ニッポンの皇子さま その15

「士官学校?そこが次の訪問先なの?」
 ルルーシュの公務が開始した。
 公務と言っても、10歳の皇族が就く務めは皇室の広告塔だ。
 慈善事業など非営利団体の主催するセレモニーのゲストや、プレゼンター。学校・保育園や病院などの慰問がその殆どを占めている。
 その公務の何割かが、日本との安全保障条約締結に向けての布石として、スザクも同行している。
 これまでは美術館の企画展示のゲストや、日本人学校などが訪問先だった。
「安全保障条約のためですが、これまでに比べるとずいぶん直接的ですね。政治的な理由でも?」
 自分の前でニコニコと笑いながら、マリアンヌ手ずから紅茶を注いでもらっている「胡散臭い宰相」シュナイゼルに鋭い視線を送りながらスザクが尋ねる。
「いやいや、まさか。条約締結前にEUや中華を刺激するような意図はないさ。たまたま、訪問先の『学校』がブリタニア軍のエリート養成施設だっただけだよ。
 君達はこれまで通り、学校訪問のつもりで行ってくれればいい。」
「───幼稚園や小学校に行った時と同じノリで…ですか?」
 いくらなんでもそう言う訳にもいかないだろうと、視線を向ければ、
「そのノリで楽しんで来ればいいんだよ。」
 と、アルカイックな笑みが返ってくる。
 スザクは、苦虫をかみつぶしたような顔でカップの中の紅茶を飲み干した。
「あら、スザクさん。紅茶、そんなに渋かった?」
「いいえ。とても美味しいです。」
 天使の如きスマイルで答えるスザクに、「そう?だったら良かったわ。」と、マリアンヌも首を傾げながら笑みを浮かべた。
「ところで枢木卿。茶の湯は………」
「その事でしたら、日本大使館と調整中です。」
 顔を見るたび茶の湯を強請るシュナイゼルを、スザクは制した。
「大使館?」
「今度、日本とブリタニアの企業同士の交流を深めるために、大使館でガーデンパーティを開く企画があるそうなので、そこで『野点』をしたらと提案したのです。」
「のだて?」
「茶室ではなく、文字通り野外で茶の湯をするのです。」
「それに、君も参加するのかい。」
「勿論です。宰相閣下にもご出席願えないか、宰相府の方へお伺いを立てるはずです。」
「それは楽しみだ。」
 嬉しそうに笑うシュナイゼルに、スザクは肩をすくめた。

「スザク。兄上はずいぶんと茶の湯にこだわっているようだけど。」
 兄を見送った玄関先で、ルルーシュが尋ねる。
 その質問に、スザクは困ったような笑みを浮かべた。
「うん。初めてお会いした時に茶の湯の話をしたら、僕が出来るのか聞かれたんだ。
 閣下のご所望でしたら、いつでもおたてしますよ。って言っちゃったから……」
 社交辞令のつもりだったんだけどと呟くスザクの手を、ルルーシュが握る。
「そのパーティーで1度披露すれば、兄上も満足するよ。」
「そうだね。」
 にっこりと笑うルルーシュに、スザクも笑い返す。
 だがスザクは、ルルーシュの笑顔が少し引きつっている事に気づいていなかった。
───茶の湯だけが目的なら、それだけであの人の興味は収まる……だが、「スザクがたてる」という事にこだわっているとすると………
「兄上……やはり油断できない方だ………」
「ルルーシュ。何か言った?」
「ううん。何も。僕、スザクにチェスの相手を頼みたいんだけどな。」
 それこそ天使のような笑みで強請られ、スザクも優しい笑顔を向けた。
「いいよ。でも、ルルーシュは強いから僕じゃ勝負にならないよ。」
「大丈夫。僕が教えているんだから。スザク、ずいぶん強くなったよ。」
「本当かな。」
 笑いながら歩くスザクの手をしっかり握りながら、ルルーシュはほくそ笑む。
───この離宮にいる限り、僕の方が有利だ───

 野点の話を聞いてからずっとニヤニヤと機嫌のいいシュナイゼルを、カノンは苦笑しながら訝る。
「そんなに茶の湯が楽しみなのですか?」
 その問いかけに、皇子はむろんだと言わんばかりの笑みで答える。
「ちょっと調べてみたのだがね。その昔茶の湯は武士の外交手段だったらしい。茶室という非情に狭い部屋で、ホストがゲストをもてなすのだが、そこでいろいろと密約を交わしていたらしいよ。」
「密室で、交渉ですか………」
 カノンの笑顔が引きつる。
 シュナイゼル様が大好きなシチュエーションですわね。
「何よりも、ホスト手ずからというのが良いじゃないか。」
「もしも、『茶室』で茶をたててもらったら、枢木卿と狭い部屋で2人っきり……ですか。」
 部下のツッコミに宰相は目を細めた。
「ルルーシュ様の騎士候補としてお考えだったのではないのですか?」
「それとは別に、彼には興味があってね。」
 何やら楽しげなシュナイゼルに、首を傾げる。
 ずいぶんと彼に御執心なのね。
 カノンは、興味深げに上司を見つめた。
 これまでシュナイゼルが他人に興味を示した事など滅多にない。
 カノンが知る限り、ルルーシュと枢木ゲンブくらいだ。
「確かに、少々面白い子だけれど……」
 彼の何がこの皇子の興味を引いたのか……目を細める宰相副官だった。

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