真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 3

「どーすんだ。その豆女。」
「どーするも。こーするも。ケガしてるから、医者にみせないと……」
前を歩く人造人間ホムンクルスに聞こえないように、兄弟は小声で話し合っている。
先ほど、浅黒い男と一緒に乱入して来てグラトニーに襲われた少女を、アルフォンスが保護して鎧の中に隠しているのだ。
彼らは、彼女を知り合いの医者に診察してもらうことにした。

 

「アルフォンス」は自分を抱えて歩く鎧の顔を見上げる。
この少年は、弱っているものを見捨てることができない性分らしい。あの混乱の最中、自分たちのことよりも先にこの少女に手を差し伸べた。
兄が身体と一緒にグラトニーの腹から生還した事よりも、そのためにクセルクセス人の魂によって作られた賢者の石を使った事にこだわった。
「命」に対して、この魂はとても敏感に反応する。命が失われることをひどく嫌う……
彼のような人物を「優しい」と言うが、誰にでも「優しく」するのには「強さ」が必要だ。
この魂はその若さでそれを持っている。強い信念に基づいて行動している。
それは、さっき言っていた「犠牲を伴わずに身体を取り戻す」という事なのだろう。
錬金術の原則である「等価交換」を無視した発言だ。
「……真理を見た君が出した答えが、それなのか……」
彼は、目的を果たすまではこの身体に戻ってこないだろう。
ならば、彼の「器」である自分のすべきことは何か……
仮の身体であるこの鎧と同じ、鋼鉄の意思を持つ魂に「アルフォンス」は目を細めた。

「おまえ達の事は、あとはラースに任せてある。」
先を歩いていたエンヴィーが後ろを振り返って声をかけてくる。彼は、一つの部屋の前で止まるとその両開きの扉を親指で指した。
「入んな。」
そう言って扉を開けて兄弟を促す。
「お前の事は、あとで迎えに来るよ。」
彼の前を通り過ぎるとき、エンヴィーは「アルフォンス」に耳打ちした。
彼らが通された部屋は客間のようだ。部屋の中央には円卓が1台あり、その上座には隻眼で壮年の軍人が座っている。
身なりや風貌から軍の中でもかなり高い位置にいることが分かる。
「大佐!」
入口付近に座っている先客を見て、エドワードが声を上げる。
「やあ、鋼の。」
黒髪の若い軍人は、エドワードをそう呼んだ。
鋼の……「鋼の錬金術師」……エドワード・エルリック……
「アルフォンス」の脳内でそれらの情報が、目の前にいる金髪三つ編みの少年と結びついた。
彼が、僕の魂のお兄さんで国家錬金術師の「鋼の錬金術師」……
それをきっかけに彼に関する情報が次々と脳内を駆け巡る。
記憶がないために、脳に蓄積されている情報が紐づけされなかった。
だが、この3つが繋がったことにより、それに関連した情報が次々と網の目のようにつながり広がっていく。
この若い軍人はロイ・マスタング。エドワードに国家錬金術になるよう勧めた人物だ。
「傷の男」……ドクター・マルコー……賢者の石……第五研究所……ラスト……グリード……キメラ……キング・ブラッドレイ……
そうだ。この男はアメストリス軍大総統。軍事国家であるこの国の事実上の最高権力者で、人造人間ホムンクルスだ。
「アルフォンス」は目を見開いて、ブラッドレイを見る。
「その子供は……?」
マスタング大佐が、アルフォンスが抱える人物に首を傾げる。
エドワードと同じ色の瞳、同じ金の髪は少女かと思うほど長いが、手入れされている様子もなく伸び放題という印象が強い。そして、その顔は頬骨が浮き上がるほどやつれ、瞳を大きく見せている。あまりに痩せてしまっているため性別さえ判別できないので「子供」という単語を使用したのだ。
「僕の、身体です……兄さんが、向こうから引っ張り出してきてくれました。」
アルフォンスの答えに、マスタングは一瞬目を大きく見開いてエドワードを見ると、次には目を細め穏やかな笑みを浮かべる。
「そうか……」
「座りたまえ。」
大総統が兄弟を促した。エドワードとアルフォンスは肩を一瞬びくりと震わすと、空いている椅子にゆっくりと腰を下ろす。
「……何があった?」
「いろいろあったぞ。天こ盛りだ。」
座りしな、エドワードとマスタングは大総統を見据えながら会話を交わす。
「……ホークアイ中尉は大総統付き補佐だそうだ。」
「なんだそりゃ!!」
体のいい人質じゃないか。と、エドワードは目の前の男を睨みつける。
「上層部の『一部』どころではなかった。『全て』真っ黒だ。」
4人は、自分たちの前に座る男を無言で見つめる。
「焔の錬金術師」「鋼の錬金術師」そして、アルフォンス。武闘派錬金術師3人を前にしながら、護衛を同席させるわけでもなく、武器といえば腰に下げている剣1本といういでたちで紅茶を優雅に飲む人物に、彼らは数の上での有利など関係ないことを思い知らされる。
沈黙を破るように「ゴホン」という咳が、アルフォンスの中から響いた。
アルフォンスはびくりと体を震わし、「アルフォンス」は慌てて両手で口を覆う。そのまま、何度か咳払いをした。
「大総統!」
慌ててエドワードが呼びかけたことで、そのことを目の前の男が気にかけることはなかった。
エドワードはそのまま大総統に話しかける。
「───以前、オレが入院してた時!
見舞いに来てくれましたね。あの時は、まさかそっち側の人間とは思いませんでしたよ。」
まんまと騙されました。
睨みつけるエドワードに、ブラッドレイは目を細め厳しい表情をする。
「君達は、我々にとって貴重な人材だ。余計な事は知らんでいい。ただ時が来るまで大人しくしていろ。そうすれば悪いようにせん。」
そう言って、アルフォンスに目を向ける。
「君の身体も、こちらで管理し健康を取り戻させると約束するよ。」
好々爺のような微笑みを向けてくるのに、「アルフォンス」はびくりと震えると鎧にしがみつく。
「では、その時がきたらオレ達『人柱』と呼ばれる者以外の一般人はどうなるんですか?」
厳しい声で問いかけるエドワードに、ブラッドレイは表情を元に戻す。
「余計な事は知らんでいいと言ったはずだ。
鋼の鋼の錬金術師。」
「『鋼の錬金術師』か……」
エドワードは引きつった笑みを浮かべる。
「この二つ名をもらった時、重っ苦しいと思ったが、まさか、こんな嫌な重みになるとは思わなかった。
この二つ名。捨てさせてもらう。」
キング・ブラッドレイを睨みつけるエドワードを「アルフォンス」は静かに見守る。
この表情は、魂の…アルフォンスのものだ。
「アルフォンス」はエドワードと同じように厳しい視線で大総統を見据えた。
同じ色の瞳で睨みつけてくる兄弟に、人造人間は微かに口の端を吊り上げると、言い募るエドワードの言葉を聞きながら紅茶のカップを口に運ぶ。
「こんなものはいらない。オレは、国家錬金術師はやめる。」
そう言ってテーブルの上に大総統の紋章がレリーフされた銀時計を放り投げた。
「狗の証……血にまみれておるわ。」
ブラッドレイは鼻で笑う。
「持っていたまえ。鋼の錬金術師。」
「いらねえ。」
他の術師にも声をかけて計画を頓挫させるというエドワードを遮るように、彼は薄笑いと共に言った。
「いや。君はこれを持ち続けなければならなくなる。
自らの意思でな。」
嘲笑を浮かべ語りかける大総統に、「アルフォンス」は目を瞬かせる。
「何といったかな、あの娘。
そう。ウインリィ・ロックベルだったか。」
男は、涼しげな顔で兄弟と彼女の関係や彼女自身の事を淡々と語る。
「アルフォンス」は自分の顔が、大総統の紡ぐ言葉によってどんどん強張っていくのを感じた。
バンッ!!と大きな音を立て、エドワードが両手をついて立ち上がる。
その音を聞きながら、「アルフォンス」はギリッと奥歯をかみしめた。心臓がドクンドクンと速い鼓動を刻む、握りしめた両の掌は汗でびっしょりだ。彼を抱える鎧の腕も小刻みに震えている。
「あいつには手を出すな!!
周りの人間にもだ!!」
絞り出すようなエドワードの声に、男は楽しそうに笑った。
「で、どうするね。」
男は、指の先で、突き返された時計をこつこつと小突く。
「いらんと言うなら、切って捨てるが。」
頬杖をつきながら睨み上げてくるその態度に、息を呑む。
エドワードは、無言でそれをポケットにしまった。
「君達がここに連れて来られたのは、立場を分からせるためだ。」
それでいいと笑う男に、「アルフォンス」は唇をかみしめた。
「あの……」
おずおずとアルフォンスが声を上げる。
「アルフォンス」は声の主を見上げた。
すぐにその真意を察し、目の前の男を見据える。
「今まで通りボク達兄弟がそちらの監視下にいる代わりにと言うか、なんと言うか……」
「身体を取り戻すための旅を続けさせてください。」
言葉を続ける「アルフォンス」に、キング・ブラッドレイは小首を傾げた。
「君は、身体を取り戻したろう。旅を続ける理由はないのでは?」
「兄さんの腕と足がまだです。ボクが身体に戻るのは、兄さんと一緒だと決めていますから。」
お願いしますというアルフォンスに、男は興味を失ったかのように、余計なことをしなければかまわないと言って紅茶を飲んだ。
ブラッドレイは、彼らのやり取りを静観していたマスタングにも意思を確認する。
「まさか、軍を辞めるなどと言い出さんだろうな。」
「そうですね…飼い犬になっても負け犬になるのは耐えられませんな。
何より、私の野望のために、軍服を脱ぐ事もこれを捨てることも、今はできそうにありません。」
そう言って銀時計を掲げてみせる。
きっぱりと言い切る青年に、ブラッドレイは薄く笑った。
4人は、退室を許された。
マスタングは、扉を開きかけ立ち止まる。
「ひとつ聞いて良ろしいですか。閣下。」
相手を振り向くことなくかけられた問いに、ブラッドレイはその先を促した。
「ヒューズを殺したのは,貴方ですか?」
「いや。私ではない。」
「では、誰が。」
思わず振り返るマスタングを、大総統は冷たく突き放した。
「ひとつ。という約束だ。」
「失礼します。」
部屋を出ていくマスタングに兄弟も続く。
「ああ。待ちたまえアルフォンス君。」
「はい?」
呼び止められたアルフォンスの胴を剣が貫く。3人は息を呑んだ。
ブラッドレイは、アルフォンスから剣を引き抜くと刃を確認する。
「あの…何か?」
「……いや、行ってよろしい。」
扉が閉じられる。4人は無言で部屋を離れた。
「「あぶなかった!!!」」
エルリック兄弟が、身体を震わせながら声を上げる。その様に、マスタングがおののいた。
「アルフォンス」は廊下の先を見つめている。そこには、車いすを持つ看護師を引き連れたエンヴィーがいる。
「エドワード。アルフォンス。迎えだ。」
「アルフォンス」はあえて彼らをそう呼んだ。
「兄さん」と呼ぶのを魂が嫌がったこともあるが、身体と魂という対の存在ではなく、お互いを「個」として尊重する方が魂…アルフォンスにとっては良い事だと判断したからだ。
「アルフォンス」の言葉に兄弟は厳しい表情で廊下の先に佇む軍人を見つめる。
彼らがゆっくりとこちらにやってくるのを確認しながら「アルフォンス」は二人に話しかける。
「君たちは君たちの旅を続けて。僕はここで待っているよ。」
「あの……さっきは、ありがとう。旅を続けさせてくれって言ってくれて……」
「僕は、君の身体であると同時に、君に真理を見せた存在だ。
代価として奪われた身体を取り戻すことに君たちは成功した。
残りはエドワードの腕と足だろう。」
アルフォンスは大きく頷く。
「アルフォンス。君は君の信じた道を行くんだ。」
「……うん」
エンヴィーが「アルフォンス」を鎧の腕から取り上げ車いすに乗せた。
「安心して。この身体は君が戻ってくるまで僕が守るから。約束する。」
「アルフォンス」はアルフォンスに笑いかける。
エンヴィーは、3人を鼻で笑うと彼らを残し「アルフォンス」を連れていった。
『兄のため、ホムンクルスの陰謀に巻き込まれようとしている人々のため、その姿でい続けることを選んだ気高き僕の魂よ。
君の「器」であることを誇りに思う。
君の志が成就するよう、僕も協力するよ。』
遠ざかっていくアルフォンスに、魂の器は静かに誓うのだった。

 

「可哀想に、こんなにやせ細って……辛かったでしょうね。もう、大丈夫よ。」
憐憫の情を看護師が伝えてくる。
「お名前は?お年はいくつ?」
「さあ……僕、記憶がないから。」
その淡々とした答えに、看護師は同情をますます深くし、エンヴィーはほくそ笑む。
彼をベッドに寝かせ、看護師がいったん退出すると、エンヴィーが話しかけてきた。
「上手上手。君、演技うまいね。」
「演技じゃないよ。事実だから。
記憶と感情は魂の方にある。
でも、自分の立場は理解しているよ。」
「そうか。なら、話が早い。
君は、誘拐され長期間監禁されていた哀れな子供で、それを鋼の錬金術師が発見保護したことになっているから。
その辺うまく合わしてくれればいいよ。」
「……了解。そのままだね……
僕は、何を聞かれても、分からないで通せばいいわけだ。」
その返答にエンヴィーは口笛を鳴らす。
「さすが、理性派な鎧くんの身体だね。
呑み込みが早くて助かるよ。」
「それで……?僕はいつまでこうしていればいいの?」
「───時期が来るまで。」
ニヤリと笑うエンヴィーに肩をすくめる。
「その時期を知りたいんだけど。」
「人質に、教えるわけないだろ。
君は、そのガリガリな体を太らせることに専念してな。」
エンヴィーが嘲りの声で言う。
「まあ…いいさ。大体の予想はつくから。」
「アルフォンス」は嘆息を漏らすと視線を病室の窓から見える空に移した。
中点の太陽から燦燦と日の光が降り注いでいる。
エンヴィーは「予想がつく」という言葉に、目を細めその真意を問いただしてきた。
「俺たちがやろうとしていることが分かるっていうかい?痩せっぽっちくん。」
「君達……じゃなく、『お父様』が…だろう?君たち人造人間ホムンクルスは彼の駒だ。道具に過ぎないものに、彼が計画の全てを教えるわけがない。」
そう言って、「アルフォンス」は目を細めてエンヴィーを見る。
「……なんだとっ。」
剣呑とした目でこちらを見る人造人間ホムンクルスに「アルフォンス」は薄く笑う。
「時期は教えない…ではなく、いつなのか知らない……だろ?」
「……誘導尋問のつもりなのかなあ。
それ、挑発にもなってないよ。
このエンヴィー様が、『お父様』に信頼されていないわけがないじゃないか。」
ちゃんと知っているよ。とせせら笑う。
「そう。では、次の日蝕の日という事だね。」
にっこりと微笑む彼に、エンヴィーは目を剥いた。
「言ったろう。大体の予想はつくと……」
「お、お前っ……!」
ベッドの上の「アルフォンス」に、エンヴィーはすさまじい形相で迫る。「アルフォンス」の表情には相変わらず笑みが浮かんでいる。
「どこまで知っているっ。あいつらは…あいつらに話したのか⁉」
「───君、あんまり頭いい方じゃないでしょ。」
クスリと笑うと、エンヴィーは怒りのあまり変身を解き、エドワードらがよく知る少年の姿となって恫喝する。
「こんな、歩けもしない骨と皮の分際で、このエンヴィー様をコケにしやがって!
骨の2,3本折ってやろうか!!」
「できるものなら……やってごらんよ。」
涼し気な態度に、エンヴィーがついにキレた。
「そうかい。それじゃあ、お望み通りに……っ⁉」
「アルフォンス」の頼りなげなか細い体に手を伸ばしたエンヴィーは、その瞬間何かの力によって弾き飛ばされた。
身体を床にしたたか打ち付け、人造人間ホムンクルスは呆然とする。
「何だ……?一体何が……」
慌てて跳ね起きた彼を、薄く鋭い刃が襲う。その身に何本も突きささり、皮膚を切り裂いた。
「がっ……!」
ベッドの上に半身起こした「アルフォンス」が目を細めて彼を見ている。病室の窓ガラスが半分消失していた。
「おまっ……錬金術……っ!」
「僕を誰だと思っているのさ。アルフォンス・エルリックの身体だよ。
それに……『お父様』にも言ったはずだ。“宇宙”であり“世界”であり“真理”だと。
だから……こんなこともできる……」
残りの窓ガラスから錬成された刃が、再び人造人間を襲う。
「ノ…ノーモーションでの錬成……だと?」
パリパリと赤い光を放ちながら、刃に傷つけられた身体を再生させて、エンヴィーは声を上ずらせた。
驚愕する人造人間ホムンクルスを、「アルフォンス」は怜悧な光を以って見つめる。
「誰も、僕を傷つけることはできない。」
そう言い放つと、脱力してベッドに倒れ込む。
「……とはいえ、この体力ではこれが限界か……」
淡い光と共にエンヴィーを襲った刃が窓へと姿を戻した。
「……驚かせやがって……」
「人間を、下等生物と侮るな。“嫉妬”のエンヴィー……
心配しなくても、僕は逃げたりしない。
忠告通り、この身体の体力を取り戻すことに専念するよ。
せいぜい監視を怠らない事だ。はっきり言って、鎧の僕より厄介だよ。」
やせ細り、瞳ばかりが目立つ顔でニタリと笑う彼に、エンヴィーは顔色を青くして身震いする。
「あ…ああ。そうさせてもらうさ。
約束の日までに、動けるようになれればいいね。」
負け惜しみを言いながら、軍人の姿に戻って逃げるように去っていくエンヴィーに、「アルフォンス」は小さく笑う。
「誰も、彼らの邪魔はさせない。
……約束の日か……その日までにアルフォンスの足手まといにならない程度には回復してみせるさ……」
穏やかな日差しの差し込む病室で、「アルフォンス」は目を閉じ、やがて静かな寝息を立てるのだった。

 

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