マスタングとともに第三研究所の前に立ったルースは、その光景に目を丸くする。
門番の兵がのびている。
あきらかに、襲撃された後だ。
顔を見合わせるホークアイとルースをよそに、マスタングは含みのある笑いを浮かべていた。
兵たちをそのままに中に入れば、研究員たちが、あっけにとられた顔で彼らを見る。
「──誰か来たかね。」
「は、はい。
金髪の少年を筆頭に、男たちが・・・・・」
勝手知ったるかのように、彼らは廊下の突き当りを曲がって行ったという。
彼らの言葉に従って廊下を進めば、壁の一部に明らかに施設の内装にはそぐわない、悪趣味な扉が全開になっていた。
その扉の先には、どこに繋がっているのかわからない長い廊下が横たわっている。
「中尉。どっちへ行けばいい?」
マスタングの問いかけに、ホークアイは「こっちです。」と、先に立って歩き始めるのだった。
進んでいくうちに、マスタングも見覚えがある場所にたどり着いた。
自然と歩みが早くなる。
同行するルースの頬は、高揚感で紅く染まっていた。
「金髪の少年」というワードを聞いてから、期待で心臓のドキドキが止まらない。
間違いない。
絶対そうだ!
「確か、ここでした…よね?」
ホークアイの確認に、マスタングも頷く。
以前来た時には、大きな部屋への入り口があった場所が、壁になっている。
見るものが見ればすぐに分かる錬成痕を、マスタングとルースは真顔で見つめる。
壁の向こうから、奇声や喧噪、激しい物音が伝わってくるのだ。
扉の向こうで、大きな闘争が起きているは間違いない。
「壊します!」
ルースが言い終わらないうちに、マスタングが指を鳴らした。
激しい錬成光と爆音とともに、壁が内部に吹き飛ぶ。
ルースは、立ち込める埃の先に、フラメルの紋章が描かれた赤いコートを見た。
「研究所の前で警備兵がのびていたのは、君の仕業か。
手を貸した方がいいかね?鋼の。」
「いっつも、いい所でしゃしゃり出てきやがるな。」
不敵な笑みを浮かべてこちらを振り向く顔を見た瞬間、ルースは軍大佐の脇をすり抜け、前へ躍り出ていた。
「エドっ!!!」
「うわっ!」
いきなり飛びつかれ、エドワードは2、3歩よろける。
両肩に腕を、腰に両足を絡めてしがみついてくる人物に、目を丸くした。
「アルっ!?……じゃねえ、ルーか!!」
「そうだよ。エド…無事でよかった!」
瞳を潤ませて微笑む「弟」に、エドワードの表情も緩む。
「久しぶり……ずいぶん太ったな。」
「えっ!?僕、そんなに丸い?」
あわてて彼から離れると、顔の輪郭を両手で確認するルースに、エドワードの笑みが深まる。
「悪りい、悪りい。最後にあった時は、まだ頬もこけてたからさ。」
「こういう時は、『健康そうになった』とか、いうもんだよ。」
口をとがらせて言い返すその姿は、まさにアルフォンスだ。
快活な少年そのものなルースに、エドワードは、目を細める。
「ところでエド。この状況は何なの?」
ルースは、彼らを取り囲むようにうじゃうじゃといる、一つ目で大きな口の白くヒョロヒョロとした生き物と、エドワードたちの間に視線を移しながら尋ねた。
「何かよくわからねえが、人形に魂乗せてやがる。」
「人形に魂…?賢者の石か!」
口を開けて襲ってくるのを躱しながら、会話する。
「人形じゃ痛覚がないから、どんな攻撃しても効かないね。」
面倒くさいと、ルースが内心毒ついている最中、ホークアイとの思い出を振り返っているマスタングに、傷の男が参戦するよう催促していた。
銃撃しようとして、死なないのだと忠告されたホークアイは、「こんなのばっかりね。」と、うんざりした様子だ。
「要は、動けなくすればいいんだよね!」
ルースはノーモーションで大鎌を錬成すると、向かってくる人形兵の腰から下を刈り取る。
一気に十数体を倒したが、その後ろからもワラワラと寄ってくるのだ。
「うえっ。きりがない!」
あきれるルースの背後で、バチバチという音が鳴った。
その次の瞬間、炎が壁に沿って走り抜ける。
紅い炎は白い人形たちを次々飲み込んでいく。
そして、消えた後には灰と煤だけが残った。
一瞬にして事態を鎮静化させた「焔の錬金術」。
その威力の絶大さに、その場にいた誰もが息をのむのだった。
「これは敵だ!鋼の。」
大佐の忠告に、エドワードは大きく肩を震わせた。
衝撃を受けたような顔をし、次の瞬間には眉間にしわを寄せ、苦悶の表情を浮かべる。
マスタングが言うことは理解している。
だが、感情が納得していないのだ。
敵として襲ってきた人形兵のナカにあるのは、多くの人間の魂だ。
どんな姿であっても、「命」を無為に奪うことなどできない。
ルースは、眉根を寄せて彼を見守るしかできなかった。
マスタングの言い分も、エドワードの感情も理解できる。
だが、情に流され、目的を果たす前に疲弊してしまっては、元も子もないのだ。
石にされてしまった魂を、救う手立てはない。
ただエネルギーとして消費されるのを待つより、他者によって破壊され自然に還る方が、まだ、救われるのではないか。
そう言いかけて、ルースは口をつぐむ。
こんなことは、僕の勝手な言い分だ。
詭弁でしかない。
エドだって、こんなことを聞かされては余計に気が塞がるだろう。
僕たちにできることは、人の命を弄ぶ人造人間の企てを阻止することだけだ。
ルースは、気持ちも新たに「兄」の傍らに立つ。
喧噪としていた空気が、炎によって清められ、静寂が戻った。
が、それもわずかな間だった。
新たな喧騒が、彼らのいる部屋の天井を破って降ってきたのだ。
彼らから見て、部屋の右隅の天井が突如崩れ、太い金属製パイプの残骸と、2人の人物が落ちてきた。
壁の一部に引っかかっている、小柄な少女。
瓦礫とともに降ってきた人物が起き上がる。
彼を、ルースは驚きをもって見つめた。
それは、人造人間のエンヴィーだった。
アルから聞いていた話と違う。
北の地で、マルコーによって虫けらのように小さな姿にされたと聞いていた彼が、ルースが良く知る姿に戻り、ふてぶてしい態度で見ている。
「あーあ。それにしても、よくもまあ、やってくれたもんだよ。」
人造人間は、目の前に立つ一同を確認しながらつぶやく。
「鋼の錬金術師に、焔の錬金術師に、傷の男。
北で世話になったクソ合成獣どもも一緒か…‥」
なめるように視線を動かしていたが、エドワードの隣に立つルースに目を止め、大げさに驚いてみせる。
「って、ひょっとして、そこにいるのは『囚われのお姫さま』かい?
ずいぶん元気そうになったじゃない。
それなら、魂も安心して身体に戻れるねえ。」
せせら笑う人造人間を一瞥し、ルースは嘆息を漏らす。
「相変わらず、うるさいな。
おしゃべりは嫌いだって、前にも言ったろう。
エンヴィー。」
ルースは、右の掌から青白い火花を散らせてみせた。
人造人間は、無言で睨みつけてくる。
室内は、新たな緊張と静寂に支配されていくのだった。
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