枢木スザクの朝は早い。毎朝5時には起床し、軽い柔軟体操の後5kmほどのジョギング、その後竹刀の素振り……これを日課としている。
アリエス宮でも、勿論実践しようとしたのだが………
「ランニングですか……」
アリエス宮の家令を務める侍従長は、うーんと腕を組んで考え込んでしまった。
「警備の問題が……この離宮エリアで、早朝に鍛錬をなさっている皇族の方は稀でして……」
「離宮の敷地内を走るだけなんですが……」
「敷地と仰られても……遊歩道として整備されている場所は限られておりますしねえ。……森の中をランニングされるのですか?」
「僕は全然構いませんけど……クロスカントリーでも。」
「ますます警備が……」
2人揃って、うーんと唸る。
「あら。2人で何を悩んでいるの?」
開放したままの家令の執務室の前を、たまたま通りかかったマリアンヌが首を突っ込んできた。
「だったら、私の騎士をお貸しするわ。」
「ジェレミア卿をですか?」
あっけらかんと答えるマリアンヌに、家令が慌てる。
「なりません。ジェレミア卿ご不在の時に万一の事があったらいかがなさいます。騎士とは、常に身近にあってこそ御身を守る事ができるのでございますよ。」
「大丈夫よ、そんな朝早くから、刺客を送ってくるような熱心な人なんていないし……」
「いたらどうなさいます!」
家令の剣幕に、マリアンヌもうーんと唸りだす。
「だったら。私も一緒にトレーニングすればいいんじゃない。」
ポンと手を打って得意満面のマリアンヌに、家令は頭を抱え、スザクは唖然とする。
「い…いいんですか?皇妃様に、トレーニングつき合って頂いて……」
家令は、無言で頭をブンブン振る。
「失礼します。」
何事にも動じなさそうな、穏やかな老人の声が彼らの会話を中断させた。
部屋の入り口に執事がいる。
「奥様。お客様がお見えに……」
「あら。どなたかしら……今日は特に訪問客の予定はなかったわね。」
「はい。枢木様のお客様です。宰相府からの紹介状をお持ちでしたので、応接にご案内しました。」
「僕に?」
スザクはキョトンとして、首を傾げるのだった。
ブリタニアに友人はいない。人質同然に渡ってきたので、日本から尋ねてくるものもいるはずはない。
自分宛の来客に思い当たらないスザクは、少々の警戒心を持って応接に向った。
「どうぞ。こちらです。」
ドアを開けて先に入った執事は、その場で茫然とする。
そこにいるはずの人物がいない。
無人の応接に立ちすくむ彼の後から入ったスザクとマリアンヌは、部屋をぐるりと見回し笑みを浮かべる。
「た…確かにこちらにご案内したのですが……。」
おろおろする執事に、マリアンヌは珍しいものが見れたと、内心ほくそ笑む。
「いえ……いますよ。ちゃんと……」
失礼と声をかけると、執事が用意したアフタヌーンティーのワゴンから、ケーキを切り分けるためのナイフを取ると、部屋のある場所に向って投げつけた。
すると、何もないはずの場所から人影が現れ、投げたナイフを弾き返す。
それを、スザクは見事な跳躍で蹴り飛ばし、マリアンヌが手の扇で叩き落とす。
スザクが着地すると同時に、潜んでいた人物も床に飛び降り膝をついた。
「スザク様。お久しぶりです。」
「やはり貴女でしたか。咲世子さん。」
スザクの足下には、メイド姿の女性が跪いている。
「なかなかユニークなお客様ね。スザクさんのお身内の方かしら。」
叩き落としたナイフを執事に渡し、マリアンヌが尋ねる。
「はい。彼女は、枢木家に使えてくれている警備担当権メイドで、僕の身の回りの事と身辺警護をしてくれていた……篠崎咲世子さんといいます。
「篠崎咲世子でございます。」
皇妃に対し、礼をとる彼女に、初めましてと微笑む。
「私、ニンジャなんて初めて見たわ。凄いわねえ。」
「女性の忍者の事は、くの一と呼ぶんですよ。
咲世子さん。どうしてここに?」
「旦那様のご指示です。スザク様の身の回りのお世話と、警護を言いつかって参りました。」
そう言って手紙を2通差し出した。
1通は、宰相シュナイゼルからマリアンヌ宛の紹介状で、1通は、枢木ゲンブからスザク宛だった。
「そうか。しかし、いいタイミングで来てくれたよ。」
嬉しそうなスザクに咲世子は首をかしげる。
後ろに控える家令は、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「これで、僕のトレーニングは、何の問題も無くなりましたね。」
「はい。」
嬉しそうに笑う家令に、マリアンヌが異を唱える。
「えー。それじゃあ、私が一緒にできないの?
スザクさんの警備の問題がクリアできたんですもの、私は私で一緒にトレーニングするわよ!」
「皇妃様。」
家令が悲鳴を上げる。
「大丈夫よ。ジェレミアを同行させるから。スザクさん、つき合ってちょうだい。結婚してから本当に体がなまっちゃって……
子供達も大分手を離れたから、鍛え直したいのよ。
このままじゃ、陛下をお守りするのも不安で……」
「え…ええっと。ラウンズはお辞めになったんじゃ……」
「やーね。ナイトオブラウンズを辞退した憶えはないわよ。
私、まだ現役なんだから。」
「うそ……」
皇妃で、皇子と皇女の母で、皇帝の騎士……目の前の女性を、スザクは唖然として見た。
「それに、私の夢だったのよね。息子を一流の騎士にとして鍛えるの。でも、皇妃になっちゃったから、息子は自動的に皇子でしょ。
それでも、自分の身を守れるくらいにはしたいんだけど、ルルーシュは本の虫だし……ナナリーはまだ小さいし……
だから、代わりにスザクさんを鍛えてあげてよ。」
と、笑うマリアンヌに、スザクはうーんと腕組みをする。
「良くないですよねえ。折角、素晴らしい騎士の息子なのに、本の虫というのは……」
マリアンヌ様の夢、叶えましょう!
スザクが力強く言い放った。
「だから。どうして僕が、こんな朝早くから2人のトレーニングにつき合わなければならないんですか!?」
翌朝、まだ薄暗いうちから叩き起こされたルルーシュが、寝不足でイライラしながら怒鳴る。
「君のためなんだよ。」
スザクは、ルルーシュと目線を会わせて説得し始めた。
「この城の男子はルルーシュ1人じゃないか。もし、万が一の事があったら、お母さんと妹を守るのは君なんだよ。
それが、体力がないため、守れないばかりか足手まといになったりしたら……」
「う………っ。」
「皇室中の物笑いだ。そんな恥ずかしい想いを、君の大切な人達にさせたくないよね。」
拒否の言葉を言えない誘導で、ルルーシュの首を縦に振らせる。
「よし。それじゃあ、軽く柔軟してから、ちょっと2kmばかり走ろうか。」
あっさりと提案するスザクに、ルルーシュは顔を引きつらせた。
「まあ素敵。スザクさんて、頼もしいわ。」
マリアンヌは喜色満面である。
「スザクー。もっと……ゆっくり………」
ゼイゼイしながら、ヨロヨロとルルーシュが走る。
「がんばれ!もうちょっとだからね。」
優しく呼びかけるスザクの笑顔に励まされて、必死に足を進める。
息が苦しくて、足も…体中が痛い……でも、こんな笑顔に毎朝会えるのなら、続けていいかな……と思うルルーシュだった。
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