a captive of prince interval:幻影

 フジプラント……風光明媚と賞された富士山の山肌を抉り、希少鉱物サクラダイトを採掘するために作られた施設を見下ろして、スザクは小さく溜め息を吐く。
「殿下。どうぞこちらへ。桐原が、お目にかかりたいと申しております。」
 施設内を案内していた桐原産業の広報担当者が、ある扉の方へ誘導する。
「そのような予定は聞いていない。」
 スザクを囲う様に同行しているSPが苦情を言うと、はあ、ですが、と歯切れの悪い答えが返ってくる。
 皇族である事を公表したスザクが真っ先に行う公務が、ここ、フジヤマ・サクラダイト採掘プラントの視察であった。
 この施設の母体である桐原産業の創始者で、サクラダイトの貿易で得た資金を背景に政界に絶大な影響力を持ち、日本という国を牛耳って来たが、敗戦と同時に真っ先にブリタニアに恭順の意志を示した桐原泰三の是非にとの申請と、スザク本人の希望でフジに来ているのだが、総督であるコーネリアは最後まで難色を示していた。
 身内を大切にするブリタニア皇族の中でも、コーネリアの妹溺愛は有名だが、そのユーフェミアと同じ位スザクにも心を砕いている。
 その可愛がっている弟を、何故、己の保身のために敵国に売り渡した輩の元へやらねばならないのか、万が一の事があったらどうするのだと、さんざん反対していた。
「一度、ちゃんと話がしたかったのです。」
 自分の中でけじめを付けたいのだというスザクに、不承不承でやっと首を縦に振ったのだった。
 そういう経緯で、スザクに同行した警備担当者にも総督よりのお達しが行き届いている。
 事前に提出された予定には、桐原との面会は入っていなかった。
「構わない。お会いしよう。」
「でっ殿下。」
「急な“予定変更”はこういう事にはつきものだろう?」
「で、ですが……」
「彼らだって愚かじゃない。私が無事に戻らなければ、一番損害を被るのが誰なのかよくわかっているはずだ。」
「はあ……」
「では、どうぞこちらへ。」
 ブリタニア側の話がついたと判断し、扉を開ける。
 それに従いスザクが向うと、同行者の入室を断られ、そこでまた怒りを担当者にぶつけるSPを宥め、スザクはやっと、彼の目的である桐原との面会にこぎ着けた。
 案内された部屋のさらに奥へと続く扉があり、その奥へと誘われる。
 扉の向こうは、簡素な応接セットが置かれ、入って来た扉以外は窓もない真っ白な部屋だった。
 その応接に目当ての人物と、自分と同じ翡翠の瞳を持つ黒髪の少女がいた。
「わざわざのお運び、恐縮です。スザク・エル・ブリタニア殿下。」
 桐原が立ち上がって、恭しく頭を下げる。隣の少女も、それに習って無言で挨拶した。
「お久しぶりです。桐原公。神楽耶殿。」
「まさか、おぬしがブリタニアの皇子になっていようとはな……どういう経緯で、敗戦国の子供が皇子になれたのだ。
ゲンブが、生前に“取引”でもしておったのか。」
「それだけは絶対にないと思います。よしんば、そういう事があったとしても、皇帝が死者との約束を律儀に守るとは思えませんね。」
「それは、儂も同感だ。故に尋ねておる。」
「経緯と言われましても……突然ブリタニアに連れて行かれ、謁見したその場で養子にすると宣言されたのです。」
「理由は解らぬのか。」
「もっともらしい事を言っていましたが…真意は誰も解らないでしょう。」
「では、皇子となられた貴方が、この地に戻られた理由をお伺いしても?」
 考え込む様に口をつぐんだ桐原に代わって、神楽耶が質問する。
「今研究中のナイトメアのテストパイロットに選ばれたからです。
エナジーであるサクラダイトをかなり消費する機体なので、利便性からこのエリアに常駐しているだけです。」
 僅かばかり期待をこめた質問だったが、すげない答えに落胆よりも怒りの方が湧いてくる。
「ご自身から、望まれた訳ではないのですね。」
「この度の公表も、あんな事がなければしなかったでしょう。」
「皇子と名乗った事も本意ではなかったというのですか。
あの事がなければ、ブリタニアの中でずっと隠れて生きていくつもりだったのですか。」
 語気を強めて、睨みつけるような視線を送って来る従妹に、スザクは苦笑する。
「その方が、“日本”のためには良かったのではないのですか?」
「どういう意味でしょう?」
「その方が“枢木”の名を使いやすいでしょう。
レジスタンスが枢木スザクを名乗るのを黙認もしくは推奨して来たキョウトとしては、私が表に出て来るのは不都合なのでは?」
「何を世迷い言を。名門枢木家の名を騙るなど、我々が許す訳もない。まして推奨するなど……」
 桐原の言葉に、スザクはくつりと笑う。
「そうですか。それは失礼な事を申し上げました。」
「───スザク。やはり私たちを恨んでいるのですね。
家を護るために、貴方を敵に売り渡した私たちを……」
「───私がここに来たのは、皇族としての公務です。
NACについては、いろいろと黒い噂が流れている。その確認のために来ただけであって、個人的な事は関係ありません。」
「噂は噂でしかありません。皇子殿下が、わざわざ足を運んで確認されるような事ではないはずです。」
 なおも問い質す神楽耶に一度瞑目すると、スザクは彼女に語りかける。
「……恨み言を言いに来た訳じゃないよ。神楽耶。
そんなことを言う資格は、僕にはない。」
「なら、何故ここにおいでになったのです。」
「お別れと忠告に……」
「忠告……」
「ゼロと黒の騎士団に、これ以上の肩入れは止めて頂きたい。
ゼロの目的はエリア解放に留まらない。あの男に関わると、いずれ、ここに住むナンバーズをまた大きな戦いに巻き込む事になる。
父の遺志を尊重するおつもりなら、止めて頂きたい。」
「──ゲンブの遺志は“徹底抗戦”であったはずだ。」
 老人がにやりと笑う。その様に、スザクは顔をしかめた。
「………やはり、相当“出資”しているようですね。
黒の騎士団が新たに導入したナイトメア…あれがインド軍区から流れた事は調べがついています。戦前、桐原はそちらに太いパイプをお持ちだった。」
「そうか。あれはインドのものであったか。あのゼロという男、なかなか多くのコネを持っているようだな。」
 シラを切る桐原に、スザクは小さく息を吐く。
「ゼロと心中するつもりですか。」
「ゼロとNACの関わりなどないと申し上げているのです。」
 神楽耶も、桐原と口を揃えて否定する。
 そして、先ほどの言葉の意味を尋ねてくる。
「お別れ……とは、どういう意味ですの?枢木のお兄様。」
 その呼び名に、スザクは微笑んだ。
「懐かしいな。まだそんな風に呼んでくれるんだね。」
「だって、スザクはスザクですもの。あの鬼どもの中にあったとしても、私の“枢木のお兄様”なのには変わりませんわ。」
「神楽耶。あの国は『鬼が島』なんかじゃないよ。子供の頃、鬼だ人でなしだと教えられて育った。自分も『ブリ鬼』と呼んで蔑んだ。
自分の子供を人質に差し出し、あまつさえ、その子供を救い出しもせずに戦争を仕掛けて来たブリタニアに怒った。
そのブリタニアに連れていかれ、皇子にさせられて絶望した僕を救ってくれたのは、他ならぬ“鬼”と呼んだ人達だった。
神楽耶。あそこに住む人達は鬼でも悪魔でもない。僕らと何も変わらない。むしろ、大きすぎる力を持って生まれた事に翻弄され、その立場故の苦悩を抱え抗い続けている。
少なくとも、僕の周りにいる人達はそういう人間だ。」
 敵を擁護するスザクを、神楽耶は痛ましげな目で見る。
「──それでも。私達からすれば鬼です。突然、大切なものや人を奪っていったのですから。
そして、今でも私達を蹂躙し続けている、憎むべき敵です。」
「──そうだね。」
 スザクの声が寂しげに響く。
「貴方は、その敵の皇子として私達の前に現れた。それが、貴方の言うお別れの意味ですか。」
 黙って頷くスザクに、神楽耶は両の手を握りしめた。
「私…私は、あの日待っていました。婚約者の従兄がキョウトに戻って来るのを。私と一緒に、奪われた祖国を取り戻すために闘ってくれるはずの人が来るのを信じて、ずっと待っていたのです。今日までずっと……!」
 訴える神楽耶に、スザクもまた辛そうな目を向ける。
「神楽耶…すまない。枢木スザクは、あの日死んだんだ。」
「枢木のお兄様!」
「皇神楽耶殿。今、貴女の目の前にいるのは、スザク・エル・ブリタニアです。枢木スザクはもういません。
そう、ご理解下さい。」
「そんな勝手な事……」
 神楽耶は、ブリタニアの皇子である事を主張するスザクに瞳が潤んでいるのを悟られまいと、悔しげに顔を背けた。
「ブリタニアの皇子として生きるか。」
 桐原の問いに、スザクはしっかりと頷く。
「それが僕の運命なら…受け入れます。」
 その答えに、老人は薄く笑った。
 それが運命ならば……この言葉をまた聞く事になるとは……
 故国を追われ、皇子としての立場を捨てざるを得なくなった少年……
 故国に捨てられ、敵国の皇子となった少年……
 立場が入れ替わった2人がそれぞれ、己の運命を受け入れると言う。
 その皮肉な現実に、思わず漏らした笑みだった。
 この2人がどのように生きていくのか……残生の余興にはちょうどいい。
 楽しませてもらうぞ……日本の妖怪はほくそ笑んだ。
「スザクッ!」
 退室しようとするスザクを、神楽耶が必死に呼び止める。
 その呼びかけに緩やかに振り返ると、柔らかな笑みを浮かべた。
「日本を頼むよ。神楽耶。」
 言葉を残して扉が閉まる。無機質な白いドアを、まるでその先にいる人物を見透かす様に見つめ続けた。
 スザク……私は諦めません。
 私は、今の貴方に私の知る枢木スザクの幻影を見ているだけかもしれない……でも、貴方の言葉が、態度が、それを見せるのです。
 自ら好んでその姿でいる訳ではないと思わせるのです。
 だから……!
「桐原公。ゼロに連絡を取ります。」
「ゼロに、何用だ?」
「決まっています。“枢木スザク”の奪回を依頼するのです。
あの方がいるべき場所は、ブリタニアではありません!」
 強い意志を宿した翡翠が老骨を射抜くのを、心地よいと桐原は笑った。        

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