a captive of prince 第21章:和解 - 3/5

「ルルーシュ。スザク。」
 2人だけの穏やかの時間に浸る彼らを、新たな侵入者が現実に引き戻させる。
 C.C.がアーニャ・アールストレイムを伴って入ってきた。その組み合わせに、ルルーシュは怪訝な表情を浮かべる。
 彼女らの後から、ジノが入ろうとしていたのだが、アーニャが押しとどめる。
「定員オーバー。」
 そう言って、回転式の扉を無理やり閉じると、ガーターベルトに仕込んである短剣を天井との隙間に差し込み、外から開けないようにしてしまった。
「アーニャ?」
 スザクの問いかけに、彼女は緋色の瞳をさらに濃くして真剣な顔を彼に向けた。
「今、このタイミングしかない。
協力して。」
 その言葉に、スザクも神妙な顔で頷く。
 状況が呑み込めずにいるルルーシュの前に、アーニャが跪いた。
「ルルーシュ殿下。アーニャ・アールストレイムでございます。覚えていらっしゃるでしょうか。」
 自分を、殿下と敬い跪く皇帝の騎士に、ルルーシュは困惑した。
「いや……申し訳ない。どこかで会ったことが……?」
「8年前、アリエスの離宮で。」
 彼女の口から出た場所に、年月に顔を強張らせる。アーニャは言葉をつづけた。。
「あの運命の日の1週間前より、行儀見習いに登城しておりました。
あの日、あの時…私は、マリアンヌ様が射殺される瞬間を見ておりました。」
 その言葉に、驚愕する。
「馬鹿なっ。目撃者がいたなど………っ。」
「当時私は6歳。たとえ私が訴えたとしても、子供の証言を皇宮警備隊が信用したでしょうか。
何よりも……この記憶は他者により書き換えられ、私自身覚えておりません。」
 記憶を他者に書き換えられたというアーニャに、ルルーシュはある人物に思い当たった。そして、彼女の告白の矛盾に困惑の色を深めていた。
「アールストレイム卿。あなたの言っていることは、少しおかしくはないか。
母が殺されるところを、見たのか?見たのなら記憶にないとはどういうことだ。」
「申し上げた言葉のとおりです。記憶はシャルル皇帝によって書き換えられました。そうするよう進言した人間がいたから。」
「誰だっ。」
「マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。殺害された皇妃自身。彼女もギアスを持っていた。死の瞬間、命の炎が燃え尽きるその時初めて発動した力。」
「マリアンヌも、私の契約者だった。だが、ギアスが発動することはなく契約不履行のまま死んだ。彼女のギアスは人の心を渡る力。マリアンヌの意識は、その死と共に肉体を離れ、彼女の中に宿った。」
 C.C.がアーニャの言葉を引き継ぎ、そして彼女を指す。ルルーシュは、驚きと困惑の入り混じった顔で彼女らを見た。
「彼女は、アーニャでありマリアンヌでもある。ひとりの体の中に、2人の意識が共存しているのだ。」
「私は、彼女の中に入り込むことで殺害犯をやり過ごしたの。」
 アーニャの口調が変わったことに、ルルーシュは目を見張った。
「ルルーシュ。私は、肉体は滅んでも今でもここに生きているわ。」
「ま、まさかっ。」
 アーニャの目が細められる。彼女の笑みは慈愛に溢れ、少女というよりむしろ、母親が我が子に向けるものと等しかった。
「ルルーシュ。大きくなったわね。」

「本当に……母さん…なのですか。」
 困惑を隠そうとしないルルーシュに、マリアンヌは肩をすくめる。
「うーん。さすがに、この姿では納得いかないわよね。」
 悪戯っぽい笑みを浮かべ、自称マリアンヌの、アーニャがスザクに視線を送る。
 目線が合い、きょとんとしているスザクを、マリアンヌは手招きする。呼ばれたことに、素直に応じたスザクの手を握った。
「私とアーニャ、そしてスザク。3人がそろうのは今このタイミングしかない。そして、おあつらえ向けにここは密室で、邪魔が入らない。」
 なぜか得意げな魔女に、ルルーシュは小首を傾げる。
「今なら、マリアンヌの意識をアーニャから一時的に離すことができる。会わせてやるよ。お前の母親に。」
「C.C.?」
 ルルーシュとスザクの声がはもった。
「スザク。お前の中に眠る力、少し借りるぞ。」
「えっ?」
 事態が呑み込めずにいるスザクを巻き込み、二人の少女は互いに手を取り合った。スザクとC.C.でアーニャを挟むように並んだ形になると、真ん中の少女の体から淡い光があふれだす。
 まるで蛍のようにふわふわと漂う無数の光は、互いに引き合うかのように集まり、やがてその光の塊は人の姿になっていく。
 眩い光を放っていたそれが徐々に光を失い、ルルーシュの前に1人の人物を浮かび上がらせた。
 それは、まさに在りし日のマリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。ルルーシュとナナリーの母である女性だ。
「か、母さん。」
 ルルーシュから歓喜を滲ませた驚愕の声が上がると同時に、少女の体がぐらりと崩れる。
「アーニャ!」
 片膝をついた姿勢で転倒を免れた彼女が、支えようとするスザクの手をさらに強く握る。
「大丈夫。手を…放さないで。あなたは増幅装置。手を放された瞬間に、マリアンヌは私の中に戻ってしまう。」
 彼女の訴えに、スザクは目を見開く。そして、アーニャの傍らに立つ緑髪の魔女を見た。
「これも、コードの力…なのか?」
「そう容易くできるものではないがな。以前、お前にショックイメージを見せたことがあるだろう。あれの応用だ。」
 不敵な笑みを見せるC.C.ではあるが、心なしかその表情に疲労の色が見える。かなり非常識な使い方であることが理解できた。もっとも、コードやギアス自体が、常識と外れた存在ではあるのだが。
「あまり、彼女たちに無理をさせるわけにいかないから、手短に話すけれど…私を殺したのはV.V.。コードとギアスの研究機関である嚮団の嚮主で、シャルルの双子の兄よ。」
 母の言葉に、ルルーシュは、目を見開き息を呑む。嚮団の存在はC.C.から聞いていて嚮主の名も知っている。だが、その人物が皇帝の兄だという事実は聞かされていなかった。
 件の魔女を睨めば、涼し気な笑みが返ってくる。ルルーシュは苦虫をつぶしたような顔をし、再び母に向き直った。
「何故、V.V.が母さんを?」
「何故かしらね。私も彼もその時は同じ理想を追求する同士だったのけれど。
兄弟の仲に割り込んだ女を排除したくなったそうよ。」
 苦笑を浮かべながらあっけらかんと伝えられた真相に、ルルーシュは言葉を失う。
 つまりは、嫉妬から母を殺したという事なのか?三文芝居のような動機に怒りが込み上げる。
「私は、アーニャの中に隠れることで完全な死から免れることはできわ。でも、テロリストの犯行にする偽装を食い止めることはできなかった。私は、ナナリーを守れなかった。」
 マリアンヌが苦ししげな切ない顔を浮かべる。
「あの子に、一生残る傷が与えられるのを止めることができなかった。だからせめて、これ以上怖いものや醜いものを見なくても済むように…ナナリーが真相にたどり着けないとV.V.に思わせるために……シャルルに頼んでギアスをかけたの。」
 その告白に息を呑む。
「では、あの目は…心の病ではなく……」
「本当は、あなたのように強い心を持った子よ。ナナリーは……
ギアスによってそう思い込まされているだけ。
あの時は、それが最善だと思った。でも……
ごめんなさい。もっと強く立ち向かうべきだったわ。シャルルとも……
あの人が、あなたたちを守るためだと言って日本へ人質に出すのも、スザクを得るために宣戦布告するというあの人を止められなかった──。
情けない母親ね。」
 母の口から伝えられる告白と懺悔にルルーシュは、ただ、ただ首を振るばかりだった。
 母が、死してもなお自分達を守ろうとしていたことが嬉しかった。そして、最愛の妃であったはずの母の声も無視し、己の理想を達成する事のみを優先した皇帝に怒りで身が震える。
「ルルーシュ。ナナリーの事は私とアーニャでしっかり守るわ。だからあなたは、あなたの信じる道を貫いて。
私も共に戦うから……今度こそは、きっと。」
 そう伝えると、母はまた無数の光へと還った。
「母さんっ。」
 光をかき集めようと広げた両手の指の隙間をすり抜け、マリアンヌはアーニャの中へ戻って行った。
「すまない……もう、限界だ。」
 そう言って、魔女と皇帝の騎士がズルズルと腰を抜かしたように座り込む。
「C.C.!」
「アーニャっ。」
 ルルーシュとスザクは、それぞれ身近な女性に手を貸し、助け起こす。
「ありがとう。」
「おい。お前も相当疲労しているはずだが、大丈夫か?」
 C.C.の問いかけに、はたと我に返った瞬間。スザクの両膝がカクンと折れた。
 慌てて、ルルーシュが支える。
「はは……驚くことばかりで、気が付かなかった。」
 スザクが苦笑いする。ルルーシュは、いつも通りの不遜な笑みを浮かべる共犯者に声をかけた。
「C.C.。悪かったな。無理をさせて。」
「いや。元契約者のたっての願いだ。断るわけにもいかなかったからな。」
 二人の会話を聞いたアーニャがぼそりと言う。
「どっちも素直じゃない。」
「本当だね。普通は、『ありがとう』と『どういたしまして』て、言うところだよね。」
 顔を見合わせ笑みをこぼす皇子と騎士を、魔王と魔女が怪訝な顔で見るのだった。

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