共に煌めく青玉の【騎士ー1】※R18 - 7/11

スザクは、マリエル嬢をエスコートしながら、照明に照らされる夜の庭園をゆっくり散策する。
「以前来た時にも思ったけど、本当に美しい庭だね。
特に、あの女神像の噴水は、この庭園をさらに華やかにしていると思うよ。」
「ありがとうございます。あの噴水は父の自慢で……私も、褒めて頂くととても嬉しいです。」
ぎこちない笑みを浮かべる少女の手が震えている事を、スザクは気がついていた。
「殿下。あそこの東屋が、ライトアップされた噴水がよく見えるのですよ。」
少し上ずった声で勧める彼女に、何も気がついていないかのように頷く。
「じゃあ。あそこで休憩しようか。」
少女をベンチに座らせる。確かに、美しくライトアップされた噴水が近くに見え絶景であるが、上から落ちてくる水音で小声で話をするには不向きな場所だ。 まして、内密の話など……
「マリエル。僕に内緒の話があったんじゃないの?」
「ごめんなさい。私、人に頼まれて……殿下をここにお連れするようにと……」
「頼まれた……?誰に。」
「わ、分かりません。でも、こうしないとお父様が……っ。
ごめんなさいっ!」
走り去ろうとする少女の前に、剣を持った男達が立ち塞がる。
パーティの出席者のように燕尾服姿だが、その顔には仮面がつけられていた。
切っ先を突きつけられ、マリエルは後ずさった。
「やっ約束が違うわ!殿下をここにお連れすれば、私の役目は終わりのはずでしょう。」
仮面に向って抗議する少女を、男達は嘲笑った。
「そう。貴女の役目はここまでです。レディ・マリエル。」
スザクとマリエルの背後から、男とも女ともつかない声がした。
振り向けば、前の男達は顔半分隠す程度の仮面であるが、顔全体を真っ白な仮面で覆い隠した男が、その手下と思われる者数名を従えて立っている。
男と判別したのは、その体格と身に付けている物からで、その声は、仮面に取り付けられていると思われる変成器によって機械的に変えられており、声だけ聞けばその性別は分からなかったろう。
気がつけば、東屋は仮面の男達に取り囲まれていた。
「あっ………」
マリエルは、恐怖に青ざめた顔でよろめいた。それをスザクが支えてやる。 少女は、のろのろと後ろを振り仰いだ。
「で…殿下。申し訳ありません。わ、私が愚かで浅はかでした……こんな、顔も見せぬような者達が、他人との約束など守るはずもないと分かりきっておりますのに……」
「お父上の命を盾に脅されたのだね。」
「はい。そうしなければ、病死に見せかけて殺すと……
パーティの席では、一服盛るなど容易いと……」
マリエルは怒りに涙をにじませて答える。
そして結い上げてた髪をまとめていた髪留めを引き抜いた。
銀細工のそれは、花の透し彫りと色とりどりの小さな石で飾られ、その先端はピック上に鋭く尖っていた。
「私も総督を務める貴族の娘……身を守る術は心得ております。
もしも、殿下の御身に万が一の事があれば……これで……!」
震える手で髪飾りを握る。先端をのど元に向けるその手を、スザクはやんわりと下ろさせた。
「それこそ愚かだ。自害などしても、貴女と父上の名誉は守られませんよ。彼らを喜ばせるだけだ。」
「で…殿下。」
「彼らが何者か。大方の予想はつく。素顔を晒せないのが何よりの証拠。」
「───私達の顔見知り……ということですの?」
「君は頭がいいね。誰か思い当たる……?」
「………私の事をレディ・マリエルと呼ぶ、気障な貴族の御曹司に思い当たる人物がおります。」
「なるほど。その人物なら、僕も知っている。」
そう言って仮面の男を見据える。
「私が誰であったとしても、この状況であなた方が生き残る確率は非常に少ないと思われますよ。」
「そうだね。こう取り囲まれては……しかも、女の子をかばっている上に丸腰だ。」
スザクは、マリエルを抱き寄せた。少女の黄金の髪がフワリとなびく。
「最期に質問していいかな。君の目的は一体何だ。
このエリアの総督の座?それとも僕の命?」
「その両方です。」
男達が、剣を構え直す。
スザクは呆れて息を漏らした。
「こんな言葉を知っているかな。
二兎を追う者は一兎も得ず───」
スザクがニヤリと笑うのと、男が右手を振り下ろし合図するのと同時だった。
衝撃音と共に、男の1人が蛙の鳴き声のような音を発して、側の仲間を巻き込んで倒れた。
スザクは、マリエルを抱え込む形でその場に伏せる。
2人を庇うように、人影が男達に立ち塞がった。
「スザク。お待たせ。グッドタイミングだったろう?」
「ああ。でも、出来ればもう少し早く来てくれたら、このお嬢さんをこんなに怯えさせる事にはならなかったと思うよ。」
「それは申し訳なかった。何しろ救出隊の志願者が多くて……人選に手間取ってしまいまして。」
人影の1つ、ジノ・ヴァインベルグが少女に手を差し出しながら詫びる。
「人選ですか……?」
ジノの手を借りて、少女がスザクの下から立ち上がった。
「ああ、これは……皆さん、楽しそうですね。」
立ち上がったスザクは、周りの様子を見て羨ましそうな声をあげた。
「いや、全く申し訳ない。血の気の多い連中でして……
おい。殿下の分も残しておけよ。」
人影のもうひとり、キース・マシューズが声をかければ、「イエス マイ ロード。」と、そこここから返事がある。
東屋の周りでは、屈強な男達が得物をもった男達を相手に、素手で格闘していた。
そして、得物を持つ者達がバタバタと倒されて行く。
「何だ、手応えのない。退屈なパーティーの暇つぶしにもならないな。」
キースが呆れた顔で周りを見回す。あらかた始末はついたようだ。
「まあ。騎士ともあろうお方が、何と品のない。」
マリエルがムッとした顔で窘めると、少佐は肩をすくめた。
「これは失礼。さっきまであんなに震えていたのに大したものだ。
さすが総督のご令嬢だ。」
感嘆して褒めれば、真っ赤な顔でキースから視線を外す。
「マシューズ卿は、本当に人をからかうのがお好きのようですね。」
軍人相手に不利な状況にもめげず、隙を見てスザクを斬ろうと襲いかかる痴れ者を殴りとばしてジノが言えば、殴られ自分の方に倒れかかってくるのを蹴りとばして、キースが肩をすくめる。
「そんなつもりはないんだがな。口が悪いのは生まれつきだ。勘弁してくれ。」
「いえ……そう言うつもりで言ったのでは……失礼しました。」
上官から頭を下げられ、ジノは恐縮する。
暴漢達が次々と取り押さえられる様子に、スザクは息を吐くとマリエルをベンチに座らせ、自分も隣に腰掛ける。
その背後から、一味のリーダーが銃で狙っていた。
引き金を引こうとした瞬間、スザクが振り返った。
その手から銀色の閃光が放たれ、銃を弾く。
銃声が夜のしじまに響き渡った。
「こんな美しい庭園で、無粋な真似は止めましょう。ブロイエン子爵。」
明瞭な声で名を呼ばれ、仮面の男は後ずさる。それを、軍人が取り押さえた。
さっきの銃声を聞きつけた人々が、パーティー会場からバラバラとこちらへ向ってくるのが見える。
スザクは、地面に落ちている髪飾りをマリエルに渡すと、男に鋭く言い放った。
「貴方の負けだ。」
男はガックリと膝をつく。
「さあ。仮面を外して頂きましょうか。」
ジノが仮面に手をかけようとしたとき…男が呻き声をあげ、ゆっくりと体を前に傾けた。
その光景に一同は息を呑み、スザクは傍らの少女に覆い被さるようにしてその視界を塞いだ。
「見るな……っ。」
崩れ落ちた体の白い仮面を外すと、そこには両の目を見開き口から血を流した若い男の顔があった。

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