玄関先での立ち話で済む内容ではないと、ルルーシュに招き入れられたランペルージ家のリビングに、シャーリーは感嘆する。
すっきりと片付けられたモダンなリビング。2人住まいにしては大きなテーブルはダイニングも兼ねていることが容易に想像できる。
余計な物が全くない、まるでモデルルームのような居心地の良さに、先ほどまでいた政庁の副総督執務室を思い出した。
「すごいね……」
「うん?」
シャーリーの声に、ルルーシュは小首を傾げる。
「ハウスキーパーさん頼んでいるの?」
ここまで行き届いていれば自然とそういう疑問に到達する。が、ルルーシュは目を瞬かせると、呆れた顔でそれを否定した。
「人を雇って掃除させるなんて無駄な事はしないさ。
自分達でやっているよ。」
当然だという返事に、シャーリーは二の句が出なかった。
こんな綺麗に掃除したことないよぉ。
思えば、ルルーシュは生徒会の仕事はすべて無駄なく完ぺきにこなしている。大雑把な自分とは正反対で……
普段からキチンとしているんだ……
勧められた席に座ると、シャーリーは大きく息を吐いて肩を落とすのだった。
そんな彼女の心情にかまうことなく、ルルーシュは本題を切り出してくる。
「シャーリー。政庁でナナリーと何を話したんだ?」
真顔で問いかけてくる彼に姿勢を正して向き合うと、ごくりと息を呑んで口を開いた。
「私が知りたかったことを全部聞かせてくれた。
何故、ナナちゃんが総督なのか……ナナちゃんとルルの素性と、どうしてアッシュフォードにいたのか……2人の身に起きたことを全部隠すことなく教えてくれた。
ゼロがルルだってナナちゃんも知っていて、ルルを助けるためにこのエリア11の総督を志願したって聞いた。
皇帝陛下がしようとしている事……それを止めるため、本国のシュナイゼル殿下をはじめルルも戦っているんだよね。」
シャーリーの告白に、ルルーシュは蒼白な表情で両の手を握りしめる。
「………そうか。
君は……全て知った上で、ここに来たんだね。」
苦しげに顰められるルルーシュの双眸に、シャーリーは顔を強張らせ頷く。2人は黙って見つめ合った。
その間、ルルーシュの隣に座るロロは、驚愕で顔を引きつらせながら2人の表情を交互に伺っていた。
彼女の話のほとんどが、自分が知らぬ事ばかりなのだ。
皇帝の計画も、それを宰相であるシュナイゼルが阻止しようとしていることも、ルルーシュやナナリーが与していることも……
──何も聞いていない。知らされていない。
焦りと苛立ちで爪を噛む。そんな彼を、シャーリーの隣に座るジノは同情めいた表情で見ていた。
口をつぐんでしまったルルーシュにジノが声をかける。
「ルルーシュ殿下。ナナリー様とスザク様よりご伝言です。
殿下のご意思を確認せぬまま、事情を知らせてしまった事をお詫びすると……ですが、彼女の意思を優先すべきと判断したからで、それについて自信があるとお2人とも仰っていました。
ナナリー様からは、シャーリーを叱ったりなさらなようにと……元はと言えば……その…兄上様の蒔いた種だと……」
口を濁しながらしどろもどろで妹からの伝言を語る騎士に、ルルーシュはクスリと笑みを漏らした。
「───分かった。
だが、ジノ。俺はもう皇族じゃない。敬称は不要だ。」
「そういう訳にもいきません。皇女殿下から兄上様へのご伝言ですから。」
「いや、違うな。間違っているぞ、ナイトオブスリー。
立場ははっきりさせなくてはならない。
例え皇女の兄だとしても、今の俺はただの学生に過ぎない。」
けじめは重要だ。とルルーシュは強く念押しする。
皇族に復帰したナナリーの立場を慮っての発言だ。
エリア総督という地位に就いたナナリーを妬む者が、その足元をすくうための道具に彼女の兄を利用しようと考えるのは容易に想像がつく。
表向きは行方不明のままとなっている自分の存在を、そういった輩が何をきっかけに知る事になるか分からない。
自分が、実妹を脅かすことになるのを警戒しているのだ。
ルルーシュの心情をくみ取ったジノが苦笑しながら頷いた。
「はい。そうですね。ルルーシュ先輩。」
生徒会室で見せる陽気な笑顔のジノに、強張っていたシャーリーの表情がほころんだ。
「あ、そうだ。」
シャーリーがはっとしてロロを見る
「伝言と言えば…私もナナちゃんからロロに伝言頼まれていたんだ。」
「………僕に?」
怪訝な表情で尋ねてくる彼に、屈託のない笑顔で応える。
「今まで、ルルの側にいてくれてありがとうって。
これからもよろしくお願いしますって言っていたよ。」
ニコニコと笑って伝えられた内容に、ロロは面食らう。
何度も瞬きを繰り返して、彼女を見つめた。
「ありがとう……?」
なぜ、自分が礼を言われるのか分からない。
嫌味なのか?だが、これからもよろしくとも付け加えられている。
理解不能な事柄にロロの頭は完全に混乱し、表情があからさまに不機嫌になった。
「───どういう意味です?」
イライラとした声で尋ねられたことで、今度はシャーリーが面食らった。
「どういう……って。」
「僕は、ナナリーから彼女の居場所を…兄さんを奪った存在なんですよ。
兄さんの記憶が戻ったら、殺せとも命令されている。
そんな人間にどうして礼を言うんですか。」
噛みつくロロに、シャーリーは眉尻を下げて微笑する。
「───殺していないじゃない。」
穏やかな声で紡がれた言葉に、ロロは絶句した。
「ルルが記憶を失っている間も取り戻した後も、ロロはずっとルルの側にいた。
ルルの弟して……ナナちゃんの代わりにずっと。
今、彼女はルルの側に行きたくても行けないから……きっと、自分の代わりにルルを支えてくれているお礼だと思うよ。」
「それは……僕が兄さんを殺さないのは……」
「ほらっ。また、ルルの事を『兄さん』ていってる。
いくら、仕事でそう呼ぶように命令されたからって、こんな状況で『監視対象』をそう言ったりしないでしょ。
ロロが、心からルルの事をお兄さんだって思っている証拠だよ。」
そうでしょ?と、確認してくるのに、ロロはちらりと隣を見て頷いた。
2人のやり取りを目を剥いて見ていたルルーシュであったが、無言で小さく頷く「弟」に自然と笑みがこぼれていた。
ああそうか……ナナリーはロロに感謝しているのか……
ルルーシュは瞑目して、シャーリーから伝えられたナナリーの気持ちをかみしめる。
ふっと、心が軽くなった心地がした。
1年間、実の弟して愛情を注いできた相手である。
それが、全て偽り紛い物であると知った時の怒りは「はらわたが煮えかえる」「怒髪天を衝く」などの言葉て例えられるような生優しいものではなかった。
ナナリーの居場所を奪い、「兄さん」などと猫なで声ですり寄ってくる性悪極まりない泥棒猫で、自分の監視と暗殺が目的の皇帝からの刺客。
少しでも気を許せば、自分は愚かナナリーの命さえも奪われかねない危険な相手であると肝に銘じてきた。
だが、ふとした瞬間に見せる表情や仕草度が無性に愛おしく感じてしまう時がある。それが、他人によって造られた記憶であったとしても、ロロ・ランペルージという少年を実弟として愛し守ってきたことはルルーシュにとって紛れもない真実なのだ。
事実と真実……相反する事象の間で揺れ動く感情を持て余し気味だったルルーシュは、ナナリーの気持ちに大いに救われた。
事実はどうであれ、今確かに弟として側にいる存在を兄として愛していていいのだと、実妹から許された。そう感じた。
怯えたような表情でこちらを伺ってくる存在に笑みで応え、肩を抱き寄せる。
「ああ。そうだ。ロロは、オレの大事な弟だよ。」
ルルーシュの言葉に、頬を染め俯く少年を周りの者たちは微笑みをもって見守るのだった。
「ルル。」
シャーリーが、決意を込めた眼差しでルルーシュを見据える。
「私も、ルルの事を助けたい。
ルルがゼロだってことに、私、すごく苦しんだし悩んだ。
でも………
黒の騎士団のせいで、私のお父さんは死んだけど、だからってゼロや黒の騎士団を恨んだままじゃ、私もお母さんも不幸なままで、いつまでも立ち直ることはできないから……
私……私は、自分の気持ちに正直に生きようと思う。
私、ルルが……ルルーシュ・ランペルージ君のことが誰よりも好きです。貴方が元皇族でもテロリストでもこの気持ちは変わらないから。
だから……!」
必死に訴えるシャーリーに、ルルーシュは静かに頷く。
「わ…私は何のとりえもない平凡な女の子だから、カレンみたいに黒の騎士団に入って一緒に戦うなんてことはできなけど……
ルルの側にいたい。気持ちだけでも、ルルに寄り添いたいの。」
瞳を潤ませる少女の手に、ルルーシュは自分の手を重ね、その想いに答えるのだった。
「ありがとう。シャーリー。」
ジノからの「報告」に、スザクとナナリーは顔を見合わせ微笑む。
「そうか……よかった。」
ほっと安堵するものの、スザクは小首を傾げた。
「ルルーシュは、ロロの事を弟だと言ったんだ。」
てっきり、殺したいほど憎んでいると思ったのだがと頭を掻くスザクに、ナナリーは呆れた顔で嘆息する。
「スザクさん……お兄様、いえ、ブリタニア一族についてまだよく理解なさっていないみたいですわね。
私たちブリタニア皇族は、長年血で血で洗う権力抗争を続けてきた一族です。その反面、血縁や身内を無条件で許容信頼する傾向にあります。
お兄様は、コウ姉様やシュナイゼルお兄様同様に年下の弟妹に執着するタイプの方ですもの。
1年も弟として一緒に暮らしてきた方を拒絶できるはずがありませんわ。」
自信満々で講釈するルルーシュの妹に、スザクは苦笑しながらも反論を試みる。
「だからだよ。
実の弟を騙って、君の居場所を奪った相手を絶対に許さないだろうと思ったんだ。」
肩をすくめる彼に、ナナリーは合点がいったという顔を見せた。
だがすぐにその考察を一笑に付す。
「憎しみよりも、愛情の方が勝ったのですわ。お兄様は慈しみ深い方ですもの。」
やっぱり解っていらっしゃらないわ。と笑う彼女に、参ったなという顔で肩をすくめるスザクであった。
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