「全軍配置完了です。」
「よし。戦闘態勢を維持しつつ、待機だ。」
「イエス マイ ロード!」
きびきびとした声が艦橋を行き交う。
指揮官は、艦内で最も高位な人物のための席に座る少女に向き直った。
「ユーフェミア様。すべての配置が完了しました。
私も、ヴィンセントで出撃します。」
「はい。ありがとうございます。
ギルフォード卿。
本当は、お姉さまの元へ駆け付けたいでしょうに……」
申し訳なさそうにする少女に、歴戦の騎士は首を振る。
「いいえ。再び、リ家の旗印のもと戦う機会を頂戴できたのです。
感謝申し上げるのは、私の方です。
ユーフェミア様こそ、幽閉の身でありながら、よくぞ出陣をご決意くださいました。」
「私のために世界中を放浪し、元凶を突き止めて下さったのです。
お姉さまの身が危ういときに、何もせず城の中でじっとしていられませんわ。」
はきはきとしたよく通る声で語るユーフェミアに、第二皇女筆頭騎士ギルバート・G・Pギルフォードは、今は離れた場所で囚われの身となっている主君を感じていた。
1年前と変わらぬ可憐な容姿のユーフェミアであるが、その両眼には、姉であるコーネリアと変わらぬ苛烈なまでの強い輝きがある。
「お父様とその兄の計画は、断固として阻止しなくてはいけません。
世界中の人々の意識を1つにしてしまうだなんて……
それで、いったい何が生まれるというのです。」
待っているのは、進歩も進化もない「停滞」だ。
しかも、ただ滞るだけではない。
歩みがないのだから、「ただ一人」となった人間を支配するものは、過去だけになる。
人は、何億、何十億ものの「思い出」の海を永久にに漂うのだ、
それが本当に「平和で優しい世界」であろうか。
父親たちの計画を知らされたとき、ユーフェミアは身震いした。
そして、それが全人類の「救済」になると本気で考えていることに、めまいを覚えたのだ。
「お父様は、どうしてそんな事を……」
信じられないと首を振る彼女に、アーシェス宮を訪れたスザクとC.C.は渋い顔をする。
「きっと、お二人がこのことを計画したのは、子供のころ……
陛下の兄にあたるV.V.は、コードという特殊な力を得るために、自ら成長を止めている。」
「成長を、止める…?」
「平たく言ってしまえば、命を失ったのさ。ギアスを授けたものによって殺されたか、自死、もしくは、シャルルに剣で心臓を貫けと指示したか……」
あっけらかんと説明するC.C.に、スザクは鋭い一瞥をくれると、傍らで肩を震わせているユーフェミアを慰める。
「『死』は、コードを受け継ぐのに必要なプロセスだ。」
私も、ギアスを授けたシスターに、剣で心臓を一突きされたからな。
「君の過去はいいんだ。」
頼みもしない解説を入れる彼女に、スザクが突っ込む。
魔女がムッとして口をつぐんだのを見計らって、ユーフェミアに真剣に語るのだった。
「つまり、ユフィ。僕が言いたいことは、V.V.は成長を止めたことで、過去に囚われてしまっているという事なんだよ。」
子供のころに交わした契約が、老年に差し掛かったシャルルとの間で現在も生きているのは、V.V.がシャルルに対して「精神的成熟」を許さなかったからだ。
その最たるものは、マリアンヌの排除である。
彼女も「死者」とすることで、弟の意識を過去に縛り付けたのだ。
次々と齎される事実に、声もなくスザクの顔を見つめるユーフェミアに、シャルルたちの事情を知る魔女が補足する。
「彼らがギアスやコードを得たころ、ブリタニア皇族は権力闘争が絶えなかった。
幼い兄弟が生き抜くために必要な「力」だったのかもしれん。
しかし、彼らは気が付いてしまったのだ。
この力を使えば、世界に蔓延する「嘘」をなくすことができると。
───人の意識が一つになれば、うそや誤解もなくなり、理解しあえると信じてしまった。」
「子供のころ……」
ユーフェミアは、アリエス宮襲撃事件を思い出し、眉根を寄せる。
あのニュースを聞いた時、とても恐ろしいと感じた。
使用人たちの噂話を漏れ聞くたび、同じことが自分の身にも降りかかるのではないかと脅え、コーネリアにすがりついたものだ。
父たちは、噂などではなく、本物の襲撃に毎日おびえて暮らし、嘘と騙し合いの中で生きてきたのだろう。
嘘がない世界が平和で安全だと信じ、願うのは当然なことだと思える。
だが───
父の半生に思いを巡らせていたユーフェミアは、その顔を上げ、まっすぐにスザクとC.C.を見る。
「お父様たちには、深く同情しますわ。
でも、自分たちの願いに他人を巻き込むのは、間違っています。
私たちブリタニア皇族だけでなく、世界中の人々も巻き添えにするなんて、傲慢が過ぎますもの。」
きっぱりと言い切る彼女に、魔女はクスリと笑う。
ルルーシュのようなこと言う。
やはり兄妹だな。
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