数日後、ロロとナナリーは対面を果たした。
深夜の、エリア政庁副総督室で───
よもやこんな形で彼女と対面する事になるとは思っていなかったロロは、強張った顔を蒼白にしておずおずと満面の笑みで差し出してくるナナリーの右手を握った。
「そんなに緊張なさらないでください。」
ロロの汗ばんだ掌の感触に、気づかいの言葉をかけるナナリーに、顔をさらに引きつらせる。
ロロにしてみれば、こんな状況は全く想定外だ。
もし彼女と対面する時があるとすれば、それは、彼女の命を奪う時だと信じていたし、命令がなくともそうしてやろうと考えてもいた。
こんな、和やかに対面するとは……
居心地悪そうに目を彷徨わせるロロを、スザクは気の毒そうに見ていた。
「改めてご挨拶しますね。初めましてナナリー・ランペルージです。」
ヴィ・ブリタニアではなくランペルージ姓で自己紹介するナナリーに、ロロは眉尻を下げる。
「初めまして。ロロ・ランペルージです。……でも、これは任務上の名で、本名は……」
「ロロさん。」
彼の言葉を遮るようにナナリーが話しかける。
「貴方は、ロロ・ランペルージですわ。
少なくとも、今現在は……
私とお兄様は、このままずっとロロのままでいて欲しいと思っていますけれど。」
「ぼっ僕もです!
僕も、このまま死ぬまでロロ・ランペルージでいたい。」
ロロの訴えに、ナナリーとルルーシュは大きく頷く。
「よろしくお願いします。私たち、これから3兄妹ですわね。
ところで、ロロさんはおいくつでいらっしゃるの?
おそらく、私とそう変わらないお年だとは思いますが……」
誕生日を聞かれ、ロロは眉を顰める。
「──知りません。
生まれてすぐ嚮団に引き取られたのですが、推定15歳という事しか……」
「そうですか……」
彼の境遇に、ナナリーも眉を顰めるが、すぐに明るい顔を向ける。
「と、いう事は本名だという名前も嚮団のお仕着せという事ですわね。」
ナナリーに指摘され、ロロの表情にやっと笑みが浮かんだ。
ああ…そうだ。僕の名前に意味なんてない。なら、僕にとって価値のある今の名を、自分の本名にしてしまっても何の問題もないじゃないか。
「お誕生日は……」
「お前と同じだよ。ナナリー。」
そう声をかけてくるルルーシュに顔を向け、彼女は嬉しそうに頷いた。
「そうですわね。私たち双子という事で宜しんじゃありません?」
嬉々として提案してくるナナリーに、ロロは慌ててルルーシュを見る。兄は、優しい笑顔で頷いた。
「嬉しいわ。私ずっと弟か妹が欲しかったんです。」
まさか、こんな形で夢がかなうなんて。と、はしゃぐ彼女にロロは困惑する。
「……僕が、弟…ですか?」
「……ご不満?」
「不満というか……嚮団では、僕は年長者の部類だったので、弟扱いされるのは慣れていないというか……
そもそも、双子なら立場は対等じゃないんですか?」
少々強引な「弟設定」を、へりくだった口調ながら否定するロロに、ナナリーの眉がピクリと動く。
「確かに立場は対等ですわ。2人ともルルーシュお兄様の弟妹ですもの。
でも、便宜上どちらが上かは重要です。」
ナナリーの言葉に、然りとロロも頷く。
「僕は年下の子の面倒を見るのは得意ですよ。」
「お兄様の妹歴は14年です。
ロロさんは、まだ1年でしょう。」
引きつった笑みを張り付かせて、精神口撃をし合う妹と弟にルルーシュは思わず額に手をやる。
対面早々に姉弟(もしくは兄妹)喧嘩を始めた2人に、オブザーバーであるスザクとラウンズ2名は必死で笑いをかみ殺していた。
この2人、顔だけでなく性格まで似ている。ロロを弟役に抜擢したのがV.V.かシャルルか分からないが、実に絶妙だと感心するしかない。
和やかだった空気が険悪になりつつあった。
スザクが、目線でルルーシュを促す。
その合図に、ルルーシュはコホンと咳払いをした。
「喧嘩するほど仲がいいとは良く言ったものだな。
2人がこんなにすぐ打ち解けて、嬉しいよ。」
ルルーシュの言葉に、2人は赤面する。
「あ、あら。私たち別に喧嘩だなんて……」
ねえ。と同意を求めてくるナナリーに、ロロも慌てて相槌を打つ。
「そ、そうだよ。」
2人の様子に、くすくす笑みをこぼしながら、ルルーシュは満足そうに頷く。
「では、対等な立場の双子らしく、もっと砕けた会話にしてもいいだろう。敬語を使わず、お互いを名前で呼び合ったらどうだ。」
「そうですわね。では、ロロ。」
「ナナリー。」
2人同時に名前を呼び合う。まるで、先に相手を呼び捨てた方が年長者だと言わんばかりに……
見事にはもった2人の声に、周りからどっと笑い声が上がり、ナナリーとロロは顔を見合わせ硬直する。その数瞬後同時に吹き出した。
「私達……」
「本物の双子みたいだ。」
「気が合いますわね。」
「うん。」
心からの笑顔で握手し合う弟妹に、心底安堵するルルーシュであった。
弟妹の顔合わせも無事済んだと、スザクの方に向きなおるルルーシュを、ナナリーが呼び止めた。
「お兄様。」
反射的に彼女を振り向いたルルーシュは、驚きで目を見開く。
ナナリーの……瞳が…開かれている。
淡い菫色の大きな瞳が、「あの日」以来8年間見ることがかなわなかったナナリーの両の瞳がしっかりと開かれ、そこに、驚愕する自分の姿がくっきりと映し出されていた。
「ナ、ナナリー……」
声を震わせ彼女を凝視しているのは、なにもルルーシュに限ったことではない。
ロロもスザクも、ラウンズの2人も目を見開き、息を呑んで彼女を見ていた。
「お前……目が、目が開けられたのか……!」
慌てて彼女の方へ行こうとして、足をよろめかせる。ルルーシュは倒れ込むようにしてナナリーの前に跪いた。
感激に目を潤ませ、妹の手を取る。
そんな兄に、妹はいたずらっぽい笑みを浮かべて大きく頷いた。
「中華から戻られたスザクさんから、お母様がお兄様にお話しになったことを聞かされて……
アーニャさんを通じてお母さまに確認しましたの。この目は、お父様のギアスによるものだと……
他人によって、自ら光を拒絶するよう思い込まされたと知って、私……生まれて初めてお父様を憎いと思いましたわ。」
膝の上に置かれた両手を握り込む。それは今も怒りで震えていた。
次の瞬間、ナナリーは後悔を滲ませた声で顔を俯かせる。
「そして、こんな事は少しも『愛情』ではないと、怒りに任せてお母さまに大声をあげてしまいました。」
ナナリーは心から、光を取り戻したいと願った。
感情のまま、アーニャの中にいる母に暴言をぶつけ、謝罪する彼女の胸に拳をぶつけたその瞬間。
白い騎士服から覗く、黒いアンダーウエア…その中央に大きく描かれている皇帝の紋を殴る自分の手が見えた。
ハッとして視線をあげれば、潤んだ瞳をガーネットのように煌めかせて、申し訳なそうに自分を見る少女の顔があった。
「あ…アーニャさん……きれいな赤い瞳でいらっしゃるのね。その、チェリーブロンドの髪は、ユフィ姉さまと同じだわ。」
胸に打ち付けている手を開き、震える指で自分の顔の輪郭を辿る少女の目が開かれ、その瞳が、溢れる涙で淡い紫色の光を放っているのに、マリアンヌは驚嘆した。
「ナ、ナナリーっ!」
「お、お母様っ。お母様っ私……私っ……!」
ごめんなさいと呟く娘を抱きしめる。
「いいえ。私こそ……貴女のためと言い訳して、自分のエゴを押し付けたわ。謝るのは私の方よ。
そして、ありがとう……よく、あの人のギアスを打ち破ってくれたわ……」
2人の少女は、抱き合ったまましばらく涙を流し続けたのだった。
「この目の事は、お兄様にお会いした時のサプライズにしようと、お母様と話し合って、スザクさんにも内緒にしていましたの。」
もちろんアーニャさんにも。と言ってナナリーは済まなそうに小さく頭を下げる。
そんな彼女に、アーニャは優しく微笑んで首を振った。
「まったく……母さんは悪戯好きだからな。
だが…こういうサプライズは大いに歓迎だ。」
そう言って礼を言うルルーシュに、悦に入った笑みを向けたのはマリアンヌだった。
ナナリーとマリアンヌが仕掛けたサプライズで、興奮冷めやらぬ状態ではあったが、何とか冷静さを取り戻したルルーシュがようやく訪問の目的を告げた。
「ロロと、ジェレミアの協力で嚮団の位置が判明した。」
その言葉に、室内の空気は一瞬で緊張する。
ルルーシュが持ち込んだタブレットのデータをモニターに転送し、全員で確認する。
ロロの記憶や、ジェレミアが秘かに持ち出した嚮団のデータから、位置とその規模や研究内容・人員・施設内の見取り図など基本的な情報を検証している最中、スザクの携帯端末がコール音を発した。
発信元はシュナイゼルであった。
周りの者に断ってから受信すると、兄の声はいつになく焦っているように聞こえる。
『やあ。遅い時間に申し訳ない。
眠っていたかな。』
「いえ、今ちょうどこちらにルルーシュが来ていて……嚮団の詳しい情報が手に入ったそうです。」
真剣な声で返答すれば、シュナイゼルが息を呑む音が耳に響いた。
「───偶然というか奇遇というか……私も嚮団に関する情報でお前に伝えなければならない事があってね……」
スザクは目を見開くと、端末を会議テーブルの上に置き、会話が全員に聞こえるようにする。
「兄さん。会話をルルーシュたちにも聞こえるようにしました。」
『そうか。……そうだな。ルルーシュの他に誰がいる?』
「ジノとアーニャ。ナナリーと、それから、ロロがいます。」
出席者を伝えると、シュナイゼルは数瞬口をつぐんだ。
『──ルルーシュ。ロロ君は、嚮団とは縁を切ったと考えていいのだね。』
確認してくる声に、ロロの表情が硬くなる。
「勿論です。俺が持っている嚮団の情報のほとんどが彼からのものです。」
『そうか。』
ルルーシュの答えに応じるシュナイゼルの声には、安堵の響きがあった。
『では、ロロ君。確認したいのだが…教団の位置は、中華連邦西部の砂漠地帯で間違いないかな。』
具体的に確認された場所は間違いなく嚮団施設のある場所で、そのことに、ロロをはじめ全員が驚愕の表情を浮かべる。
「はっはい。おっしゃる通りです。殿下。」
「兄さんっ。その情報は、どこから……っ!」
ロロが肯定し、スザクが慌てて情報の出所を確認する。
『……コーネリアだよ。
1年前国を出奔し、世界中を自分の足で回ってギアスに関する情報を集めていた。
私は、彼女の資金面などの支援と、互いに集めた情報の共有や精査を行っていた。』
端末越しに聞こえてくる兄の告白に、スザクとルルーシュは目を細める。
『その、コウから1週間前に連絡あったのだ。『ギアスの尻尾を掴んだ。』と……
だが、それ以来彼女と連絡が取れなくなってしまった。』
「───よもや、姉上は単独で嚮団施設に潜入なさったのでは……」
顔色を悪くして、ルルーシュが呟く。
「姉上の性格では、十分あり得る……」
スザクが首肯して呻いた。
『ロロ君。君の見解を聞きたいのだが……嚮主であるV.V.は紛れ込んできた異分子をどのように処理する人物かな。』
コーネリアの生死は彼の人物の性格に掛かっていると、シュナイゼルが言外に伝えてくる。
ロロが固唾を呑み、彼女の弟妹達は不安げに、彼の言葉を待った。
「確かに嚮主は容赦のない人物ですが、相手が皇女殿下であれば、そう簡単に始末はしないと思います。皇帝陛下のご息女ですから。
……それに…どこから嚮団の場所を知ったのかという事に興味を持つのではないかと……」
冷静な、彼の分析にシュナイゼルはふむと頷き、ルルーシュらは安堵の息を漏らす。
『なるほど……では、コウの命は保証されていると考えてよさそうだ。』
「恐らく…嚮団に関する情報は消去されると思います。」
『父上の、記憶改ざんのギアスか……』
ロロの指摘に、シュナイゼルは苦々しい口調で頷いた。
「どちらにせよ、姉上を早く救出しないと……」
スザクの言葉に、全員が大きく頷く。
『そろそろ……決着をつけなばならないね。』
常になく低く重たい声で語るシュナイゼルの言葉に、その場の誰もが引き締まった顔を見合わせるのだった。
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