慟哭

ラグナレクの接続阻止後。

かなり辛くて痛いです。
それでも、もしよろしければ……

「ゼロは、ユフィの仇だ。」
「だから?」
冷めた表情と淡々とした口調。
先ほどまでの激情のかけらもない一見冷静そうなルルーシュに、スザクは眉根を寄せる。
振り上げた剣を下ろし、彼の前へ一歩進み出る。警戒も、寛容もない……感情が抜け落ちたような、静かだがどこかピリピリとした空気を漂わせているルルーシュに、スザクは既視感があった。
自分のように自らの手ではないが、言葉一つで両親を滅した親友を、スザクは静かに見る。
「……だが、今君はゼロではなくルルーシュとしてここにいる。」
「同じことだ。俺がゼロだったのだから。」
「黒の騎士団は、ゼロは戦死したと言っている。
戦うための力を失ったから、ここで陛下と対峙したのだろう。」
「……ああ。そうだ。そして決着をつけた。」
「これで、君は満足か?」
「───ユーフェミアの仇を討たせてやるよ。」
そう言って自分の心臓を指し示す男に、スザクはカッと目を見開く。
「ふざけるな!いまのお前を殺した所で、俺の気持ちが収まると思うのか!」
襟首をつかみ怒声を浴びせかけようとも、ルルーシュの表情は微動だにしない。
自棄とも違う、だが、時の歩みを止めることを拒んだ彼の瞳には、生への執着を感じない。そう……自分のように。
ギアスの紋章が浮かび上がる赤い瞳…それを間近に見る嫌悪感から、スザクは手を放した。
「仇を討つ前に。願いを叶えさせてもらう。」
「願い……お前の?」
「違うっ!ユフィとナナリーの願いだ。」
その言葉に、ルルーシュの表情が変わる。息を呑み、目を見開き衝撃を受けたかのような表情から、一転して今度は切なげな色が浮かび上がり、顔を俯かせた。
ナナリーの名前に反応があったことに、スザクは何故か安堵を覚えた。
「君は、僕にとって大切な人を奪った。そして、僕も君にとって生きる意味であった人を殺した。」
刺すような視線で睨みつけてくるのを甘受し、スザクは言葉を続ける。
「人を殺めることは僕の業だ。今回の事で思い知った。
僕は、自分が犯した罪は死ぬことでしか償えないと考えている。だから、軍に入った。誰かの役に立つことで死ななければいけないと決めていたから。
だが、僕は今でも生きている。死を覚悟するたびに『生きろ』のギアスが僕の意思を無視して、どんなことでも…大量破壊兵器を使用してでも生き残らせるから。」
「───ナナリーが死んだのは、俺のせいか。」
絞り出すように呻くルルーシュに、首を振る。
「言ったろう。人を殺すのは僕の業だと……ギアスがその業を深めた。その自覚がある。
なのに、命令に従いフレイヤを装備して出撃した……その結果、ナナリーばかりか何千万と殺すことになった。これは、僕の責任だ。僕が奪った命の贖いは僕がしなくてはいけない。
だから、皇帝を殺しに来た。シュナイゼル殿下に、戦争のない優しい世界を作ってもらうために。
だが、その皇帝も君によって消滅した。
僕は、贖う機会をなくしてしまった。」
「お前の、罪の贖いを俺に手伝えと?」
「そうだ。君にも責任があるだろう。」
「ああ……そうだな。」
俯けていた顔を上げ、ルルーシュはスザクを見る。その瞳にはまた生気が戻ってきているように見えた。
「だが、手伝うのではない。俺たち2人で罪を贖う。神……人々の無意識にギアスをかけた責任は俺が負うべきことだ。
スザク。シュナイゼルでは、ナナリーやユフィの願った優しい世界は構築できない。二人の願いを実現したいのなら、俺と組め。」
強い口調で語るルルーシュに、スザクの口元がわずかに笑みを作っていた。

ルルーシュとスザクは、ルルーシュの共犯者として付き合うというC.C.と共に、ブリタニアとEUの緩衝地帯であるバグダートに身を隠す事にし、途中の土地で宿をとった。
「2部屋しか取れなかった?」
チェックインを済ませてきたC.C.の言葉に、スザクは困惑する。
スザクでは、ナイトオブラウンズとして顔を知られている可能性が高く、ルルーシュもギアスが制御不能状態のため、C.C.がフロントと交渉したのだが、人数分は確保できなかったらしい。
男女で部屋を分けることになったが、スザクは、C.C.に耳打ちする。
「君が同室でなくてもいいのか。」
その問いかけに、彼女は首を傾げる。
「私は、あいつの恋人ではないからな。」
「だが……」
「あいつをひとりにするのは危ういと思っているのなら、お前が側にいてやればいい。
まあ。少々気まずいかもしれないがな。」
「少々どころか、かなり気まずいんだけど……」
「それはそうだろう。
だが、お前から持ち掛けた事だ。どう行動するのかは2人で話し合うべきだろう。」
そう言い残して、割り当てられた部屋に入ってしまう彼女の背中に嘆息する。
部屋に入るか入らないか…しばらく悩んで意を決してドアを開けた。
室内の明かりは消えており、ベッドサイドランプの明かりだけが薄ぼんやりと光っている。
「ルルーシュ。もう寝たのか…?」
ベッドの毛布にくるまって横たわる人物を確認し、ほっと息を吐く。ベッド半分、自分が潜り込めるだけのスペースを作っておいてくれていることに安堵し、衣服を脱いでベッドに入る。
さすがに疲れた……
今後の事は、明日話し合おう。
ルルーシュも同じ気持ちなのだろうと考え目を瞑った。
「スザク……」
となりからかけられた声に、閉じたばかりの瞼を上げる。
「……起きていたのか。」
ルルーシュへ顔を向けると、彼はスザクに背を向けて横になったままだった。
「なあ。俺は、お前をナナリーの騎士にしたいと思っていた。」
「え……」
唐突に切り出された話に目を瞬かせる。
「お前が、ユーフェミアの騎士に任命される前……帰ってきたら話があると言ったことがあっただろう。」
そう言われて思い返せば、確かにそんなことがあった。
「ゼロとして本格的に活動しようと考えていた時だ。不在がちになるだろう俺の代わりに、ナナリーを守ってほしかった。ナナリーが、お前のことを慕っていることも分かっていたから……ナナリーはお前のことが好きだったんだよ。知ってたか?」
初めは淡々と話していたルルーシュであったが、徐々に口調が厳しくなっていく。
スザクは瞑目して答えた。
「ああ……知っていた。
だから、本国に戻されたナナリーを自分の力の及ぶ限り護ってきた。ユフィは守れなかった……せめて彼女だけは守り切りたかった。」
「だったら何故っ。何故、政庁に向かって撃ったんだっ!」
ルルーシュが、跳ね起き怒声を浴びせかける。
「それは……っ!」
言いかけて、スザクは口をつぐんだ。今更、何を言っても仕方のない事だ。守りたいと願ったその人の方角へ撃ち込んでしまったのは事実なのだ。
「ギアスのせいかっ。俺が、お前にかけたギアスのせいだと言うのかっ!」
激高したルルーシュが、スザクに馬乗りになって言い募る。両肩を押さえつけられ、スザクは顔をしかめた。
「俺は…俺がかけたギアスは……っ。
ただ、お前に生きて欲しかっただけなんだ。
ただ、それだけのことだったのに……っ!」
唇をかむルルーシュを、スザクは息を呑んで見つめた。
「枢木神社では、自分が生き残るためだと……」
「言っただろう。俺は、俺の守りたいと思うもののために戦ってきたとっ!
守りたいものの中に、スザク、お前も入っていたんだっ!
それなのに…お前はっ!」
いきなり、ルルーシュが覆いかぶさってきたと思うと、唇に温かいものが押し付けられる。彼の唇だとすぐに分かった。
押し戻そうと試みるが、肩を押さえつけられマウントを取られて分が悪い。
歯列を割って滑り込んできたものに絡めとられる。
首を左右に振ることでやっと逃れることができたスザクは、驚愕して自分を押さえつけている人物を見つめた。声も出なかった。
ルルーシュは、口の端からこぼれた液を手で拭い、自分を見下ろしている。ギアスの色に染められた瞳から溢れだしたものが、ぽたりぽたりと自分に落ちてくる。
泣いている……あの、ルルーシュが。
子供のころから気位が高く、涙を人前で見せることなどなかったルルーシュが。
「ナナリーが…ナナリーだけが俺の生きる寄す処だった。それを、何故お前が奪うんだっ。
何故、お前なんだっ!」
肩を押さえていた手が、首をつかむ。気道をふさがれ、息が詰まった。
「ぐっ……ル、ルルー…シュ……っ。」
感情のまま凶行に及ぼうとする彼の二の腕を、必死で掴む。鍛え上げた軍人の握力だ。ルルーシュはすぐに呻き声とともに力を抜いた。
「僕に…死を意識させるな。ギアスが、君を殺す……!」
睨みつけてくる赤い瞳を見たくなくて、スザクは彼の腕を手前に引いた。体勢を崩したルルーシュが胸に倒れこんでくる。その頭を後ろから抱え込んだ。
腕の中のルルーシュが笑い声を漏らした。
「フ…ククク……俺がかけたギアスが、俺を殺すか……」
「そんな事はしたくない。気が付いたら君を殺していたなんて……笑い話にもならない。」
「ああ。それではユーフェミアの仇を討ったことにならないな。」
「殺すなら…自分の意思で殺す。君を……」
「ああ。そうしてくれ。」
ルルーシュは瞑目し、再び目を開いた。
「スザク…今の俺にはもうお前しかいない。守りたいと思った存在は、みんな手の届かない所へ行ってしまった。」
「………」
スザクは無言のまま彼の頭に置いた手を、上下に滑らせる。指の間を髪がさらさらと零れていった。
「俺と、契約しないか。」
「契約?」
「死を以って贖うのが、お前の信念だったな。
だったら、俺がお前に死を与える。そして、お前が俺を殺せ。
ただし、他の者には絶対に殺させるな。お前が手にかけるその瞬間まで、全力で俺を守れ。」
「ナナリーとユフィの願いは?」
「もちろん。俺とお前で成し遂げる。俺が立案し、お前が完成させるんだ。」
「僕達ふたりで?」
「そうだ。俺たち2人揃えば、できなことなど無かったろう。」
その言葉に、スザクは瞑目する。
「ああ。そうだな。
結ぼう。その契約。」
「本当か?」
手の中のルルーシュが顔を上げる。相変わらず、涙がとめどもなく流れ落ちていた。
「誓ってくれ。俺の側から離れないと。俺の最期を見届けると。」
「誓うよ。そっちこそ、途中で怖気づいて逃げるなよ。」
「逃げたりするものか。」
悪態をつきながらも泣き続けるルルーシュの頬に手を寄せる。
「ルルーシュ。君は、情が深いな。そして激しい。
その涙は、誰のためのものだ?
きっと、1人や2人じゃないだろう……」
「スザク……?」
「吐き出してしまえばいい。今ここで……怒りも、憎しみも、後悔も、悲しみも……全部受け止めるから。
大丈夫。僕なら慣れてる…憎まれることも恨まれることも、侮蔑も傷つけられることも。
吐き出してしまえ。抱え込んでいるもの全て……!」
「スザクっ……!」
あとは言葉にならなかった。涙とともに、ルルーシュはその心のうちに抱えるもの全てをスザクにぶつけた。怒りも、悲しみも、愛情も、憎しみも……ルルーシュの愛憎が、自分を穿ち傷つけるのをスザクは言葉のとおり全身で受け止めた。

すべてを吐き出し、また、そのすべてを呑み込んで二人は深い眠りに落ちた。

「約束だ。二人で死んで、新しい世界を創ろう。」
「ああ。必ず。」

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