ニッポンの皇子さま その3

 ペンドラゴン皇宮は、それが1つの街のようである。
 中世の城塞都市のようだな、とスザクは思った。
 皇宮を中心に網の目の様に広がる道路は、皇宮に務める文官武官のための居住施設、警備のための軍事施設に繋がり、整然としている。
 外の喧騒程ではないが、それなりのにぎわいのある通りを抜けると、広大な庭園が視界に飛び込んでくる。
 手入れの行き届いた美しい庭のその先に、目指すイルヴァル宮があった。
 イルヴァル宮は、宰相が取り仕切る宰相府、皇族の警護及び監視を任務とする特務部、そして、皇帝の騎士であるナイトオブラウンズのための施設があるのだと言う。
「枢木卿には、宰相シュナイゼル殿下と面会して頂きます。」
「えっ!?宰相閣下自らですか?」
 思いも寄らなかった話に、スザクの声が上ずる。
「ええ。これから同盟国になるであろう日本国からお預かりする方ですから。
 それに、今後何かとお会いする機会もありますでしょう。」
 お互いを知っておくことは必要ですから。と、にっこり微笑むカノンに、はあ。と頷くもののスザクの表情は引きつっている。
 神聖ブリタニア帝国宰相と言えば、実の父でさえ年に数度顔を合わせることがあるかという人物だ。
 そんな人物と、自分が一体どんな話をしろというのだろう。
 心の準備もできぬまま、宰相執務室の続きにある応接間に案内されたスザクは、そこに置かれた応接セットのソファに腰を下ろすものの、所在なく室内をキョロキョロしていた。
「……何なんだよ。このやたら広い部屋は……」
 総理官邸や枢木グループ会長室の応接も無駄に広い部屋だと思っていたが、この部屋はその比ではない。
「パーティーでも開けそうじゃないか。」
 白を基調とした部屋は、外のテラスへ続く大きなフランス窓があり、そこからの外光が壁に反射して、まぶしいくらいに明るかった。
 窓の外の庭園ではバラの花が満開だ。
 純和風の庭園を見慣れたスザクには、その庭はなんとも華やかに見える。
「綺麗だなあ……」
 つい、席を離れて窓際に立つ。
「ここ、開けたら気持ちいいだろうな。」
 この国についてから殆ど外気に触れていない。なんだか息が詰まりそうだ。
 窓に手をかけようとした時、背後に人の気配を感じた。
「ここの庭はお気に召しましたか?」
「はい。とても美しい庭園ですね。」
「後で、ご案内しましょう。」 
 どうぞこちらへ。と、見事なブロンドと白皙の美丈夫の青年が、先ほどのカノンを後ろに従えて、ソファに進める。
 いかにも王子様って感じだな。と思いながらソファに戻ったスザクに、その美青年が自己紹介する。
「神聖ブリタニア帝国第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアです。」
「日本国首相枢木ゲンブの嫡子、枢木スザクです。」
 初めましてと握手を交わす。どちらも穏やかな笑顔をたたえているが、目が全く笑っていないことに、脇に控えるカノンが苦笑する。
「この度は、我が国の事情にご配慮頂き、誠にありがとうございます。
父に成り代わり、お礼申し上げます。」
「貴国が我が国との同盟を希望頂いたことを、心から歓迎します。条約の締結が速やかに進むことを信じていますよ。」
「父もそうなる様に努力しているはずです。が、なにぶん、議会制民主主義を採っておりますので、手続きがかかることはご容赦下さい。」
「ええ。よくわかっていますよ。しかし、枢木卿はブリタニア語が達者でいらっしゃる。」
「ありがとうございます。アッシュフォード学園の日本校に幼年部から通っていますから、自然と習得できました。」
「ほう。アッシュフォードに……」
 そう言うシュナイゼルの目が細められる。
 今、笑った?
 目の前の『白の皇子』と評される帝国宰相の微かな変化に、スザクは不安が募った。
「ええ。父の教育方針らしいです。いきなり言葉の通じない場所に入れられて、最初は相当苦労しましたが、今こうやって役に立っているのですから、父には感謝しています。」
「いや。これほどの上達は、貴方の努力の賜物でしょう。切っ掛けはお父上が作られたのかもしれないが、成果を挙げたのは貴方自身だ。
枢木首相が自慢なさるのも頷けますよ。」
「え……?」
 父の自慢という言葉に、スザクは目を瞬いた。
「枢木首相の子煩悩ぶりは、各国種首脳の間では有名な話ですよ。」
「父が…?子煩悩……?」
 あの厳格な父からどうしたらそんな単語が出て来るのか。スザクは疑問に思う以上に頭の中が混乱した。
 何故この人は、そんなことを自分に言うんだ?
 スザクの様子に、今度はシュナイゼルが不思議そうな顔をする。
「会食などの雑談で、よく息子さんのことを話しておいでですよ。それはもう誇らしい顔で。」
「まさか。」
 父が、自分のことを誇りにしていると聞き、スザクは照れや恥ずかしさをごまかそうと、目の前の紅茶のカップを口に運んだ。
 ソーサーに戻そうとして、誤って殆ど口をつけていないままのカップを倒してしまった。
「あっ!す、すみません。」
 あわてて自分のハンカチを取り出し、テーブルの紅茶を拭うスザクの手に、他の人物の手が添えられる。
「あ……」
 その人物を見たスザクは驚愕の表情を浮かべ、その手が震えていることをその人物は知った。
「大丈夫ですよ。後は私が……」
そう言って小さく頷きながら微笑むその人物…カノンに息をのみながらも頷き返す。
 スザクは軽く瞑目し、浮かせていた腰をソファへ戻した。
「失礼しました。宰相閣下の前で、少し緊張したようです。」
 そう、ぎこちなくも笑みを浮かべてみせるスザクは、右の手首をぎゅっと握りしめている。
 そんな彼に帝国宰相は、うっそりと笑みを浮かべ
「やはり貴方は優秀だ。」
と、賞賛の言葉をかけるのだった。

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