「ずいぶんと楽しそうだね。」
かけられた声にそちらを振り向けば、カノンを連れたシュナイゼルがニコニコと立っている。
ルルーシュがうれしそうに駆け寄る。ナオトは皇族への礼の姿勢をとった。
「宰相閣下。」
「やあ枢木卿。アリエスでの生活には慣れたかな。」
「はい。皆さんにとても良くして頂いて、快適に過ごさせてもらっています。
先だっては、咲世子さんに紹介状を書いて頂いてありがとうございました。」
先ほどまでの態度はどこへやら。取り澄まして挨拶をするスザクに、ルルーシュはぽかんと口を開け、ナオトは感嘆の表情を浮かべる。
シュナイゼルは、スザクの返事に満足そうに微笑むと、ナオトに声をかけた。
「ナオト。元気そうで何よりだ。」
「はい。ありがとうございます。」
「ルルーシュの日本語はかなり上達したようだね。枢木卿も絶賛していたよ。」
「ありがとうございます。ルルーシュ殿下は飲み込みも早く、とても優秀な生徒です。」
親しげに話す2人に、ルルーシュからナオトを紹介したのはシュナイゼルだと聞いた事を思いだす。
「シュナイゼル殿下とナオトさんは、お知り合いなのですか?」
「同級生なのだよ。とはいえ、専攻は違うが……
彼は医学部で、私は士官学部だった。」
「兄上とナオトは、帝立コルチェスター学院の卒業生なんだ。」
「名門ですね。では、ナオトさんはお医者さまなんですか。」
「ああ。大学の系列の病院に勤めているが、そこはもうすぐ退職し父がオーナーの病院の院長になる予定なんだ。ゆくゆくは経営も任せるつもりらしい。」
病院の経営など柄じゃないんだがと肩をすくめるナオトに、シュナイゼルも苦笑する。
「ブリタニアの高度な医療を収めるのが目的で、後継となるのを引き受けたのだから仕方ないだろう。」
「ええ。後継者の責任は果たしますよ。でないとまた親父とカレンが揉める事になる。」
苦笑すると、ナオトは病院と関係の深い貴族と挨拶するために、その場を去った。
皇族が主催するお茶会とはいえ、貴族にとってはビジネスに欠かせない社交の場なのだ。
「ところで枢木卿。今日ここで、君の“茶の湯”は披露しないのかな。」
ニコニコと尋ねてくるシュナイゼルに、目尻を下げる。
「すみません今日は……ルルーシュ殿下の茶会ですので。」
「そうかい?キモノを着ているので、てっきりそうなのかと思ったよ。」
「これは……着物は着物ですが、道着ですから。
お茶ではなくて、日本の武道を披露するんです。」
「武道?」
「ええ。マリアンヌ様とルルーシュの希望で剣術を……
居合い斬りです。」
「ほお?」
広いガーデンスペースの一角に、何やら不思議なものが円を描くように打ち付けられる。杭に藁を巻き付けたものが全部で5本ある。
「これから何が始まるのです?」
「こんな美しいお庭に、あのようなものを……」
眉をひそめヒソヒソ話す貴婦人に、マリアンヌが楽しげに説明する。
「スザクさんが、日本の武術を見せて下さるそうですの。
居合いと言って、抜刀を瞬時に行い敵を討つ剣術ですわ。
あの、杭のようなものは敵に見立てているそうなの。」
「あのように、敵に取り囲まれた時に威力を発揮するのか?」
「そのようですな。」
不意に、後ろから太く低い声が届き、貴婦人達は跳ね上がるように背筋を伸ばした。
声の主が誰かすぐに分かったらしい。恭しく頭を下げると、道を開けるように脇に控える。
「まあ。突然のお越しで、皆驚いていますわ。」
「このようなガーデンパーティーで、仰々しく現れる事もないと思ってな。」
からかい半分で窘めるマリアンヌに、声の主シャルル・ジ・ブリタニアは眉尻を下げる。
「陛下。わざわざのお越しありがとうございます。
ご連絡頂ければ、皆で出迎えましたのに。」
ルルーシュにまでそう言われ、皇帝は肩をすくめる。
「皆、そのように気を使うな。折角息子の招待で参ったのに、これでは儂が楽しめぬ。」
皇帝の言葉に、礼をとっていた人々は顔を上げ、これまで通り談笑を続けた。
「父上。これからスザクが日本の武道を披露してくれるそうです。
母上のたっての希望で、僕もとても興味があります。」
「そうか。実は、儂もマリアンヌから聞き及んでいてな。
楽しみにして来たのだ。後学のために若いラウンズも連れて来た。」
そう言って、自分の後ろに控える騎士に目をやる。
筆頭騎士であるビスマルク・ヴァルトシュタインの後ろに、若い男女の騎士が控えている。
「ナイトオブスリー、ナイトオブシックス。よく来てくれた。
今日は、父上の警護ばかりではなく楽しんでいってくれ。」
「イエス ユア ハイネス。」
「ありがとうございます。殿下。」
大柄な金髪の青年と小柄な少女の騎士が笑いかける。
ざわめきがさらに大きくなった。着物に白袴という出立ちのスザクが、手に刀を持って現れる。
ざわめきが沈黙に変わった。
スザクは、円陣の前に立つと軽く黙礼する。
スザクの隣りに、この茶会を主催するルルーシューが立ち、挨拶を始めた。
「お集りの皆さん。僕の新しい友人、枢木スザクをご紹介します。
既にご存知の通り、彼は海を隔てた隣国、日本より平和と友好のためにこのブリタニアに来ました。
決して、花嫁を捜しに来た訳ではないので、あしからず。」
来賓から笑い声が上がる。
「これから彼は、日本の武術を披露してくれるそうです。
我がブリタニアには騎士という身分がありますが、かつて日本にも武士と呼ばれる身分があったそうです。
彼らは、騎士と同様に国と主のために闘う事を生業とし、その剣術の腕を上げるため日々研鑽を積んだそうです。
スザクがこれから見せてくれる技は、数ある剣術のうち居合いと呼ばれるものだそうです。
一瞬にして敵の囲みを破ると言う、その素早い動きを見逃さないで欲しいという事です。」
ぺこりと頭を下げ、母妃と妹姫の側へ戻る。
「素晴らしい挨拶だったわよ。」
マリアンヌに褒められ、恥ずかしそうに微笑む。
スザクが円陣の中に入り、中腰の姿勢で構える。
「彼の腰にある刀は、彼が誕生した年に、父親が名匠と呼ばれる刀工に鍛えさせたものだそうよ。」
マリアンヌが、興味深そうに見つめているビスマルクに話しかける。
「ほお……所謂“守り刀”ですか。道理で手に馴染んでいる。」
スザクの周囲は空気がピンと張りつめ、一同は固唾を呑んで見守った。
キンッと音を立てて刀の鯉口が切られると、銀色の光が一閃する。
鈍い音をたてて木が立て続けに2本倒れた。
どちらも中央から横真一文字に斬られている。
スザクは舞うような滑らかな動きで刀を振るう。
残り3本が同様にバタバタと倒れた時には、スザクはもう刀を収めており、直立不動の姿勢で立っていた。
一斉に拍手と歓声が上がる。
出席者に取り囲まれ、賞讃と質問攻めに会っているスザクを、長身の騎士は離れたところで見つめていた。
その表情は、口元はニヤニヤと笑っているが目はギラギラと輝いている。
彼の傍らに立つ少女は、先ほどのスザクが刀を振るう瞬間を捕らえた画像を、手に持つ携帯のデータとして保存しながらぼそりと言う。
「記録……日本の皇子様は、かなりの剣豪………
ジノ。楽しい?」
「ああ。退屈なはずのお茶会で、こんなにエキサイトできるとは思わなかった。枢木スザクか……1度手合わせ願いたいものだな。」
「それは無理……彼は国賓。ジノと遊んでる時間なんてない。」
このパーティーが終わればスザクは正式にルルーシュの公務に同行し、両国の友好のため様々なイベントや公共施設を訪問する事になっている。
ナイトオブシックス…アーニャの指摘に、ジノはフンと鼻の穴を膨らませた。
「特務室に掛け合って、訪問に私が潜り込める余地がないか探ってやる。」
「ジノ。遊びは二の次………」
「解ってるって!」
そう言いながら右手の拳を左手で受けているジノに、アーニャは嘆息する。
全然解っていない………
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