暗闇の中に、金属をたたく「コーン」「コン」」という音だけが響く。
先ほどの会話以降、セリムはずっと鎧の頭たたきに興じている。
この中では、お互いに何もすることがない。
時間を持て余した彼の、暇つぶしだと思っていた。
ホーエンハイムが作ったこの「檻」が破られるまでは。
大音響とともに崩れる土の山。
ぽっかり空いた穴から差し込む光を背に立つのは、紅蓮の錬金術師ゾルフ・J・キンブリーだ。
アルフォンスのあがきが、また、崩された。
セリムの「遊び」をやめさせろと警告してきたハインケルを、両足を失いながらも助けようともがくアルフォンス。
彼に、ライオンの合成獣は1つのものを提示する。
それは、かつて兄と探し求め、その真実を知ってからは、絶対に所有しないと心に決めた「賢者の石」だった。
「こんな石コロになってるのに、まだ『人の命』として認めてるお前だから頼むんだ。
どんな外見になったって、大事なものを守るために闘いたいんだよ。
こいつらにも、闘わせてやってくれ。」
どんな姿になっても…
ああ、そうだね。
その通りだ───
「…うん。わかった。
一緒に闘おう。」
賢者の石の威力は絶大だった。
人造人間と国家錬金術師を相手に一歩も引けを取らず、再びプライドを封じることに成功した。
「なぜ、その石の力を自分の身体を戻すことに使わないのですか。」
キンブリーの疑問は、おそらくまっとうな意見なんだろうと、アルフォンスは思った。
しかし。
「…それだと皆を救えない。」
キンブリーは、何かを得るためには何かを切り捨てねばならないのだと言い切る。
どうして、選択肢が2つしかないんだ。
「なんで『元の身体を取り戻し、かつ、皆も救う』が選択肢にないだよ。」
「──等価交換の法則は?」
「原則に縛られずに可能性を求めるのも、人類の進歩には必要だと思うよ?」
そうだ、可能性はいくつもある。
だから…!
「『あなた方は元に戻れず、皆も救えない』という選択肢も用意しなさい。」
不敵な笑みでそういうキンブリーの口には、もう1つの賢者の石が!
アルフォンスは、とっさに防御する。
大きな力のぶつかり合いで、大地が震え、プライドを閉じ込めていた土山が崩れた。
もうもうと舞い上がる土煙。
その陰に潜んでいたアルフォンスであたが、たやすくキンブリーに発見されてしまう。
アルフォンスは再び大地に衝撃を与え、敵の視界から自分を隠すものの、
グラトニーの能力を得たプライドが、すぐに彼をとらえた。
「賢者の石があるといっても、たったひとりで我々に勝てるはずが・・・」
「ひとりじゃない!!」
あざ笑う人造人間に、そう言い切るアルフォンスの手には、あの赤い石はなかった。
人造人間たちの表情が変わる。
プライドが、風下に何かあると気が付いた直後、ライオンの牙が人間の喉元に深く突き立てられた。
真っ白なコートとスーツが鮮血に染まる。
キンブリーは、土煙の向こうに、赤く光る石を持つ、ドクター・マルコーを見るのだった。
爆風の中、駆けつけたマルコーに賢者の石とハインケルを託した。
プライドに発見されやすいよう、風上に移動したのは、治療の時間を稼ぐためだ。
そうさ、初めからボクは独りきりで闘っちゃいない。
人間はしぶといんだ。
キンブリーごとハインケルを攻撃すると思われたプライドが、その直前で攻撃を止めた。
訝る人間たちに、人造人間は語る。
中央に自分たちの父親がいる限り、人間に勝ち目はないのだと。
それは慢心か、それともほかに意図することがあるのか…
彼の真意を知る間もなく、アルフォンスは件の人造人間とともに、何かに激しく弾き飛ばされた。
それは、黒塗りの軍用車。
キンブリーが村まで乗ってきたものだ。
彼が去った後、マルコーが奪ってここまで来たのだが、それを発進させ、最強の人造人間を跳ね飛ばした人物がいたのだ。
アルフォンスの知る中で一番「へなちょこ」な仲間。ヨキだ。
「お前らばっか、いいカッコさせてたまるかよォォォォォォォ。」
そう泣き叫ぶこの男も、あがき続ける人間の一人なのだ。
絶妙なタイミングの助け舟に、一同乗り込むと、全速力で逃走する。
車の屋根が破壊された。
しかし、それ以上の攻撃はなかった。
「最強」と言われる人造人間から逃げきれたと喜ぶべきか…それとも……
この状況を深読みする余裕はない。
「お父様」を倒すのが一番なのだから。
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