会場は、張りつめた空気に包まれていた。
シュナイゼルの申し出を果たしてゼロは受けるのか。立場がとたんに逆転してしまった彼がどう答えるのか。帝国宰相と反ブリタニアを唱えるテロ集団の首領の思わぬ駆け引きの現場の観客となってしまった者達は固唾を呑んでゼロの言葉を待つ。
「お断りします。」
怒りを滲ませたゼロの声に、会場が震撼とした。
「私がブリタニアの宰相にチェスで勝ったところで、我々には何もメリットが無い。」
「やれやれ。賭けるものが無ければゲームにならないという事か。」
仕方が無い。と肩をすくめ、シュナイゼルは何事も無かったかのように、成り行きを見守っていた紳士淑女の方へと歩いていく。
軽く頭を下げ、兄に倣ってその場を離れようとしたスザクであったが、ふと立ち止まり再び神楽耶に近づいて行く。
「神楽耶。」
「………」
呼びかけには、まっすぐエメラルドの瞳を見つめる事で答える。
「今日は会えて嬉しかった。
もし……君が良ければ、もう一度会って話がしたい。」
その申し出に、神楽耶は困ったような笑みを浮かべる。
「殿下。私、夫の有る身ですので………」
そう言って、ゼロの方を見る。
その様子に、スザクは「あっ……」と声を漏らすと赤面して後ずさる。
「こっこれは……大変失礼な事を……!
すまなかった。ゼロ。他意は無いんだ。」
「───別に、私はかまわないが………
いとこ同士、何はばかることがあるのです?神楽耶様。」
「まあ。新妻が、例え従兄とはいえ他の男と会ってもかまわないと仰るのっ。
殿下。そういう事ですので、お話は我が夫とともにお伺いいたしますわ。
でも、夫も殿下もご多忙ですので、次の機会があるかどうかわかりませんわね。」
それでも構わないと言いかけるスザクを残し、彼らはパーティー客の中に紛れて行ってしまった。
「殿下。シュナイゼル様がお探しです。」
「あ、ああ。」
呼びにきたジノに促され、スザクは2人の事を気にしながらも兄の元に向かうのだった。
その翌日、オデュッセウスと天子の婚姻はなされなかった。
スザクとシュナイゼルの思惑通り黒衣のテロリストとその仲間達の妨害にあったからだ。
だが、ゼロと彼らにとって大きな誤算が生じた。
ゼロが作戦に利用した計画の立案者によって、黒の騎士団が中華連邦軍に追いつめられる事になろうとは、誰も予想しなかった。
「さて、どうしたものか……」
オデュッセウス・ウ・ブリタニアは、そうつぶやくと淹たての紅茶のカップを口に運ぶ。
本来であれば、今日婚姻をすませた幼妻と一緒に本国に向かう機上に居るはずだった。
だが、今彼が居るのは浮遊航空母艦アヴァロン内の貴賓室。隣の席は空席のまま、彼の向かいには新旧の所有者である兄弟が座って、同じように上質な香りを醸し出すこの茶を楽しんでいる。
「まさか、ゼロがクーデターに乗じて花嫁を奪い去ってしまうとは……」
昨日「守る」と天子に言ったばかりだというのに、立つ瀬が無いなと心中思っている兄の気持ちに気づく事も無く、次弟は兄の言葉尻を捕らえて訂正する。
「便乗したというよりもそれを利用したというのが正しいのでは?
この婚礼を潰す以外に、ゼロには別の目的があるのでしょう。」
「別の目的?」
尋ねる兄に対し、シュナイゼルは肩をすくめる事で答え、隣に座るスザクに視線を向けた。
「僕は何も……「黒の騎士団」とは皇帝の計画を阻止する上での共闘関係なので、ブリタニアの外での活動については詮索しない約束ですから。」
「だが、こちらがもっている情報は融通してやっているのだろう?ゼロはどうして星刻の計画を知っていたのかな。」
兄の質問に、スザクの眉尻がピクリと動く。
「僕がルルーシュに教えたのは、黎星刻とその一派が天子様を擁立したクーデターを起こす準備をしているらしいという事だけで、それ以上の事は何も言っていません。」
「そうやって、機密情報を漏らしているのだな。」
シュナイゼルの目が細められる。
「共有すべきものに限ってです。
黒の騎士団は今中華連邦の中にいるのですから……!」
語気を荒めるスザクに、オデュッセウスは紅茶のおかわりを勧める。
「まあまあ。スザクも、出資者として多少の融通や助言はしたいのだろう。
それにしても、決行日が今日だとよく解ったものだね。」
「そうですね。」
シュナイゼルはそう言いながらも口の端を上げる。
「ここに移ってから10日足らずでこれだけの軍事行動が出来るのも、誰かさんのおかげだと当のゼロは知っているのかな。」
「さあ……」
クスリと笑うスザクに、シュナイゼルは一瞬驚きの表情を見せた。
「おやおや……という事は、他の出資者も知らないわけか……」
呆れたように言う兄に、今度はスザクが表情を変えた。
が、それも一瞬の事だった。
兄弟のやり取りを他所に、オデュッセウスは中華連邦にも戦いを挑んだ弟に思いを馳せる。
「ルルーシュはどうしているのかね。」
「今頃は、中華の追撃を逃れ本隊と合流している事でしょう。」
シュナイゼルがしたり顔で、ゼロの行動予測を披露した時だった。室内に艦橋からの通信音声が響いたのは。
「中華連邦軍が黒の騎士団を補足、戦闘状態にはいったようです。」
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