a captive of prince 第5章:ナリタ攻防 - 7/7

 庭園の入り口に、コーネリアとユーフェミアが待っていた。
 まさか2人まで来ているとは思わなかったスザクは、目を瞬いた。
「スザク、良かったわ。お部屋にいないから心配しましたのよ。」
「警備の者から、様子がおかしいと聞いてな。何もなくてよかった。」
 コーネリアの言葉に、2人がどうしてここにいるのか合点が言ったスザクは、すまなそうな顔で笑みを向ける。
「そうか。僕は、また皆に心配をかけちゃったんですね。」
「大丈夫ですわ。取り越し苦労だったんですもの。でも、ここは少し寒いから早くお部屋に戻りましょう。」
 そう言ってユーフェミアがスザクの手を引く。引っ張られた左手の袖口から手首が覗いた。
「あっ……!」
 とっさに、スザクはユーフェミアの手を振りほどく。
 手首に生々しく残る傷跡が見えてしまっていた。
 幼き頃、心を壊していたスザクがつけた自傷行為の名残だ。
 普段なら手袋に隠されているそれが、夜着の袖から出てしまった。
 突然振りほどかれたことに驚いて見つめるユーフェミアに、スザクは俯いた。
「ごめん……」
 左手首を押さえて謝るスザクに、ユーフェミアも首をふる。
「いいえ。私こそ、急に引っ張ったりしてごめんなさい。」
「さあ。2人とも。部屋に戻ろうか。」
 気まずく立ちすくむ2人を、シュナイゼルが促す。
「せっかくスザクも目を覚ましたことだし、皆で先ほどの茶会の続きをしないか。」
「でしたら、スザクのお部屋でいたしましょうよ。」
 コーネリアの提案にユーフェミアが賛成する。
「僕の部屋ですか?」
「それは良いね。そうすれば、疲れたらすぐ休めるだろう。」
 兄まで賛成してしまえば、決定事項。ギルフォードにそのように手配する様に指示をだしている。
 スザクは苦笑した。独りにさせない様にとの気遣いがありありと伝わるからだ。
 僕は、こんなにも大切にされている。それがとても嬉しくて…苦しい。
 一体僕は、この人達に何が返せるんだろう…護られるばかりで……

 
 スザクの部屋で仕切り直した茶会の席で、ユーフェミアが真っ先に口を開いた。
「スザク。私、ずっと貴方に言いたかったことがあるんです。」
「ユフィ?」
 唐突な発言にスザクがきょとんと見つめていると、彼女は深々と頭を下げた。
「お姉様を助けて下さって本当にありがとう。」
「ユフィ……」
「もう、ずっと言いたかったんですよ。
でも、スザクったら全然目を覚まして下さらないから……ちゃんとお礼できてよかったわ。」
 そう言って、花がほころぶ様に笑うユーフェミアに、スザクの表情も柔らかくなる。
「ごめんね。」
 本当に、間に合ってよかった。
 あの時もう少し遅かったら、コーネリアはあの紅いナイトメアの餌食になっていただろう。
 それが、こんな風に笑顔で紅茶を楽しむことが出来てよかったと本心から思うとともに、あそこまで追いつめながら逃がすことになってしまったゼロに、歯噛みする。
「総督。ゼロをあと一歩まで追いつめながら逃すことになってしまい、申し訳ありません。」
「何を言う。私は、お前にゼロの捕縛は指示していないぞ。
むしろ、深追いするなと言ったはずだ。」
 確かにコーネリアの声は聞こえていた。しかし、目の前に希代のテロリストがいれば、捕らえようとするのは当然のことだ。
 俯いているスザクに、コーネリアの優しい声が届く。
「だが、お前の働きで私の命が救われたのだから、感謝している。
ありがとう。スザク。」
「姉上。」
 姉妹の笑顔に、スザクも落ち込んでいた気持ちが上昇した。
 そして、もう1つの気がかりを質問する。
「それで…捜索の方は……」
「大規模な土砂崩れでしたから、被害が甚大で……今も、皆さんが徹夜でして下さっているところですわ。」
「民間人やナンバーズにも被害が及んでいる。
このような作戦を使った、黒の騎士団に対して糾弾の声明を出したところだ。」
「黒の騎士団はきっと、麓の市街地に避難命令を出さなかったことを、責めてくると思うけどね。」
「彼奴らが出てこなければ、市街を巻き込む戦闘にまで拡大することはなかったのです。」
 シュナイゼルに反論するコーネリアに、スザクが話しかける。
「総督。行方不明者の捜索に自分も加えて欲しいのです。」
「スザク?」
「お願いします。」
「だが──」
 「スザク。捜索は、ダールトン将軍の指示の元スムーズに進んでいるそうだよ。
お前が出て行かなくても……」
 妹の助け舟を出したシュナイゼルに、スザクは食らいつく。
「1人でも多く、早く助けたいのです。時間がかかれば、それだけ犠牲も大きくなる。
人手はいくらあっても足りないはずでしょう。」
「お前も、兵に混じって発掘するというのか。」
「お願いします。」
 スザクの懇願に、コーネリアとシュナイゼルは顔を見合わせた。
 困惑する妹に、シュナイゼルが苦笑まじりに話しかける。
「コーネリア。スザクの気の済む様にしてやってくれないか。」
「──解りました。」
「さあ。ナリタのお話はこのくらいにして、もっと別の話をしましょう。
スザク。ハーブティーはいかが?」
 そう言ってユーフェミアは、甘く香るティーカップを差し出す。
「これは…?」
「カモミールティーですわ。気持ちが落ち着いてよく眠れますのよ。蜂蜜も入れてありますから、体も温まってよ。」
「ありがとう。」
 ユーフェミアの心遣いに、感謝の言葉とともにカップを受け取る。
 湯気の上がるハーブティーに、心から暖まる気がした。
 やがて、スザクは彼女の言うとうり、うつらうつらして来た。
 そんなスザクに、兄妹達は揃って笑みを浮かべる。
「スザク。眠くなったようだね。」
「ん……はい……」
 殆ど意識のない状態のスザクを、シュナイゼルは軽々と抱き上げ寝室へ運んでいく。
 腕の中で、スザクは小さな寝息を立てていた。
 ベッドに寝かせ、毛布をかけてやる。
「兄上。兄上のお部屋を隣にご用意しました。そちらでお休みになって下さい。」
「ありがとう。だが、今夜はずっと側についていようと思う。
また、悪い夢を見ないとも限らないからね。」
「そうですか。では、ベッドをこちらに運ばせます。」
「すまないね。」
 コーネリアの気遣いに感謝を告げると、スザクの髪を撫で、その静かな寝顔に穏やかな笑みを浮かべるのだった。

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