a captive of prince 第22章:想いの力 - 2/6

「いやー。ルルーシュ先輩の人気の物凄いこと。学園中の生徒が目の色変えて、先輩の帽子を欲しがってたからな。」
「だから。あれは、ミレイ会長が部費を餌にルルの帽子を欲しがったから。」
「なんで?」
「なんでって……何でだろう?」
 シャーリーとジノのやり取りを、スザクは穏やかな笑みと羨望の眼差しで見守る。
 あれほど緊張していたシャーリーも、今ではすっかり寛いでいた。 
「そんな中で、シャーリーは先輩と帽子を交換できた!
なかなかの強者じゃないか。」
「強者だなんて…たまたま2人きりになるチャンスがあったから。」
「そのチャンスを生かせるのが強者さ。」
「そう…かなあ。うん。そうだね。
恋は、パワーだもん。チャンスを呼び込めたんだね。」
「シャーリーは、俺みたいな新参者でもわかるくらい、ルルーシュ先輩に一途だからな。」
「………そうなんだ。」
 そんなに分かりやすいかなあと、照れ笑いを浮かべる彼女を、スザクは、穏やかな笑みを浮かべて見る。
「先輩とはその後どうなんだよ。デートぐらいした?」
 悪戯っぽくからかうジノに、シャーリーは頬を紅潮させる。
「や、やだなあ。そんなこと言えるわけないじゃん。」
「なんだ。その後、進展なしか。」 
「何で、分かるのよ……っ。」
 ジノの指摘に、赤い顔で言い募り慌てて口元に手をやるシャーリーを、ジノは鼻で笑う。
「ナイトオブラウンズの、観察眼をなめてもらっては困るなあ。」
「ルル、いつも忙しそうだし……私も、部活と生徒会掛け持ちでやること一杯あるから……」
 俯き加減でつぶやく彼女に、ジノは小さく息を吐く。
「それで、思い悩んでいたのか?」
「え……?」
「随分思いつめた顔で、立ってたからさ。」
「……だから、声かけてきたの?」
 同じ生徒会のメンバーになったばかりの下級生に、そんなに心配させるような顔をしていたのかと自嘲にも似た苦笑を浮かべる。
「大丈夫。デートができないくらいで落ち込んだりしないから。」
 笑顔を向ける彼女に、ジノはスザクと顔を見合わせ、眉をひそめる。
「じゃあ。何であんな顔を……何か心配事でも…・?
私で、役に立つことがあれば……」
 仲間から騎士の顔に戻って尋ねかけてくるジノに、自分がどれほど思いつめた表情をしていたのか思い知る。
 シャーリーは肩をすぼめて深く嘆息を漏らす。
 数瞬目を伏せたかと思うと、顔を上げ真剣な表情でスザクと目線を合わせた。
 スザクも、姿勢を正して彼女を見る。
「スザク殿下……私、殿下にお伺いしたいことが……」
「……なんでしょう。」
「ナナリー…皇女殿下の事で……」
 そう言って、彼女はいったん口をつぐんだ。
「ナナリー?」
 小首を傾げ彼女の次の言葉を待つ。
「ナナリー殿下は、その…ここに、エリア11にいらっしゃったのは初めてでしょうか。
学園に……アッシュフォード学園にいたことはありませんか?」
 必死の形相で問いかけてくるのに、スザクは面食らう。
 次に、何と答えようか逡巡した。
 確かに彼女はアッシュフォードにいた。しかし、シャーリーが何故そのことを確認しようとしているのか、その真意を図りかね困惑する。
 アーニャ…マリアンヌの話では、ギアスをかけられたルルーシュが混乱をきたさないよう、彼の身近にいる友人らにもルルーシュの嘘の経歴や家族関係についての記憶改ざんを行っているという事だった。その「友人」の中に彼女も含まれている。彼女の記憶では、ルルーシュの家族はナナリーではなくロロであると書き換えられているはずだ。
「あの……私、最近までこのこと忘れていたんです。ルルに妹がいる事……
ある日突然思い出して………私の覚えているナナちゃんも目と足が不自由で…でも、皇女様だなんて……
あまりにも違い過ぎて、どっちが本当なのか…分からなくて……」
 すみません。うまく説明できなくて……と、俯きながら謝る彼女に、スザクは目を見開く。
 隣に座るジノも同じ表情をしていた。目線で確認し合うと、スザクはおもむろに席を立つとデスクの内線電話の受話器を上げた。
「アメリー。総督は今日はもう外出の御予定はないかな。
そうか。では、ご在室だね。ご都合がよろしければ、僕の所においで頂けないか確認してくれないか。
ああ。ご友人のシャーリー・フェネット嬢が、こちらにいらっしゃっているんだ。」
 秘書とやり取りするスザクを、シャーリーは驚きの表情で見つめる。
「シャーリーさん。貴女の質問に、僕は答える資格がありません。
だから、記憶の中のナナリーと今のナナリー…同一人物かどうかあなたの目で確認してください。」
 内線電話がコール音を発する。すぐに受話器を取ると、その内容に目を細め、ありがとうと伝えた。
「すぐに、こちらに来るそうですよ。」
 笑みを浮かべる皇子に、シャーリーは目を見開いたまま息を呑み、大きく頷くのだった。

「シャーリーさんっ!」
 護衛担当のナイトオブシックス・アーニャに車いすを押されてやってきたナナリー総督は、部屋に入るなり満面の笑みとともに、彼女の名を呼んだ。
 その表情は記憶中のナナリー・ランペルージと同じで、シャーリーの胸の内に懐かしさがこみ上げてくる。
「ナナちゃん。ナナちゃんだよね。ルルの妹のっ。」
「ええ。ナナリーです。ナナリー・ランペルージです!」
「ナナちゃんっ!」
 席から立ち上がってナナリーのもとへ駆け寄ると、彼女の手を握る。
 握られた手の温もりに、ナナリーの笑みがさらに深くなった。
「シャーリーさん。懐かしいです。またお会いできて嬉しい。」
「私もっ。良かった……私のの知っているナナちゃんで…本当に良かった。」
 涙ぐむシャーリーの声に、ナナリーは眉尻を下げた。
「すみません。ずっと黙っていて。学園にも行かなくて……私は、学園に行くことを禁じられているものですから。」
 その答えに、今度はシャーリーが眉をひそめる。
「どうして?」
「私には、お兄様が記憶喪失になっているので、私が会いに行くと混乱なさるからと…説明されています。」
「ルルが…記憶喪失?」
「ええ。私の事を忘れてしまっているのだと……とても酷い事を言われましたわ。」
 そう言って眉根を寄せると、次の瞬間には今までシャーリーが見たこともない表情を見せる。それは、侮蔑とも嘲笑ともとれる厳しい、口の端を吊り上げた笑い。
 こんな苛烈な表情のナナリーは、シャーリーの記憶の中にはなかった。
「全部嘘だと知っていますけれど。」
 抑揚のない低い声でつぶやく彼女に、シャーリーは顔を強張らせて身を引く。
 気配を察したナナリーが、申し訳なさそうな顔を向けた。
「ごめんなさい。驚かれたでしょう?
あの、ナナリーが皇女でしかも総督だなんて……」
「ねえ。どういう事なのか教えて。
ナナちゃんは、本当は皇女殿下なのでしょう。ルルとはどういう関係なの?どうしてナナリー・ランペルージを名乗って、アッシュフォードにいたの?」
 シャーリーの問いかけに、ナナリーは深く嘆息を漏らした。
「そう…ですわね。今の私の地位を鑑みれば、お兄様と私の関係を疑われても致し方ありませんわね。」
 ナナリーは、気配から判断したシャーリーの正面に顔を向け、ニッコリと微笑む。
「ルルーシュ・ランペルージは、まぎれもなく私のお兄様ですわ。同じ血を分けた、たった一人の兄です。」
「じ…じゃあ。ルルも……」
「兄の本当の名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国の第11皇子です。」
 ナナリーから齎された真実に、シャーリーは頭が真っ白になった。
 ルルが……皇子殿下。
 どうして、気が付かなかったんだろう。
 ナナリーが皇女であるならば、その兄であるルルーシュも当然皇族であるはずだ。だが、彼女はその考えには行きつかなかった。無意識にそのことを考えないようにしていたのかもしれない。
 皇子でありながら、彼は国に反旗を翻し、テロリストとなって独自の軍隊をもって国…ひいては自らの親族と命がけの戦争をしている……そんな壮絶で恐ろしい事を考えたくはなかった。きっとそうだ。
 ぐらりと体が傾いた彼女を、皇帝の騎士が後ろから支えた。
「大丈夫か?」
「ジ…ノ……」
 瞳を潤ませて自分を見上げてくる、上級生で仲間の少女を痛ましげに見る。
「ナナリー。」
 スザクが、ナナリーの肩に手を置き小さく首を振る。
 ナナリーも、悲しげな表情を浮かべた。

 スザクの秘書アメリーが、ナナリーのための紅茶を用意してきた。その際、スザクらのお替りも持参していた。シャーリーには、スザクの配慮で気持ちが落ち着くよう、ハーブティーが渡された。
 シャーリーは、爽やかな香りの漂うお茶を含み、深呼吸するように息を吐いた。
「シャーリーさん。私は、貴女の2つ目の質問にまだ答えていません。
でも、これ以上聞きたくないというのであれば……」
「聞かせて。」
 遠慮がちに語り掛けるナナリーをシャーリーの声が遮る。語気は強めだが、悲壮感漂うその表情に、スザクもジノも眉根を寄せた。
「……よろしいのですか?」
 周りの空気を察したナナリーが、再度確認する。
 シャーリーは、黙って頷いた。
「うん。聞きたい。というか、聞かないといけないと思う。
その前に、もう一つ質問していいかな……」
「ええ。どうぞ。」
 穏やかな声のナナリーに、シャーリーは固唾を呑み、絞り出すような声を上げる。
「ナナリーは、ルルーシュが…ゼロだと知っているの……?」
 その問いかけのその場の全員が戦慄する。
 否定も肯定もなく、凍り付いた表情の彼女らに、シャーリーは暗い笑みを浮かべる。
「……知っているんだ……」
「シャーリーさん……貴女こそ、何故……」
 うわ言のように漏らされたスザクの言葉に、彼女は再び瞳を潤ませ俯く。
「ブラックリベリオンの前……トウキョウ湾で…ゼロの仮面の下の顔を見たの……ヴィレッタという軍人さんに、ルルが、テロに加担しているといわれて……信じられなくて後をつけた……その時……」
 日本解放戦線壊滅のあの事件のことか⁉
 スザクは顔を強張らせる。あの現場には自分もいた。その陰で、そんなことがあったとは……!
 と、いう事は、この中でルルーシュがゼロであることを最も先に知ったのはシャーリーであるという事になる。
 なんという事だろう。自分が好意を寄せる相手がテロリストであるという事実を、彼女はずっと自分の胸の中に抱えていたのか。
「そんな……」
 ナナリーが上ずった声を上げる。
「シャーリーさんっ。」
 ナナリーが彼女のもとへ行こうと車いすを動かそうとするのを察し、アーニャが、彼女をシャーリーの座るソファのすぐ隣に動かす。
 ナナリーは腕を伸ばし、手探りでシャーリーの手を取った。
「ごめんなさい。シャーリーさん。
苦しかったでしょう。辛かったですよね。本当に……」
 すみません。と、かすれた声で謝罪の言葉をつぐむルルーシュの妹に、涙でまつ毛を濡らしながら首を振る。
「はじめはすごく悩んだし、とても苦しくて……ルルを殺して自分も死のうと思い詰めたけれど……」
 その告白に、ナナリーは息を呑み、皇子と騎士は顔を強張らせる。
「ルルがね……全部忘れさせてくれたの……ルルのこと全部。私が、ルルのことを好きだって思っていることも含めて……だから…ブラックリベリオンの時もそんなに辛かったり苦しかったりしなかった。
一度忘れた恋なのに……私、また、ルルに恋した。
ナナちゃん。私のお父さん、ナリタで土石流に巻きこまれて死んだの、知っているでしょう。」
 ナナリーは、黙って頷いた。
「ゼロは…ルルーシュは私のお父さんの仇で…帝国の敵……
でも、好きなの!もう、この気持ちに嘘はつきたくない!!
いいよね。私がルルの事ずっと好きでも……また、忘れても、きっと好きになる。だから……教えて……ルルのこと全部。
私…ルルの事を助けたい。何ができるか分からないけど。ルルに寄り添いたいの。」
 涙ながらに訴える少女に、ナナリーはたまらず体を前に乗り出して、縋り付くような形で彼女の肩を抱く。
「ええ。ええ。お話しします。
お兄様の事。今までのこともこれからのことも何もかも……!
ありがとうございます。シャーリーさん。
こんなにも…こんなにもお兄様を好いてくださって……っ。」
 2人の少女は、しばらくの間抱き合ったまま、静かに涙を流していた。

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