a captive of prince 第5章:ナリタ攻防 - 6/7

 数刻前、ロイドのラボで例の映像を確認したシュナイゼルは、突然の来訪の侘びと、コーネリアを見舞うために総督室を訪れていた。
「ともかく、君に何もなくてよかった。」
「ですが、無駄な血がかなり流れました。ゼロが乗り込んで来て、あまつさえあのような策を使ってこようとは……」
「日本の古い戦略のようだね。」
 コーネリアは、戦闘の疲れの現れたやつれた顔で俯いた。
 事後処理に追われ多忙なはずだが、不意の訪問者であるシュナイゼルを歓待してくれた。
 姉を気遣って共に働いていたユーフェミアも同席しての、深夜のティータイムを楽しんでいる所だ。
「日本の…という事は、やはりゼロはイレヴンなのでしょうか。」
 ユーフェミアの質問に、年上の兄姉は難しい顔をする。
「日本の兵法を用いたからと言って、イレヴンだとは一概には言えないだろうね。
兵法や軍略を学んだ者なら、知っていることだからね。」
「そうですか……」
「それに、我が軍のこともよく研究している。あの土砂崩れは、私と親衛隊を離す目的があったらしい。私がどのような陣を敷くか。予測した上でなければ使えないことだからな。」
「相当な戦略家という事だね。たかがテロリストと軽く見すぎていたのかもしれないね。我々は……
ゼロと黒の騎士団については、それ相応の対策が必要だ。」
「では…本国に留め置いているグラストンナイツを呼び寄せたいのですが。」
「そうだね。良いと思うよ。」
「そのように手配します。」
 シュナイゼルの了承をえたことで、後ろに控えていたギルフォードがコーネリアに耳打ちする。
 紅茶を楽しみながらするような会話とも思えぬ会談の最中、コーネリアの執務机の電話が鳴った。
 主に代わって応対に出たギルフォードが、困惑した表情でコーネリアに取り次ぐ。
「スザク様がお目覚めになったようなのですが……」
「どうした?」
「どうもご様子がおかしいと、巡回中の者から報告が……」
「私が出よう。オープンに切り替えてくれ。」
 シュナイゼルの指示で、内線通話がスピーカーになった。
「スザクがどうしたのだい?」
「──これは、宰相閣下!警備担当の者の申すには、殿下のお部屋から悲鳴が聞こえ、駆けつけたところ。うなされただけだと仰られ、医師を呼ぼうとしましたがそれも断られたそうです。」
「では、スザクは起きているのだね。」
「恐らく…ひとりになりたいと仰せで、誰もお部屋の中までは確認に行っておりませんが。」
「では私が行こう。ああ、大丈夫だよ。あの子は時々情緒不安定なところがあるからね。慣れている者の方が良いだろう。」
「私たちもご一緒してもよろしいですか。」
 心配げにシュナイゼルの顔を伺う姉妹に、二つ返事で同行を許した。
 が、スザクの部屋はもぬけの殻だった。
 部屋に案内した報告者も驚いて周りの警備兵に尋ねるが、スザクの姿を見た者はいなかった。
「警備は廊下の入り口だけ?」
「はっはい。」
「ふむ。では、スザクはこちらへ行ったという事だね。」
 向いに並ぶ部屋は全て閉め切られているのを確認し、他に脇に入る通路もないことから、廊下の奥を指し示す。
「この奥は?」
「屋上庭園につながるエレベーターだけですわ。お兄様。」
 ユーフェミアの答えに、彼女の隣に立つコーネリアが顔色を悪くする。
「急ごう。」
 3人は、エレベーターへと急いだ。

 広い庭園についた3人を色とりどりの花吹雪が出迎える。
 風の強さに、ユーフェミアは小さな声を上げてドレスの裾を押さえた。
「スザクは……!」
「手分けして探しましょう。」
 コーネリアとシュナイゼルについて来たギルフォードとカノンも加わり、探すことになった。
「見つけても、声をかけたりせずに見守ってくれないか。
どんな精神状態なのか解らないから…私に連絡してくれれば良い。」
「解りました。」
「はい。」
「イエス ユア ハイネス。」
 ほどなくして、シュナイゼルの元に発見したと連絡が入った。
「あちらに……」
 発見したカノンの指す先には、フェンスぎりぎりに立っているスザクの姿があった。
「先ほどから、ああして空をご覧になっています。」
 強風に雲は払われ、冴え冴えとした月が輝いている。
 月を眺めているような弟の姿に安堵すると、ゆっくりと歩みを進めた。
 スザクは、月ではなく風に散り惑う花弁を見つめているのだという事が、近づくにつれ解ってくる。
 夜の闇に舞う花びらは、月の光を映して淡く光っている。
 ひらひら光る花吹雪の中に佇むスザクの姿は、酷く小さく儚く見えた。
 その寂しげな情景に、眉をひそめる。
 スザクはシュナイゼルがすぐ近くまで来ていることに気づいていない様子で、闇に飲み込まれていく花弁を見つめている。
 手が届く程近づいた時、不意にスザクが空に向って手を伸ばした。
 まるで、スザクが空へ飛んでいってしまいそうな…
 そんな恐怖に襲われ、シュナイゼルは普段の彼から想像もつかない素早さでスザクの腰を抱え込むと、勢いに任せて自分の方へ引き寄せた。
 「あっ……」
 小さな声を上げて胸元へ戻って来た弟を安堵の息とともに抱き込む。
「兄さん……」
 ゆっくりとシュナイゼルを振り返るスザクの目には、何の色も現れていない。
 感情の抜け落ちたようなスザクに、内心痛ましく思いながら努めて平静に声をかける。
「こんなところにいたんだね。部屋にいないから探してしまったよ。」
「すみません。急にここの花が見たくなって……
兄さんこそ、どうしてここに?」
 お前のことが心配だから駆けつけたのだと喉まで出かかったが、その言葉を飲み込む。
「ロイドからお前のことを聞いてね。ちょうどEUとの緩衝地帯の視察もあったから、こちらに寄ったんだよ。」
 そう言えば、スザクは一度瞑目してから微笑む。
「夜のバラ園は美しいが、こんな薄着でいつまでもいるのは体に障るよ。
そろそろ中に戻らないか。」
「はい。」
 そう頷くスザクが小さく震えた。その様子に自分に密着させると、スザクの体はずいぶんと冷たくなっていた。
「やはり冷えてしまっているね。」
「すみません。ご心配をおかけしてしまって……」
 どこかよそよそしいスザクの態度に眉根を寄せる。
「スザク。辛かったらいつでも本国に戻って来ていいんだよ。」
「いえ…いつまでも逃げてばかりはいられませんから……」
「そうかい……?」
 ”逃げる”とは何からなのかと問い質したい思いはあったが、敢えて聞くことはしなかった。
 エリア11に行くと決めたときの、スザクの覚悟をたたえた顔を見ているからだろうか。何か、秘めたる思いがある様に思えた。

2

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です