a captive of prince 第15章:崩落のステージ - 7/7

 白い天井が見える。
 スザクは朦朧とする意識で、その重い瞼をあげた。
 徐々に明確になる視界…ガラスケースがすぐ目の前にある事が分かる。
「あ……?」
 ここはどこだ……自分が何故こんな所にいるのか思いだそうとしながら体を動かそうとすると腹部に微かな違和感がある。
 よく見回せば、体のあちこちに細いチューブやコードのようなものがつけられている。
 スザクはやっと、自分が医療用の治療カプセルの中に寝かされている事に気がついた。
 首を横に向けると、複数の人影がある。
 瞳を潤ませて何か語りかけているのは、ユーフェミア。
 その後ろに、特派のロイドとセシルの姿があった。そして、そのさらに奥、部屋の入り口付近にナイトオブスリー…ジノが鋭い視線で彼らを見ているのが分かる。
 セシルがボタンを押すと、カプセルの蓋が開いた 。
「スザク……!気がついて良かった。」
「ユフィ?……僕は………」
「お腹の中の銃弾は摘出したそうよ。肩も腹部も内蔵や神経を傷つけていないから、順調に回復すれば、元通りに元気になると医師が話していたわ。」
「……ここは………」
「アヴァロンの医務室。スザクは、ナイトオブスリーにここまで運ばれたのよ。式典で、何が起きたの?」
 ユーフェミアの問いかけに、意識がいっぺんに覚醒する。
「そうだ。僕は、神楽耶を庇って……!あれからどうなったんです!?」
 ロイドとセシルに問いかける。2人は揃って眉をひそめると、曖昧な笑みを浮かべた。
「特区の事は、ナイトオブスリーが殿下のご意向通り撤収させています。」
「今は、治療に専念する事だよ。」
 明確な返答を避け、2人はスザクの意識が戻った事を、政庁のコーネリアに伝えるためにその場を辞し、スザクとユーフェミア、そしてジノが残った。
「スザク……ごめんなさい。その怪我、きっと私のせいね。」
「これは……事故だよ。誰のせいでもない。
それより、ユフィ……どうしてあんな命令を………」
 スザクの問いかけに、ユーフェミアは目を伏せ首を振る。
「信じてもらえないかもしれないけれど……全然憶えていないの。
気がついたらG-1ベースのベッドの上に寝かされていて、ダールトン将軍が、ここは危険だからアヴァロンに避難した方がいいと輸送機に乗せられて……一体何が起きたの?式典で、私は何をしてしまったの?」
 彼女のその必死の様子に、嘘はないように思われた。
「……式根島での、僕と同じだ………」
 ゼロと心中しようとしていた自分が、気がついたら神根島の海岸に倒れていた。その間の記憶は全く無く、どうやって式根島を脱出したのかも分からない。ユーフェミアの状態も、きっとそうなのだろう。
「───信じるよ……あれは、君の本心からの言葉じゃないって……ユフィ、どこまで憶えているの?ゼロと会ったとき、何があったのか教えて欲しい。」
 スザクに促されて、ユーフェミアはぽつりぽつりと話しだす。
 その様子を、ジノは相変わらず厳しい顔で見つめていた。

「特区に協力すると……そう言ってくれたのか?」
「ええ。部下になるつもりはない…とも言っていたけれど。」
「ゼロが、負けを認めた……?」
 部屋の隅で話を聞いていたジノが、驚愕する。
 ユーフェミアは顔をしかめた。
「男の人って、どうしてなんでも勝負にしたがるのかしら。
私は、別に誰とも争うつもりはないのに……」
「ゼロも言っていたの?……負けた…て。」
 微笑んで頷くユーフェミアに、スザクは軽く目を伏せた。
「そのあとは?」
「………ごめんなさい……記憶が曖昧で……2人で何か、たわいもない事を話していたような気がするのだけれど……」
「───ありがとう。もういいよ。」
 スザクは小さく息を吐いた。
 やはり、あれはゼロの作り話だった。ユーフェミアの記憶の中には、ゼロをだまし討ちにしようとした事などない。
 勿論、彼女が嘘をついている可能性も皆無ではないが、それならばゼロが特区に協力しようとしていたなど言うはずはない。
「ユフィ。落ち着いて聞いて欲しい。僕は、ゼロから特区に参加しないと言われた。彼がそう決めたのには、君に原因があると……」
「私が…命令した…から?でもっ……!」
「うん。わかってるよ。」
 宥めるように笑いかける。
「───ユフィ。君は、ゼロに利用されたんだ。」
「利用……?」
 言っている意味が分からないと小首をかしげる彼女に、言葉を続ける。
「……もしかしたら、本当に特区に参加するつもりだったのかもしれない。だが、何らかの理由で考えを180度変えた。
ユフィ……僕はね、ゼロに何か特殊な能力があると思っている。
他人の意志をねじ曲げ、意のままに操る……でなければ、説明がつかない事が多すぎる。
クロヴィス兄さんの側近だったバトレー将軍。ジェレミア卿。そして君………
君が、本心から日本人の虐殺を望む訳がないんだ。」
「日本人?………そう言えば、スザクも日本人でしたね………」
「ユフィ……?」
 ユーフェミアの瞳が、妖しく赤い光を放つ。
 彼女の異変に気がついたジノが近づく。
 医療カプセルの脇に置かれた椅子から立ち上がると、ユーフェミアは、スザクに繋がれているチューブに手を伸ばした。
 ジノが取り押さえようとするその直前、彼女は自ら手を下ろし椅子に座り直した。固く目を瞑り、膝の上に置かれた手を握り何かを押さえつけているかのように見える。
 やがて、ゆっくりと目を開く。赤い色は消えていた。
「………私………」
 青ざめた顔で、ユーフェミアは困惑する。
「ユーフェミア様……そろそろ………」
 退出するよう、ジノが促す。その表情には、焦りの色がはっきりと現れていた。
 ユーフェミアは、黙って頷くと席を立った。
「スザク。目が覚めたばかりなのに長い時間ごめんなさい。でも、私は……」
 言いかけたまま扉が閉まる。ジノが、強引に外へ連れ出したのだ。
 閉じられた白い扉を茫洋と見つめていたスザクであったが、天井を仰ぎ見て喉を震わせる。嗚咽を漏らしていた。
 ショックだった。
 ユーフェミアに殺されかけたことではない。彼女にそうさせたのが、唯一無二の親友だと思っていた人物だったという事が………
「ルルーシュ……君は、自分が使う力の威力を分かっているのか……?」
 ゼロがかけた暗示は未だ解けていない。 
 暗示を解く方法が分からなければ、彼女は永遠にその呪縛に捕われてしまう。
 それを…その呪縛をかけたのがルルーシュだという事が、何よりも悲しくて……悔しかった。

「ナイトオブスリー。待って下さい!」
 部屋に押し込めようとするのを食い下がるユーフェミアに、皇帝の騎士は顔をしかめる。
「立場を弁えて下さい。貴女は今、皇族としての全ての権限を凍結された身なのですよ。自由に艦内を歩き回るどころか、スザク殿下に面会出来る立場ではない。」
「それは………便宜を図ってくれた事には感謝しています。
でも、せめてあと1回…数分でいいのです。スザクと話をさせて下さい。」
「貴女の弁明は殿下もよくわかったと思います。何をまだ話す事があるというのですか。」
「弁明なのではありません。事実の確認です。
私は、まだ、私の気持ちをスザクに話してはおりません。」
「───ユーフェミア様。申し訳ありませんが、私としてはもうスザクとは会わせたくないのです。
自覚していらっしゃらないようですが、貴女は2度もスザクの命を脅かそうとした。」
 ジノの言葉に、ユーフェミアは言葉をつまらせる。
「私は、皇帝陛下と宰相閣下からスザクの命を守るよう厳命されここにいます。」
「お父様とお兄様から………」
「貴女の本意ではない事は承知していますが、また同じ事を繰り返すかもしれない人物を、今のスザクに会わせるわけにはいかないのです。」
 そう言い放つと、無慈悲に扉を閉じる。
「あっ………」
 閉じられた扉に縋るが、開かれる事はない。
 扉の向こうから、ジノの声が聞こえた。
「ユフィ。辛いでしょうがこらえて下さい。私は、幼なじみとして貴女も守りたいのです。これ以上、罪を重ねさせたくない……解って下さい。」
 漏れ聞こえてくる声が震えている。
 ユーフェミアは扉に額を押し付けるようにして俯いた。
 足下の絨毯に、小さなしみがいくつも付く。
 そのままずるずると床に座り込んで嗚咽を漏らすのだった。

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