a captive of prince 第21章:和解 - 2/5

「スザク?入るぞ。」
 声をかけて壁を押す。たいした力もかけずに、その扉は動いた。
 ぽっかりと開いた入り口に一瞬息を呑みこむと、ルルーシュはスザクが一人になるために作ったという部屋に侵入する。
 そこは本当に小さな部屋だった。
 5,6歩も歩けば目の前の壁にぶつかってしまうほどの空間に、小ぶりな椅子が2客だけおかれている。
 灯りは、先ほど入ってきた入り口上部のダウンライトだけで、室内は全体的に薄暗い印象だ。
 だが、ウナギの寝床のような細長い部屋に1つだけ窓があり、そこから差し込む月明かりのおかげで、思いのほか明るかった。
 その窓の下、椅子の1つにスザクが、片膝を抱え込みうなだれて座っていた。

 話し合いが終わっても姿を現さないスザクに、さすがのシュナイゼルも肩を怒らせ、立ち上がった。
「2人とも申し訳ない。こちらから招待したというのに、当の本人が別室に籠ってしまうとは……私のしつけが悪かったようだ。」
 頭を下げるシュナイゼルに、神楽耶は黙って首を振る。
「あの人は昔から頑固なところがありましたから……
でも、こんな子供じみたことをする人でもありませんし……きっと、心の整理をつけようとしているのかもしれませんわね。
シュナイゼル様が次の皇帝になるものと、信じていたようですから。」
 私も、そう思いましたもの。と、微笑を浮かべる日本を象徴する少女に、ブリタニアの皇子たちは顔を見合わせ肩をすくめる。
「やはり、頑固でしたか……」
 苦笑するシュナイゼルに、神楽耶も同じ笑みを浮かべる。
「そのご様子ですと、殿下も随分と手をやかれたようですわね。」
 くすくす笑う彼女に、シュナイゼルは眉尻を下げた。
「貴女と、あの子のことで話題が持てるとは…不思議なものですね。」
「そうですわね。
もしよろしければ、幼少の頃のスザクのことでも、お教えしましょうか。」
「それは興味深い。では、私はブリタニアに来てからのあの子の様子をお話ししますよ。」
 そう言って、神楽耶をチェス盤の置かれたテーブルの椅子に誘う。
 そして、ルルーシュに顔を向けた。
「すまないが、あの子を呼びに行ってくれないか。」
「私がですか?」
「ああ。きっと、その方がいい。」
 シュナイゼルは、少し悪戯っぽい笑みで、そう答えた。

「スザク。」
 名を呼んでも、動く気配がないスザクに、ルルーシュは息を漏らす。
「お前。まさか、本当に拗ねて閉じこもっているのか。」
「ルルーシュ……君の兄弟は…なんでこんなに優しい人ばかりなんだ……?」
 少し鼻にかかった声で、顔を上げずに語りかけてくる。
「お前っ。泣いていたのか………?」
 少々あきれた声で尋ねれば、無言で頷く。
「ユフィもそうだった。君を行政特区に参加させるために、何のためらいもなく皇籍を奉還すると言った。
シュナイゼル兄さんは……宰相という重職も、何も惜しくないと言って…市井に降りると言う……」
 なぜ、彼がそんなことを言い出したのか…スザクには痛いほど分かっていた。シュナイゼルの騎士として仕えることを望んでいた自分への、これが、兄からの答えなのだ。
「皇族だよ?…望んでなれるものでもないのに、生まれながらに持っている権利も地位も、捨てると言うんだ。
僕は罪人だ。しかも、父親殺しの重罪人だ。本来なら、処罰されるべき人間なんだ。
そんな僕のために───
お人好し過ぎて、泣けてくる……っ。 」
「───兄上にとって、お前はそれだけ価値のある存在なのだろう。」
「………」
「スザク……」
 再び黙してしまった親友に、ルルーシュが、その端正な眉をひそめる。
 皇族という途方もない高位にいる彼が、今でも抱え続けている重い罪。裁かれることなく闇に葬り去られた罪を償う術を、誰も彼に掲示せず、彼もまた、見つけられずにいる。
 その原因は……
「すまない。───あの時、俺がお前に頼んだから……ナナリーを助けてくれと……そのためにお前は……」
「それは違うよ。ルルーシュ。」
 スザクが、伏せていた顔を上げる。涙で潤んだ瞳が、月光を受けてエメラルドのような煌めきを放っていた。
「僕が犯した罪は、自分の望みをかなえるための手段を間違えた結果だ。
僕はただ、ルルーシュとナナリー3人で過ごせる、あの幸福な時間を守りたかった。それを害そうとした者が、自分の父親だった……」
 断言するスザクに、目を見開く。
「あの頃、僕と父さんの関係はほとんど破綻していた。あの人にとって僕は、自分の権威を引き継がせるためだけの道具で、僕はあの人に父親を望むのを諦めていた。
あれはきっかけに過ぎない……」
「殺したいほど憎んでいたのか?」
「さあ……どうだろう。
僕は、『愛情』というものをよく知らずに育ったから…愛情と裏返しの『憎しみ』という感情も分かっていなかった。
…………もしかしたら、父さんもそうだったかもしれないな……
あれが…あの態度が、あの人なりの愛情表現だったのかもしれない。僕が、幼すぎて気付けなかっただけなのかも。」
「スザク。」
 ルルーシュは腰を落とし、スザクに目線を合わせる。
「今は、どうなんだ……?
シュナイゼル兄上に、どんな感情を抱いている。」
 少々不安げに尋ねてくるのに、スザクは、笑みで答えた。
「僕に、愛情とはどんなものなのか教えてくれたのは、君のお兄さんだよ。
僕の抱えている罪も穢れも、あの人は赦してくれた。赦した上で、僕にも自分を赦せと言ってくれた。そのおかげで、僕は今でも生きている。」
 その答えに、ほっとした表情を浮かべるルルーシュに、スザクは言葉をつづけた。
「本当に……死にたがりの僕を、あの人は見捨てようとしなかった。諦めずに何度も……式根島で君と心中しようとした僕を、殴って叱ってくれたんだよ。」
 嬉しそうな顔で告げられる告白に、ルルーシュの目が驚きで見開かれる。数瞬後、ああ、そういう事だったのかと納得して目を伏せた。
 アッシュフォードで再会した時に感じたスザクの強さは、その根底にシュナイゼルの存在があったからなのだ。 
「兄さんは、皇帝の侵略政策を遂行している自分も罪深いのだと言って、神の前で懺悔し許しを乞うている。
───知ってた?」
「───いや。」
 穏やかに尋ねかけられ、ルルーシュは眉尻を下げて首を振る。その様子に、スザクは楽しそうに笑みをこぼした。
「フフッ。ルルーシュでも知らない、シュナイゼル兄さんか……」
「お前から聞かされるシュナイゼル像は、俺の認識とは全く違う。
俺が、よく知ろうとしなかっただけかもしれないが……お前という存在が、あの人をそう変えたのだろうと思う。」
 ルルーシュの言葉に、スザクは小首を傾げる。
「スザク。礼を言わせてくれ。
俺が言うのもおこがましいが……
あの人の側にいてくれて…生きていてくれてありがとう。」
「ううん。僕の方こそ、礼を言わせて。
あの人の弟でいてくれてありがとう。」
 2人は、顔を見合わせると、ふわりと笑った。

 ルルーシュが、スザクの向かいに空いている椅子を持ってきて座った。
 空は良く晴れていて、星の瞬きがすぐ近くに見える。
「何か、あの頃を思い出すな。
土蔵の屋根裏部屋で見た空を……」
 ルルーシュが紡いだ言葉に、スザクも窓の外を眺め頷く。
 子供の頃、土蔵がスザクの秘密基地だった。それを外国からやってきた兄妹に奪われ、やがて3人の共有財産になった。
 ルルーシュとナナリーの生活圏にない屋根裏部屋は、3人にとっての秘密基地だった。
「ああ、そうだね。」
 思えば、アッシュフォードで再会して以来、こんな会話を交わすのは初めてではないだろうか。
 頻繁に連絡を取り合っていても、それぞれの立場から外れた会話はなかった。
 テロリストでも、皇子でもないただのルルーシュとスザクだけの時間……こんな時間を持つことができたのだから、周りからは「無駄な空間」に過ぎないこの部屋を作って良かったと、スザクはしみじみそう思うのだった。

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