じれったい

スザルル風味のルルスザです。

私立アッシュフォード学園。
ブリタニアの没落貴族ルーベン・アッシュフォードが、属領となったエリア11(旧日本国)に私財を投じて設立した学校法人である。
中等部から大学まである広大な敷地の一角、高等部のクラブハウス内に、かつて日本に人質として送り込まれ、捨てられた皇子と皇女を匿っている。彼らは、かつてルーベンが支援していた皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアの遺児である。
彼の皇妃が7年前離宮にて暗殺されたことで、支援貴族であったアッシュフォード家もその権威を失い没落した。
ルーベンは、彼女の遺児である彼らが自分の力で生きていけるようになるまで、己の命が続く限り支援するつもりではあるが、すでに隠居の身。彼の跡を継いだ現当主が、二人をどう扱うつもりなのか未だ不確定である。

朝の柔らかな日差しが差し込むダイニングルームに足を踏み入れたルルーシュを、焼き立てのパンと挽きたてのコーヒーの香りが出迎えた。
人が入ってきた気配に気づいた人物が、キッチンから出てくる。
「おはようございます。」
茶色のふわふわとした髪で翡翠色の瞳を持つ少年が、愛想よく挨拶をする。
「おはよう。スザク。いい匂いだな。」
「はい。コロンビア産のいい豆が手に入ったので、自分で焙煎してみたんです。」
嬉しそうに話すスザクに、ルルーシュは感嘆の声を上げる。
「スザクが煎ったのか。楽しみだな。」
「すぐにドリップしますね。」
ルルーシュが座る椅子を引き、彼の着席を確認すると、いそいそとキッチンに戻る。
ほどなくして、深い香りの漂うコーヒーのカップを、ルルーシュの前に置いた。
「どうぞ。召し上がって下さい。」
ルルーシュは、カップを持ち、まず香りを楽しんでからコーヒーを口に含む。
「うん。美味い。」
その言葉に、スザクの顔がほころぶ。
「ご朝食をお持ちします。」
次々と朝食の皿がルルーシュの前に置かれる。すべて出し終えると、スザクが耳元で囁いた。
「コロン。替えたんだね。」
「あ、ああ……どうかな。」
「とてもいい香りです。ルルーシュ様にピッタリですよ。」
ニコニコと言うスザクに、ルルーシュの頬も緩んだ。ふと、目を移すと、スザクのベルトから下がっている金色の鎖が、朝日を受けて輝いている。
「それ、気に入ってくれたようだな。」
ルルーシュの指摘に、スザクは目を細めて鎖とそれにつながっている懐中時計を取り出してみせる。
「はい。誕生日に頂戴したこの鎖、父の形見の時計を繋げるのに丁度よくて……有難うございます。大切に使わせて頂いています。」
「そうか。」
二人は笑みを浮かべて見つめ合った。
すぐに、スザクは時計の針を確認すると、リビングのドアへ歩いていき、内側ら開閉ボタンを押す。
開かれたドアの向こう側には、篠崎咲世子に車いすを押されたナナリーがいた。
「おはようございます。ナナリー様。」
「おはようございます。スザクさん。」
「今朝もご機嫌麗しくいらっしゃって、嬉しいです。」
「ありがとうございます。」
咲世子が、ナナリーの車いすを定位置に移動させる間に、スザクは彼女の分の朝食を手際よくセッティングする。
ルルーシュとナナリーが食べている間に、スザクは咲世子と共に手早く朝食を済ませると、頃合いを見計らって、ルルーシュの椅子を引く。そして兄妹が退出するためにリビングのドアを開けた。
「いってらっしゃいませ。」
登校していくルルーシュたちを見送ると、咲世子は傍らのスザクに声をかけた。
「では、掃除に取り掛かりましょうか。」
「はい。外回りは僕がしますね。」
「よろしくお願いします。」
二人はてきぱきとそれぞれの分担を掃除し始めた。
これが、ランペルージ家の朝の光景である。

枢木スザク。17歳。日本最期の首相、枢木ゲンブの遺児である。
父であるゲンブは終戦間際、徹底抗戦を唱える軍部を抑えるために割腹自殺をして果てた。母も幼いころに他界している。身寄りのないスザクを枢木本家は、ブリタニアの求めに応じ統治軍本部へ出頭させることを決めた。
出頭する日、人質として預かっていたルルーシュとナナリーとも別れるはずだった。
だが、あろうことか、迎えに来たアッシュフォード家の車に、ルルーシュは有無を言わさずスザクを引きずり込むと、そのまま発進させてしまったのだ。
「ル、ルルーシュっ?」
あまりのことに唖然とするスザクに、彼はこう言った。
「お前も一緒に来るんだっ!
いつか、必ず騎士にしてやる‼」

皇子皇女の他にもう一人いることに、ルーベンは驚いたものの、三人まとめて引き取り、アッシュフォードの庇護のもと彼らは引き離されることなく成長した。
そして15歳になった時、スザクは名誉ブリタニア人となり、アッシュフォード家の小間使いとして雇われ、同じくメイドとして雇われている篠崎咲世子と共に、ランペルージ兄妹の身の回りの世話をしている。

外出中のルルーシュの部屋、デスクに置かれたままのPCの電源を入れる。パスコードを入力すると、キーボードを慣れた手つきで操作し、ある場所に通信をつないだ。
画面に映る自分と同じ色の瞳を持つ少女に、スザクは笑みを漏らす。
PCの使用はルルーシュも承諾している。咲世子が買い物に出かけている今、名誉ブリタニア人であるスザクのもう一つの顔が現われる。
「やあ。神楽耶。久しぶり。」
「お久しぶりです。枢木のお兄様。」
画面の向こうで、かつての許嫁であった従妹の少女が微笑み返した。

「それではまだ、契りを結んでいないのですか?」
従妹の突込みに、スザクは渋い顔をする。
無言を貫くスザクに、神楽耶はコロコロと笑った。
「枢木スザクともあろうお方が、ブリタニアの皇子一人籠絡できないとは……情けないですわね。」
「籠絡だなんて……多分、ルルーシュが考えている『時期』じゃないんだよ。」
「そんなこと言って、ぐずぐずしていると『騎士』ではなく『執事』になってしまいますわよ。
ルルーシュ様は、いずれこの地から本国に叛旗を翻すおつもりなのでしょう。」
鋭い視線で問いかけてくる従妹に、スザクも顔を引き締める。
「もちろん。その気持ちには変わりないよ。」
「なればこそ、私たちも組織の強化と拡大を急がねばばりません。アッシュフォードに潜り込ませた篠崎と連携して、レジスタンスグループとのコンタクトと新規開拓をよろしくお願いしますわよ。『人たらしの枢木スザク』さん。」
「ああ……」
かつて日本の政財界を牛耳ってきていたキョウト六家。ブリタニアの属領となった今でも、ナンバーズによる自治組織〝NAC”の中核となって日本人社会をリードし、ブリタニアに恭順の姿勢を示しながら、裏では反抗組織を支援している。
一度は、本家によってブリタニアに売られそうになったスザクではあるが、神楽耶のサポートとルルーシュの入れ知恵によって、そのことを逆手にとって分家の嫡子であるにもかかわらず、枢木家の実権を掌握した。
今は、名誉ブリタニア人として働きながら、キョウト六家枢木家の代表として、レジスタンスを纏める務めを任されており、スザクが関わるようになってから、反抗組織同士の連携や情報交換が円滑になり、イレブンの裏社会では『人たらしの枢木スザク』と呼ばれている。
そんなスザクの弱点は、従妹の神楽耶と、騎士にすると約束しながら未だ任命してくれない、皇子殿下だ。

「とにかく、以前の約束通りあなたが18歳になるまでに騎士の契りを結べなかったら……ルルーシュ様は、私がお婿さんに頂きますから。」
人の悪い笑みを浮かべる神楽耶に、スザクは眉尻を下げた。
「勘弁してよ……っ。」

その夜、アッシュフォード家から通いで来てくれている二人が帰ったリビングで、ルルーシュとナナリーが就寝前の団欒を楽しんでいた。
「お兄様。いつになったら、スザクさんに告白なさるのですか?」
咲世子に教わった折り紙を楽しんでいるとばかり思っていた妹から、唐突に切り出された質問に、ルルーシュは読みかけの本をばさりと落とした。
「なっ、なっナナリーっ⁉」
うろたえワタワタする兄に、ナナリーは深々と嘆息する。
「7年前の約束の事です。
いつになったら、スザクさんを騎士に任命なさるのです?」
このままでは、騎士ではなく執事になってしまいますわよ。と突っ込む妹にルルーシュも息を吐く。
「ああ……分かっている。」
「本当に分かっていらっしゃいます?
スザクさんは、お兄様のために分家筋であるにもかかわらず枢木本家と交渉し(脅かし)枢木の代表としてレジスタンスを纏めてくれているのですよ。
いつかお兄様が立たれた時に、お兄様の手足となって戦い、守ってくれる軍隊を作るために、東奔西走なさっているのです。
お・に・い・さ・ま・の・た・め・に!」
一言一句区切って強調するナナリーに、ルルーシュは額に手をやり天を仰ぐ。
「ああ。良く分かっているよ。ナナリー。」
妹に言われなくとも、スザクが本当に粉骨砕身尽してくれているのは身に染みている。
だが……
7年前勢いに任せて言ってしまったが、本当は……スザクになってほしいのは騎士ではなく、恋人なのだ。
いつか、きちんと伝えなければと思っているのだが……けなげなスザクを前にすると、言葉に詰まってしまう。
騎士ではなく嫁に来いと言って、拒絶されたらどうしよう。
そう思ってしまうと、なかなか言えないのだ。

目の不自由な自分でさえありありと分かるほど悶々としている兄に、ナナリーは何度目かのため息をつく。
まったく、追い詰められないと本根が言えない兄の性格にはほとほと困ったものだ。どうして自信をもって告白できないのか。
スザクさんは、私でも分かるくらいお兄様大好きオーラを出しまくっているというのに。
「お兄様がなさらないのであれば、私がスザクさんに告白しちゃいますわよ。」
「そ、それは困る。ナナリーが本気で迫ったら、スザクは簡単に陥落してしまう。」
「でしたら、とっと騎士でも嫁にでもしてしまいなさい。」
「なっ、なっ、なっナナリーっ⁉」
おそらく耳まで真っ赤のゆでだこ状態で、クラクラしているであろう兄に、ナナリーはこめかみに手を当て舌打ちする。

まったく。
本当に、じれったい!!

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