轟く爆音、立ちこめる白煙、硝煙と血の臭い………
照明のない薄暗い階段を匍匐前進で進みながら、ルルーシュ・ランペルージは唇を噛んだ。
一体何が起きているのか……自分が置かれているこの状況に混乱しながらも、こんな事は初めてではないと、冷静に行動している自分に困惑していた。
記憶をたどっても争いに巻き込まれた事などないはずなのだが、どこかに同じ経験をしたという思いがある。
違和感に戸惑いながら、はぐれてしまった大切な弟を早く見つけ出し保護しなければならないという焦りを抱え、埃まみれになりながら上へ上へと上っていた。
旧日本国、現ブリタニア領エリア11。
トウキョウ租界にある、ブリタニア支配の象徴ともいえる複合施設超高層ビル、バベルタワー。
いま、ここでテロリスト集団黒の騎士団とブリタニア軍が激しい戦闘を繰り広げている。
軍施設でもない民間人ばかりのこの施設を、1年前このエリア最大の反抗勢力であった黒の騎士団の残党が何故襲ったのか。そして、まるでそれを予期していたかのような軍の反撃。
しかし、味方であるはずの軍は逃げ惑う人々を保護する様子も無く、むしろ邪魔だと言わんばかりの攻撃をしてくる。
国是とは言え、戦闘に巻き込まれた自分たちが悪いのか。
ルルーシュを味方の攻撃から救ったのは、敵である黒の騎士団のナイトメアだった。
納得のいかない事ばかりに、苛立ちが強くなっていく。
「くそっ!」
ルルーシュは日常的に苛立ちを抱えていた。何が原因なのか……本人でさえ分からない。
本国にいる両親は仕事が忙しく、兄弟をこんな矯正エリアの寄宿学校へ入学させたが、2人に対して愛情がない訳ではない事は了解している。
事実、金銭面では何の不自由も無く、本来ならそれぞれの学年に応じた学生寮に入らなければならない所を、学園長に掛け合って兄弟が一緒に生活できる環境を用意してくれた。
学校の授業は、ルルーシュの学力からすればいささかレベルが劣るが、友人は多く、人間関係も円滑で楽しく過ごせている。
そう。何も苛立ちを覚えるような直接的な原因はないのだ。
だが…いつも、何か違う……何かが欠けてしまっているような満たされない想いを抱えているのだ。
その苛立ちをごまかすために始めた賭場への出入り。心配する弟の何のためにという問いに、自分よりも強いと言っている相手を打ち負かす快感を得るためだと答え、同時に自分もごまかしてきた。
だが………
こんな事なら、弟をすぐに返せば良かった……いや、ロロの忠告を聞き入れ大人しく学園に戻れば良かったのだ。
バベルタワーのカジノに、『黒のキング』が現れる。
出入りしている賭チェスで小耳に挟んだ情報に踊らされて、のこのこと来るべきではなかった。
「すまない。ロロ。俺のせいで……!必ず助けるから……。」
自分にも、たった一人の弟を助けるくらいの力はあるはずだ。
ルルーシュは、歯を食いしばり攻撃音の止まない上階へと這い上がっていく。また、爆音が轟いた。
「ルルーシュ。迎えに来た。私は味方だ。お前の敵はブリタニア……契約したろう。私達は共犯者だ。私だけが知っている……本当のお前を……」
「本当の…俺……?」
崩れた壁の隙間から射し込む淡い光の中、ナイトメアから現れた長い髪の少女が誘うように手を差し伸べる。
頭上から降り注ぐ光の中、純白のパイロットスーツに身を包んだ彼女の姿はまるで宗教画の女神ようだ。
彼女の言葉は福音……本当の自分…それを彼女は知っていると言う。
いつも抱えている理由の分からない満たされない思い。
どこか違うという苛立ちの原因を、目の前の少女が解明してくれるのかもしれない。
得体の知れない人物であるにも関わらず、ルルーシュは彼女に向って足を進めた。
その刹那、乾いた音が響き渡り少女の体がぐらりと傾いた。
崩れ落ちる体を受け止める。左胸を撃ち抜かれ絶命していた。
奥に気配を感じ、そちらへ目を向けると、ナイトメア1個小隊が自分を狙っている。
何故っ!
体を強ばらせるルルーシュの脇を兵士が走り抜け、その場に倒れ伏しているイレヴンに火を掛けた。断末魔の悲鳴が耳を切り裂いた。
「やめろっ。まだ生きているっ!」
声を無視して銃声が鳴った。
事態が飲み込めぬ彼を嘲笑いながら、隊長とおぼしき人物が「飼育日誌」だという手帳の中身を読み上げた。
「………今日の…俺だ………」
「お前は、その魔女C.C.をおびき出すためのエサだったのだよ。」
「待ってくれ。一体何の事だ。」
ルルーシュの必死の問いかけに、隊長は面倒くさそうに首を傾ける。
「さあ、処分の時間だ。これで目撃者はいなくなる。」
一斉に向けられる銃口。本人におかまいなく進められるあまりにも事務的で無慈悲な現実に、ルルーシュは絶望した。
このバベルタワーに来る道すがら読んでいた「神曲」の一節が頭をよぎる。
───絶望を知るものだけがこの門をくぐる事を許される───
絶望とともに湧き上がった感情は怒りだった。
ふざけるなっ!
力───力さえあればっ。ここから抜け出せる力。何者にも負けない力があればっ───!
腕の中に抱えている少女が身を起こした。
確かに息をしていなかった。そのはずが、まるで眠りから目覚めたかのように………
唖然とするルルーシュの唇に少女のそれが重ねられる。
その瞬間、脳裏に浮かび上がる様々な映像。そして、頭に直接語りかけてくる声……この少女のものだとすぐ分かった。
───力が欲しいのか?力なら、お前は既に持っている。忘却の檻に捕らえられているだけだ。
今こそ、「王の力」を解き放てっ!───
次々と浮かんでは消える、それはまさしくルルーシュの“記憶”だ。
ああ……思い出した。俺は………俺がっ………!
「ゼロだっ。」
煉獄の如き炎の中、ルルーシュは遠い目で過去を振り返る。
あの日から俺の心の中は納得がなかった。そう……噛み合ない日常…ずれた時間……別の記憶を植え付けられた家畜の人生………
「間違っていたのは俺じゃない。世界の方だ!」
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの名のもと下された命に従い、同士討ちで果てた軍人達の死骸を前に薄笑いを浮かべてルルーシュは呟く。
「世界は変わる……変えられる。」
天井が破壊され、頭上より真紅と鉛色のナイトメアが飛び降り、ルルーシュの前に跪く。
「ゼロ様。お待ち申し上げておりました。
どうか、我々にご命令を………」
彼らの願いを当然のように受け、目覚めた魔王は不敵に笑う。
「いいだろう。───なぜなら、私こそがゼロ。世界を壊し、創造する男だっ!」
燃え上がる炎を背に、ルルーシュの瞳が紅く妖しく光る。
イレヴンの救世主が、再び降臨した。
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