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真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 12-1

 

「とっ止まれっ!」
銃やライフルを手に停止を叫ぶ兵士にかまわず、アクセルを踏み込む。
「止まってなんて、いられないんですよっ。」
右に左に大きく蛇行しながら、軍用車を操るヒュリーは、口の端を吊り上げながら声を漏らした。
普段なら温和が服を着たような彼だが、南方で死線を潜り抜けたことで、見た目にそぐわない豪胆さを発揮している。
フライパンの中の豆のように、左右に振り回され、シートにしがみつきながらも、マスタングは仲間の頼もしさに目を細めるのだった。

そんな最中、大きな破裂音が轟く。
「わわわっ!!」
制御を失いクルクルと回転するハンドルに驚くヒュリーの脇から、ブレダの腕と足が伸びる。
キキキッーと大音響を上げながら車が回転した。
「タイヤを撃ち抜かれたかっ。」
後部座席の軍人2名は、彼らの間にいる婦人と少年を庇うようにしながら、身を縮めた。

左側の後輪が破裂した車は、コマのように回りながらも、周囲に被害を与えることなく急停車した。
「奴らが出てくるぞっ。」
指揮官が叫ぶと同時に、正面から爆炎が襲い掛かってくる。
悲鳴を上げながら、兵士らは炎から身を護った。
視線の先には、発火布の手袋の先から火花を散らせる「焔の錬金術師」とその配下の姿があった。
彼らは、人質とした大総統夫人と少年を取り囲むようにして、周囲を威嚇している。
「鷹の目」の異名を持つ女性の鋭い眼光に、指揮官は背筋を震わせた。
その女の口元が笑みを作り、銃口を己に向ける。
恐怖に身が縮むを自覚した直後、眼前の「敵」は脱兎の如くその場を掛け去っていく。
思わず安堵が漏れた。
「たっ隊長。奴らが!」
部下の声にはっと我に返ると、彼奴等の姿は豆粒のように小さくなっていた。
「くっそっ!
追えっ逃がすな!!」
部隊を指揮するセディは、己の不甲斐なさに歯噛みする。
わずか4名…取るに足らない人数が与えた大きな威圧と恐怖……
「一体何なんだ。あの連中……っ。」
そう容易くは捕らえられない……そんな予感を抱えながら、マスタングの後を追うのだった。

マスタングらは、ヒュリーの先導で、中央セントラル西区にある工場街へと逃げこんだ。
ここには、軍事産業に関わる大小さまざまな工場がある。
が、中には稼働していない、廃工場も多数存在していた。
彼らが向かっているのは、そういった工場の1つだ。
「早くっ、こっちです。」
迷路のように入り組んだ工場の外階段を、ホークアイとルースに支えられながら、大総統夫人は、若い頃にもこんなに必死に走ったことはないと、もたつく足で駆け上がる。
ただ無我夢中だった。
なぜ自分が銃を持った兵士に追われなくてはならないのか、そんな理不尽に怒りを感じる暇すらない。
「おばさん。慌てなくてもいいから。
心配しないで、銃弾が当たる事なんてないからね。」
傍らの少年が、笑顔で励ましてくる。
その笑みに、頷き返す彼女の斜め後方で、流れ弾が何かに弾き飛ばされたのだが、夫人が気づくことはなかった。
工場の1室に駆け込み、一行は走るのを止めた。
どうやら、ここが目的地らしい。
がっくりと床にへたり込んだ時だった。
壊れかけた窓ガラスを破って、数人の軍人が飛び込んできた。
彼らは、彼女とマスタングらを取り囲むように素早く動くと、情け容赦なく銃口を向けてくる。
正面からも、指揮官と共に兵士がなだれ込んできた。
完全に包囲され、「焔の錬金術師」は観念したかのように両手を上げる。
「この狭い室内なら、爆炎は出せないでしょう。」
「…撃つかね。」
マスタングが、静かに尋ねる。
夫人は、これで助かると期待しながら、指揮官の次の言葉を待った。
が、彼の人物から発せられた言葉に、奈落に突き落とされることになる。
「マスタング大佐と、少年以外は撃って良し!」
耳を疑う命令に目を剥く。
兵士らは、戸惑うことなく引き金を引いた。
響き渡るいくつもの銃声に、思わず目を瞑る。
が、何の痛みもない。
再び開いた眼に映ったものは、先ほど自分に銃を向けた兵士が腕や足から血を流し、痛みにのたうち回る様であった。
一瞬にして、部下が戦闘不能となった指揮官が、気配を察して天井を振り仰ぐ。
彼が見たものは、天井付近でむき出しになっている鉄骨の上から、自分達を狙ういくつもの銃口だった。
気を取られていた彼の後頭部に、ゴリッと冷たく固いものが押し当てられる。
「大佐と少年以外てぇと、夫人も撃っていいってことか?」
彼の頭に銃を押し付けている男が尋ねかける。
「聞きたかった言葉ではあるが、聞きたくなかったな。」
マスタングが、低くそう語るのを、夫人は呆然として聞いた。
「私は……もしくは、主人は…国に捨てられたのですか?
それとも、主人が私を捨てたのですか?」
すがるような眼でマスタングに問いかける。
「そっそんなことあるもんかっ!」
マスタングが口を開くよりも先に、夫人の傍らにいる、ルースが叫んだ。
「おじさんが、おばさんの事を見捨てるなんてっ。
そんな事、絶対にないよっ!!」
「ルース君……」
必死の形相で訴えるその少年を、夫人は表情の抜け落ちた顔で見る。
そんな彼女に、ルースは眉根を寄せた。
その哀れな姿に、かける言葉がみつからない。
「わかりません。」
座り込んだまま微動だにせぬ夫人にそう答え、マスタングは膝をついて彼女と視線を合わせる。
「わかりませんが、あなたの命は我々が必ずお守りします。
すべて事が終わった時に、我々が間違っていなかったことを証明していただくために。」
そう言い残して、彼は、新たに加わった仲間と部下と共に、その場を立ち去っていく。
「ルース君。夫人のこと、頼めるかしら。」
マスタングを目で追いながら、ホークアイが尋ねる。
ルースは大きく頷いた。
「お願いね。」
そう言って笑いかけると、彼女もまたその場を去るのだった。
あとには、痛みに転げまわる無様な軍人と、打ちひしがれた大総統夫人が残された。
「おばさん。大丈夫?」
心配げにのぞき込んでくる黄金色の瞳に映る己の姿に、夫人は眉をひそめた。
(なんて酷い顔……っ。)
大総統夫人ともあろうものが、子供に心配をかけるなんて。
彼女は、両手で軽く頬を叩くと、驚いて目を瞬かせるルースに微笑んでみせた。
「ええ……心配かけてごめんなさいね。」
そういって、隣に跪いている少年の手に自分のものを重ねた。
「さっきは、ありがとう……あの人が私を見捨てるはずがないって言ってくれて……」
その言葉に、ルースは首を振る。
「ううん。だって、本当にそう思うから……・」
人造人間ホムンクルスである事を誇っている大総統だ。
お父様の計画のために妻の命が必要であるならば、喜んで差し出すだろう……だが、あの男なら、自らの手で彼女を殺すはずだ。
こんな風に見捨てたりしない。
ルースは、そう確信していた。
彼女が思っていることとは、少しずれた解釈であるのだが…
しかしその言葉が、今は、夫人にとっては大きな支えとなっていた。
「私たちが生き延びるためには、大佐と行動を共にするしかないのよね。
あの人とセリムが無事か、確認しなくては……!」
強い意志を感じるその言葉に、ルースは大きく頷き、立ち上がる。
「行こう、おばさん。」
差し出される手を握り、大総統夫人はゆっくり立ち上がると、横たわる軍人たちに一瞥くれ、その場を後にするのだった。

a captive of prince 154

 

<共闘 chap.5>

「では、私も行くとするか。」

ひとしきり語ると、C.C.も出撃の準備のため出ていった。

ルルーシュは、無線のマイクを握る。

「白兵部隊、出撃。
C.C.と合流し、目標を制圧しろ。」

『おう。任せておけ!』

スピーカーを震わせる陽気な声に、ルルーシュはこめかみをピクリと動かす。

「玉城。くれぐれも発砲はするなよ。
銃器類はあくまでも脅した。」

『分かってるって。隠密作戦なんだろ。』

この玉城さまが、きっちり収容・保護するから、安心しな。

と、かんらからと笑う声に、肩をすくめる。

もともと、ゼロのことを「親友」と呼ぶ馴れ馴れしい男であったが、仮面の下の素顔を知ってからは、自分の方が年長者なのだからと、兄貴風まで吹かすようになっている。

『坊や、心配するな。こいつの扱いには慣れている。』

「ああ。よろしく頼む。」

『ほら、ぐずぐずせずに行くぞ。ソージ大臣』

『なんだとっ。俺様の役職は、そんな軽い名前じゃねぇ!』

無線から漏れてくるじゃれあいを遮り、ロロの凛とした声が響く。

『僕とジェレミアも出ます。』

「ああ。気をつけてな。」

『うん。兄さん。』

きびきびとした弟の声に、口の端を上げると、ルルーシュは、上空に待機している斑鳩に通信をつなげた。

[先行隊の報告を待って、作戦を決行する。」

『承知!』

無線を切ると、ルルーシュは椅子に深く座りなおし、両手を組む。

「頼んだぞ。C.C.、ロロ。」

「───またか……」

目の前に横たわる小さな骸に、熟年の研究者は眉根を寄せる。

傍らに立つ若い女性研究員の表情も暗い。

「ギアス発動時に、心肺機能の停止が……それに耐えられなかったようです。」

「また、それか……」

ギアス嚮団研究部門責任者、アレクサンド・ルロワは深くため息を漏らした。

ギアス能力者を、人工的に作り上げることには成功した。

だが、こういった人工的能力者は、ギアス発同時に循環器もしくは神経系統に異常を起こす者が、高い確率で発生する。

そして、嚮主V.V.が望む「達成者」にまで成長できたものは、未だにいない。

ほとんどが幼いまま、実験中に死亡してしまう。

10年以上成長できたのは、ロロぐらいだ。

この研究は、果たして人類の役に立つのであろうか……皇帝の思し召しとはいえ、自分が行っていることの正当性を疑う日々が、ここ何年も続いている。

「私たちは、いくつの幼い命を犠牲にしてきたのかな……」

やりようもない虚しさが、室内を支配していた。

「そんな研究、やめてしまえ。」

後ろからかけられた声に、その場にいた研究者全員が、うつむけていた顔を上げ、反射的に声の方に顔を向けた。

刹那にもれる小さな悲鳴。

研究室の入り口から、こちらに向けられた無数の銃口。

その中央には、黒い装束に身を固めた緑の髪の少女が立ち、すべてを見すかすような光を放つ金の瞳で見つめている。

ルロワは、震える唇でその人物の名を呼んだ。

「C.C.様。……嚮主さま……」

「そんな名で私を呼んでくれるな。アレク……久しいな。」

微笑む少女の隣に立つ男が1歩進み出ると、声を張り上げた。

「黒の騎士団だ。お前らを保護にきた!
もう、やりたくもない研究なんか、しなくてもいいぜ。
お前らは、俺と黒の騎士団が守ってやる!!」

「おやおや。ずいぶんと強気なものだ。」

クスリと笑うと、C.C.は真剣な表情でルロワに問う。

「どうする。私たちと共に来るか?
それとも、ここで実りのない研究を続けて、朽ち果てるか。」

その言葉に、ルロワの顔がくしゃりとなる。

「お助け下さい。
もう、私たちは疲れてしまいました……」

C.C.は静かに頷く。

「ここに、実験体はいるのか?」

「いいえ。この子だけです…ほかの子供たちは中層階に……」

「そうか……」

そうつぶやくと、C.C.は寝台に横たわる幼児に歩み寄ると、その冷たい頬に手を滑らせる。

「すまない。苦しい思いをさせた……」

そういって、そっと抱き上げる。

子供の表情は、母の腕に抱かれた赤子のように穏やかであった。

 

「やあ、みんな。元気にしてましたか?」

「ロロお兄ちゃん!」

突如侵入してきたナイトメアから姿を現す既知の存在に、子供たちは安堵の表情を浮かべる。

その刹那、彼らの時間が止められた。

「ジェレミアっ!」

胸の苦痛に顔をゆがめ、ロロが叫ぶ。

「うむ!」

ジェレミアが右腕を高く差し上げる。

その背後から現れたナイトメア数機が子供たちを掬い上げ、用意したコンテナ内に下ろした。

全て収容し終えると、すかさず扉を閉める。

「あれっ?」

「ロロお兄ちゃん!?」

見知らぬ空間にいることに戸惑う子供たちの耳に、楽し気な音楽が飛び込んできた。

「ようこそ。良い子の皆さん。」

軽やかな女性の声に、その方向を見れば、黒い髪に見慣れない装束の少女が微笑んでいる。

その表情は、色の濃いバイザーによって伺い知ることができない。

「誰っ!?」

子供の数人が、片目を赤く染めた。

「警戒しなくても大丈夫ですよ。
なにも、怖いことはありません。
私と一緒に遊びましょう。
それとも、おやつの方がいいかしら。」

そういって、少女が動くと、そこには様々な菓子の置かれたテーブルと、その奥に、ありとあらゆる遊具がある。

警戒をあらわにしていた子供たちの表情が、見る間にほぐれ、我先にと菓子や遊具に手を伸ばしだした。

「慌てなくても大丈夫ですよ。
お菓子も玩具もたくさんありますからね。」

子供たちと神楽耶を乗せたコンテナを、2台の月下が揺らさぬように持ち上げる。

「そのまま、静かに運んでください。」

『ああ。任せておけ。』

移動していくナイトメアを見送り、ジェレミアがロロに話しかけた。

「お前は、ルルーシュ様の援護に行け。
私は、ここでコーネリア殿下を捜索する。」

「うん。わかった。」

ロロがヴィンセントを動かそうとしたその時、物陰から数人の男たちが飛び出してくる。

「ジェレミア卿!」

男たちの先頭に立つ、片眼鏡の大柄な男が声を上げた。

「バトレー!貴様、まだこんなところにいたのか。」

それは、ジェレミアの調整をするためにペンドラゴンから送られた、バトレー将軍とその配下であった。

ジェレミアの問いかけに、バトレーは当然だと頷く。

「コーネリア殿下をお救いせずに、おめおめと逃げ出せるわけがなかろう。」

「殿下が、囚われているところを知っているのか。」

「およその見当はついている。
無為に過ごしていたわけではない。」

語気を強めて言う男に、ジェレミアは口の端を上げる。

「よし。案内してもらおうか。
我らで、姫様をお救いするのだ。」

男らと駆け出していくジェレミアを見送り、ロロもまた新たな戦場へと赴くのだった。

 

「ゼロっ。科学者全員収容したぜ!」

「よくやった。」

玉城の報告に、ルルーシュは口の端を吊り上げる。

ロロからも、子供たちの保護が完了したと報告が来ている。

「条件はオールクリアだ。
作戦を決行する!総員配置に着けっ!!」

通信の向こう側から、雄たけびが轟く。

「さあ、V.V.。貴様を引きずり出してやる。」

ルルーシュは、相手をよびだすモニターを見つめ、不敵に笑うのだった。

a captive of prince 153

<共闘 chap.4>

会議室は、再び騒然となった。

それもそうだろう、自分たちのリーダーが敵国の皇子だったのだ。

声を上げる者はまだいい方で、中には顔面蒼白となり、声にならない悲鳴を漏らす者さえいる。

ルルーシュは、自分が与えた衝撃の強さに、一瞬目を見開くと、次には、テーブルの上に置いた両手を固く組み、目を伏せた。

バァーッン!

室内に乾いた音が響き渡る。

「静まりなさいっ!!」

次いで、少女の甲高い声が空気を振るわせた。

恐慌状態に陥っていた男たちの視線が、一点に集中する。

その先にあるのは、仁王立ちで、両の手をテーブルに叩きつけている少女の姿であった。

黒の騎士団最大のスポンサー、皇コンッェルン総裁にして、自称ゼロの妻が再び吠える。

「なんなのです、あなた方は!
ゼロが、日本人でないことは周知の事実。
それが、ブリタニアの皇子であったからといって、このように取り乱してっ。
それでも、日本男児ですかっ!!」

あっけにとられる団員たち。

その中から、プッと声が漏れた。

からからと沈黙を破ったその笑い声も、女性から発せられたものである。

「ほんと、情けないわねえ。
ブリタニアを倒すって言っていながら、ブリタニアの皇子を目の前にして、そんなにうろたえて。」

赤い髪の少女が、からかうように言えば、藤堂の隣に座る女性も呆れた顔で頷く。

渋面の藤堂を挟んで座る朝比奈が、苦笑した。

「まったく、その通りだ──
ブリタニアの皇子が、植民エリアで挙兵するとはな……」

「正確には、“元”皇子だ。
廃嫡されているからな。」

ルルーシュの静かな声に、誰もが息をのむ。

仮面の変声器越しではない、ゼロの生の声。

ただ淡々と事実を伝える、感情のこもらない響きに、目の前の男が抱える闇の重さを感じる。

「藤堂。この方のお顔、見覚えがあるでしょう。」

神楽耶に振られ、藤堂は、改めて自分たちのリーダーの顔を直視する。

見る間に、その表情が驚愕へと変わっていった。

「藤堂?」

再び尋ねかけられ、ひきつった顔で神楽耶を見る。

「神楽耶様…この方は。
ルルーシュ殿下でいらっしゃいますか。」

その問いに、少女は大きく頷く。

藤堂は再びルルーシュに視線を戻すと、すべて納得いったという表情を浮かべた。

「ご無事だったのですね…アッシュフォード家からは、到着前に戦闘に巻き込まれ、お二人とも亡くなられたと……」

その問いかけに、ルルーシュは一瞬驚いたように目を大きくすると、小さく笑う。

「ルーベンめ……抜かりのない奴だ。」

他の者を置き去りにして進められる会話に、一同が唖然とする中、朝比奈だけは、藤堂と同じ顔をしていた。

「そうか。あんた、ブリタニアから留学してきていた皇子か。
枢木の坊ちゃんと一緒に、道場に来ていたな。」

彼の言葉に、千葉もハッとしてルルーシュを見る。

「──そういえば…開戦の前年に、ブリタニアの皇子と皇女が留学生として枢木首相に預けられたと……」

記憶をたどるように扇がつぶやく。

「そうです。この方のお名前はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
留学という名目で、ブリタニアから人質として枢木首相に預けられました。
ブリタニアは、この方と妹姫様を救出することなく、戦争を仕掛けたのです。」

「──つまり、国に見捨てられた……」

扇が目を見開いてつぶやく。

「ちょっと待ってくれ。
当時君は何歳だったんだ。」

どう見ても10代にしか見えない、仮面の下の素顔に、扇は思わず尋ねかけていた。

「日本に来た時、俺は10歳になったばかりだった。」

重く響くその声に、室内の誰もが目をむき、息を飲んだ。

10歳の子供を人質として差し出し、彼らがいるにもかかわらず、戦いの火ぶたを切ったという非情さにおぞけ立つ。

「ここまでお話すれば、この方がどうして黒の騎士団を興したか、お判りでしょう。」

「復讐か。」

朝比奈の言葉に、ルルーシュは軽く目を伏せる。

「──それもある……だが、俺が望んでいることは、そんなことではない。
……たぶん、君たちと同じだ……」

ルルーシュの言葉に、黒の騎士団は互いの顔を見合わせる。

「俺はただ…妹が笑って穏やかに過ごせる世界を作りたい。
俺の望みは、ただ、それだけだ……」

a captive of prince 152

<共闘 chap.3>

「ブリタニア皇帝は、ある妄想に憑りつかれている。」

唖然としている団員たちにかまわず、ルルーシュは言葉を続けた。

「それは───不老不死。」

議場に集まった黒の騎士団の反応は無かった。

いや、正確には反応できなかったのだ。

それもそうだろう。

真剣な議論をしている最中、「不老不死」などというオカルト用語が出てきたのだ。

「ゼロ……それは一体……」:

扇要が、やっとのことで声を上げた。

「老いた権力者が陥る妄想だ。
何百人といる継承者に皇位を奪われることを恐れ、いつまでも権力の座に留まれるよう、不死となることを望んでいる。」

「はぁっ!? なんだよそれ。
ブリタニア皇帝は、もうろくして頭がおかしくなってるって事か?」

小馬鹿にしたように言い放つ玉城に、ゼロは大きく頷く。

「その通りだ。」

静まり返っていた室内が再びざわつきだした。

「───さっき、遺跡がどうのと言ってたよね。」

朝比奈が、目を細めて問いかける。

ゼロが何故、このような話を持ち出したのか、その真意を確かめるかのように。

「ああ、そうだ。」

そう答えて、ゼロはモニターに数枚の写真を映し出す。

岩山にぽっかりと開いた洞穴。

上部から差し込む日光によって薄明るい内部にそびえ立つ、扉のような岩盤。

その中央には、何かの紋章のような幾何学模様が描かれ、人工物である事が伺い知れる。

「これが、神根島にある遺跡だ。
あの島に漂着した時に、カレンも目撃している。」

団員と共に出席しているカレンが、大きく頷く。

「はい。確かに見ました。
偶然、あの場所にシュナイゼルもいて、何か調査していたようです。」

ざわめきが大きくなる。

「我々が奪ったガウエン。
あれの、ドルイドシステムを利用し、調べようとしていたようだな。」

「その話は以前聞いた。
シュナイゼルは、皇帝の命令で調べていたということか。」

「いや。そうではない。」

扇が、記憶を辿るように呟いた言葉に、ゼロは否定で答えた。

「シュナイゼルは、独自の判断で調査に訪れている。」

その言葉に、主だったメンバーの目が細められた。

「このような遺跡は、世界各地に点在している。」

そう言いながら、ゼロはモニターに世界地図を投影する。

シルエットで浮かび上がる大陸や島々……そのいたるところに小さく点滅する光が現れた。

1つや2つではない。

世界中を網羅するかのように出現した光に、団員たちは目を見張る。

「この点滅は、遺跡の所在地を表しているが、これを見て何か気が付かないだろうか。」

首藤の問いかけに、団員たちは顔を見合わせる。

黙していた藤堂が、呻くように呟いた。

「ブリタニアが宣戦布告し、領土とした国と地域だ……!」

ざわめきが、さらに大きくなった。

「このデータの出所は、シュナイゼルだ。」

帝国宰相の名に、一同が顔を強張らせ、ゼロを注視する。

ルルーシュは、仮面の下で口の端をつり上げた。

「シュナイゼルは、ずいぶん前から皇帝の領土拡張政策に疑問を抱いていた。
領土とした国や地域とは確かに紛争はあったが、政治的な駆け引きによって戦争を回避してきた。
しかし、皇帝の一言で開戦が決まっている。
ここに示した場所、全てで!」

その言葉に、黒の騎士団の誰もがモニターに映る点を刮目する。

ざわめきがさらに大きくなった。

ゼロが切り出した荒唐無稽な話が、にわかに真実味を帯びてきたからだ。

「シャルル・ジ・ブリタニアは、己が欲望のために国民を巻き込み、世界に戦火を振りまき、混乱を作り出した。
我々の敵は、神聖ブリタニア帝国でではない。
ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアであると、確信した。」

「だから、シュナイゼル達と共闘する?
いくら出資者であるスザクの口添えがあったとはいえ、あの宰相の言葉を信じた根拠は何なんだ。」

相も変わらず、挑みかかるような鋭い目線と声で言い募る朝比奈に、シュナイゼルらとの共闘を納得しかけていた団員達であったが、一気に冷静さを取り戻し、ゼロを見つめる。

鶴の一声とはよく言ったものだ。

ルルーシュは、顔を一瞬引きつらせた。

彼らとの共闘を納得できるよう巧みに誘導してきたものを、あっという間に振り出しに戻されたからだ。

なぜ、シュナイゼルの言葉を信じたのか…か。

ルルーシュは、観念したかのように嘆息を漏らすと、後頭部に手を廻した。

カチリ。

静まり返った室内に、ストッパーが外される軽い音が響く。

黒の騎士団一同は、息を呑んだ。

ゼロが、仮面を外す。

思いもしなかった行動に、視線は釘付けだ。

ゼロが仮面に両手を添え、持ち上げる。

黒い仮面の下から、彼らとは違う色彩の肌が見えた。

続いて、彼らのメインスポンサーである神楽耶と同じ色の毛髪が、サラサラと仮面の中から零れ落ちる。

俯きかけた顔を上げ、彼らを見つめるその瞳の色に、誰もが驚愕した。

その白皙と深い紫の瞳……!

彼ら日本人が、憎み続ける皇帝と瓜二つの特徴を持つ男が、目の前にいる。

「私がシュナイゼルの言葉を信じた理由。
それは……実の兄だからだ。
その言葉に嘘があれば、見抜くことはできる。
彼らの言葉、態度に嘘はなかった。」

a captive of prince 151

 

<共闘 chap.2>

 

「私達が、彼らを信用した理由はいくつかるが、その第一番目はスザクがいたからだ。」
「スザク?」
ゼロが口にし名前に、ほとんどの団員の顔が歪む。
「はっ!」
朝比奈は、吐き捨てる声を漏らし、嘲笑した。
「あの裏切り者!あいつの何が信用できるって!?
大体…あんたは以前からあいつに執着してたが、何か特別な理由でもあるのか。
自分のお気に入りだから、敵の皇子でも信用するって言うなら、俺は、あんたをこの組織のリーダーとは認めないし、排斥すべきだと提案するね。」
厳しい口調で詰る朝比奈を、諫める者はいなかった。むしろ同調し頷く者の方が多い。
仮面の内側で、ルルーシュは口の端を吊り上げた。
「手厳しいな。
今まで公表してこなかったが……これを見て欲しい。」
そう言って、ゼロは彼らの背にある巨大モニターに1つの画像を投影した。
それは、何かのリストを表にしたものと円グラフであった。
「我が黒の騎士団に資金を提供してくれている出資者のリストだ。」
ゼロが手元の端末を操作して、表の一部を拡大表示させると、議場に集まった誰もが驚愕に顔を引きつらせ、リストに書かれた名前に刮目した。
全員の視線が集中するその先に書かれていたのは、件の皇子の名であった。
だが……
「SUZAKU KURURUGI……」
扇が、茫然として読み上げる。
「枢木スザク?」
玉城が、目を見開いた。
「どういう事だっ⁉」
室内が騒然となった。
「枢木スザクは私の従兄で、8年前ブリタニアに連れ去られた人物です。
皆さんご存知の通り、今ではブリタニアの皇子を名乗っていますが……」
既知の内容を淡々とした様子で語りだす神楽耶を、一同は黙視する。
「本人の意思ではない事は、皆さん、薄々か分かっておいででしょう。」
当時10歳だった少年が自らの意思で敵国に渡り、その国の皇帝の養子を望んだなど、誰が本気で思うだろう。神楽耶の言葉は、スザクの立場が他人の意思によるものである事を団員たちに思い出させるのに十分効果があった。
「だが、あいつは結局俺たちの味方にはならなかったじゃないか。」
チョウフ刑務所で…式根島で…スザクはその気になれば黒の騎士団に加入する機会があった。
日本に戻ることができたのにもかかわらず、そうしなかったではないかと声を荒げる玉城に、他の者も頷く。
「それは……」
反論しよう口を開きかけた神楽耶よりも早く、ゼロが声を上げる。
「戻りたくとも戻れなかったのだ。
他ならぬ、枢木本家とブリタニアの密約によって。」
「枢木と、ブリタニアの密約?」
ゼロの言葉に、誰もが目を瞬き首を傾げる中、唯一藤堂鏡志郎だけがその眼を細め仮面の男を見据えた。
「彼は…枢木スザクは、枢木家によってブリタニアに売られたのだ。
キョウト六家の存続を条件に。」
室内がざわめく。ゼロが齎した情報に誰もが驚き顔を見合わせた。
「藤堂。貴方なら、事情を良く知っているのではないのですか。」
スザクと同じ翡翠の瞳の少女が、静かに問いかけた。
藤堂はゆっくりと頷いた。
「──ゼロの言う通りだ。ブリタニアは、日本陥落後、枢木本家にスザク君の引き渡しを要求してきた。キョウトの解体を見逃すという条件付きで。
枢木本家は後継ぎよりも、家の存続を選んだ。」
藤堂の絞り出すような声に、室内のざわめきは沈黙へと変わった。
「私は、この事を藤堂から聞き、式根島でスザクに日本に戻るよう促した…が、結果はあの通りだ。
スザクは良く分かっていたのだ。自分が日本に戻れば、キョウトが今度こそブリタニアによって潰されるという事を。」
ゼロの言葉に、誰もが目を見開き息を呑んだ。
キョウト六家は日本経済を動かしてきた6つの財閥だ。それを解体されるという事は、ナンバーズによる自治もブリタニアの息のかかった人間が行う事になる。
日本が真の意味で死ぬことになる。
「───スザクは日本を人質に取られ、ブリタニアに隷属するしかなかった。
だが、魂を売り渡したわけではない事は、2度にわたる行政特区日本の提唱と、この資金提供が物語っている。」
「……日本を守るため、ブリタニアに居続けることを選んだというのか……?」
朝比奈が眼鏡の奥の瞳を細くして呟いた。
「だが、何故だ。何故、ブリタニアはそこまでしてスザクを手に入れたんだ?」
扇の問いかけに、ゼロ、ルルーシュの目が細められる。
「その答えは、神根島にあった。
あの爆撃の後、私やカレンらが漂着したあの島だ。」
「あの、無人島か……?」
誰もが目を瞬かせ、次の言葉を待った。
「あれは、枢木家所有の島だった。
ブリタニアは…いや、ブリタニア皇帝はあの島が目的だったのだ。
正確には、あの島にある遺跡を手に入れるために日本に宣戦布告したのだ!」
「はあっ!?」
固唾を呑んでゼロの言葉を待っていた全員が目を見開いて絶句するのを、神楽耶は呆然として見るのだった。
そして小さく嘆息を漏らす。

皆さんの反応は正解ですわ───

皇帝の企みを、彼らが理解できるであろうか。
そして、何よりも。
彼は、その素性を明かすのだろうか。
ゼロ、ルルーシュが次に何を語るのか。
神楽耶は、静かに傍らの男を見守るのだった。

a captive of prince 150

<共闘 chap.1>

 中華連邦西部。赤茶けた砂と岩山ばかりが続く、見渡す限り何もない荒涼とした砂漠を1台のトレーラーが疾駆する。
 点在する街と街に物資を運ぶキャラバンのうちの1台のようにも見えるが、この車の前にも後に続く車もない。商用車に偽装されているこのトレーラーは、黒の騎士団のものである。

 トレーラー内部は、床に敷かれたラグの上にリビングテーブルと3人掛け用のソファが置かれ、まるで住宅の居間のような設えに改造されている。
 そのソファに腰掛けるゼロ、ルルーシュは簡易的に用意された通信機から聞こえてくる音声に頷く。
『各隊、出撃準備完了しました。』
「よし。斑鳩はそのままの高度を保ちながら、目標ポイントで待機。
私の指示を待って、零番隊より順次出撃するように。」
『了解。』
 ピッと音を立てて通信が切られる。
 その様子を背後で見ていたC.C.とジェレミアが、顔を見合わせ頷く。
「兄さん。僕達も準備に入るね。」
 ルルーシュからヘッドホンを受け取り、ロロが確認する。
「ああ。宜しく頼む。」
 ルルーシュが引き締まった顔で頷いた。
「しかし……まさか本当にこの共闘が実現するとはな。」
 C.C.がクスリと笑いながら呟く。
 それに対して、ルルーシュも口の端を上げた。
「全くだ。1年前には想像すらつかなかった。」
 だが、これで───
 ルルーシュが思い描いた青写真とは大きく変わったが、ナナリーのために創ろうとした「優しい世界」への足掛かりができる。
 その事に、ルルーシュの紫紺の瞳が強く煌めいた。
「中華とブリタニアでの同時奇襲。
上手くいくと思うか。」
 共犯者の真剣な声の問いかけに、強く頷く。
「勿論だ。そのために俺たちは何度も確認し合った。
こちらは俺が、向こうはシュナイゼルが指揮を執る。
俺には黒の騎士団、シュナイゼルにはスザクという最強の駒がある。
失敗などありえない。」
 堂々と言い切るゼロに、緑髪の魔女は満足げな笑みを浮かべる。
「ああ、そうだな。
この日のために、お前は今まで隠してきた素顔を晒したんだ。
そして、信頼を勝ち取ることに成功した。」
「ああ。彼らはもう、ただの手駒ではない。補充も交換もきかない、大切な仲間だ。
結果を出す事だけが信頼を得る条件ではない事を、身をもって知ったよ。」
 苦笑する彼に、C.C.はいつもの皮肉気な笑みで答える。
「成長できたじゃないか。坊や。」
「何を偉そうに……
お前こそ、迷いはないだろうな。
以前は同志だったのだろう。あいつらとは……」
 気遣しげなその問いに、彼女は肩をすくめる。
「それこそ、いらぬ心配だ。」
「そうだったな。」
 2人は顔を見合わせて笑うと、それぞれの持ち場へ向かった。

 作戦実行時刻と目標ポイントが刻一刻と近づいてくる。
 ルルーシュは、肩の力を抜くように深く息を吐いた。
 知らず知らずのうちに身体が強張っていた。
 その事に自嘲する。
 この、ピリピリとした緊張感には、既視感がある。
 どこであったか……
 ああ……あの時か───
 記憶を手繰り寄せ、ルルーシュは小さく笑った。

 ルルーシュが、ロロを連れて深夜の政庁を訪問する数週間前に話は遡る──

 東の空に顔を出した太陽の光を浴びながら、黒の騎士団が誇る航空母艦「斑鳩」の甲板に、昨夜この場所から発進して行った輸送機が着陸する。
 上空にある雲を茜色に染め上げる日差しに目を細め、扇要をはじめとする黒の騎士団幹部らは、輸送機から降りてくる人物を待った。
 ゼロと神楽耶に続いて、身に着けているパイロットスーツと同じ色の髪をなびかせた少女がタラップを降りてくると、その場から安堵の声が上がった。
「カレンっ。」
「扇さん!」
 兄とも慕う副指令の姿を確認したカレンが彼の元に駆け寄ると、扇は目じりを下げて彼女の肩に両手を置いた。
「無事でよかった。」
 瞳を潤ませて再会を喜ぶ彼らを横目に見ながら、藤堂がゼロと神楽耶の前に進み出る。
「交渉役お疲れさまでした。神楽耶様。」
 神楽耶に労いの言葉をかけると、藤堂は厳しい表情をゼロに向ける。
「ブリタニアからの捕虜返還の条件は?」
「うむ。その事なのだが……」
 ゼロはそう言って、集まっている面子を見まわす。
「詳細を説明する。全員会議室へ……
藤堂。各部隊の隊長も出席させてくれ。」
 彼が了承の意を告げれば、ゼロは満足したように頷き艦内へと歩いていく。
 その姿を見送って、玉城はいつになく神妙な顔をした。
「何かとんでもない条件を突き付けられたか?」
 空気を読まないタイプの彼でさえわかるほど、ゼロから発せられる気はいつになく緊張していた。

 斑鳩内にある大会議室に、ゼロの召集を受けた人物が全員揃うのに、30分はかからなかった。
 零番隊隊長の元気な姿に安堵するものの、全員緊張した面持ちで着席する。
 巨大モニターを背にした上座の席に、ゼロと彼と共に交渉に臨んだ神楽耶が座る。
 「……全員揃ったようだな。」
 ゼロの声に、扇と藤堂が頷く。
「ブリタニアは、黒の騎士団エースの返還の条件に、何を提示してきたんだ?」
 単刀直入に扇が尋ねる。
 穏健派で周囲の状況に合わせるタイプの彼にしては珍しく、まっ先に口火を切った。
 それだけ、この交渉が重大であると認識しているのだ。
 彼の質問にゼロは鷹揚に頷くと、一呼吸置くと、こちらもきっぱりと答える。
「彼らの要求。それは、我々黒の騎士団との共闘だ。」
「共闘!?」
 室内がにわかに騒がしくなる。
「どういう事だ?」
「俺達と一緒に戦う…て意味だよな。」
「何を言ってんのか意味わかんねえよ。」
「ついさっきまで敵同士だったんだぜ。」
 ざわざわと、さざ波のように起こる私語を制するように、藤堂が一際太く鋭い声を上げる。
「詳しく話を聞きたい。
ブリタニアは、我々と協力して何と戦うつもりなのか。EUか?そんなことはないだろう。」
 世界の覇権を争う三極、ブリタニア、EU、中華連邦……だが、長年に渡る争闘にブリタニア以外の二極は疲弊していた。
 中華は幼年である天子の執政として権力をほしいままにしてきた大宦官の横暴の末、クーデターが勃発したばかりで国として機能するまでは時間を要している。
 EUはブリタニアによってその勢力圏のほとんどを奪われ、経済によって繋がっていた連合としての機能は崩壊…加盟各国が独自で防衛せざるを得ない状態にまで弱体している。
 ブリタニアが脅威するほどの力を持つ国など、実はもうこの世界中にないのだ。
 藤堂の問いに、ゼロは頷く。
「勿論、EUではない。いや、戦う相手は国ではない。」
「国じゃない?」
「では、我々のような抵抗組織という事か?」
「勿体つけてねえで、はっきり言ってくれよ!」 
 たまりかねた玉城が声を上げた。
 ただでさえ緊張してこの会議に臨んでいるのである。彼らには、ゼロの言い回しが敵に対して使う話術のように感じられ、苛立ちすら覚える。
「……すまない。言い方が悪かったようだ。
順をって説明しよう。」
 ゼロの真摯な対応に、苛立ち始めていた面々も神妙な顔つきで自分達のリーダーを見る。
「まず、私と神楽耶様が交渉した相手だが、オデュッセウス、シュナイゼル、スザクの3人だ。」
「……シュナイゼルをはじめ皇族が3人も?」
 藤堂をはじめ扇やディートハルトは、その顔触れに目を見開いて驚く。
 たかが捕虜の返還交渉にしては出席者が余りにも高位すぎる。
「彼らは、ブリタニアという国の代表としてではなく、個人として我々と交渉を望んできた。」
「どういう事だ……?」
「彼らが我々との共闘を望む理由……彼らが“敵”としている相手は、シャルル・ジ・ブリタニア。
ブリタニア皇帝だ。」
 皇帝の名に、室内は水を打ったように静まり返った。
 誰もが声を失い、表情を失った。
 ゼロが言わんとしていることに、その場の全員が驚愕していた。
「───それは……つまり……」
 喉を詰まらせたかのように、上ずった声で途切れ途切れに扇が声を漏らす。
「そうだ。
彼らは、皇帝に対しクーデターを仕掛ける。
シャルル・ジ・ブリタニアを皇帝の座から引きずり落とすつもりだ。」
 淡々と告げる低い声が、広い会議室に響き渡った。

 議場は静寂から一転し喧噪と変わった。
「どういう事だよ⁉
シュナイゼルの奴、皇帝を殺して次の皇帝になるつもりなのか。
それを、俺達に手伝えって言うのかよ!?」
「そもそも、こんなことはブリタニアのお家騒動だろ。」
「まったくだ。こっちには何のかかわりもない事だ。」
「ゼロっ。まさか、その条件を呑んだって事か!?」
 誰かの声で、視線が一斉にカレンへと集中する。
 交渉の詳細はまだ分からない。だが、彼女がここにいるという事が交渉成立の証拠だ。
 非難と批判の声がそこかしこから上がる。
「みんな落ち着けっ!」
 藤堂が立ち上がり一喝する。
「ゼロ。どうも状況を呑み込めない。
シュナイゼルは何故、そのような“国の恥”ともとれる内容を交渉のテーブルに乗せたんだ?
皇帝の座が欲しければ、シュナイゼルなら我々の手を借りなくとも手に入れられるだろう。」
「ああ。その通りだ。
シュナイゼルは、皇帝をその座から引きずり落とすとは言ってきたが、それは彼らが行う事で、我々にその手伝いをしろと言ったわけではない。
それに───シュナイゼル自身皇帝になる気はないらしい。」
 次から次へともたらされる情報に、議場に集まった者たちは困惑を深めていく。
「じゃ……じゃあ。一体誰が新しい皇帝になるって……」
 何度も瞬きを繰り返しながら、扇が声を漏らす。
 その問いに答えたのは、ゼロではなく傍らに座る少女だった。
「第一皇子、オデュッセウス・ウ・ブリタニア。彼がシャルル更迭後皇帝になります。」
「オデュッセウス…?て……」
 誰だぁ?と、玉城が頭を掻きながら首を傾げる。
「天子と結婚するはずだった男だ。」
 そのくらい覚えておけと、千葉が眉間にしわを寄せて吐き捨てる。
「………彼を傀儡にするつもりか?」
 藤堂が眉を顰める。
 彼の懸念はもっともだと、その場にいる誰もが頷く。あの結婚そのものが、ブリタニアの国土拡大を目論むシュナイゼルが仕掛けたものだと認識されているからだ。 
「そうではない。帝位が無事オデュッセウスに引き継がれた後、シュナイゼルは政治から身を引き、皇籍も奉還する。
地位も権力も捨てると、そう言った。」
 その言葉に誰もが目を剥き息を呑む。
「そんな…あのシュナイゼルが……っ。ありえない!」
 ディートハルトが驚愕の声を漏らす。
「ですが、彼は本気です。
表舞台から身を引き、弟であるスザクと静かに余生を送ると……」
 神楽耶が、眉尻を下げてそう言う。
 室内を、再び沈黙が支配した。
「オデュッセウスは、新皇帝となった暁にはブリタニアという国の在り方を変えると、私たちに宣言しました。」
「───国の在り方を変える……」
 扇が呆然と声をもらした。
「そうです。
専制君主制から、議会制民主主義に変えると……政治を国民に還し委ね、身分制度を廃し、いずれは、皇室もなくすと言っていました。」
 静かに語る少女の声に、困惑の声がそこかしこから漏れる。
「………そんな事が、できるのか?」
「無理だろう。」
 神楽耶から聞かされたことは、現在のブリタニアを根底から覆すという事になる。
 あまりにも理想論過ぎて、絵空事のようだ。
 不安と、不信を露に私語を交わす彼らに、低く鋭い声が凛と響く。
「できるのか。ではない!
彼らは、それを行うと言っているのだ。」
「だが、ゼロ。オデュッセウスの言う事を実現しようとすれば、ブリタニア国内はとんでもない事になるぞ。
専制君主制から民主制への移行はともかく、身分制度の撤廃というのは……」
 既得権益を奪われることになる王侯貴族の反発は、恐らくエリア各地で起きている抵抗運動の比ではないだろう。
 藤堂が顔をやや青ざめさせて言うのに、ゼロは静かに頷く。
「ブリタニアが、しばらくの間荒廃するであろうことは誰の目にも明らかだ。
だからこそ、私はオデュッセウスとシュナイゼルに、ブリタニアの超合集国参加を提案した。」
 その場の全員が息を呑んだ。
「まさか。」
「……二人は…その提案を受け入れたのか。」
 藤堂が、驚愕の表情を隠しもせず問う。
 ゼロは大きく頷いた。
 誰もが目を見張った。誰もが声を失った。
 ゼロ…黒の騎士団が提唱する「超合集国」。それは、そもそも非ブリタニア諸国が、神聖ブリタニア帝国に対抗するために興そうとしている組織である。
 そこに、敵対勢力であるブリタニアが加わる……
 組織としての意味合いが大きく変貌する。
 だが、ブリタニアが参加するには一つ重大な問題がある。
 超合集国は、各国の代表による評議会での投票によって物事を決裁する。その投票数の割合は人口比率に比例している。
 つまり、大国であるブリタニアが参加するとなると、ブリタニア1国で大量の票が動くこととなり評議会の公正公平さが損なわれてしまうばかりか、ブリタニアの意思が超合集国の意思と同じこととなり、ブリタニアの独裁と変わらない事になってしまうのだ。
「投票権の問題は…どうするんだ。」
 扇が眉間にしわを寄せ、呻くように尋ねる。
 室内はひりひりとした緊張が支配していた。
 ゼロの答えによっては、再び喧騒が襲う事になるだろう。
「その懸念の解消案は、ブリタニア側から提示された。
植民エリアを解放し、国を割ると。」
 どっと、どよめきが起きる。
 植民エリアの解放。
 それこそが、黒の騎士団に集う彼らの目的であり悲願だ。
 それが、こんなにもあっさりと、闘争の末ではなく捕虜返還の交渉という極めて平和的な場で、敵側から提示されようとは思いもよらない事だ。
 あまりにも急な展開に、この議場に集まったほとんどの人物が呆然とした顔をしている。
 そんな中、一人の人物がゆらりと席から立ち上がった。
「あのさぁ……どうにも納得いかないんだけど……」
 険しい表情でそう言うのは、藤堂麾下四聖剣の1人、朝比奈省吾だ。
「ゼロも、神楽耶様もどうして、ほんの数時間前まで敵だった奴らが掌返してすり寄ってきているのを、警戒もせず信用している訳?
交渉相手に、あの、シュナイゼルがいたんだろ。
これまで、ブリタニアを動かしてきた張本人じゃないか。」
 厳しい口調で、問いかけというよりむしろ叱責に近い言いように、神楽耶の表情が強張る。
 傍らのゼロは、大きく息を吐いた。
 彼の質問は、想定の範囲だ。いや、むしろ、今までよく誰もこのことを口にしなかったものだと感心する。
「皆だって、本当は一番これが疑問なんじゃないのか⁉」
 朝比奈が、煽るように声を上げた。
 彼の中には、ゼロに対して拭いきれない不信感がある。
 先のブラックリベリオンだ。
 攻勢に出ていたにもかかわらず、ゼロが突如戦線離脱したために、ブリタニアの反撃を許し失敗してしまった。
 もともと、増援が来るまでに政庁を陥落させるのが目的の短期決戦。それが、指揮系統が崩れたために、ブリタニアに付け入る隙を与えてしまったのが敗因である。
 自分が仕掛けた戦争を自ら放棄し、仲間を見殺しにした。
 たとえ、捕虜となり公開処刑される寸前だったのを救助してもらった恩があったとしても……いや、違う、恩に感じたことはない。
 そもそも、このゼロという男がこの黒の騎士団という組織を興した真の目的を、自分は知らない。他の団員にしても同じだろう。
 組織の頭目であるゼロと、彼の元に集まっている者たちの間に乖離があるのは暗黙の了解だ。
 ゼロという強烈なカリスマ。これを利用してブリタニア支配から脱却する。
 自分達と彼が繋がっているのは、こういった打算でしかない。少なくとも朝比奈はそう思っている。他の者たちも似たようなものだろう。
 だからこそ、この報告が余りにも都合よすぎ、気持ち悪いのだ。

 不信感を隠しもせず睨みつける朝比奈と対峙するゼロを、誰もが息を呑んで見守るのだった。