a captive of prince 第22章:想いの力 - 4/6

「ジノ。学生寮じゃなくて…クラブハウスに寄れないかな。」
 ジノに付き添われて、黒塗りの政庁専用車で学園まで送り届けてもらっているシャーリーは、行き先を自分が住まう寮とは違う場所を要望した。
 送ってもらっているのに我儘を言って申し訳ないと頭を下げる先輩に、ジノは二つ返事で了承する。
「ルルーシュ先輩の無事を確認したいんだろ。
俺も、シャーリーを送り届けたら行こうと思っていたんだ。」
 どうせだから一緒に行こうという彼に、シャーリーは笑顔で頷いた。
 運転手に行先の変更を指示すれば、了解の返事と共に寮へ向かっていた車をクラブハウスに近い入口の方へハンドルを切る。
 車は、クラブハウスの玄関の前へ滑らかに停車した。
 運転手がドアを開けてくれる時間も待ちきれないという様子で、彼への礼もそこそこに玄関ポーチへと掛けていく少女に、皇帝の騎士は笑みをこぼし唖然とする運転手に肩をすくめてみせた。
 彼女の後を追うようにゆっくりと車を離れるナイトオブスリーを、運転手が呼び止める。
「お忘れ物です。」
 そう言って彼が差し出したものは、シャーリーの携帯端末であった。

 アッシュフォード学園クラブハウス。
 その名の通り、生徒会活動のために用意された施設であり、在籍する学生は必ず課外活動である部活動もしくは生徒会に所属することが規則で定められている。
 数多ある活動組織のための部室や、生徒会執務室、学生同士の交流のためのパーティールームなども建物の中に用意されている。
 さすが、ブリタニアの貴族が私財を投じて作っただけはある。至れり尽くせりな施設だ。
 校舎と離れた場所にあるこの建物は、玄関から入った正面に螺旋階段があり、その右側が学生らが利用するための施設、左側はとある兄弟のために用意された居住施設となっている。
 そう。中等部からこの学園に通学している、ルルーシュとロロのランペルージ兄弟の生活の場でもあるのだ。
 どういう事情で彼らがそこで生活しているのか学園内の七不思議に含まれているが、特にその事について学園側に意見もしくは苦情が寄せられることもなく、ごく自然の事として受け入れられている。

 シャーリーは、勢いよくランペルージ家の玄関まで来たものの、呼び鈴を押す事を躊躇っていた。
 ルルーシュの事情を、本人の知らない所で彼の実妹から聞き出してしまった事に、今更ながら罪悪感を覚えた。なんと言えばいいのだろう。
 ルルーシュがゼロであること、彼を守るために軍人を撃ってしまった事に苦しんでいた自分を、ルルーシュの事を忘れるという方法で救ってくれた彼の気持ちを無下にしてしまったのではないか。
 会長命令で公認カップルとなったものの、そもそも自分の片思いなのには変わりがなく、彼の過去を無理やり知ったことで嫌われるのではないかと、急に不安が押し寄せてきた。

 ナナちゃんやスザク殿下の前で、あんな大胆な事を言ったくせに……

 シャーリーは大きく頭を振ると、勢いよく鼻から息を吐き出し、えい、ままよと呼び鈴に人差し指を伸ばした。
 その時───
「シャーリーさん?」
 背後からかけられた声に肩が大きく跳ねる。
「ロロ……」
 声の方を振り返れば、ルルーシュの弟と称して彼と同居している「監視者」が怪訝な顔で彼女を見ていた。
 どうやら、彼も外出先から戻ってきたところらしい。
「どうしたんです。
うちに何か御用ですか?」
 警戒を隠さずに問いかけてくるのに、彼女の表情も緊張する。
「あの…ちょっとルルと話したい事があって……
いるかな?」
「兄さんなら、外出していますけど。」
 ロロの返事に、シャーリーは小さく息を漏らした。
 彼が外出していることは先刻承知だ。ロロがこれだけ落ち着ているという事は、ルルーシュの無事は間違いないだろう。
「そう……」
 少女は満面の笑みで、未だに警戒を解くことなく自分を見る少年に答えた。
「だったらいいんだ。
また、今度にするから。」
 そう言って、出口に向かうため少年の方へと歩みを進める。
 つと、シャーリーは、ロロとすれ違いざま、足を止めた。
 そして、ゆっくりと彼を振り向くと恐る恐る問いかける。
「ねえ。ロロは……ルルのこと、好き?」
「当たり前だろ。たった一人の兄さんなんだから。」
 急な問いかけにも拘らず、何の戸惑いもなく言い切る彼に、シャーリーは安堵の笑みを浮かべる。
「───良かった。やっぱり、ロロはルルの味方なのね。」
 笑顔と共に漏らされた彼女の言葉は、ロロを緊張させる。
 なんだ──?
 なぜ、突然そんな事を聞く。
 「やっぱり、味方」とはどういう意味だ。
 探るように見つめてくる彼に、シャーリーは眉尻を下げた。
「あのね…今日、政庁に行ってきたんだ。
そこで、ナナリーと会ったの。」
「ナ…ナナリーって……総督……?」
 ロロの表情が硬化する。彼の異変に気付くことなく、少女は首肯した。
「うん。ルルの妹のナナちゃん。」
 ロロが戦慄した。
「あのね……」
 次の句を言おうとした彼女の時間は、ロロの瞳から飛び出した赤い鳥によって止められた。
 ロロの手には愛用のナイフが握られてる。
 獲物を狩る猟犬の目で、少年が一歩前に足を踏み出した瞬間だった。

「おーい。シャーリー忘れ物!」
 彼女の携帯端末を掲げて足早にやってくるナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグの姿を確認し、ロロは舌打ちする。
 何事もなかったようにナイフを隠すが、皇帝の騎士の座を戴く彼の動体視力はそれを見逃さなかった。
 ギアスを解除され、ロロに話しかけようとするシャーリーとの間に割って入る。
 突然現れたジノに、シャーリーは面食らった。
「ジノ?いつの間に───」
「ほら、シャーリー。車の中に忘れてたぞ。」
 そう言ってジノは、目線をロロから離すことなく携帯端末を彼女に差し出す。
「あ、ありがとう。」
 ジノとロロの間に得体のしれない緊張を感じながらも、少女は礼を言ってそれを受け取った。
 睨み合う2人と事情がよく呑み込めていない少女の耳に、新たな人物の声が飛び込んだ。
「……どうしたんだ。
家の前に、こんなに集まって。」
 我が家の玄関先の異様な光景に困惑の表情を浮かべているのは、ルルーシュ・ランペルージ。その人であった。

「兄さん!おかえりなさい。」
 まっ先に行動したのは、ロロだった。嬉しそうな顔で、兄の元へと駆け寄る。
 その素早さに、シャーリーは唖然としジノは苦虫をかみ殺したような顔をした。
「ただいま。ロロ。」
 つい先刻まで行動を共にしていたのだが、一足先に帰宅した「弟」に合わせて返事をする。
 そうした後で、恐らく我が家を訪問してきたのであろう2人の人物に首を傾げる。
 シャーリーはともかく、ジノは本来の姿であるラウンズの制服を着ている。この2人がどういった経緯で一緒に来たのか想像がつかない。
 訝しげな表情ではあるが、ルルーシュの無事な姿に、シャーリーの瞳から大粒の涙があふれて零れた。
 その様子に、ルルーシュは驚愕する。
「シャっシャーリー⁉」
 いったいどうしたんだと狼狽える彼に、シャーリーは笑って首を振る。
「ごめん。ルルの顔見たらほっとしちゃって……
本当に…無事でよかった。」
「無事…って。」
 彼女がそこまで自分を案じている理由が分からず呆然とするルルーシュに、ジノが助け船を出した。
「イケブクロの建築途中のショッピングモールで事件があったんです。
シャーリーは、それにルルーシュ先輩が巻き込ま手たんじゃないかって、心配していたんですよ。」
 ジノの言葉に、一瞬ルルーシュの顔が強張る。だが、すぐに、小さな笑みを漏らす。
「バカだな。俺がそんなところに……」
 行くはずがないと言いかけた彼の言葉を遮ったのは、彼の身を案じていた少女だった。
「ルル、ごめん。私、今日ルルの後を追けてたの。環状線…イケブクロで降りたでしょ?」
 その言葉に、ルルーシュは息を呑む。傍らに立つロロも驚愕して彼女を見つめていた。
「───どうして……」
 目を剥いて自分を見つめる想い人に、シャーリーは目を伏せる。
「あの…あのね……
私……思い出したんだ…全部……
ルルの事……ルルが何をやっていたのか……私に忘れさせてくれたこと……
生徒会の仲間全員が、皇帝陛下に謁見した事……」
 ルルーシュの顔が強張り、ロロの右手が動く。ほぼ同時にジノがシャーリーを隠すように立ち塞がった。
 ルルーシュは、弟の肩を掴んで首を振る。
「シャーリー。それは、いつから……」
「夕べ……突然思い出したの。
私……どうしていいのか分からなくて……ルルの後を追っていた。
でも……ルルに問い詰めることもできなくて……気が付いたら、政庁の前にいた。」
「政庁?」
 眉を顰めるルルーシュに、ロロが苦しげな表情を浮かべ視線を外す。
「そこで、ジノに声をかけられて……スザク殿下の部屋に呼ばれて、ナナちゃんと話したの。」
 ルルーシュの瞳が更に大きく見開かれた。
「ルル……皇子殿下だったんだね。」
 絞り出すような声で、シャーリーがぎこちなく微笑みかけてくる。
 その時、ルルーシュは自分がどんな顔をしていたか分からない。ただ、彼女の健気な笑顔が無性に辛く感じた。

3

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です