おい。こいつは一体……」
どうなっちまってんだ?
カレンからの緊急連絡で、医療班スタッフとともに輸送機から神根島に降り立った玉城は、目の前の状況に唖然とした。
重症者を司令部まで搬送するという連絡に、その重症患者とはゼロではないのかと血相を変えて、医療班の責任者も兼任しているラクシャータを連れてきてみれば、当のゼロは健在で、代わりに虐殺皇女の騎士である枢木スザクが血まみれで倒れている。
「まさか、治療して運ぶ相手って、こいつじゃねえよな。」
「そのまさかだ。」
何故かゼロのマントを羽織った緑の髪の少女が、相変わらず不遜な態度で答える。
「おいおい。一体何がどうなってんだ。戦線離脱してこいつと決闘してたのかよ。
どうやら勝ったみてえだけどよ。仕留めたのはゼロか?」
「───私。」
紅蓮の起動準備をしながらカレンが答える。玉城は口笛を鳴らした。
「さすがはゼロ番隊隊長だな。」
ざまあみろと、スザクの顔を足先で小突く玉城に、ゼロの怒声が飛ぶ。
「やめろっ!」
その声の大きさに、浮かせていた右足を慌てて引っ込めるもののバランスを崩してフラフラと後退してしまう。何とか踏み止まった時にはあと2,3歩で海に落ちるところだった。
「な、なんだよ親友。そんな大声出す事ねえだろ。」
非難めいた口調で訴えれば、ゼロは厳しい口調で玉城をたしなめる。
「負傷して動けぬ者をさらに足蹴にするとは……っ。
ブリタニアと変わらない悪行だ。」
その言葉に玉城は、うっと呻き、C.C.は吹き出した。
そのタイミングで、応急処置の止血をしたラクシャータが声をかける。
「輸血が必要ね。彼の血液型分かる?」
「O型だ。」
「了解。一通り持ってきておいて良かったわね。
ゼロの血液が型分からないから、全部持ってきたんだけど。よく敵の血液型まで知ってるわねえ。」
「一度仲間に引き抜こうとしたからな。パーソナルデータは当然調べた。」
「ふーん。マメよね。そのおかげで助かったんだから感謝しなさいよ。」
多量の出血のため、青白い顔で昏睡しているスザクに笑いかける。
スザクがストレッチャーで輸送機に乗せられるのを確認して、ゼロは藤堂に連絡を取った。
「突然指揮を移譲し、申し訳なかった。そちらの状況はどうだ。」
藤堂からは、新潟からの増援のため戦線を後退するしかなかったこと。司令部であるアッシュフォード学園を死守するための布陣を敷き応戦中であると返事があった。
「わかった。司令部は放棄した方がよさそうだ。
ああ。敵に気取られないように順次撤退を……万一発見されたときには抵抗せずに投降してくれ。
すまない。私が必ず助ける。絶対だ。これだけは約束する。」
「ゼロぉ。」
通信の内容に、玉城は情けない声で親友の名を呼ぶ。
「すまない。すべて私の責任だ。」
そう答えると、今度は太平洋上にいるディートハルトに通信をつなげた。
忙しくあちこちに指示を出すゼロを横目に見ながら、カレンは黙々と自分の作業を続けるのだった。
のちに「ブラックリベリオン」と呼ばれる、エリア11最大規模の反乱は、帝国宰相シュナイゼルを出陣させるほどの脅威を神聖ブリタニア帝国に与えた。
だが、ふたを開けてみればシュナイゼルの到着を待たずに決着はついた。政庁防衛に当たった「帝国の魁」ギルフォードが率いるグランストンナイツの働きにより反乱軍の目的である政庁陥落を防ぎ、この反乱を扇動した黒の騎士団の主力部隊を戦線から撤退させたことが大きな勝因である。
しかし、ブリタニア側も、総督、副総督を務める皇女2名が死傷するなど、被害も大きく、また、撤退にまで追い込んだ黒の騎士団の主力及び首藤であるゼロをとらえることはできなかった。
援軍に到着したシュナイゼルの元、大掛かりな追跡をかけたが、彼らの姿はようとして発見されなかった。
ホクリク地区カナザワゲットー。ブリタニアの執拗な追跡を逃れた黒の騎士主要部隊は、かつてコーネリア総督によって壊滅させられた反抗勢力「サムライの血」の拠点であった場所に潜伏している。
ゼロは、最前線で戦い、撤退時にはしんがりを務め仲間を守った、藤堂鏡四郎と彼の直属部下である四聖剣の元を訪れていた。
「そうか。神楽耶さまはディートハルト共に中華へ……」
黒の騎士団が現るまで、エリア11最大の抵抗組織「日本解放戦線」にいた藤堂は、自分たちのよき理解者で最大のスポンサーである皇神楽耶が無事あること知って胸をなでおろした。
「だが、他の六家の面々は、ブリタニア統治軍に捕らえられたそうだ。」
「……そうか。」
ゼロの報告に、一度は明るくなった四聖剣の表情が再び暗くなる。藤堂は小さく息を吐いた。六家の中で今回の反乱に積極的だったのは神楽耶だけだ。日和見な彼らの事、形勢不利と分かったところでブリタニアに接触し、捕らえられたのだろう。
「それで?これからどうするんだい。何とかブリタニアの追跡から逃れることはできたけど、組織としてはバラバラにってしまった。あんたが途中で戦線を離れず、最後まで指揮を取っていればこんなことにはならなかった。政庁陥落だって出来たろう。」
同席している四聖剣のひとり、朝比奈が非難するのを、藤堂は制した。
敬愛する藤堂がゼロをかばう事に、納得いかないという表情を浮かべながらも、朝比奈は大人しく口をつぐむ。
「ディートハルトを神楽耶さまと一緒に中華に渡らせたという事は、中華の支援を引き出すつもりなのだろう。」
その確認ともとれる問いに、ゼロは頷いた。
「そうだ。澤崎の事件以降、中華連邦も我々を無視できない相手であると評価しているようだ。失敗はしたがエリア全土にまで及ぶ反乱を起こせたことで、向こうからすり寄ってきている。」
「では、神楽耶さまの身の安全も。」
「大宦官が保証してくれている。朱禁城に招き入れてくれるそうだ。」
朝比奈と千葉から感嘆の声が漏れる。
「国賓待遇じゃないか。」
ゼロが小さく頷く。
「将来的には、黒の騎士団の拠点も中華に移そうと考えている。」
「中華に取り入り、その先に何をしようと考えている。」
藤堂は、怜悧な視線でゼロに問いかける。
「ブリタニアに対抗するためには、もっと巨大な力が必要だ。そのための基盤を作るためには、まず、エリアからの独立を果たさなくてはならない。そのための今回の反乱ではあったが……ブリタニア支配地域内では、内乱で処理されてしまう。」
ゼロの説明に、今度は藤堂が頷いた。
「合衆国日本を建国し、世界中に分散している反ブリタニア勢力に団結を働きかける。そのための礎を神楽耶さまにお願いした。」
「中華の中に合衆国日本を作るという事か。」
「日本を離れるというのかっ。」
千葉が、唸る。そんな彼女にゼロは問う。
「日本人とは、民族とは何だ。」
「えっ……」
ゼロの問いかけに虚を突かれ、千葉は小さく声を漏らすした。
「言語か?土地か?血の繋がりか?」
「………それだけじゃない。それは…心だ。」
彼女の答えにゼロも頷く。
「私もそう思う。自覚・規範・矜持、つまり文化の根底たる心さえあれば、住む場所が異なろうとそれは日本人なのだ。」
「つまり……どこに住んでいようが、日本人は日本人だ…てことか。」
朝比奈も、納得して頷く。
「日本を取り戻すための拠点を中華に作るのだな。」
藤堂の確認にゼロは「そうだ。」と答える。ゼロが提示した組織の新たな目標に日本奪還の道筋を見出した藤堂は、ゼロの「超合衆国構想」に賛同することを決めるのだった。
彼らのもとを去るとき、ゼロは思い出したように振り返り、朝比奈に言葉をかける。
「今回の失敗は、朝比奈の言う通り戦線を勝手に離脱した私の失策だ。判断を誤ったために多くの仲間の命を失わせることになってしまった。だから、もう同じ過ちは起こさない。」
その言葉に、朝比奈は大きく頷くのだった。
「君が戦線離脱して捕らえた枢木スザクだが……彼の処遇はどうする?捕虜として扱うのか。それとも、また仲間になるよう働きかけるつもりなのか。」
藤堂の問いかけに、ゼロはふっと皮肉気な笑い声を漏らした。
「───捕虜か……ブリタニアにとって枢木はもう価値のない存在だ。統治軍の発表した戦死者リストに、枢木スザクの名前が記載されているのを確認した。ブリタニアに戻っても、ユーフェミアという後ろ盾を失った今では一兵卒になるしかないだろうな。」
「虐殺皇女の騎士を仲間に加える気なのか。」
「その虐殺を枢木スザクが知らなかったとしたら?」
ゼロの言葉に、朝比奈と千葉は顔を見合わせる。
「特区日本の式典でユーフェミアを止めようと後を追った時、昏倒している彼を見た。皇女が、彼に邪魔させないよう一服盛った可能性は否定できない。」
「そんな───。」
「それは、本当なのか倒れている枢木を見たというのは。」
「いまさら嘘をついてどうする。事実、虐殺命令の時に騎士である彼の姿は皇女の側にはなかった。」
困惑する千葉と朝比奈に藤堂はつぶやく。
「いずれにしろ、彼の意識が戻ってからだな。」
スザクは、ブリタニアからの逃亡中も、そしてこのアジトに落ち着いた今でも、未だ意識が戻らない状態が続いていた。
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