翌日、学園に戻ったルルーシュは、とんでもない人物たちの入学と、不在中影武者を務めていた篠崎咲世子の報告に頭を悩ませることになった。
「デートの約束が3カ月先まで!?」
庶民の生活を体験してみたいという軽いノリの入学理由だが、実はルルーシュとスザクの連絡係という重大な任務を負っているジノの報告に、スザクは唖然とした。
「いやー凄いね。ルルーシュ先輩は。引く手数多とは、まさにこのことだよ。」
「ウフフ。そうでしょう。お兄様は誰が見ても素敵な男性ですもの。」
嬉しそうに自慢するナナリーに、スザクは眉尻を下げる。
「ナナリー…そういうことじゃないと思うんだけど。」
皇帝には108人の皇妃がいる。そういう文化に馴染んでいる彼なら、複数の女性と交際するのは抵抗ないのかもしれないが……いささか人数が多すぎるのではないか。
「ルルーシュ……神楽耶という妻がいながら……」
神楽耶は承知しているのだろうか……従兄として心配していると、ジノが新たな情報を提供してくる。
「ミレイが卒業記念のイベントを開催するんだってさ。」
「まあ、ミレイさんが?もうご卒業なさるのですね。」
ナナリー。それも少し違うと思う。
この時期に卒業するという事は、おそらく留年していたのだろう。「もう」という言葉ではなく「やっと」が正確なのでは?と、心の中で突っ込みを入れるスザクにかまわず、ナナリーはジノから聞かされる懐かしい友人たちの話題にはしゃいでいる。
「どんなイベントなのです?」
「題して、『キューピットの日』。
なんでも、好きな相手の帽子を奪えたら、会長権限で強制的に学園公認カップルに認定するんだってさ。」
「はぁっ?なんだよそれ。」
呆れて声を上げれば、アーニャがじろりと睨む。
「スザクの朴念仁。」
「ぼ…朴念仁……て。」
幼馴染のきつい一言に、スザクは絶句し、情けない顔をするしかなかった。
「そうそう。庶民のレクリエーションだよ。私とアーニャも参加するんだぞ。楽しみだな。」
「おふたりとも、楽しんできてくださいね。アッシュフォードのイベントは本当に盛り上がりますから。」
話に花を咲かせている3人にスザクは嘆息する。
「ルルーシュ。しばらくはゼロとしては動けそうもないな。」
むせび泣くような音を立てて雨が降る。
家路を急ぐ人々が行き交う往来を、通信端末で会話しながら1人の少女が歩いている。学園公認のカップルとなった少年と、生徒会活動のための連絡を取り合っているのだ。
夕刻のシンジュク繁華街。ごくありふれた平和な光景を、ホテルの1室で見下ろす男がいる。
身なりから貴族であることが分かる。左目だけを隠す片仮面のその男は、自分が見下ろす大通りに背を向けて座る、プラチナブロンドの少年に何かを確認した。
「うん。やって。どこに、ルルーシュのギアスにかかった人間がいるか分からないから。」
承諾を受けた男の仮面の瞳部分が、小さな機械音を立てて開く。その瞳から、波長を発した何かが通りを歩く人々に放射された。
通信を終えた少女、シャーリー・フェネットは、楽しげに独り言をつぶやきながら自分の住む学生寮への帰路に向かっていた。
それは、突然訪れた。何かに襲われたような衝撃もなく、脳裏に浮かび上がる数々の映像。辛く、苦しい…胸が押しつぶされそうなそれが、自分の体験した記憶であるとすぐに認識した。
「───思い出した。私のお父さんを殺したゼロは…ルルーシュ。」
「……で、結局学園公認カップルに認定されたのは、ルルーシュ先輩とシャーリー・フェネット嬢の1組だけだったんだよ。」
ニコニコと、先日ナイトポリスが出動するほどの大騒ぎにまで発展した、アッシュフォード学園のイベントの顛末を報告するジノに、ナナリーは歓喜の声を上げる。
「まあ。お兄様とシャーリーさんが?良かったわ。シャーリーさんとでしたらとてもお似合いのカップルです。」
大騒ぎの原因になったモルドレッドを持ち込んだ理由をスザクがアーニャに問えば、
「だって。私もルルーシュの帽子が欲しかった。」
と返事が返ってくる。
ルルーシュはミレイの放送のせいで学園中の生徒から追われる身になり、自分も何故か帽子を狙う男子生徒からマークされている。そこで、モルドレッドに騎乗することで自分の帽子を守ったのだと言う。
そこまでしてルルーシュの帽子を欲しがった理由を尋ねると、
「カップルになれば、学校でいつも一緒にいても不自然じゃないでしょ?」
とマリアンヌが答え、スザクは嘆息とともに頭を抱えた。
嬉しそうに、兄の恋愛成就を喜ぶナナリーに、スザクは複雑な顔をする。
だから、ナナリー。ルルーシュには神楽耶という妻がいるんだよ。と、喉まで出かかるものの、このように大事なことを第三者である自分が先に言うべきではないと、己を律する。
ともかく、山ほどいるガールフレンドの中から、1人だけに決めたのだから、良しとしよう。
「ルルーシュ。君って…誠実なのか不誠実なのか分からないよ。」
ハーレムは男にとってのロマンだ。それは分かる。とてもよく分かる。
だが、実際にやってのけたのは自分が知る限り、皇帝で養父のシャルル・ジ・ブリタニアだけだ。それに負けないほどのことをやってのけた親友に、スザクは感嘆する。
「血筋って……凄いな。」
ため息交じりに呟きながら、雨に煙る夜の街を眺めるスザクであった。
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