弦楽四重奏曲が朗々と流れる。
貴婦人達の朗らかな笑い声と衣擦れの音。楽しげな話し声が開け放したテラスの窓越しに、庭にいるスザクの耳にも届いた。
ルルーシュと並んで招待客を出迎える。
スザクがブリタニアにやってきて早ひと月。今日はルルーシュが主催するお茶会が、アリエスの離宮の庭園で行われていた。
「お茶会ていうから、もっと小規模なものかと思ったら………」
周りに目をやれば、華やかな衣装に身を包んだ皇族や上級貴族が庭にも建物内にもかなりの数いる。
ルルーシュに尋ねれば
「僕と仲のいい兄弟達と皇帝陛下。母上と付き合いの深い貴族達だけだから……せいぜい2,30組くらいだ。」
と答える。招待客が同伴者を最低1人連れてきているとしても60名程度のはずだが……
「100人はいそうだな……」
ルルーシュ主催でこれだと,皇帝や宰相が主催したらどのくらいの規模になるのかと想像して,スザクは軽く目眩を覚えた。
「スザク。」
ルルーシュに呼ばれてそちらに目をやれば,彼の隣には招待客の1人と思われる青年が立っている。
身なりから貴族と思われるが,これまで紹介された貴族達とは,どこか佇まいが違うように感じた。
「スザク、紹介する。僕の日本語教師だ。」
「ああ。家庭教師の………」
「初めまして。ナオト・コウヅキ・シュタットフェルトです。」
「初めまして。枢木スザクです。」
にこやかに握手を交わしてから,はたと考える。
「コウヅキ……?紅月……って。あの、もしかして………」
スザクの言葉に,青年ナオトはニヤリと笑う。
「紅月カレンは,僕の妹です。」
「やっぱり!あのじゃじゃ馬の………」
そこまで口走って,慌てて口を閉じる。
「し,失礼しました。あの元気のいい……カレンさんのお兄さんでしたか。」
とってつけたように話すスザクに,ナオトは口元をヒクヒクさせ,必死に笑いを耐えているようだ。
「いや。じゃじゃ馬でいいですよ。
あいつにぴったりの形容詞は,それしかありませんから。」
「すみません……」
赤面するスザクを,ルルーシュはキョトンとして見ている。
「ナオト先生。スザクはなんで謝ったんですか。形容詞って,ものを例える言葉ですよね。それが合っていてなんで?」
日本語勉強中の少年の素朴な疑問に,スザクは「あー。うー。」と言葉につまり,ナオトはヒイヒイと腹を抱えて笑った。
「じゃじゃ馬というのは,悪い形容なんですね。」
「うん……」
スザクはまだ赤い顔で小さくなっている。六家の跡取りとして,外面の良さを自負していたのにとんだ失態だと毒づいていた。
「ブリタニアとの混血だとは聞いていましたが,まさか伯爵家のお血筋だとは知りませんでした。」
「母が,シュタットフェルト伯爵の世話になっているのです。」
「それは……立ち入った事を伺って申し訳ありません。」
「いいえ。この国では別に珍しい事ではありませんから。
でも,外に作った子供を本家の跡取りに指名するのは稀のようです。」
そう言って肩をすくめる。
周りに目をやれば,貴族達が3人を遠巻きに,ナオトを蔑んだ目で見ている。
不快な顔をするルルーシュに,ナオトは微笑む。
「大丈夫ですよ。慣れていますから。
ブリタニアの貴族社会は,国粋主義者がその殆どを占めています。私のように,見た目日本人の子供を後継に指名するのには父も相当悩んだと思いますよ。本当は,妹を後継者に指名するつもりだったんです。カレンの方がブリタニアの貴族社会に受け入れられやすいと考えていたようですから。
でも,妹には父が私と母を蔑ろにしていると映ったようです。
自分は絶対に日本から離れないと言い張って,勝手に進路を決めて家を出てしまいました。
それで,父も妹の事は諦めて私を呼び寄せたのです。」
そう話すナオトに,スザクも苦笑する。
「カレンの気性じゃ………」
「納得いくでしょう?」
顔を見合わせ笑い合う年長者を,ルルーシュは不思議そうに見る。
「スザクは,先生の妹殿と知り合いなのか?」
「うん。子供の頃からの同級生。ライバルと言っていいかも。」
「女性がライバル?」
キョトンとするルルーシュにスザクは力強く頷く。
「僕の中では,彼女は“女性”にカテゴライズされていないから。
あんなのを女の子なんて呼んだりしたら,世の女性に失礼だ。」
身内を前に力説するスザクに,ルルーシュは冷や汗を浮かべ家庭教師を見る。
張り付かせた笑顔のこめかみがヒクヒクしているのに,気がついているだろうか。
「理論で勝てないのは仕方ないとして,実技でも僕と互角なんだよ。
自慢じゃないけど身体能力には自信があるんだ。
それが,僕より背も低ければ線だって細いのに……彼女,どんな鍛え方しているんですか?」
詰め寄るスザクに,ナオトはたじたじとしながら答える。
「さあ。それはさすがに解らないが……でも,君の事はカレンからよく聞いていますよ。“私が勝てない男なんて,スザクが初めて”って …………」
スザクは,複雑な顔をした。
「それって,褒め言葉なんですか?」
「うーん。少なくとも,妹は君の事を認めていると思うよ。」
苦笑するナオトに,スザクは難しい顔でぼそりと呟いた。
「はやり、紅月カレンは男の敵だな………」
「敵…なのかい?」
「敵…と言うより詐欺ですよね。あのルックスで,並の男が太刀打ちできないくらい強いんですから。」
「スザク。そのカレンさんて、美人なのか?」
「黙って大人しく座っていれば,深窓のご令嬢そのものだよ。
でも,正体知ったらきっと…凶悪犯も裸足で逃げるんじゃないかな。」
一体どんな女性なんだ。
頭がクラクラし始めたルルーシュの耳に,母、マリアンヌの陽気な笑い声が飛び込んできた。
……母さんも,こうしていれば美しい貴夫人なんだけどな……
先日も,ちょっかい出してきた皇妃の1人の屋敷にナイトメアで乗り込んで行き,相当怖がらせてきたばかりである。
「あ………」
そう言う事か………
どこの国にも,母さんのような女性はいるという事なんだな。
ひとり納得し,そんな妹を持つナオトに深い同情と親近感を憶えるルルーシュだった。
ニッポンの皇子さま その13
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