撃機がこのトウキョウ上空に集結しつつある。
「エナジーは交換済みだ。落とすぞ。C.C.」
 ルルーシュは、ハドロン砲のトリガーを引いた。
 黎明の空に、赤い砲火が幾筋も走る。
 ガウエンは、応援の航空器部隊をほぼ壊滅させると、政庁の屋上に向った。
「藤堂。私は、政庁の上から攻め込む。」
『機体性能に頼りすぎるのは危険と考えるが。』
 藤堂の忠告を押し切る響きでルルーシュは答えた。
「分かっている。混乱を作るだけだ。」 
 ガウエンは予想していた対空砲火にも遭わず、何の障害も無く政庁屋上に降り立つ。
 そこは、彼の予想に反して、見事なまでに美しい庭園だった。
 辺りを見回し、ルルーシュはポツリと呟く。
「───似ているな…………」
 奥底に埋もれている旧い記憶が蘇る。幸せだった頃見た光景に重なるものがある。
「───アリエスの離宮に…………」
 自分が思っていたものと同じ答えが、足下の操縦席に座る少女から出され、ルルーシュは愕然とした。
「何故知っている。」
「話してやるよ。───いずれ、その時が来たならな。」
 意味深なC.C.の言葉に、なおも問い質そうとした時だった。
『ようこそ。ゼロ。』
 庭園の暗がりから姿を現す、ロイヤルパープルのグロースター。
 コーネリアの専用機だ。
『やはり、爆撃情報に踊らされてここまで来たな。
さあ。歓迎の宴だ──舞踏会はお好きかな。』
 外部スピーカーから、コーネリアの鬼気迫る声が響く。
『我が妹を魔女に仕立てたからくり……白状してもらうぞ。ゼロっ!!』

『やれやれ……強情なお嬢さんだ。ゼロの居場所を早く教えてくれれば、痛い思いはしないですんだものを。』
 ナイトオブスリーに戦いを挑んだカレンと紅蓮であったが、ゼロの予想通り苦戦を強いられていた。
 ランスロットに匹敵するスペックを誇る紅蓮であれば、互角に戦えると目算していたカレンは、自分の考えが甘かった事を痛感していた。
 帝国最強の騎士に一騎打ちを挑むには、まだ力不足だ。
 輻射波動を送り込むための右腕は、トリスタンの振るう死神の大釜に刎ねとばされた。
『さあ。言ってもらおうか……ゼロはどこにいる。』
『しつこい男は嫌いなんだけど。』
 カレンの言葉に、ジノは苦笑する。
『本当に気の強い……私としては、気の強い女はむしろ好みなんだが……残念だ。』
 トリスタンの誇るダブルハーケンがゆっくりと振り上げられる。
 カレンは、間合いから逃れるべく身構えた。
 その時、トリスタンのコクピットに通信を知らせるアラート音が鳴り響いた。
 紅蓮にとどめを刺す事無くとび去って行くナイトメアを、カレンは唖然として見送る。
「た……助かったの………?」
 首筋に伝う汗を拭い、カレンは安堵の息を吐いた。

「そうか……お前がゼロ…だったのか。」
 爆破され無惨に崩れ落ちたナイトメアの傍らに座り、コーネリアは自分の前に立つ男を恨めしげに見上げる。
 彼女を撃ち抜いたのは、幼い頃より見守り補佐してくれていたアンドレアス・ダールトンだった。
 彼は、あの日偶然遭遇してしまったゼロにギアスをかけられていた。ゼロ…ルルーシュがかけたギアスは“コーネリアをゼロに差し出せ”。
 絶対遵守の命令を遂行し、ギアスから解放されたダールトンが見たものは、自ら放った砲火に撃ち抜かれ爆破するコーネリアの機体と、向ってくるハドロン砲の炎だった。
「姫様………っ!」
 ダールトンの断末魔の叫びは、今も彼女の耳の奥に残っている。
 妹がずっと生存を信じて来た弟が、テロリストとして自分たちに戦いを仕掛けて来ている現実に愕然とする。
 が、これで合点がいった。
 ブリタニアという国に対する異常なまでの敵意……きれいごとばかりを並び立てる主張と実際の非情なまでの戦略との落差………
 ユーフェミアは知っていたのだろう…恐らくスザクも……だからこそ、赦すと言ったのか……自らの地位と引き換えに……
 少なくとも、今目の前にいる男の罪を消し去るのにはあの方法しかない。皇位継承権を失っているこの男が、あの特権を使う事は出来ないのだから。
 この男がこうして生きているという事は……その行動の原点には………
「ナ…ナナリーのために……こんな事を………?」
「そうです。」
 左目を手で隠したまま、ルルーシュは答える。
「私は、今の世界を破壊し、新しい時代を造る………」
「そんな世迷い言のために殺したのか、クロヴィスを。ユフィまで利用して………」
「姉上こそ………」
 ルルーシュの右目が怜悧な光を放つ。
「私の母“閃光のマリアンヌ”に憧れていたくせに………」
 その冷めた目に、コーネリアは肩を落とした。
「ど…どうやら、これ以上の会話に意味は内容だな………」
「そうですね。……では……」
 ルルーシュは、覆っていた左目を解放した。
 赤く染まった瞳が妖しく輝く。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが問いに答えよ───」
 赤い鳥が、コーネリアの瞳に羽ばたいた。

 結局コーネリアも詳しい事は何も知らなかった。
 かえって謎が深まるばかり……落胆の息を漏らすルルーシュの耳にC.C.の緊迫した声が届いた。
『おい。早く乗れっ!』
「分かっている。そろそろ政庁の警備隊が………」
『違う!お前の妹が攫われた!』
「冗談を聞いている暇はない。今は、コーネリアを人質にして本陣に………」
『私には分かる。お前が生きる目的なのだろう!神根島に向っている。』
 切羽詰まった声のC.C.に、ルルーシュはガウエンに向って走り出した。
「か……神根島………」
 最期に聞いた地名を復唱して、コーネリアは意識を失った。

 どれくらいの時間気を失っていたのか……辺りを見回せば新たな戦闘の痕跡も見られる。
 空が大分明るくなって来た。
「ゼロ……お前を止めなくてはならぬ……ブリタニアの皇女として……姉として………
お前のやり方では……世界は変えられぬ……混乱を造るだけだ。」
 コーネリアは自分が寄りかかっている愛機の残骸に目をやった。
 機体の損傷は激しいが、コクピットはほぼ無傷だ。
 コーネリアは、チャンネルをプライベート回線に合わせ、呼びかけた。

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