a captive of prince interval:残痕

「あれは、忌み子じゃ。」
 薄明かりだけの座敷に一段高く設えられた高座の御簾の影から、しわがれた老女の声が忌々しげに、彼女の孫に当たる少年の名を吐き捨てる。
「この誇り高き枢木の跡取りが、事もあろうに敵の子供に情けを掛け、実の父を殺めるなど…鬼畜に成り下がろうとは……」
 そのような者を、何故受け入れねばならないのか。と自分たちに噛み付く様子に、藤堂は顔をしかめた。
 貴女の息子の子供だろう。そう喉まで出かかった彼を、隣に座する老人が制する。
「では、どうあっても我々の願いは受けぬと。」
「くどい。金の亡者の言う事なぞ聞く耳持たぬわ。
皇と神に仕える我が枢木が、何故、おぬしのような霊山を穿って富を築くような恥知らずの言う事を……」
 さっさと去ねと、さらに声を荒げる。
 その剣幕に、さしもの桐原も息を吐いた。
「貴女は、その“忌み子”をどうなさるおつもりか。」
「あの鬼どもが、あの子の発する血の臭いを嗅ぎ付けて、自分たちの元へ連れて行くと申してきておる。」
「ブリタニアが…スザクくんを!?」
「鬼の子供を助けて、鬼に魅入られたのじゃ。あれはもう、人としては生きられぬ。」
「スザクくんをブリタニアに渡すというのですか。」
「その方が、始末が早くついて良い。どちらにせよ、このままここにおっても、死ぬまで座敷牢につながれる身じゃ。」
「見捨てるというのですか。あの子はまだ10歳なのですよ。」
「齡10で人の道を外れた子供が、まともに育つと?」
 鬼が始末してくれるというのであれば、有り難いというものだ。
 藤堂は、老女の言葉に違和感を覚えた。
 鬼と蔑むブリタニアに、感謝の言葉を捧げている。
その矛盾に、彼女は気づいているのだろうか。
「鬼は、どんな宝を置いていったのですかな。」
 急に語気を緩めて尋ねる桐原に、老女はあっさりと答えた。
「あの子供を渡せば、我らを見逃すと言うておるぞ。桐原。」
「我らとは…六家の事ですかな。」
「そうじゃ。子供1人の命で、キョウト六家の面目が保たれるのであれば、安いものではないか。」
「確かに。おつりが来ます。」
 老人の言葉に、御簾の向こうから忍び笑いが響く。
 藤堂は怖気がした。
 どちらが“鬼”だ。息子の不始末を孫に払わせようというのか。
 命よりも家の面目や体裁の方が大事だと言い切る老女と、それを肯定した桐原を信じられない思いで見比べる。
「だが、その提案には承服しかねる。あの子供は鬼にくれてやるべきではない。育てようによっては、鬼を喰らう者になる器を持っておる。貴方がそれを捨てるというのであれば、儂が拾おう。」
 怒気を孕んだ声に、御簾の老女が息を呑む。
「だが、もう賽は投げられた。あれを迎えに、鬼どもがこちらに向って来ておるわ。」
「我らに断りなく、六家の総意として取引に応じたのか!」
 桐原の怒声に、老女が悲鳴を上げた。
「鬼の大将の使いが、早く早くとせかすのじゃ。国元では帝が待っておるのだと……
断れば、キョウトが焼け野原となり、名門とて他の者らと同等の扱いを受ける事になると……
大声で脅して来るのじゃ。それがもう恐ろしゅうて……恐ろしゅうて。 許してたもう……許してたもう……」
 おいおいと泣き出す老女に、桐原と藤堂はどちらともなくため息と共にその場を去った。
「枢木の老婆め。ブリタニアの圧力に易々と屈しおって……!」
「しかしどういうことでしょう。彼女の話では、スザクくんをブリタニア本国へ連れて行くようですが……」
「さてな……何かの見せしめか。ゲンブがスザクに何かを託したと思われているのか……いや、もしや皇子や皇女からかもしれぬ……
あの2人の始末はすんでおるのだろう。」
 桐原の問いに、是と答える。
「既にブリタニアの貴族に引き渡しました。 スザク君も、こちらに向っていると配下の者から連絡が……」
「いかんな。ブリタニアに先を越されないうちに、スザクを手に入れねば……」
「ルートを変える様に指示します。」
「スザクは、何としても隠さねばならん。あれには、将来対ブリタニアの旗頭として働いてもらわねばならぬからな。神楽耶と共に…」
 藤堂と桐原が手を尽くしたが、スザクは二度とキョウトには戻らなかった。
 あの時、もっと早く対応できていれば、スザクをブリタニアに取り込まれる事はなかった……
 いや、何よりも、あの日自分が枢木ゲンブを誅殺できていれば、幼い子供を血で汚すこともなかった。
父親の遺体の側でうずくまり、放心していたスザクの姿が、今も、消えぬ傷跡のように藤堂の中にある。

「スザク・エル・ブリタニアは暗殺すべきです!」
 故国を裏切り、皇子を暗殺せよと声高に主張する男を、藤堂は冷めた目で見ていた。
 この男も枢木ゲンブも同じだ。己の欲望が満たされるのなら、自分と血を分けた肉親でさえ平気で殺せるだろう。
 あの男の欲は日本人の真の長となる事だった。日本人を意のままに動かせるのであれば、大国に隷属する事もいとわなかった最低の売国奴。
 この男の欲は、ゼロが大国を討ち滅ぼすところを記録として残す事だと言う。世界の救世主として自分が演出して……
 馬鹿馬鹿しい。この男はあの首相より薄っぺらい……何故、このような俗物をゼロは重用するのか。
 組織の改革が必要だ。でなければ、この黒の騎士団も日本解放戦線と同じ末路を辿る事になる。
 突然現れた日本出身の皇子の始末より、こちらの方が急務だ。
 この実りのない会議が終わったら進言しようと考えていると、目の前の男が話を振ってくる。
「貴方は、スザクと師弟の関係にあったそうですね。
不出来な弟子に引導を渡すのは、師匠である貴方の努めだと思いますが。」
「むろん。戦場で遭ったら、殺すつもりで闘う。だから、暗殺など考えなくてもいいだろう。」
「ブリタニアに日本人の皇子がいるという事が恭順派の大きな期待になっているのは、ブリタニア打倒を掲げる我々には脅威です。
彼の存在が後々の障害になる前に、消えてもらう事が一番望ましいでしょう。」
「だが、暗殺はだまし討ちだろう。正義である俺たちがそんな事をするわけにはいかない。」
 扇の言葉に、埒があかないと、ディートハルトがついにゼロに判断を求めた。
「スザク・エル・ブリタニアを暗殺する必要はない。
ブリタニア内での立場がどうなっているのかも解らない今、性急な結論は避けるべきだろう。
スザクについては、私に任せてもらう。」
 ゼロ自ら、情報を精査して判断すると言われれば、これ以上この話題に触れるわけにはいかない。
 やっと大人しくなったブリタニア人に、藤堂は、ほっと息を吐いた。
「藤堂。後で、私のところへ来てくれ。」 
 会議の解散と同時に請われ、訪れたゼロの居室で、予想していた通りの問いかけに内心苦笑した。
「ブリタニアが何故スザクくんを欲したのかは私にも、六家の長である桐原公にも解らない。」
「そうか。では、質問を変えよう。 枢木スザクは何故、本家から放逐された?
刑部賢吾のような、手のつけられない放蕩者という事はないだろう。当時は子供だったのだからな。しかも嫡子である彼は、跡取りだろう。
そんなスザクを枢木が放逐した理由を、知っているのではないのか?」
「それは───」
「藤堂。私は、スザクが自ら望んで皇子になったとは思わない。
皇帝が何らかの意図を持って、皇子という立場でブリタニアに縛り付けていると考えている。
ならば解放してやらねばならない。そのためには本人の意思が必要だ。しかし、彼には日本に対する執着を感じない。
まるで、日本には自分の居場所などないと思っているようだ。」
 藤堂は固唾をのんだ。
 ブリタニアで生きる事が自分への罰だと思っているのだろか…彼は。
 もしそれが贖罪だと信じているのであれば、誤りだと知らさねばならない。
 我々は、彼にそんな事は望んでいないのだと伝えなければ。
「───その理由を教える事が、枢木スザクを助ける事に繋がるのか?」
「繋がる……繋げてみせる。」
 ゼロの力強い言葉に、藤堂は秘密を打ち明ける事にした。
 傷跡から抉り出したものをこの男に分け与える事で、1人の少年の未来が開ける事を信じて。

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