ニッポンの皇子さま その5

「私の、弟の友人になって貰えないだろうか。」
 国賓待遇で受け入れると言うシュナイゼルが提示した事柄に、スザクは三度呆然とした。
 なんだかこの人と話していると、ペースが乱れるというか振り回されっぱなしだ。
 スザクは、首相の息子として、または六家の跡取りとして培って来た外面の良さがどんどんはがれ落ちて来ている事を自覚していたが、素に近くなって行く自分を止める術もなく、17歳の少年の顔を晒していた。

「宰相閣下の弟君…とですか?」
「ええ。と、言っても半分だけ血のつながった異母弟なのだが。」
「ブリタニアの皇族の方と友人になれる機会などそう滅多にありませんから、この上ない誉れですが……」
 何故と問えば、シュナイゼルは軽く瞑目するとスザクに向き合い、真剣な顔で語り始めた。
「アッシュフォードに通っていたのなら、我が国の成り立ちや国是、皇族についてはご存知ですね。」
「ブリタニアの学生が知る程度には。」
「では、現皇帝に何人の皇妃がいるか、解りますか。」
「え……ええっと…100人は下らないかと……すみません、正確な人数までは……」
「現在、108人いるのですよ。」
「108……皇族の方が一夫多妻制なのは知っていましたが……」
 そんなにいるとは……と、目を丸くする。
「そして、今も増える可能性はある。私も、自分の兄弟姉妹が何人いるのか正確には把握していないのです。」
 自分のきょうだいが、実際何人いるのかよくわからないというシュナイゼルに、軽く目眩を覚える。
 まさに、貴方の知らない世界が目の前にある。
「全ては、弱肉強食を国是としているのが原因です。」
 弱いものは虐げられ、強者のみが優遇される。ブリタニアには、権力のピラミッドが非常に解りやすい形で存在する。
 そのピラミッドの頂点に立つのが皇帝である。
 現皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが玉座を得るために数多の血を流して来た事は、スザクも知っている。
 皇族といえども、いや、だからこそ骨肉の争いをし、勝者のみが甘露を得る。ブリタニアはそうやって強大国となったのだ。
「絶対強者の父の元に、家のますますの繁栄と安寧を求める貴族が、自分の娘を差し出した結果です。」
 そして、その皇妃の元には、次期皇帝となるであろう皇子皇女の支援と称して、甘い汁を求める貴族が集い、玉座を掛けての足の引っ張り合いと、陰謀が渦巻いている。
「皇宮(ここ)は伏魔殿ですよ。私も幼少より魑魅魍魎を相手に、現在のポストを得たのです。こうなるまでに失ったものは数限りないですが。」
 シュナイゼルの言葉に、スザクは頷いた。
 スザクも、生まれの不幸から、失ったものは少なくない。
「父の…皇帝の妻たる皇妃はほぼ全て貴族の姫君ですが、唯一己が力のみで皇妃の座を射止めた女性がいます。それが、君に紹介する弟の母親です。」
 ここまで話して、件の人物が誰なのか想像つくだろうと言わんばかりに。笑みを浮かべる。
「……マリアンヌ皇妃ですね。」
 第五皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。庶民の出でありながら、己の力のみで騎士候になり、さらに、騎士の最高位であるナイトオブラウンズに籍を置いた。その類い稀なる身体能力と美貌で皇帝をも虜にした美妃である
 彼女のサクセスストリーとその美しさは、ブリタニア国民だけでなく、諸外国にも広く知られ、ブリタニアで一番民に愛されている皇妃であり、かくいうスザクも、彼女に憧れを持っている。
「という事は、弟殿下というのは、マリアンヌ様の……」
「そう。第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。
 彼の容姿は、本当にかの皇妃に似ている。加えて大変優秀な頭脳ををも備えている。故に、皇宮では目立つ存在と言っていい。
 貴族出身の皇妃や、これに繋がっている貴族達にとっては、後々自分たちを脅かす存在と見なされつつある。
 マリアンヌ様もそれを危惧して、他の者らの目を自分に向ける様に、かなり破天荒な真似をしてきたのだが、それが裏目にでてしまったようでね。
 数年前から、離宮にこもりきりになってしまったのだよ。」
「その…ルルーシュ殿下がですか?」
「自分のために母親が外に多くの敵を作るのを嫌がったらしい。」
 シュナイゼルが苦笑する。
「離宮でも、一日の殆どを書庫に籠って、本を読んで過ごしている。」
「──不健康ですね。」
 一日中本を読んで過ごすなど、スザクには健全な生活には思えない。
「だが、その成果は意外なところから出てきてね。」
 シュナイゼルの言葉を受けて、カノンが1冊のファイルを差し出した。
「これは?」
「エリア6で反乱があった事はご存知ですね。」
「ええ。あの時は、ブリタニアが初めて負けるのかと思って、ニュースを聞いていましたが……」
 数ヶ月前。エリア6で起こった反乱は、反抗勢力をEUが後押しし、姫将軍・勝利の女神と呼ばれるコーネリアが参戦、シュナイゼルが指揮するものの鎮圧する事は出来ず、エリア6はEUに併合されるのではないかと思われた矢先、ブリタニア側が起死回生の作戦を展開して、反乱を鎮めEUに手を引かせたのだった。
「これは、その時の作戦立案書です。」
「……拝見しても?」
「どうぞ。これはもう終わった事だからね。」
 スザクは、パラパラとページを繰っていたが、次第にその表情は驚きに変わっていった。
「……これは……」
「もの凄いだろう。情報操作から、抵抗勢力の切り崩し、部隊の編成……それらで、僅か半月で反抗勢力の制圧とEUの撃退を可能にした。この作戦を考えたのが、ルルーシュだよ。」
「……確かにここに半月で制圧可能とありますが、それを実行したシュナイゼル閣下も……」
 恐ろしい。と、スザクは改めて思った。
 ブリタニアには勝てない…作戦を考え指揮するのが、職業軍人ではなく、本来なら城の中で護られるべき皇子皇女なのだ。
 そして、その戦いぶりに甘さも躊躇もない。
「これのおかげで、我がブリタニアは大事なエリアを失わずにすんだ。
 この作戦を考えたのが10歳の少年だと言ったら、君は信じるかい?」
「10歳?ルルーシュ殿下はまだ10歳なのですか。」
「この事実に、皇帝陛下は、ルルーシュに公務につくようお命じになった。」
「え…でも、皇族の方が公務に就かれるのは15歳からなのでは。」
「異例な事だが、彼の能力を考えればおかしな事ではないのだよ。
 あの人は、徹底した能力主義者だからね。反対に、何年経っても公務に就く事もなく飼い殺しになっているものも多いが、そういった者達は、その事実すら気がついていないかもしれないな。」
そう言ってくつりと笑った。
「ルルーシュの公務はね。ブリタニアと新たな同盟を結ぼうとしている、日本との友好の架け橋になる事なのだよ。」
 と、シュナイゼルは本当に楽しそうにスザクに笑いかけるのだった。

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