真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 12 - 1/4

「とっ止まれっ!」
銃やライフルを手に停止を叫ぶ兵士にかまわず、アクセルを踏み込む。
「止まってなんて、いられないんですよっ。」
右に左に大きく蛇行しながら、軍用車を操るヒュリーは、口の端を吊り上げながら声を漏らした。
普段なら温和が服を着たような彼だが、南方で死線を潜り抜けたことで、見た目にそぐわない豪胆さを発揮している。
フライパンの中の豆のように、左右に振り回され、シートにしがみつきながらも、マスタングは仲間の頼もしさに目を細めるのだった。

そんな最中、大きな破裂音が轟く。
「わわわっ!!」
制御を失いクルクルと回転するハンドルに驚くヒュリーの脇から、ブレダの腕と足が伸びる。
キキキッーと大音響を上げながら車が回転した。
「タイヤを撃ち抜かれたかっ。」
後部座席の軍人2名は、彼らの間にいる婦人と少年を庇うようにしながら、身を縮めた。

左側の後輪が破裂した車は、コマのように回りながらも、周囲に被害を与えることなく急停車した。
「奴らが出てくるぞっ。」
指揮官が叫ぶと同時に、正面から爆炎が襲い掛かってくる。
悲鳴を上げながら、兵士らは炎から身を護った。
視線の先には、発火布の手袋の先から火花を散らせる「焔の錬金術師」とその配下の姿があった。
彼らは、人質とした大総統夫人と少年を取り囲むようにして、周囲を威嚇している。
「鷹の目」の異名を持つ女性の鋭い眼光に、指揮官は背筋を震わせた。
その女の口元が笑みを作り、銃口を己に向ける。
恐怖に身が縮むのを自覚した直後、眼前の「敵」は脱兎の如く駆け去っていく。
思わず安堵が漏れた。
「たっ隊長。奴らが!」
部下の声にはっと我に返ると、彼等の姿は豆粒のように小さくなっていた。
「くっそっ!
追えっ逃がすな!!」
部隊を指揮するセディは、己の不甲斐なさに歯噛みする。
わずか4名…取るに足らない人数が与えた大きな威圧と恐怖……
「一体何なんだ。あの連中……っ。」
そう容易くは捕らえられない……そんな予感を抱えながら、マスタングの後を追うのだった。

マスタングらは、ヒュリーの先導で、中央西区にある工場街へと逃げこんだ。
ここには、軍事産業に関わる大小さまざまな工場がある。
が、中には稼働していない、廃工場も多数存在していた。
彼らが向かっているのは、そういった工場の1つだ。
「早くっ、こっちです。」
迷路のように入り組んだ工場の外階段を、ホークアイとルースに支えられながら、大総統夫人は、若い頃にもこんなに必死に走ったことはないと、もたつく足で駆け上がる。
ただ無我夢中だった。
なぜ自分が銃を持った兵士に追われなくてはならないのか、そんな理不尽に怒りを感じる暇すらない。
「おばさん。慌てなくてもいいから。
心配しないで、銃弾が当たる事なんてないからね。」
傍らの少年が、笑顔で励ましてくる。
その笑みに、頷き返す彼女の斜め後方で、流れ弾が何かに弾き飛ばされたのだが、夫人が気づくことはなかった。
工場の1室に駆け込み、一行は走るのを止めた。
どうやら、ここが目的地らしい。
がっくりと床にへたり込んだ時だった。
壊れかけた窓ガラスを破って、数人の軍人が飛び込んできた。
彼らは、彼女とマスタングらを取り囲むように素早く動くと、情け容赦なく銃口を向けてくる。
正面からも、指揮官と共に兵士がなだれ込んできた。
完全に包囲され、「焔の錬金術師」は観念したかのように両手を上げる。
「この狭い室内なら、爆炎は出せないでしょう。」
「…撃つかね。」
マスタングが、静かに尋ねる。
夫人は、これで助かると期待しながら、指揮官の次の言葉を待った。
が、彼の人物から発せられた言葉に、奈落に突き落とされることになる。
「マスタング大佐と、少年以外は撃って良し!」
耳を疑う命令に目を剥く。
兵士らは、戸惑うことなく引き金を引いた。
響き渡るいくつもの銃声に、思わず目を瞑る。
が、何の痛みもない。
再び開いた眼に映ったものは、先ほど自分に銃を向けた兵士が腕や足から血を流し、痛みにのたうち回る様であった。
一瞬にして、部下が戦闘不能となった指揮官が、気配を察して天井を振り仰ぐ。
彼が見たものは、天井付近でむき出しになっている鉄骨の上から、自分達を狙ういくつもの銃口だった。
気を取られていた彼の後頭部に、ゴリッと冷たく固いものが押し当てられる。
「大佐と少年以外てぇと、夫人も撃っていいってことか?」
彼の頭に銃を押し付けている男が尋ねかける。
「聞きたかった言葉ではあるが、聞きたくなかったな。」
マスタングが、低くそう語るのを、夫人は呆然として聞いた。
「私は……もしくは、主人は…国に捨てられたのですか?
それとも、主人が私を捨てたのですか?」
すがるような眼でマスタングに問いかける。
「そっそんなことあるもんかっ!」
マスタングが口を開くよりも先に、夫人の傍らにいる、ルースが叫んだ。
「おじさんが、おばさんの事を見捨てるなんてっ。
そんな事、絶対にないよっ!!」
「ルース君……」
必死の形相で訴えるその少年を、夫人は表情の抜け落ちた顔で見る。
そんな彼女に、ルースは眉根を寄せた。
その哀れな姿に、かける言葉がみつからない。
「わかりません。」
座り込んだまま微動だにせぬ夫人にそう答え、マスタングは膝をついて彼女と視線を合わせる。
「わかりませんが、あなたの命は我々が必ずお守りします。
すべて事が終わった時に、我々が間違っていなかったことを証明していただくために。」
そう言い残して、彼は、新たに加わった仲間と部下と共に、その場を立ち去っていく。
「ルース君。夫人のこと、頼めるかしら。」
マスタングを目で追いながら、ホークアイが尋ねる。
ルースは大きく頷いた。
「お願いね。」
そう言って笑いかけると、彼女もまたその場を去るのだった。
あとには、痛みに転げまわる無様な軍人と、打ちひしがれた大総統夫人が残された。
「おばさん。大丈夫?」
心配げにのぞき込んでくる黄金色の瞳に映る己の姿に、夫人は眉をひそめた。
(なんて酷い顔……っ。)
大総統夫人ともあろうものが、子供に心配をかけるなんて。
彼女は、両手で軽く頬を叩くと、驚いて目を瞬かせるルースに微笑んでみせた。
「ええ……心配かけてごめんなさいね。」
そういって、隣に跪いている少年の手に自分のものを重ねた。
「さっきは、ありがとう……あの人が私を見捨てるはずがないって言ってくれて……」
その言葉に、ルースは首を振る。
「ううん。だって、本当にそう思うから……・」
人造人間である事を誇っている大総統だ。
お父様の計画のために妻の命が必要であるならば、喜んで差し出すだろう……だが、あの男なら、自らの手で彼女を殺すはずだ。
こんな風に見捨てたりしない。
ルースは、そう確信していた。
彼女が思っていることとは、少しずれた解釈であるのだが…
しかしその言葉が、今は、夫人にとっては大きな支えとなっていた。
「私たちが生き延びるためには、大佐と行動を共にするしかないのよね。
あの人とセリムが無事か、確認しなくては……!」
強い意志を感じるその言葉に、ルースは大きく頷き、立ち上がる。
「行こう、おばさん。」
差し出される手を握り、大総統夫人はゆっくり立ち上がると、横たわる軍人たちに一瞥くれ、その場を後にするのだった。

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