共に煌めく青玉の【騎士ー1】※R18 - 9/11

「そろそろジノを正式に騎士にしてはどうかな。」
エリア6から帰国して3日。兄弟揃ってティータイムの席でシュナイゼルが切り出した話に、スザクは眉尻を下げる。
「叙任式……ですか?」
「そうだよ。今回の反乱が、まさかお前をおびき出すための罠だったとは……エル家の面目を潰すのが目的かと思ったのだが……」
私の考えが甘かったようだ。と、眉をしかめる。
「どうやら、私の宰相就任をねたむ輩が、直接私を攻撃するネタが見つからないため、その矛先を私の周辺に変えたようだ。
私を支援してくれている貴族には身辺に充分気をつけるように通達したが、奴らがこれで諦めるとは思えない。」
シュナイゼルは、彼らしくなくボリッと大きな音を立ててクッキーを噛み砕いた。
攻撃の手が自分だけでなく、周辺に及んでいる事に少なからず苛ついているようだ。
兄の、苛立ちを隠さない態度に小さく息を吐くと共に微笑する。
「───何か面白い事でもあったかな。」
憮然として尋ねて来る兄に首を振る。
「いいえ。そんな風に素の感情を見せてもらえるようになったんだな。と、嬉しくて……」
「弟なのだから当然じゃないか。お前も、私の立場や自分の身の振り方が分かる年になった事だし……」
そうだろうと確認され頷く。
「コウからも、叙任を急がせた方がいいと助言された。
今回の事で、ジノがお前の騎士として相応しいと認めたようだよ。
彼の意志はもうずいぶん前から固まっている。あとはお前の気持ち次第だ。」
「でも……僕が騎士をもつ事が果たして良いのか………
最近特にそう思うのです。」
「ヴァインベルグ侯爵の事か………」
「あの方が支援しているのは第一皇子であるオデュッセウス兄上です。
皇帝の座を争う事になるシュナイゼル兄さんの弟の騎士に、末の息子とはいえジノがなるのをよく思わないのは当然で……」
「騎士をもつ事は皇族の特権だ。主従の契りを交わす皇族と騎士になる者の意志が尊重され、例え皇帝であっても口出しは出来ない。
主従の関係を結ぶか否かは、あくまでお前とジノの気持ちが優先されるのだ。外野の思惑など気にせず、お前の気持ちに従って決めればいい事なんだよ。」
「はあ……」
煮え切らない多度のスザクに、シュナイゼルは眉根を寄せる。
「───生まれの事を気にする事はないのだよ。言いたい者には言わせておけばいい。お前が皇族として成すべき事をしているのは、多くの人間が知っている。何ら、恥じる事などない。むしろ堂々としていていいんだ。」
「───はい。」
笑みを向けるスザクに、シュナイゼルは安堵の表情を浮かべた。
「───1つ質問してもいいですか。前から気になっていた事で……」
「うん?」
「兄上は、何故ジノを僕の話し相手に選んだのですか。」
その問いに、シュナイゼルは弟が何を気にしているのか合点がいった。呆れた顔を浮かべ、小さく息を吐く。
「ジノは、兄上からの紹介だったのだよ。」
「オデュッセウス兄上の?」
「支援貴族の息子のひとりが、スザクに大変興味を持っているようだから遊び相手にどうかとね。
どこかでお前を見かけたらしい。」
「そうだったのですか。………アーニャも……?」
「彼女は、陛下の推薦だよ。2人とも、私が直接会ってお前に良い影響を与えてくれそうだと思ったので、引き合わせた。
その選択は間違いではなかったと自負しているよ。」
「はい。2人とも大切な友人です。
その友人のひとりを騎士にしていいのか、実はまだ迷っていて……
叙任の事は、もう少し考えさせて下さい。」
「………あまり長い間待たすというのも、ジノに気の毒と思うがね。」
兄の忠告に、スザクは肩をすくめる事で答えるのだった。

「ジノ。後で私の部屋へ来なさい。」
朝食の席で父であるヴァインベルグ侯爵に言われ、ジノは眉をしかめる。
「何か御用ですか。これから軍司令部に出かけなければならないのですが。」
「───少佐に昇進するそうだな。」
「はい。今日は辞令の伝達と、私が預かる部隊の確認に………」
「帰って来たら、新しい軍服の採寸ですよ。用がすんだらすぐ帰って来て下さいね。」
「はい。恐らく午後になるかと……」
楽しそうに口を挟む夫人に、ヴァインベルグは渋い顔をする。
「今は、私がジノと話をしているのだぞ。」
「あら、申し訳ありません。でも、息子の凛々しい姿を見るのは私の楽しみですから。
ジノは、私も惚れ惚れする美丈夫ですもの。」
「母上。あまり息子を褒めると、父上が嫉妬します。」
ジノのすぐ上の兄が、くすくす笑いながら忠告する。
長兄と次兄は既に独立し、それぞれ家庭を持っている。今は家族4人の食事である。
男子には恵まれたが娘には恵まれなかったヴァインベルグ夫人は、娘をもつ母親ならではの楽しみを得られない憂さを、末の息子のジノで晴らす事が多く、ジノは幼い頃より母親の着せ替え人形のように扱われて来た。
既に軍人として一人前になった今でも、着飾って母親のお供で茶会やパーティーに連れ出される。恐らく、兄弟の中で彼が一番の衣装持ちだ。
「父上。急ぎの用事でなければ、全て片付いてからで宜しいですか。」
下手にでて顔色をうかがえば、苦虫をかみつぶしたような顔で仕方ないと頷く。
ほっと息を吐くジノに反し、父親は不満を隠そうとせず、ぶつぶつと小言を言い始めた。
それには妻と子供達もまたかと呆れ顔を浮かべ、無言で食事を口に運ぶ。
「息子のひとりが軍属なのは大いに結構なことだが、何故コーネリア様の下で働かねばならぬ。
我がヴァインベルグ侯爵家は、代々皇太子となられる皇子に仕えて来ている名門なのだぞ。それが、第二皇女殿下とは……
皇族の方の憶えめでたいのは有り難いが……ジノ、何故オデュッセウス様の下を志願しなかった。」
「それは、スザク様がコーネリア様に預けられましたから。私は、殿下の………」
「それだ!オデュッセウス様もオデュッセウス様だ。よりによって我が子をご養子殿の遊び相手に推挙なされるとは……」
「ジノ。父上の血圧がこれ以上上がらないうちに、出かけた方が良さそうだぞ。」
苦笑しながら忠告してくれる兄に笑顔で頷き、ジノは席を立った。
「兄上の仰る通りですね。では、お先に失礼します。」
後に控える給仕人にごちそうさまと告げ、ダイニングを去る息子に侯爵はため息をつく。
「そのようにつまらない顔をなさるのはおよしなさい。
あの若さで自分の仕える主を定められるなんて、ジノは強運の持ち主なのですよ。自慢すべき息子ではありませんか。」
「主と定めた相手が悪すぎる。今は陛下やシュナイゼル様という後ろ盾があるかもしれないが、あの方の立場は砂のように脆い。
いつ、元のナンバーズに戻るか分からぬ方なのだぞ。それでも強運だと言えるのか。」
「そうなったら、あの子と殿下が考え決める事です。
騎士の任命について、周りがとやかく波風たてる事ではありますまい。」
息子にまで諭され、ヴァインベルグは仕方なく口を閉ざした。
ジノが公開模擬戦で準優勝して以来、ヴァインベルグ邸では既になじみの光景に、侍従達でさえ苦笑するのだった。

[newpage]

軍司令部で、ジノは辞令を受け取ると早速自分の部下になる部隊と顔合わせをした。
とは言っても、同じコーネリアの息のかかった面子である。
皇女殿下がシュナイゼルから預かり、その成長を見守っている皇子の騎士候補である事は既に浸透しており、上司が少年である事に不満を見せる者も無く、和気あいあいと滞り無く済んでしまった。
不平不満を漏らす者があればねじ伏せてやろううと意気込んでいたジノにとっては、少々肩すかしだった。
「ひと暴れ出来れば、ストレス発散になるかと思ったんだがな……」
帰宅すれば、母の着せ替え人形と父の小言が待っていると思うと気が重い。
父の話の内容など聞く前から分かりきっている。
「どうせ、騎士叙任は辞退しろと言うんだ。」
───私がどんな思いでこの6年を過ごして来たと思うんだ。
宮廷では、宰相閣下ご寵愛の殿下がついに騎士を持たれるらしいという噂が広がると同時に、騎士候補の父親であるヴァインベルグ侯爵は反対らしいという噂が流れており、当事者であるジノやスザクの耳にも届いている。
そのせいで、折角騎士候補である事を認めたスザクがここに来てまた、叙任をためらってしまっているのだ。
「父上もスザクも、ちっとも私の気持ちを理解していない。」
2人が、それぞれの立場でジノの将来を心配した上での事だと分かっているだけに悔しいのだ。
母の言いつけ通り真直ぐ帰る気になれず、迎えの車を待たせて宮廷に向う回廊を散策する事にした。
別に宮廷に行くつもりはない。だが、この回廊から臨む庭園は好きだ。特にこの先にあるバラ園は、スザクを初めて見た庭園を思い出させた。
アリエスの庭園……大人達に取り囲まれながら、それでもキッと前を向いて彼らを従え歩いていく、強い光を放つ新緑の瞳……
あの瞳を見た時からスザクに惹かれていた。
それが恋だと自覚したのは、何年も経ってからだったが………

庭園の花々が見渡せる場所にベンチが一台設置されている。
ふと、そこに目を移したジノは見慣れた亜麻色を見つけた。
ふわふわと風に弄ばれる綿毛のような茶髪……ベンチの背に頭をもたせかけて空を見上げている。
「スザク。」
自然と口をついて出て来た名に、呼ばれた人物は驚いて姿勢を正すと振り向いた。
「ジノ。」
声をかけたのが彼だと分かると、スザクは少々強ばらせていた表情を和らげ、微笑んだ。
「どうしたんだい。こんな所で。」
尋ねかけてくるスザクに呆れ顔で問い返す。
「私は、軍司令部で辞令を受け取って来た所だ。お前こそ、皇子殿下が一人きりでこんな寂しい所にいて大丈夫なのか。」
庭園回廊ではあるが、軍施設と宮廷を結ぶこの場所は、大抵の者は直接繋がっている通路を使用するため殆ど人影がない。
軍人が多く出入りする場所ではあるが、絶対に安全な場所とも言いがたい。
「だからいいんだ。静かでさ……考え事やひとりになりたい時は。」
「私はお邪魔かな。」
「いいえ。どうぞ、ヴァインベルグ卿。」
そう笑いかけて隣に座るよう勧める。
「ありがとうございます、殿下。では、お隣に失礼します。」
仰々しく断りを入れて座ると、顔を見合わせて笑った。
スザクの軍服の襟に新しい階級章を見つけ、ジノは目を細めた。
「もう付けているんだな。それ。」
指摘され、スザクは肩をすくめる。
「姉上に呼び出されたんだ。階級章を受け取りに来いって。」
「コーネリア様がつけて下さったのか。」
「うん。まあね。」
少し照れ笑いを浮かべるスザクが幼く見えて口元を緩める。
「今、笑ったか?」
ムッとした顔をするスザクに慌てて首を振る。
「可愛がられているなと思ってさ。いい事じゃないか。」
「僕は、皆と一緒に任命式に出られないからさ。」
軍に所属しているとは言え、スザクが軍の公式行事に皇族として参加する事はない。公然の秘密となっているが、皇帝が養子と公表していないからだ。
「そうか。」
ジノは眉根を寄せた。
「それに、他の用事もあったから。」
そう言ってスザクは1つの包みをジノに見せた。
プレゼントなのか、愛らしいピンクのリボンのかけられた細長い箱だ。
「女の子に、アクセサリーのプレゼントか?」
「まあ、そうかな。マリエルの髪飾り……修理できたから。」
コーネリアを介して修理に出していたマリエル・フェルナンデス嬢の銀の髪飾りだ。
「出来上がった物を見せてもらったけれど、壊れる前と寸分違わず直っていたよ。さすがだね。これなら彼女も喜んでくれると思う。
フェルナンデス伯が、彼女の社交デビューを祝って送った物なのだそうだ。そんな大事な物をあんな事に使わせて壊してしまって、本当に申し訳ない事をした。」
辛そうな顔をするスザクに、ジノも居たたまれない気持ちになる。
「だが、直って良かったじゃないか。」
「うん。」
「しかし、マリエル嬢、美人だったなあ。髪を下ろしたとき、長い巻き毛がキラキラしていて妙に色っぽかったんだよ。あれで、私と同い年だろう?」
「そうなんだ。ちょっと前まで僕と一緒に木登りしていたおてんば娘とは思えなくってさ。女の子って、急に綺麗になるよね。」
「貴族のご令嬢が木登りとは……また……」
呆れているジノに、スザクは右手を上げて肩をすくめる。
「はい。僕が教えました。」
「おい。」
「あそこの庭園に、すごく枝振りのいい登りやすい木があったんだ。
そこで空を見ていたら、彼女も空を見てみたいっていうからさ……」
言い訳がましく言うスザクに、眉尻を下げる。
「そう言えば、スザクは昔から木に登るのが好きだったな。
離宮の庭園に『スザク様専用』と書かれた札のある立派な枝振りの木があったろう。」
「まだあるよ。さすがにこの図体じゃ、もう登らないけれど。」
スザクは苦笑する。
「木の上から見る空が好きなんだ。すぐ、手が届きそうで………」
───飛んでいけそうで………
空を見上げ、眩しそうにするスザクの隣りで、ジノも空を見上げる。
晴天の空に、白い雲がゆったりと風に流されて行く。
「ああ……そうだな。高い木の上からなら、あそこへ飛んで行けそうだ。」
呟くようなジノの言葉に、スザクは目を見開いて彼を見つめていたが、やがて、また同じように空に目を移した。
「───うん。」
2人は、黙って青い空を眺めていた。

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