Re;commence 【Re;confirmation】

藤堂らの元から自室に戻って来たゼロは、そこに自らの親衛隊であるゼロ番隊の隊長、紅月カレンの姿があるのを確認した。
「カレン。戻ったのか。」
ブリタニアの伯爵家令嬢でもあるカレンは、その立場を利用し、トウキョウ租界でブリタニア軍への諜報活動と租界やゲットーの様子を探るために、定期的にトウキョウとカナザワを行き来している。
「ええ。さっき戻ったところ。」
応接の三人掛けソファを独占して寝そべるC.C.の向かい側の1人掛けソファに腰かけ、くつろいでいるカレンに労いの言葉をかけ、仮面を外す。
既に素顔を知られている間柄だ、今更隠す必要もない。彼女も、二人きりの時は敬語で話すことが無くなった。
「どうだった?」
ルルーシュの質問が、何を気にかけての事なのかよく知っているカレンは、小さく首を横に振る。
「だめ。どこを探っても、目と足の不自由な女の子を保護しているなんて話は出てこないわ。もうエリアにはいなんじゃ……」
心配げに答えるカレンに、ルルーシュは小さく息をつく。
「そう考えていいだろうな。」
横から口を出すC.C.に、ルルーシュは鋭い視線を送る。
「──後ろで糸を引いているのは、ブリタニア皇帝か。」
「そこは分からない。だが、シャルルの元にいるのなら……ナナリーは確実に……」
「俺を押さえるための駒か……!」
ルルーシュは忌々しげに拳を机に打ち付ける。
その苛立ちに、C,C.は肩をすくめた。
「ねえ。ルルーシュ。」
思いつめた響きの呼びかけに、ルルーシュは訝しげな顔でカレンを見る。
「なんだ?」
「あなたに確認したいことがあるの。」
真剣な眼差しで自分を見つめる紺碧の相貌に、ルルーシュは居住まいを正し、自分も正面から彼女の顔を見る。
「なぜ、ブリタニア人のあんたが、反逆者となって『黒の騎士団』を創ったのか……あんたは、以前私にいったわね。修羅の道を行くって……流した血を無駄にしないために、新たな血を流すって。
ブリタニアの学生が、なぜそこまで覚悟して国に反旗を翻すの?」
「───俺が、戦う理由か。」
カレンは黙って頷く。
「それを教えてもらわないと……私は、あんたの何を信じて一緒に戦えばいいのか、分からない。」
すがるような瞳で見つめる少女に、ルルーシュは瞑目する。
「俺が、戦う理由は……ナナリーだ。」
「ナナリー?」
「ナナリーのために…ナナリーが安心して暮らせる世界を作る。そのために、神聖ブリタニア帝国が牛耳るこの世界を壊し、新たな世界を作る。」
「なぜ、今この世界で、ナナリーが安心できないって…そう思うの?確かに目も足も不自由だけど、あの子に危害を加えようなんて奴は………」
「いる。ブリタニア皇帝だ。」
断定するルーシュの答えに、カレンの頭は混乱した。
「いったい、どういうこと?なんで、そこに皇帝が出てくるのよ⁉」
詰め寄るカレンに、ルルーシュは大きく息を吐くと静かに答える。
「俺の、本当の名は、ルルーシュ・ランペルージではない。」
「え?」
「元、神聖ブリタニア帝国第十七皇位継承者。第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
それが、俺の本当の名前だ。」
強い光を放つ暗紫の瞳が見つめ返してくる。カレンは、息を呑んだ。
「ルルーシュが……ブリタニアの皇子……」
「俺とナナリーの母親は、第五皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。お前も、貴族の娘なら噂ぐらいは聞いたことはあるんじゃないのか?」
「あ……」
聞き覚えがある。その名前……義母が、自分のゲットー通いを批判するとき、ナンバーズの血が流れていることと併せてよく引き合いに出していた。庶民出のくせに、分不相応に皇妃になるから暗殺された元ラウンズの話……
「閃光のマリアンヌ……7年前に、テロリストに殺されたっていう……」
「母は、皇宮内の自分の離宮で殺されたんだ。テロリストが侵入できるはずがない。母を疎む皇族か貴族に殺されたんだ。」
忌々しげに吐き捨てる。彼の癖である、胸の前で組まれた両手の指が怒りで震えていた。その様子を、カレンはただ息をつめて見守り、彼の次の言葉を待つ。
「母という後ろ盾を失った俺たちは、あっさり捨てられた。留学生という体のいい人質として日本に送られたのだ。宣戦布告する8か月前だ。」
「なに……それ。」
信じられない。
そんな事があっていいのだろうか。母親を失った実子を、保護するでもなく、関係が悪化している日本に人質として送り込み、あまつさえ、宣戦布告するなど。
「───酷い。どうしたら、そんなことができるのっ?
親でしょ。父親なんでしょ⁉」
「あいつに言わせると、俺は『生きていない』そうだ。」
ルルーシュは、自嘲のような、寂しげな、なんとも表現しがたい表情尾を浮かべる。
「皇子という立場も、身に着けている衣服も、食べ物も何もかもあいつによって与えられたもの。自分の力によって勝ち取ったものではない……故に、生きているとは言えない。」
「なによそれっ。7年前、って言ったらまだ10歳じゃない。10歳の子供が、親の庇護なしでどうやって生きていくのよ。守られて当然の存在じゃない。親の責任を果たさない理由が、なんで「生きていない」になるのよ!」
「あいつにとっては、自分の子供でさえ道具なのさ。ブリタニアという国を強く大きくするための道具。政治的取引の駒でしかない。
母を支援していた貴族によって戦火を免れたが、国に戻る気はなかった。むしろ、死んだことにした。」
「───あんたたちを保護した貴族って……アッシュフォード?」
問いかけに、ルルーシュは黙って頷く。カレンは、すべて得心がいった。何故、ルルーシュが国に反逆したのか。何からナナリーを守ろうとしていたのか。
「ありがとう。話してくれて……ナナリーのように弱い立場の人が安心して笑顔でいられる世界を、あんたは作ろうとしているのね。」
ルルーシュは、首肯する。
「私の目的は、日本を取り戻すこと。
あんたと一緒に戦う事で、この目的が果たされるのね。」
「ああ。その通りだ。」
強く煌めくアメジストの双眸に、カレンは口の端を吊り上げた。
「これからもよろしく。ゼロ。」
差し出される右手を、ルルーシュは握り返した。
これからもゼロについていく。そう確信したカレンは、ふと、あることに思い当たった。
「ねえ。あんたたちが人質として送り込まれた先って、ひょっとして……」
「当時首相であった、枢木ゲンブに預けられた。
───スザクの実家だ。」
「───やっぱり……だから、スザクの事を友達だって………」
そこまで言いかけてカレンは表情を曇らせた。以前、スザクが語ったことを思い出したからだ。
父親を殺した───と。
「───あいつ………」
カレンの中で、すべての点と線とがつながった。枢木首相が亡くなったのはいつか分からない。だが、スザクが凶行に及んだ原因が、ブリタニアの友人にあったことは疑いようがない。
突然黙りこくってしまったカレンを、ルルーシュが訝って声をかける。
「カレン?」
呼びかけに、我に戻ったカレンは未だ意識の回復しない、今は保護対象の人物に言及した。
「───スザクの容態は?」
「一時危険な状態だったが、快方に向かっているらしい……意識が戻れば、心配はないだろうという事だ。」
「そう…」
カレンはほっとした顔を浮かべる。
「なんだ。殺すつもりだったくせに。」
魔女にからかわれると、カレンは真っ赤になって反論する。
「だっだって、あの時はああしないとゼロが殺されると思ったし……第一、戦争していたのよ私達。
でも、こうして保護した以上、死なれちゃったら目覚め悪いし……」
「保護…か。目が覚めてもきっと、悪態ついて俺の事を罵るだろうな……」
苦笑するルルーシュに、C.C.も皮肉げな笑みを浮かべる。
「間違っても、感謝の言葉など口にしないだろうさ。」
「でも、どうするの?助けてもきっと、あいつ逃げ出すわよ。」
カレンの問いかけに、ルルーシュは眉尻を下げた。
「それならそれでいいさ。あのまま見殺しに出来なかっただけだ。」
ルルーシュの言葉に、カレンとC.C.は顔を見合わせ、小さく息を吐く。

そこへ、ゼロ宛の内線通話が入った。
『ゼロ。ちょっとこっちに来てくれない?』
ラクシャータからの呼び出しだった。
「どうした。」
『例の彼の意識が戻ったんだけど……何か様子が変なのよ。』
「分かった。すぐ行く。」
慌てて受話器を置くルルーシュを、カレンとC.C.は訝しげな顔で見る。
「スザクの意識が戻ったらしい。」
言い捨てて出て行くゼロの後を、2人が追った。

 

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