射し込んで来る柔らかな朝の光と、小鳥のさえずりで、枢木スザクは目を覚ました。
「ここは……」
自宅とは全く違う光景。白い天井、白い壁、自身が潜り込んでいるそれも、布団ではなくスプリングが程よく利いたベッドだ。
ああ、そうか……ここはブリタニアだ。
ブリタニアに着くとすぐに宰相府まで連れていかれ、宰相シュナイゼルと会談し…国賓としてお迎えしたのだから、皇帝が是非にと言っていると言われて、皇宮の謁見の間で、ブリタニア皇帝と会ったんだ……
昨日会った事を反復して思い出しながら、スザクは寝癖だらけの髪をさらにぐしゃぐしゃとかき回した。
そのときの光景を思い出すだけで身震いする。
臣下ではないのだから膝まづかなくてもいいと言われても、高い玉座の上から見下ろされると身がすくんだ。
あの、圧倒的な威圧は筆舌に絶する。思わず腰が抜けて膝をついてしまいそうだった。
「我が息子ルルーシュと共に、両国の安寧のためご尽力賜りたい。」
と、真摯な言葉をもらい、
「はい。私の力の及ぶ限り、両国のために尽くさせて頂く所存です。」
と、口走った事まで思い出し、軽い頭痛を覚えた。
何を偉そうな事を……自分に出来る事などたかが知れているのに。
小さくため息をつきながら、キングサイズはある天蓋付きの大きなベッドから抜け出した。
その後、シュナイゼルが是非晩餐をと言い出し、シュナイゼルとその配下の政府のお歴々と一緒に食事をするはめになり、フルコースのディナーだったが、何を食べたのかちっとも解らなかった。
解った事と言えば、父の外交手腕をこの国の中枢部の人々は高く評価してくれている事と、スザクの自慢話を吹聴しているのは、間違いない事実だという事だった。
「父さん…海外で親バカ晒してどうするんだよ。」
朝起きたばかりだというのにため息が出る。
食事の後、早々にその場を辞し、あてがわれたこの部屋に入ると、とっととシャワーを浴びて寝てしまった。
とにかく疲れた一日だった。
寝乱れた寝間着を直していると、ドアが軽くノックされた。
「はい?」
「枢木卿。もうお目覚めですか?」
声の主はカノンだった。
「はい、起きてます。どうぞ。」
返事をすると、護衛がいるため鍵のかかっていない扉を開けて、帝国宰相の副官が入ってくる。
「昨夜はよくお休みになれまして?」
「ええ。おかげさまで、ぐっすり。」
「お疲れになりましたでしょうからね。シュナイゼル殿下が、ご一緒に朝食をと仰られていますが。」
「はい。ご一緒させて頂きます。身支度する時間をいただけますか。」
「それでは、15分後にお迎えに伺います。
あ。そうそう。昨日の写真、綺麗に取れていましたわ。」
そういって、カノンはベッドサイドのテーブルに新聞を置いた。
一面に、庭園でシュナイゼルとティーカップを片手に話をしている姿と、皇帝に謁見したときの様子が掲載されていた。
「いつの間に……」
見出しには『日本の皇子留学のため入国』と書かれている。
「皇子……?」
何か重大な誤解があるような……一抹の不安を抱えながら、スザクは洗面所へと足を向けた。
「おはようございます。」
カノンに案内され、ダイニング(と言っていいのか解らない広い部屋)に入ると、シュナイゼルが席で待っていた。
案内された席に着くと、給仕が流れるような動作で朝食を運び出す。
「おはよう。新聞はもう見たかい?」
「ええ。何か重大な事実誤認あるようですが。」
困惑した笑みを向けると、シュナイゼルは何の事か解らないという顔を見せる。
「自分は『皇子』と呼ばれる身分ではないので…何かの揶揄でしょうか、」
「まさか。ただ、報道から君の事をどう紹介すべきかと問われた時に、ブリタニア人が理解しやすい言葉がそれじゃないか、とは言ったけれどね。」
「……そうですか。」
いささか憮然とした表情で、食事を口に運ぶ。
首相の息子程度では“国賓”として迎えるには無理がある。
だから、京都六家の跡取りという立場を強調したのだろうと、推察した。
「しかし、日本には『皇室』はもはや存在しません。皇家の血筋と言えば枢木もそうかも知れませんが、本流は皇です。自分は相当血が薄いでしょうから“皇子”とは違うと思います。」
「だが、君は皇の姫の婚約者だろう。いずれはその本流に組み込まれるのなら、皇子でも問題ないだろうと思ったのだがね。」
「彼女との婚約は、白紙に戻しました。」
いつ戻れるか解らぬ身で、自分に縛り付けておく訳にもいかないから……
「おや、おかしいね。昨夜君の父上にも、当の姫にも確認したが、婚約は解消していないし、それを承諾した覚えもないと、2人とも口を揃えて仰っていたが。」
「は?」
「君はまだ、皇神楽耶殿の婚約者のままだそうだよ。」
「一体……」
確かに自分は、父にも神楽耶にも婚約解消を申し入れた。
神楽耶は承服できないと言っていたが、父は承諾してくれたものと思っていたのだが……
「君を国賓として迎え入れるにあたり、君の肩書きを解りやすく紹介する言葉として“皇子”で良いかと枢木首相に相談したのだよ。
そのとき、皇の姫の婚約者ならば、皇子とも呼べるのではないかと助言を頂いてね。」
「昨夜…という事は……」
「うん。君が部屋に入ってからだね。」
早々に就寝してしまった事を悔やんでも、もう遅い。自分の意志、意向に関係なく、この国での自分の立場が固められてしまっている事に、スザクは焦燥した。
「───日本と通信したいのですが……」
少しうわずった声を発すれば、シュナイゼルはことさら穏やかな表情で、
「では、すぐ繋がる様に、皇室専用チャンネルをお貸ししよう。」
と、微笑むのだった。
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