真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 4

───あれは、誰の言葉だったのだろう……

エンヴィーに連れて行かれるアルフォンスの身体を見送ったエルリック兄弟は、マスタングから小銭を巻き上げ…もとい、借りると司令部近くの公衆電話ボックスに飛び込んで、ラッシュバレーのウインリイへ電話をかけた。
彼女が無事であることを確認し、どっと安堵の息をつく。
「そういう必死さが、付け込まれるスキになるんだよな!」
突然後ろからかけられた声に、兄弟は心臓が飛び出すほど驚いた。
声をかけてきた人物は、リン・ヤオから身体を奪った人造人間ホムンクルス、グリードだ。
「しかし、まあ……
ちょっとゆさぶられただけで焦っちまってよぉ。
後をつけている奴がいるかもしれないのに、自分の弱点になりうる奴に連絡とっちまうとは……
こんな付入り易いタイプは無いわな。」
薄笑いを浮かべる男に、兄弟は顔を引きつらせる。
そんな彼らにかまわず男は、お前の友達ダチに頼まれたと、シン国の文字が書かれた布をエドワードに手渡した。
「こいつを待っている女に渡してくれとよ。」
自分を指しながら言う男に、エドワードは複雑な表情を浮かべる。
渡しに行ったら後をつけてきて、その女を殺すんじゃないのか?と警戒するエドワードに、そんなセコいことするかと否定する。
「それに、女と戦う趣味は無ぇ。」
苦笑し、肩をすくめるその仕草は以前ダブリスで対決した“グリード”と同じで、エドワードは表情を硬くする。
「俺は、ウソをつかないのを信条にしている。
じゃあな。頼んだぞ。」
要件をすませると、さっさと立ち去るその背中に、エドワードは呼びかけた。
「リン!」
「……グリードだ。」
片手をあげて人ごみに消える“リン”を見送り、エドワードはつぶやくように問いかける。
「アル……あいつ、どっちだと思う?
リンか?グリードか……?」
「……本人はグリードだって言っているけど……ダブリスの“グリード”とはちょっと違う気がする。
……リンの気配も確かに感じるし、それに…自分を指して『こいつ』って言ってた。
リンは、グリードに完全に乗っ取られたわけじゃないと思う。」
「ああ……リンは中にいる。
しかも、グリードはリンを邪魔に思っていないらしい。」
「……そうだね。リンからランファンへのメッセージを兄さんに頼みに来たわけだし……」
どうも、このグリードという人造人間ホムンクルスは、他の者たちとは少し毛色が違うようだ。
「2つの魂で、ひとつの身体を共有してるってことか……」
「……そう言う事になるんだろうね……」
ひとつの身体に2つの魂……それで、共存していけるのだろうか。
不老不死の方法を見つけるために賢者の石を求めこの国に来たリンが、それを得るために選んだのが今の状況だ。
彼は、この先どうするつもりなのだろう。
思案にふけるアルフォンスに、エドワードが話しかける。
「なあ、アル。オレずっと考えていたんだけどさ……
お前の身体が、オレがあそこから引っ張り出すことができたのは、支払った代価が多かったからだって言ってたろう。
あれ、ひょっとしてお前の考えなのか?」
問いかけられ、アルフォンスはしばしの沈黙の後、首肯する。
「うん……兄さんがボクの身体を持ってこれたのは、クセルクセスの人たちの魂を必要以上に使っちゃったからじゃないのかって……そう考えた……
身体が戻ってきたのは嬉しいけど、もしそうなら素直に喜べないなって……」
そこまで話して、アルフォンスはハッとする。
(じゃあ、あの言葉は……そこまでして身体を取り戻してくれた兄を責めるのかという問いかけは……誰の。)
あの時、理屈としては分かっても納得のいかない事への葛藤と、兄さんへの感謝の気持ちが入り混じって頭の中がぐちゃぐちゃだった……
あれは、ボクがボクに投げかけた言葉だったのか?
アルフォンスは困惑した。

エドワードは、アルフォンスの答えに僅かに眉を顰める。
「そうか……
グラトニーの腹から脱出する時……人体錬成に使ったクセルクセス人の魂に『ありがとう』って言われた。」
話しかけてくる兄にアルフォンスは思考を止め、そちらに意識を向けることにした。
「真理の扉の前で、お前の身体に、君はボクの魂じゃないから一緒に行けないって、言われた。だが、諦めきれなかった…
だから、一度閉じられた扉をこじ開けた。
でも、あれはオレが自力で開けたんじゃなくて、開けさせてもらえたのかもしれない。
クセルクセス人が手を貸してくれたんじゃないのか?
オレの勝手な思い込みかもしれないが…エンヴィーの中から解放できたことへの代価として……
だから、オレはアルの身体を連れ出せたんじゃないかって……
そう考えてる。」
「───等価交換。」
まっすぐに自分を見つめる兄に、アルフォンスが言葉を漏らす。
「オレの都合のいい考えだけどな。」
そう言って、くしゃりと笑うエドワードにアルフォンスは首を振る。
「ボクも、そう思う。」
そうだったらいい……
自分がこだわったように、兄さんも、彼らの魂を使う事に何の躊躇いもなかったはずがない。
自己欺瞞なのかもしれない……けれど、そうであって欲しいと思う。
それで兄さんの心が少しでも軽くなるなら。
クセルクセス人からのお礼……ボクも、その方がずっと嬉しい。
アルフォンスは、胸の奥がじんわりと温かくなったような心地がした。
「兄さん。ボク、ノックス先生の所へ行ってくるね。その布、預かっていくよ。」
「ああ。頼む。
オレは、昨日暴れまわって壊しちまった街の修理に行くわ。」
「あ……そうか。
かなりやっちゃったからなあ……兄さんひとりで大丈夫?」
「後で直すって約束したからな。
パパっと直して、ホテルに帰って寝るさ、」
いつもの笑顔で市街に向かっていく兄を見送り、アルフォンスもマスタングから聞き出した住所へと歩き出した。

道すがら、アルフォンスは身体に言われた言葉を思い返していた。
『君は君の信じた道を行くんだ。』
あれは、ボクが自分に送ったエールだったのかな……
自分に激励されるなんて……変な気分だ。
それとも、違うのだろうか。
身体の中に存在する意識……“世界”であり“宇宙”であり“真理”。あるいは“全”。あるいは“一”。そして、“ボク自身”……
彼…の言葉だったのだろうか。
「真理って……一体何なんだろう。」
世界や宇宙と呼ばれているとても大きく広い存在であり、自身という最も身近な存在でもあるという“それ”が何であるのか……
人体錬成という「禁」を犯した者が背負う咎……罰を与える存在が自分でもあるということの意味が何であるのか……
分かりそうで分からない。もどかしさに嘆息を漏らすのだった。

同じ頃、エドワードはこれから先どう行動するか考えていた。
「これからどうする?また、賢者の石を追い求めるか?
あの、ホーエンハイム似のヒゲ野郎がやろうとしている事を、指くわえて見てろってのか?」
そんな事させてたまるかっ。分かっていながらみすみすそれを許すなんて、オレが許せねえ!
だが、どうやって対抗する?
街を修復するときに憲兵から聞いた話が頭をもたげる。
エドワード達が錬金術を封じられ苦戦していた時、地上でも錬金術が使えなくなっていた。
そんな中、錬金術を使っていた者たちがいた。
「あのヒゲに対抗できる、オレ達とはちがう系統の錬金術……?
……まだまだ錬金術には可能性がある……か!」
徹夜で戦って足搔いて……もう、体はとっくに限界でフラフラだ。
だが、これで寝ることができる。
前に進むための光明を見出し、エドワードはしばしの休息を取るために宿へと戻って行った。

目を覚ましたら、太陽がまだ同じ位置にいた。
ぼんやりとした頭で、窓の外を眺めていると頭の上で声が聞こえてくる。
「目が覚めた?」
声の方へ視線を移すと、自分を車いすで運んでくれた看護師が微笑んでいる。
「あ……?」
「随分長い間、寝ていたわね。」
あれから何日も経っているのよ。と笑いかけられる。
「え……と……」
状況が呑み込めず目をさまよわせる。
身じろぐとやんわり肩を押さえられた。
「腕を大きく動かすと、針がずれるわ。」
気を付けて。と、注意を促される。
よく見ると、両腕に細いチューブが繋がれている。
「体に、水分と栄養を送るために点滴をしているの。」
ああ、だからか……道理でよく眠れたわけだ。
「ずいぶん顔色も良くなったわね。」
嬉しそうに微笑むのにつられて微笑み返す。
「ねえ。坊やにはお兄さんがいるの?」
問いかけられ小首を傾げる。何故、そんな質問をしてきたのか分からなかったからだ。
「あら。ごめんなさい。驚かしたかしら。
でも、寝言で何度か『兄さん』て呟いていたから。
夢の中で兄弟げんかでもしたのかしらね『バカ兄!』て、怒ってたわよ。」
くすくす笑う彼女に、きょとんとする。
「どんな夢を見ていたのか……忘れちゃった。」
睡眠中の事はさすがに分からい。「夢」はたいてい目が覚めれば忘れてしまう。
そもそも、魂が抜けているこの身体が夢を見るとは考えにくい。
睡眠中、アルフォンスと同調して言葉を発したのだろう。
『バカ兄』は、アルフォンスがエドワードの行動にキレた時によく使う言葉だ。
あの兄弟は、仲良くやっているのだろうか。
「そう言えば、坊やを助けた鋼の錬金術師さんが、何か探し物をしているみたいよ。」
「探し物?」
「ええ。何でも、白黒模様の猫のような……?」
その言葉をキーワードに頭に浮かんだ情報は3つ……
「それ、鎧の肩の上にいた……」
「そう?じゃあ、ペットが逃げて探してるのかしらね。」
そう、それはあの小さな少女の連れだ。
その他2つの情報は紙に描かれた絵なのだが……どう見ても同じものを描いたとは……
ひとつは確かに実物に似ているが,もう1つのモノは……あれは、生物か?白黒猫をベースに合成したキメラのイメージ図か?
眉間にしわを寄せ考え込む「アルフォンス」に小首を傾げ、看護師はまた看に来るわねと言い残して部屋を出ていった。

部屋を出た看護師は、穏やかで優しげな表情を一変させる。
口の端を吊り上げたその顔は嘲笑そのもので、彼の人造人間がよく見せるものだ。
「鋼のおチビさん。のんきにペットの猫探しか。」
そうそう。そうやって余計なことに首を突っ込んでこなければいいのさ。
エンヴィーはくすくす笑いながら、監視対象のいる入院病棟から立ち去るのだった。

「ブリッグズ?そんな北の外れに行くの?」
「ああ。北の国境を守るブリッグズ要塞にいるアームストロング少佐の姉ちゃんを訪ねて、あの豆女を探す協力を頼めないか相談する。」
宿を引き払うために、慌ただしく荷物を纏めながら、エドワードは少佐からもらったという紹介状を見せる。
アームストロング家の家紋入り封筒に、同じく家紋の封蝋で封されているその表には、少佐の文字で「My Sister」と宛名書きされている。
「少佐のお姉さんて、そこでどんな仕事しているの?」
「そこの責任者らしいぜ。アームストロング少将だってさ。」
手当たり次第に荷物を放り込み、上から抑え込むようにしてトランクを閉めたエドワードが言う。
「よしっ。忘れ物はないよな。」
「うん。それにしても……アームストロング少佐の家って、本当に軍人一家なんだね。お姉さんが将軍だなんて……」
アルフォンスは、自分達とは全く違う家柄に、感嘆の声を漏らす。
「あの少佐の姉ちゃんか……」
筋肉ヒゲだるまの女装姿を想像し、兄弟は軽くめまいを覚えた。
「と、とにかく、大佐からの情報では、あいつが東経由で北に行ったのは確からしい。」
「そこから、足どりを追うんだね。
あの少佐の身内なら、きっと協力してくれるよ。」
情に厚いアームストロングの姉だ。彼の紹介であれば親身に話を聞いてくれるだろう。
人造人間たちとその親玉の計画を阻止し、エドワードの腕と足を取り戻すための手掛かりを掴めるかもしれない。
兄弟はそのかすかな光に、希望を見出していた。
「あ……そうだ、兄さん。
ボク、出かける前に寄りたいところがあるんだ。」
「うん?」
どこかと尋ねるように首を傾げる兄に、アルフォンスは静かに答える。
「ボクの身体の所。」
「あー。そうか、そうだよな。
一応、どこに行くのか言っておいた方がいいよな。」
「うん。それに…聞きたいことがあるんだ。」
弟の言葉にエドワードは再び首を傾げるのだった。

軍病院を訪れた2人は受付の前で、はたと悩んだ。
病室を、何と言って聞けばいいんだ?
名前で尋ねようにも、「アルフォンス・エルリック」はここにいる。
「あー。えっと……その。数日前、オレくらいの年でやせ細った男の子が入院しているはずなんだけれど……」
要領を得ないエドワードの問いかけに、受付嬢は胡乱気な視線を向ける。
「患者さんのプライバシーに関わることですので……」
お答えしかねます。というのに慌てて、首を振る。
「その患者の関係者なんだ。」
「……どのようなご関係ですか?失礼ですが、お名前は……」
睨みつけるような視線で名を尋ねてくるのに、苦笑する。
「エドワード・エルリック。国家錬金術師だ。」
これを見せた方が早いかと、伝家の宝刀である銀時計を見せつける。
効果は絶大で、不信感を隠さずにいた彼女の表情が、一瞬で尊敬に変わった。
「しっ失礼しました。まあ。貴方が、あの、鋼の錬金術師さんなのすね。」
目をキラキラさせて、尋ねてくる。あまりの豹変ぶりに、エドワードは思わず後ずさりした。
「あ、ああ……そうだけど。」
「あの少年を助けた、『正義の国家錬金術師』にお目に掛かれて光栄ですわ。」
「せ、正義の国家錬金術師……?」
あまり聞きなれない言葉に、作り笑いが引きつる。
国家錬金術の代名詞と言えば「軍の狗」。
多くの特権と引き換えに、権力に錬金術師の矜持を売り渡した輩と侮蔑を込めて呼ばれることの方が多い。また、軍内でも「人間兵器」と呼ばれ、畏怖の対象でもあるのだ。
「ところで、その少年の病室なんだけど……」
「あ。はい、今ご案内します。」
少々お待ちくださいと、受付嬢はどこかに電話をかけだした。
病室だけ分かればいい事なのだがと不審がっていると、軍人が1人受付にやってきた。
「あの少年の部屋まで、私がご案内します。鋼の錬金術師殿。」
敬礼で申し出てくるのに、目を瞬かせて頷く。
「あ、ああ。」
軍人の先導で、病院内を歩く。
軍の施設ではあるが、病院という公共性の高いこの場所では異様な光景で、通りすがる誰もが彼らを振り返った。
「兄さん……一体どうなってるんだろう。」
「オレだって知りたいよ。」
居心地の悪さから、こそこそと話す2人に、案内役の軍人が話しかけてくる。
「鋼の錬金術師殿の武勲は伺っていますよ。
テロリストのアジトに単身乗り込み、誘拐監禁されていた少年を救出されたそうですね。さすが国家錬金術師殿だ。
彼を監禁していたグループは、大総統府で特に警戒していた組織だとか……いやあ、お手柄お手柄。」
ハハハと笑う彼に、意味が分からぬまま愛想笑いで応える。
「こちらです。」
やがて、ひとつの部屋の前で軍人は立ち止った。ドアの左右にも軍人が立って警戒している。
その異様な光景に、兄弟は息を呑んだ。
案内役の報告に頷くとドアが開かれる。
室内には、ベッドから半身を起こしている長い金髪の少年と、看護師の姿があった。
アルフォンスの身体は、彼らの姿を確認すると目を見開いて驚いた顔をした。
それも一瞬の事で、次には満面の笑みで彼らを迎え入れる。
「鋼の錬金術師さんっ!」
嬉しそうな声で二つ名を呼ぶのに、苦笑しながら手を上げて答える。
「よう。随分元気になったじゃねえか。」
「はい。あの時はありがとうございました。
お陰で随分元気になったんですよ。」
あの時?と内心訝しみながらも彼に話を合わせる。
「そうだな。顔色がとても良くなった。」
「良かったわね、坊や。
鋼の錬金術師さんは、貴方のヒーローですものね。」
ニコニコと話しかける看護師に、アルフォンスの身体も嬉しそうに頷く。
「あそこから、僕を連れ出してくれた恩人ですから。
あ、あの時はちゃんとお礼も言えなくて……
ありがとうございました。」
ぺこりと頭を下げてくるのに、慌てて両手をばたつかせる。
「きっ気にする事ねえよ。」
それじゃあ、ごゆっくりどうぞ。と愛想笑いで看護師が退出する。
気配が無くなると、兄弟は「アルフォンス」に顔を近づけ小声で話しかけた。
「おい。どういうことだよ。」
「僕は、幼い時に誘拐され長期間監禁されていた子供で、それを君が助けたという事になってる。
外の軍人たちは、被害者で重要な証人である僕の護衛だそうだ。」
その説明にエドワードは眉をピクリと動かした。
「あいつら、大総統の直属か?」
親指で後ろのドアを指せば、無言で頷く。
「それより、何故ここに来たんだ。
僕にかまわず、旅を続けてくれていいのに。」
「そういう訳にもいかないよ。君はボクの身体なんだから。
いくら精神で繋がっていると言っても……」
反論するアルフォンスに、人差し指を口元に立てて制すると、ドアの方へ目くばせする。
ドア上部の摺りガラスに人の頭部が影となって映っている。
「……当然、監視付きか……」
厳しい顔をしていたエドワードは、ニヤリと笑うと外に向かって声を上げる。
「えっ。錬金術が見たい?
しょーがねーな。ちょっとだけだぞ⁉」
両手を打ち合わせ床に手を置く。
室内にもう一つの壁が出現した。
「これで、監視も盗み聞きも心配ねえだろう。」
得意げに言うエドワードに「アルフォンス」は微笑した。
「彼らや看護師は何も知らない。
だけど……時々エンヴィーが彼らのうち誰かに化けて監視に来ている。」
「そうか。本当に『人質』だな。」
「そうするように、僕が仕向けたんだけどね。」
眉を顰めるエドワードに「アルフォンス」は肩をすくめて答える。
「どうして……」
問いかけるアルフォンスに微笑する。
「君たちの旅を邪魔させないため。
こっちに意識を向けさせておけば、少しでも君達への監視が減らせるだろ?」
「それはそうかもしれないけど……」
「仕向けたって……一体何やったらこんな事になるんだよ。」
大総統が自分の直属兵を張り付かせている過剰なまでの監視体制をエドワードが尋ねると、「アルフォンス」は目をさまよわせる。
「えーと……ちょっと、こんな事をやってエンヴィーを脅してみた。」
彼がそう言うと、突然パリパリと変成反応が発生し、錬成光と共に床から槍が出現する。
「ノ…ノーモーション錬成………」
アルフォンスが上ずった声を上げる。
「あの…ヒゲ野郎と同じことができるのかよ……」
エドワードが、驚愕と若干の怒りのこもった目で見た。そのことに、「アルフォンス」は済まなそうな顔をする。
「どうしてこんな事が……」
できるのかという問いに、「アルフォンス」は苦笑しながら魂に答える。
「僕は君であると同時に、別の存在でもあるから……」
「真理……だから?」
問いかけに頷く。
「錬成の代価は、自分がここに存在するためのエネルギー。」
その言葉に、兄弟は息を呑む。
「だから、僕としてはあまり使いたくない。
充分な栄養を補給できる今、この身体の生命を維持するためのエネルギーは心配しなくてもいいけれど、こうやって生活していられるのは、中に僕がいるから。」
「……つまり、君という存在が消えたら……」
「動いたりしゃべったりはできないだろうね。
魂が戻るまで、眠り続けることになる。
そうなると、いつまで心臓が動き続けらるか………」
「相当ヤバイ事態になるわけか。」
「かなり膨大なエネルギーを消費しないと、僕は消えないから。あまり気にしなくてもいいよ。」
にっこりと笑って話す「アルフォンス」に兄弟は顔を見合わせる。
「その……なんと言うか……ごめん。」
オレが、あそこから引っ張り出したりしたから…と謝るエドワードに小首を傾げる。
「僕が、兄さんと一緒でないと身体に戻りたくなんて我がまま言ったから……」
俯き加減で言葉を紡ぐアルフォンスを静かに見る。
「僕は君自身だ。だから、自分に我がままでいい。
それに…言ったはずだよね。」
含みのある言葉にアルフォンスは、はっとして顔を上げる。
「君は君の信じた道を行くんだ───」
あれは、やはり彼の…真理からの言葉だった。
アルフォンスの言葉に頷くと、エドワードに視線を移す。
「さっき、僕が『鋼の錬金術師』に言った言葉は演技じゃないから。
君は、僕をあそこから連れ出してくれた恩人だ。
ここに来なければ見れなかったものが沢山ある。良いも悪いも含めてね。
お陰で、飽きることがない。毎日が刺激的だよ。」
クスリと笑う「アルフォンス」にエドワードは肩をすくめる。
「監視付きで部屋に閉じ込められているのに?」
「窓から見える風景は、日々移り変わっているし、話し相手だっている。
時々、僕にバレているのも気づかず、看護師や軍人のふりをしてやって来る人造人間マヌケもいる。」
涼しい顔で言うのに、兄弟は思わず吹き出した。
それなりに楽しんでるよ。と言う彼の笑顔に兄弟は安堵の表情を浮かべるのだった。

「なあ。さっき、ノーモーションでの錬成の代価は、存在するためのエネルギーだって言っていたな。
それって、あのヒゲ野郎も同じってことか?」
エドワードの質問に、「アルフォンス」は天井を仰いで考える。
「僕とは性質が違うけど、あの錬成に大きなエネルギーが必要なのは間違いないよ。」
「そんなエネルギーをどこから……」
「───彼自身が持っている。
彼が持つ莫大なエネルギーを代価に、錬成しているんだ。」
「莫大なエネルギー……て、賢者の石か?
でも、あいつ石を使っているようには……」
エドワードはそこまで話して、息を呑んだ。
石を使うのではなく、人造人間のように石の中の生命エネルギーを使っているのか?
「あいつ……人間じゃないのか。」
そういえば、グリードを作るときに額が割れて眼のようなものが……
エドワードはゾクリと背筋を震わせる。
オレは……オレ達は、あれを知っている……人体錬成をした時に現れた巨大な眼のようなもの……あれとそっくりだった。
「あいつとお前は同じものなのか……?」
顔色を悪くして尋ねるエドワードに首を振る。
「それは、わからない。
ただ、あれの中身を、リン・ヤオはすぐに察した。君たちが探している、白黒猫の飼い主の女の子も分かったようだったよ。」
「白黒猫」という言葉が出てきたことに、兄弟は目を点にする。
「どうしてお前……」
「そんなこと知ってるの?
ボク達があの猫の飼い主探してるって。」
「エンヴィーに聞いたんだ。君たちが白黒猫を探しているって。」
もっとも、彼は君たちが何故そんなことをしているのか、僕に探りを入れたつもりらしいけど。
「アルフォンス」はほくそ笑む。
「……バレてた。」
「目立たないようにしてたのに……」
がっくりと肩を落とす兄弟に、目的までは分からなかったはずだと慰めた。
「それで、見つかったの?」
問いかけに2人は首を振る。
「だが、行先はわかった。」
「東周りで北に向かったらしいんだ。
それで、アームストロング少佐の伝手で、ブリッグズにこれから向かうんだ。」
「そうか。アームストログ少将に会いに行くんだね。」
詳しく説明する前に、納得され兄弟は唖然とした。
「どうして、お前が少将のこと知ってるんだ。」
「知っているというか……ブリッグズ・アームストロング少佐というキーワードで、アームストロング少将という情報が出てきた……」
「はっ?」
「アルフォンス」の説明に、兄弟は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「えーと。分かりやすく言えば、僕の脳はアルフォンスが見聞きした情報の集積所のようなもので、幾つかのキーワードをきっかけに、それに関連した情報も引っ張り出せるわけで……
だから、アルフォンスが体験したものは全部頭の中に入ってる。きっかけがないと思いだすことができないけど。」
「……記憶がないから。」
アルフォンスの言葉に頷く。
「その代わり、キーワードが多ければそれだけ関連した情報も出てくるから、予測がしやすい。」
「だから、オレたちが少将に会いに行くって予測したわけか。」
エドワードが、納得いったと頷く。
「そうだ。僕、2人に聞きたいことがあって……白黒猫がキーワードでこんなものが出てきたんだけど……」
そう言って、「アルフォンス」はベッド脇の引き出しから1枚の紙を取り出してみせる。
「これは、なに?」
そう言って彼らに見せた紙にはエドワードが描いた「白黒猫」があった。
「あー。それは……」
アルフォンスは額に手をやった。
「あー。それ、例の白黒猫。オレが描いたんだ。」
自慢げな顔をする彼に、「アルフォンス」は手の中の紙と彼を交互に見て、目を点にする。
「白黒猫?」
「そうだ。そっくりだろ。」
そっくりと言われても……この絵に紐づけされて出てきたものと言えば、アルフォンスの「あのエイリンアンは無視して……」という言葉だけだ。
「あの白黒猫、本来の凶暴性を描いたんだ。」
自信満々でうんうんと首を振るエドワードに、アルフォンスはげんなりする。
似顔絵に凶暴性の表現は必要ないだろ。
あの子に噛まれたこと、まだ根に持ってたのか。
「───斬新だね。こんな似顔絵もあるんだ。」
感心して呟く「アルフォンス」にアルフォンスは、そんなこと言っちゃダメだと慌てる。
案の定。エドワードは得意満面だ。
「そうか。お前はオレの絵の良さが分かるんだなあ。弟よ。」
そう言ってエドワードは、「アルフォンス」をがっしり抱きしめ頬ずりする。
「……おとうと……?」
「アルフォンス」はきょとんとしている。
「ちょっと!兄さんっ!」
アルフォンスは、「弟」はこっちだろっ。と声を荒げた。
「お前は『魂』のアル。こっちは『肉体』のアル。どっちもアルだ。
だから、両方ともオレの弟だ!」
きっぱり言い切るエドワードに、アルフォンスは両手をわなわなさせる。
「確かに、ボクは魂だけで、そっちは肉体だけで、兄さんの言う通りだけどさ。」
こういう時だけ、正論ぶちかますんだからっ。
「その肉体の中には、真理が入ってて動かしてるんだよ。中身は違うでしょ。」
「だが、オレの弟の身体だ。」
「「ああっ。もうっ!!」」
2人のアルフォンスは同時に、両手で頭を掻きむしって声を上げる。
「「ややっこしい!そうだ。名前、名前つけよう!」」
アルフォンス達は互いを指さした。
「なまえ?」
「アルフォンス」がコテンと首を傾げる。
「そうだよ。君に名前を付けて、ボクと区別すればいいんだ。」
「僕に固有名詞をつける?」
「そうだよ。個体を識別するための名称をつけるんだ。」
「そうだなぁ。いつまでも『アルの身体』て、言うのもなぁ。」
エドワードもその意見に頷く。
何にしようかと、兄弟は腕を組んで考え出した。
「体の中にいるのは真理だって言ってたな。」
「じゃあ『真理くん』とか……」
「んー。いまいち人間の名前っぽくない。」
2人は再び「んんんー。」と唸りながら考える。
「じゃあさ。真理(truth)を捩ってルース(ruth)っていうのはどうだ?」
「「それって、頭一文字とっただけじゃん。」」
声を揃えて言う弟たちに、エドワードは頬をヒクヒクさせる。
「ルース(真実)か……」
「なんかラース(憤怒)ぽくない?」
アルフォンスが微妙な声をする。
「大丈夫だ。オレ達は大総統あいつのことをそう呼ばないから。」
顔をひきつらせたエドワードが言い切る。
これで押し切るつもりだな。と、アルフォンスは内心、嘆息を漏らした。
「いい名前だね。」
身体のアルフォンスが微笑む。
「おっ。気に入ったか?」
「あまり、この人を調子づけないでくれないかな。」
エドワードが笑いアルフォンスが嘆息する。
「うん。気に入ったよ。
今から、僕はルースだ。」

アルフォンスの魂が抜け、肉体だけになった少年に、新しく名前が付けられた。
「真理」と呼ばれるものが、新たな呼称を得た瞬間でもあった。

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