「シュナイゼルは、まだ動いていないようだねえ。」
部屋に持ち込んだPCでテレビニュースを確認するフランツは、溜息を漏らして元騎士を見やる。
「兄上。シュナイゼルもそう簡単には動けないでしょう。
いかに陛下の養子とはいえ、ナンバーズと宰相職を天秤にかければ……結論は火を見るより明らかではないですか。」
ピエールがくすくす笑いながら、床に転がされたままのスザクを見下ろす。
彼らは、スザクの監視をフレイザーが集めた男達に任せ、のうのうと酒盛りをしている。
「いや。あの男がこいつを目の中に入れても痛くないほど可愛がっているのは、有名な事実だ。攫われたと知って、何の行動も起こさないはずがない。
フレイザー。ここが奴に知られる心配はないのだろうね。」
「勿論です。例え私に辿り着いたとしても、ここを見つけ出せるはずがありません。」
自信満々の男に、フランツも薄く笑う。
「スザク。お前もここで終わりのようだね。まあ、お前の身柄はこいつらに渡す事になる。きっと、うんとかわいがった後で後腐れ無く始末してくれるだろうさ。」
フランツの言葉を受けて、下卑た笑い声が室内に響いた。
「殿下。シュナイゼルが動けないのなら、動けるようにしようかと思います。」
「うん?」
怪訝な顔で見つめるフランツに、フレイザーはその内面の残虐さをにじませた笑みで説明する。
「皇族であるスザクの命を奪うはずがないと高をくくっているのやも……本気である事の証明を送りつけようと思うのです。」
「証明?」
「はい。この者の体の一部を送るのです。そう……まずは手の指など………」
「ほお?」
その提案に、2人の皇子の顔にも嗜虐的な笑みが浮かぶ。
「それは、こいつの泣き叫ぶ姿が見られるという事かな……?」
「面白い趣向ですね。」
薄笑いで見下ろして来る男達に、スザクの表情が凍る。
「はっ離せっ!」
腕の拘束を解かれたものの、3人掛かりで押さえつけられ、右の手指を力ずくで開かされる。
「そうだ。そうやって押さえつけていろよ。」
男に指示し、造園業者を装うために用意した枝打ち用の鉈を手に取り、フレイザーが薄ら笑いする。
照明を受けて白光りする刃に、スザクは顔を引きつらせた。
「やっやめろ!離せっ!」
必死に抵抗するスザクに、押さえつけている男達もその思いの外力強い事に顔をしかめ、さらに強く押さえつける。
「このガキっ!大人しくしてろ!!」
「ぐぅっ………!」
後頭部を掴まれ、顔を床に押さえつけられる。
「まず人差し指からだ。スザク殿下……大人しくしている事だな。暴れると余計な所まで切る事になるぞ。
大丈夫。指の5本や10本無くなった所で死にはしない。」
「や…やだっ………やめてくれ。」
蒼白な顔で請うスザクに、彼を見下ろす兄弟の顔が残虐さを増した。初めて見せる弱音に、獲物をいたぶる快感が湧き上がる。
「スザク、人に頼む言葉遣いじゃないねえ。もっとちゃんとお願いしてごらん。」
「そうだ。お願いだから殺さないで下さいと、泣いて縋ったら考えてやってもいいよ。もう2度と目立つ真似はせず離宮で兄上殿と一緒に大人しくしていると……宰相を辞するよう説得すると誓ったら助けてやってもいい。
そうだな……その時は、私の靴を舐めて綺麗にしてもらおうか。たてつかないという証拠にね。」
「───誰がそんな事をするものか……例え太陽が西から昇っても、貴様らに膝を折る事などあり得ない。」
鋭く睨みつけるスザクに、兄弟の顔が醜く歪んだ。
「ならば、この男に切り刻まれ、無様な姿でここに朽ち果てて行くがいい!」
フレイザーが冷笑を浮かべ、指に刃を当てる。ぷつりと音を立てて血がにじんだ。
「つっ………」
「力を抜いた方がいい……でなければ、何度も刃をたてる事になる。」
せめてもの情けと、忠告する男に、息を呑む。
嫌だ……こんな所でこんな風にいたぶられながら死ぬなど、絶対に………
「い……いやだっ………誰か……」
助けてっ!
「ジノォーっ!!」
「スザァークッ!」
破壊音が、窓もない密室に轟く。唯一の出入り口である扉が崩れ落ちた。
その大音響に驚いて立ち上がったフレイザーを、黄金の閃光が弾き飛ばす。
体当たりで弾き飛ばされたフレイザーの手から鉈がこぼれ落ちて金属音を鳴らし、大柄な男の体が一瞬中に浮いたかと思うと大きな音を立てて床に叩き付けられた。
閃光はスザクを押さえつけている男達も蹴散らし、スザクを抱え上げると唖然としている者達を鋭く威嚇しながら、今、自分が入ってきた方へと後ずさる。
「ジ……ジノ。」
閃光の正体の名を呼べば、引き締まった精悍な笑顔を見せた。
「殿下、お待たせして申し訳ありません。ジノ・ヴァインベルグ、ただいま救出に参りました。」
「あ………っ。」
それ以上の言葉は出ず、夢中で彼に縋り付く。
手が……全身がガタガタと震えている。歯の根が合わずガチガチと鳴るのをやめられずにいるスザクの背を大きな手が撫でた。
「よかった。間に合って………」
「ジノ……ありがとう……助けにきてくれて。」
「当然だ。言っただろう……一生護っていくと。」
優しく細められる青玉の瞳に、スザクはやっと微笑んだ。
「スザク。」
ジノが飛び込んできた入り口から、2つの影が現れる。
「兄上……!」
手を伸ばして縋って来るのを抱き上げ、シュナイゼルは安堵の笑みを浮かべる。
「スザク……無事でよかった。」
抱き上げた体の温もりに再び安堵の息を吐くものの、彼の顔や手の傷に眉根を寄せる。
付き従ってきているカノンが、取り出したハンカチで指の止血をするのを確認して、シュナイゼルはスザク誘拐の首謀者を睨みつけた。
「弟は返してもらうよ。」
「シュナイゼル……」
フランツの顔が歪む。
腕の中の大切な宝を再びジノに預けると、2人を庇うように立ち塞がる。
「ジノ。スザクの事、よろしく頼むよ。スザク…コウや兄上達も迎えに来ているのだよ。早く行って、皆を安心させてあげなさい。」
「兄上や姉上まで……?皆さんにご心配をおかけしてしまって……」
「お前が気に病む事ではないさ。悪いのは全て彼らなのだから。
さあ。早く安全な場所へ。」
シュナイゼルの指示に、ジノは大きく頷く。
「イエス ユア ハイネス。」
スザクを大事そうに抱えると、この場所へやって来た道を辿るために部屋を出た。
弟とその騎士候補を見送り、シュナイゼルはカノンとともに敵と対峙する。
「私がここから入ってきたという事が、何を意味するかよく分かっているだろう。もう、言い逃れは出来ないよ。」
「ふん。たった2人だけでここに乗り込んできてどうするつもりだ。」
「2人だけ……?この隠し部屋と繋がっている君の部屋には、コーネリアが兵と共に待機している。離宮の周囲は私の軍で固めた。
逃げ場などない。観念したまえ。」
「そうか……も早これまでか。」
「投降など許さないよ。」
「なに?」
「私やスザクに対する執拗な攻撃……ついには誘拐脅迫までしておきながら、ゲームを降りるように簡単にすむと思ってはいまい。」
「もとより……では、ここで決着を付けようじゃないか。」
フランツはフレイザーを呼ぶ。騎士は、主を庇って剣を抜いた。
「この後に及んで……君はまだ人の陰に隠れるつもりか。
そうやって、支援者や騎士を踏み台にして……!」
「彼らが自ら進んでやってくれるのだよ。私は、選ばれた特別な存在だから。」
「選ばれた……?それは、ただ単に君の母上のご実家の権威にすり寄ってきている者の打算と、それにあぐらをかいているだけの事だろう。君は、努力して何かを手に入れた事はあるのか?」
「努力?そんなものは、生まれが卑しいものがしなければならない事だろう。私は、生まれた時から勝者だ。勝者であるべきなのだ。
それを、たかが伯爵出の母を持つお前ごときが、私のあるべき場所を………!」
憎らしげに睨みつける自分と半分血の繋がった弟を、シュナイゼルは半ば哀れんで見た。
「どういう風に育てられたら君のような人間になるのか……気の毒としか言えないな。」
シュナイゼルは、カノンに手を差し出した。その手に長剣が渡される。
フレイザーの目が細められた。
「ほお。殿下御自ら……」
「カノンすまないね。だが、どうしても自分の手で決着を付けたいのだよ。」
「ええ、よくわかっております。スザク様を救出する役は、ジノに譲ってしまわれましたものね。
雑魚の始末は私にお任せ下さい。」
「ありがとう。」
礼を言って、鋭い視線を送るシュナイゼルにフランツの顔が引きつる。
「剣に自信があるとは聞いたことがない……この男は軍でも指折りの剣豪だよ。」
だから騎士に任命したのだというフランツに、薄笑いを浮かべる。
「ああ。噂は聞いているよ。」
鼻で笑う皇子に、騎士の顔が歪んだ。
「お覚悟召されよっ!」
剣と剣がぶつかり合う激しい音が響き渡った。
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