ニッポンの皇子さま その10

「あら。でも、花嫁を捜しにいらしたというのは本当でしょ?」
 ユーフェミアが投げかけた問いは、周りの大人…特に当の本人を、目が点になるほど驚かせた。
「はい?」
「これも違うのですか?」
 ユーフェミアは心底困ったという表情を浮かべる。
「宮廷中の噂だそうですのに。」
「ユーフェミア。その話は誰に聞いたのだ?」
 姉姫の質問にユーフェミアはニコニコと答える。
「私の侍女のアメリーですわ。そのアメリーも、ローゼンバーグ家の者から聞いたと言っていました。」
 それに、大人達は顔を見合わせる。
 プッ……!
 最初にその場の空気を変えたのはマリアンヌだった。
 コロコロと笑いながら
「宮廷すずめ達も口さがないことねえ。大丈夫よ。枢木卿。
 初めは煩わしいかもしれないけど、じきに静かになるわ。
 だから、うちの宰相をそんなに睨まないでちょうだい。」
 と、どうしてくれるんだと言わんばかりにシュナイゼルを睨みつけているスザクを宥める。
「失礼しました。」
 皇妃の懇願に、スザクは顔を赤らめて俯く。
「それにしても、昨日の今日でユフィにまで広まるなんて凄いわね。」
 マリアンヌが感心していると、ユーフェミアが否定する。
「あら、マリアンヌ様。私がアメリーに聞いたのは3日前ですわ。
 でなければ、今日こちらに伺うなんて、すぐには出来ません。」
「それもそうね。」
 日本からの留学生を受け入れる事は1月程前から決定していたが、どんな人物かは直前まで伏せられていたはずだ。
「と、いうことは……」
「どこからか漏れたかな…」
 と言いながらどこか楽しそうなシュナゼルに、苦虫を潰したような顔のスザクが釘を刺す。
「情報管理の徹底をお願いします。それから、今流れている噂に対して……」
「分かっているよ。君にはれっきとした婚約者がいるという事を、周知徹底させよう。」
「宜しくお願いし──」
 ます。と言おうとしたスザクを、悲鳴のようなユーフェミアの声が遮った。
「こ…ご婚約していらっしゃるのですか!?」
「え…ええ……」
 肯定するスザクを、蒼白な顔で見つめる。
「おい。ユフィ?」
「ユフィお姉様。コンヤクとはなんですの?」
「もう既に結婚のお約束をした方がいらっしゃるという事ですわ。」
「ええっ。じゃあ、私達枢木様のお嫁さんにはなれないのですか?」
「そうですわ。どうしましょう。これじゃあ賭けになりませんわね。」
「ユフィ。賭って何の事だい?」
 お茶会そっちのけでわいわい盛り上がる妹達の会話に水を差したのは、この中では1番上の兄だった。
 シュナイゼルのにこやかだが、少しも笑っていない涼やかな目に、ユーフェミアはブルリと身震いした。それでも容赦なく同じ質問を繰り返す兄に、顔を赤らめ俯き加減で言葉を紡ぐ。
「私達、カリーヌと賭をしたのです。日本から来る皇子様が3人のうち誰を花嫁に選ぶか……」
「ユフィ?」
 妹姫の告白に、今度はコーネリアが声をかける。
「勿論、誰も選ばれなかったら引き分けで、もしも、誰かが将来花嫁に選ばれたら、敗者はそれぞれの宮のパテシエのケーキを花嫁のために毎日届けるのです。」
 そのなんとも可愛らしい内容に、賭の対象にされているスザクが思わず吹き出した。しかし、他の皇族は渋面である。
 特に、ユーフェミアの実姉であるコーネリアは声を大にして叱りつけている。
「ユーフェミア!仮にも神聖ブリタニア帝国の皇位継承者ともあろう者が、なんというはしたない真似を!」
「すっすみません。お姉様。」
「他国からのお客様を、自分たちの娯楽に巻き込むなんて…それじゃあ、そこらの恥知らずな貴族と変わらない事よ。ナナリー…帝国皇女として恥ずべき事です。」
「はい。お母様。」
「カリーヌにも私の方から注意するべきだろうね。」
「兄上。それは私からした方がよろしいでしょう。ネ家の皇妃は母と懇意にしていますし……」
「そうしてくれると助かるよ。私からだと何かと角が立ちそうだ。
 枢木卿。妹達がとんだ失礼な真似を…申し訳ない。」
「いいえ。でも、これで姫君達の大歓迎の理由が分かりました。
 賭の内容も可愛いものですし、大して気にしていませんからどうかそのくらいで許してあげて下さい。」
「枢木様。本当に申し訳ありません。風聞を真に受けた挙げ句、このような恥知らずな真似をしてしまいました。」
「いいえ。女の子は誰でも『花嫁』に憧れるのだと知って微笑ましく思いこそすれ、気分など害していませんからお気になさらないで下さい。ユーフェミア皇女殿下。」
 スザクの言葉に、ユーフェミアもほっと息を漏らす。
「でも、皇宮でさえこれだと世間は相当な騒ぎになっているかもしれないわねぇ。」
 マリアンヌが、ほぉとため息をつく。
「事態が落ち着くまで、枢木卿にはアリエスでルルーシュやナナリーとの親睦に勤しんでもらった方がいいかもしれないね。」
「シュナイゼル兄上。それでは公務はしばらく僕ひとりで?」
 今まで沈黙を保っていたルルーシュが、不安げな表情で尋ねる。
「いや。枢木卿と君が常に行動を共にする事が必須だ。でなければ、日本と我が国の友好を内外に示すという目的が達せないからね。」
 だから──
「まずは、ルルーシュ主催で枢木スザク卿歓迎のお茶会でも開いたらどうかしら。」
 シュナイゼルの言葉を引き継ぐようなマリアンヌの提案に、ルルーシュは目を瞬かせる。
「お茶会を、僕がですか?」
「そうよ。パーティーや晩餐会は皇帝陛下や宰相閣下がなさるでしょうから、我がアリエスはルルーシュがお茶会を開いたらいいと思うのよ。」
 母妃の言葉に考え込み始めたルルーシュを、周りの大人達が伺う。
「ルルーシュ?」
「母さん。そうすると、どんな人を招待したら……」
 ルルーシュの疑問にはシュナイゼルが答えた。
「それは、君が枢木卿をどのように招待客に会わせるかで変わって来るのではないかな。」
「え?」
「異国からやってきた客人として紹介するのか、君の新しい友人として紹介するのか……君は彼とどのような関係を築きたいのかな。」
「ぼ…僕は……」
 ルルーシュはシュナイゼルとスザクの顔を交互に見比べ、僅かに俯いたがすぐに顔をあげると真直ぐにスザクの顔を見る。
「枢木卿がご迷惑でなければ…僕は、卿と友人になりたいと思います。」
 はっきりとそういうルルーシュに、スザクは笑みを浮かべる。
「ありがとう。僕も、君と友人になりたいよ。」
 そういって握手を求める。
 一回り小さなルルーシュの手を握って「これから宜しくね。」と言えば、満面の笑みを返され、周囲の大人達も安堵の笑みを浮かべるのだった。

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