ニッポンの皇子さま その11

 アリエスの離宮に用意された自室に入ったスザクは、さてと…と、声を出すと、上着を脱いでベッドに放り投げ腕まくりをした。
 運び込まれた荷物は、身の回りの物を詰め込んだトランクの他に、先に送った段ボール類もある。
 城の南側にあるその部屋は日当たりも良く、ドアを開けた正面にベランダに続く大きな窓があり、その手前には応接セット、右手には小さなデスクと作り付けの棚がある。
 棚を挟んだ左右に続き部屋へのドアがあり、1つは寝室、もう1つはバスルームになっている。
 リビングルームに戻ると、デスクの反対側には大きな暖炉まである。
「さすがに広いな。」
 生活するのに何の不便も感じないその部屋に感嘆する。
「失礼します。」
 声と共にドアが開き、侍従が2名程入って来た。
「荷解きのお手伝いを仰せつかって参りました。」
「ああ。ありがとう。よろしく頼むよ。」
 他人にかしずかれる事になれているスザクは、何の戸惑いも無く彼らに作業の指示を出す。
 トランクや箱から出される荷物が、次々と部屋のそこここに収まって行く。
「枢木卿。こちらは壁に飾りますか?」
 侍従の1人が持つそれに、スザクは首を振る。
「すまない。それは自分でやるからそのままにしておいてくれないか。」
「申し訳ありません。」
 恐縮してスザクに渡す彼に、気にしなくてもいいと言い
「これは美術品じゃなくて、実用品なんだ。」
と苦笑する。
「それは……大変失礼しました。普段携帯されるのですか?」
 興味深げに尋ねてくるのに笑みが漏れる。
「いや。さすがにそれはしないけれど、できれば枕元に置きたいな。
 収める台はあるが……このベッドでは……」
 ヨーロピアンスタイルのそのベッドは、ボードが頭にも足下にもある。枕元に置くにはヘッドボードが邪魔だ。
「ヘッドボードが外せるか見てみます。」
 ベッドを見た侍従は首を振ると、ボードが一カ所だけの物と取り替えると言って部屋を出て行った。
「手間をかけさせて申し訳ないな。」
「いいえ。この国も騎士のいる国ですから、サムライにとっての刀の意味はよくわかります。」
 ベッドと同じ高さの棚でもないか探しますという彼に、礼とともに微笑む。
 スザクの手には、一振りの刀が握られていた。

 ほどなくして、替わりのベッドが運び込まれる。
 ヘッドボードの代わりにベッドと同じ高さのテーブルが置かれ、スザクの手の中の日本刀は、やっと収まる場所を得た。
「わあ。すごい。」
 楽しそうな少女の声に振り向けば、部屋の入り口にナナリーの姿がある。
「皇女殿下。レディが殿方のお部屋を1人で尋ねるなんて、はしたないですよ。」
 部屋の片付けを手伝いに入っている年配の侍女が窘める。
「でもぉ……」
 お部屋がどうなったのか気になるのですもの。と、不満顔だ。
 そんな彼女に、スザクは笑顔で話しかけた。
「ナナリー殿下。まだ片付いていませんので…整理がついたら真っ先にご招待しますよ。」
「本当!?」
「はい。ですからもうしばらく待っていて下さい。荷物もまだ散らかっていて、足下が危ないですよ。」
 スザクの言葉に慌てて廊下に戻る。
「どう?そっちのベッドで大丈夫だったかしら。」
 声と共に現れたこの宮の主である皇妃に、作業を一旦止めて頭を下げる。
「あら?いいのよ。みんな作業を続けて。」
「皇妃殿下。我が儘を言って申し訳ありませんでした。
 新しくご用意頂いた物はちょうどいいです。」
「そう。それは良かった。」
 ベッドとその上にあるに本当に目を細める。
「それが貴方の守り刀?」
「はい。そうです。」
「見せて頂いても?」
「どうぞ。」
 スザクから受け取ったそれの重量感に目を瞬かせる。
「ずいぶんシンプルな物なのね。」
「そうですね。さやに装飾を施してある物もありますが、たいていの物は華美にする事はないので。」
「これが、日本のワビ・サビ……ということ?」
 マリアンヌの茶目っ気のある笑顔に、スザクの顔もほころぶ。
「そうですね。……僕は、これはこのままが1番美しいと思います。」
「そうね。刀身を見せて下さるかしら。」
 マリアンヌから返されたそれをさやから外して見せる。
 窓から射し込む斜陽にいぶし銀の刃が、うす紅い光を反射させる。
 その怪しい光に、その場の全ての者が息を呑んだ。
「本当に美しいわ……この国の物とは全然違う。形も、厚さも…鍛え方も。こんな細い刀身で人が斬れるの?」
「勿論。刀の形が違えば、剣術も当然違います。
 これには、これに似合った闘い方がありますから。」
「1度手合わせ願いたいわね。」
「よろこんで。こちらでお相手しますよ。」
 そう言って稽古用の木刀を見せれば、マリアンヌはコロコロ笑いだす。
「だったら、お茶会でその剣技を披露して下さらないかしら。
 ねえ。ルルーシュもそう思うでしょ?」
 そう言って彼女が振り向いた先を見れば、いつの間にかルルーシュが立っていた。
「はい。僕も、その剣をどう扱うのか凄く興味があります。」
 目を輝かせて手の中の刀を見つめるルルーシュに、スザクは目を細めた。
「では、そのご期待にお答えしましょう。」
「ありがとうございます。」
 そこで、マリアンヌはうーん。と唸った。
「やっぱりその言葉遣いはしっくり来ないわねえ。
 スザクさんもここで生活するなら、ウチの子も同然なんだから、ウチの子同士で敬語の会話はよろしくないわ。
 よって……」
 今から、敬語での会話は禁止よ!
 腰に手を当て、ビシッと指を指すマリアンヌに、スザクは唖然とし、ナナリーは歓声を上げる。
 ルルーシュは、そんな彼らを見て吹き出すと、スザクの前に進み出た。
「と、言う事で改めてよろしく。スザク……と呼んでもいいですか?」
「勿論。僕も名前で呼ばせてね。ルルーシュ。ナナリー。」
 スザクは、にっこりと笑うと、2人の手を代わる代わる握り、改めてよろしくというのだった。

「良かったですわね。殿下。」
 イルヴァル宮へ戻る車中、カノンの言葉にシュナイゼルは首を傾げる。
「ルルーシュ様が枢木卿を気に入って下さって。」
「当然だよ。」
 シュナイゼルのしたり顔に、今度はカノンが首を傾げた。
「あの子の好みはよく承知しているからね。 あの子が、彼を気に入らないはずが無い。
 問題は、枢木卿がルルーシュを上手く扱えるか……だが、あの様子ならまず心配ないだろう。」
「これで、貴方の思惑通りという事ですの?」
「さあ。関門はこれから次々と出てくるだろうが、第一関門はクリアという事かな。」
「ルルーシュ様に騎士を……でも、何故外国人の彼なのです?」
「外国人だからだよ。この宮中の様々な思惑やしがらみに影響されない。公正な目で我々やルルーシュを見れる人材が欲しかった。」
「本当にそれだけですの?」
 揶揄するようなカノンの笑みに、
「それだけだよ。」
 と、涼しげに答える。
───今のところはね…………
 楽しそうな笑みを浮かべて、車窓を流れる街並を眺めるシュナイゼルだった。

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